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46歳、異世界では絶対に働きません。  作者: Tomsug


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第34話 お湯増えてない?

久しぶりに温泉へ行こうと思った。


 特に理由はない。南の島も快適だが、雪を見ながら広い風呂に浸かるのもいいし、リアもあっちにいるので、ついでに様子を見ておこうと思っただけだ。


「温泉行く?」


「行く」


 朝食のあとロキに声をかけると、その横で食器を片づけていた爺もぴたりと手を止めた。


「私もお供いたします」


「うん。じゃあ爺の水着も作るね」


「水着……でございますか?」


「温泉で着るやつ」


「承知いたしました」


 よく分かってはいなさそうだが、爺は素直だった。《万能生産》で落ち着いた形のものを作って渡し、そのまま三人まとめて雪国へ転移する。


 景色が切り替わり、白い雪原と温泉施設が現れた。冷たい空気を吸い込みながら露天風呂へ目を向け、私は首を傾げる。


「……お湯増えてない?」


 前に来た時より、明らかに水位が高い。浴槽の中央では、見慣れた短い身体が腹を上にして浮いていた。


 ぷかーっ。


「リア。お湯増えた?」


 増えた。


「やっぱり」


 そういえば、前に一度北の海へ戻っていたはずだ。


「最近、北の海には行ってるの?」


 行ってる。


「ちゃんと?」


 仕事。


「えらいね」


 終わったら帰る。


「ここに?」


 ここがいい。


 どうやら北の海は放置していないらしい。必要な時は向こうへ行き、終わったら温泉へ帰ってくる。


 完全にここを家だと思っている。


 まあ、いいか。


 お湯が増えた理由を調べようとしたところで、今度は雪原に緑が混じっていることに気づいた。雪を押し退けるように草が伸び、小さな花まで咲いている。


「前からあった?」


「なかった」


 ロキの返事を聞きながら近づこうとすると、巨大な三段雪だるまがこちらを向いた。


 ぶんぶん。


「……あれ、動いてた?」


「動いてない」


 続いて巨大な狼が駆け寄ってきたが、襲うどころか頭を低くし、私の手へ鼻先を押しつける。その反対側からはユニコーンまで首を擦り寄せ、一歩進むたび、蹄の周囲に雪の結晶をかたどった小さな草花が咲いていった。


 さらに巨大な猫まで寄ってきたので、両手で顔を撫でる。その向こうでは熊が座り、ドラゴンが大きな頭をこちらへ下げていた。


 全部、私が作った雪像だった。


「あ」


 少し離れたところには、ロキもいる。


 正確には、ロキの雪像が。


 本人より妙に凛々しい雪像ロキは、私を見つけると無駄に格好よく片膝をついた。


「なぜこいつはそんな動きをする」


「知らない。作った時から格好よかったし」


「作ったのはお前だろ」


 後ろで爺が小さく息を呑んだ。


「坊ちゃま……」


「何だ」


「少々、こちらへ」


「嫌だ」


 しかし爺はめげず、今度はこちらを向いた。


「由美様、記念に一枚お願いできますでしょうか」


「いいよ」


「よくない」


 ロキの抗議は聞かなかったことにして、爺が本人を雪像の横へ立たせ、自分もその隣へ並ぶ。雪像ロキは空気を読んだのか、すっと立ち上がると、本物の隣で無駄に格好いい姿勢を取った。


 本物ロキは不機嫌。


 雪像ロキは妙に凛々しい。


 爺は満足そうだ。


「撮るよ」


 一枚撮ると、爺はすぐにこちらを見た。


「由美様もぜひ」


「私は撮る人なんだけど」


「記念でございます」


「またそれ?」


 断るほどでもないかと思い、スマホを浮かせて撮影するよう設定すると、今度は私も並んだ。


 由美、ロキ、爺、雪像ロキ。


 三人と一雪像。


 背景では巨大雪だるまが枝腕を振り、ドラゴンが首を伸ばし、巨大猫までこちらを覗き込んでいる。さらにユニコーンが歩いた跡には、雪の結晶みたいな小さな草花が咲いていた。


「いい写真だね」


「次回もお願いいたします」


「次もあるのか?」


 スマホをしまったところで、雪の城の入口がひとりでに開き、内部に淡い光が灯った。周囲には細かな雪片まできらきらと舞っている。


「……増えてない?」


 よく見ると、前にはなかった塔と部屋がある。


「増築されてるな」


「勝手に?」


「お前がしてないなら」


「してない」


 城まで自力で育つようになったらしい。


 便利そうなので放っておこう。


 その時、雪の上から猿の頭が出ているのが見えた。


「…………」


 温泉に浸かる姿で作った猿の雪像だ。肩まで雪の中へ沈み、そのまますーっと移動している。


「入ってるつもりなんだ」


「つもりだな」


 さらに後ろから、白い腹が近づいてきた。


 ぷかーっ。


 リア雪像だった。


 本物と同じ姿勢のまま身体を雪へ沈め、雪面をゆっくり進んでいる。それに気づいた本物リアが、温泉から顔を上げた。


「リア、あれどう?」


 私。


「そっくりでしょ」


 そっくり。


 満足しているらしい。


 なんだか楽しくなってきたが、お湯が増えた理由くらいは調べておいた方がいい。《万能解析》を使ってみると、周辺のマナ濃度が以前よりかなり高くなっていることが分かった。


 地下には大きな龍脈が流れており、どうやら温泉を掘った時、私はそこへつながる出口を作ってしまっていたらしい。


「……これ、龍穴になってるんだ」


「何だそれは」


「龍脈の力が出てくる場所みたい」


 しかも、その龍穴は以前より広がっている。湯とマナが長期間流れ出した結果、周辺では植物が育ち、私の雪像に残っていた魔力まで刺激されたようだ。


「穴が自然に広がるとは思わないじゃん」


「お前が開けたんだろ」


「そうなんだけど」


 すると背後から、低い声が響いた。


「お前か! こんなところに龍穴を開けたのは!」


「うわ」


 振り返ると、岩と土でできた小柄な老人のようなものが立っていた。髪や肩には苔が生え、目だけが淡く光っている。


「いつからいたの?」


「お前たちが来る前からだ!」


 ずっと待っていたらしい。


 地の精霊だというその老人は、温泉、植物、動き回る雪像、勝手に増築している城、そして温泉でぷかーっと浮いているリアを順番に見回した。


「……お前は何をした」


「温泉掘っただけだけど」


「これのどこが『だけ』だ!」


 怒られた。


 話を聞くと、このまま龍穴が広がれば、さらに周囲へマナが漏れ出してしまうらしい。


「じゃあ塞ぐ?」


「いきなり塞ぐな! 流れが乱れる!」


「あ、そっか」


 なら、必要な分だけ温泉へ流せばいい。


 《万能解析》で龍脈の流れを確認しながら、《万能生産》で流量調整用の設備を作り、余分なマナは地下へ戻して、温泉に必要な分だけ通すようにする。しばらくすると、湧出量も周囲のマナも少しずつ落ち着いていった。


「これでいい?」


 精霊が設備と龍穴を見比べた。


「……なぜ作れる」


「万能だから?」


「何がだ」


「いろいろ」


 説明すると長い。


 そこへ温泉のリアから意思が届いた。


 減った。


「適量になったの」


 前の方がいい。


「増やすな!」


 精霊が即座に割り込んだ。


 リアは気にした様子もなく、そのままぷかーっと流されていく。


「じゃあ雪像は?」


 雪だるまはまだ腕を振り、狼は私のそばに座り、ユニコーンは歩くたびに小さな花を咲かせている。猫もドラゴンもそのままだし、雪像リアは雪の中を相変わらず漂っていた。


「一度自律したものは、マナ濃度が下がったからといって、すぐ元へ戻るとは限らん」


「そうなんだ」


 しばらく待ってみたが、雪だるまはまた腕を振った。


 危ない感じもしないし、ここには人も住んでいない。


「じゃあ、まあいっか」


「よくはない」


「でも誰も困ってないよ?」


 精霊が黙った。


 その後はせっかくなので温泉へ入り、爺は当然のようにロキのそばへ陣取った。リアはいつもの場所でぷかーっと浮かび、雪原では雪像たちが好き勝手に動いている。


 帰る頃には、精霊も少し離れた岩の上で諦めたように座っていた。


「また来るね」


 雪だるまが大きく手を振り、雪像ロキは格好よく胸に手を当てる。


 本物ロキは見なかったことにしている。


「次回も写真をお願いしてよろしいでしょうか」


「いいよ」


「やめろ」


 そういえば、さっき撮った写真はどうなっただろう。


 スマホを取り出し、まず爺とロキ、雪像ロキの三人で撮った方を見る。爺は満足そうで、ロキは不機嫌、雪像ロキだけが無駄に格好いい。


 次に、私も入った四人の写真を開いた。


「ん?」


 背景に妙な色が混じっている。


 拡大する。


 もう少し。


「…………」


 地の精霊だった。


 遠くの岩陰から、こっちを見ている。


「……最初からいたんだ」


「だからそう言っただろう!」


 ゾンビといい、地の精霊といい、最近こういうのばっかりだな。


 温泉の湧出量は安定した。


 龍穴もこれ以上広がらない。


 雪像たちは動き、城は勝手に増築しているけれど、人のいない場所だ。

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