間話 旅の土産話
封鎖都市から戻って数日後、私は冒険者組合へ顔を出した。
特に用事があったわけではない。
この前売った不用品のことで何か連絡があるかもしれないし、ついでにギルの顔でも見ておこうと思っただけだ。
「あ、ギル」
受付の奥にいたギルがこちらを見て、少し嫌そうな顔をした。
「……今度は何ですか」
「何もしてないよ」
「あなたがそう言う時が一番怖いんですよ」
失礼な。
私は近くの椅子へ座り、出してもらったお茶を飲んだ。
「そういえば、この前旅行行ってきた」
「へえ。どちらへ?」
町の名前を言った。
ギルの動きが止まった。
「……どこですって?」
もう一度言う。
今度は完全に固まった。
「そこ、数日前から一切連絡が取れなくなっている町なんですが」
「うん。封鎖されてた」
「なぜ知ってるんですか」
「行ったから」
「なぜ行ったんですか!」
「旅行」
旅行だから行ったのである。
ギルは両手で顔を覆ったあと、ゆっくり下ろした。
「……何があったんです」
「ゾンビ」
「はい?」
「町じゅうゾンビだらけだった」
「待ってください」
待った。
ギルはしばらく黙ってから、机の上の紙を引き寄せた。
「最初からお願いします」
「門の前で写真撮った」
「写真?」
「あ、そこからか」
「何なんですか、それは」
「見たものをそのまま残すやつ」
ギルが眉を寄せた。
「……また何か妙な物を持ってるんですね」
「まあね」
「いや、そこからじゃない!」
最初からと言ったのに。
「じゃあ町に入ったら静かで、変だなーと思ってたらゾンビがいた」
「ゾンビというのは?」
「人なんだけど、人じゃない感じの」
「分かりません」
「噛む」
「急に分かりやすくなりましたね」
その後、帰ろうとしたら転移できなかったこと、生存者を見つけたこと、研究所が怪しかったことを順番に話した。
ギルの顔色が、話が進むほど悪くなっていく。
「研究所の地下で、神に選ばれた肉体とかいうの作ろうとしてたみたい」
「……何ですか、それ」
「健康食品みたいな名前でしょ」
「違うと思います」
みんな同じことを言う。
「で、再生する体はできたんだけど、頭とか精神まではちゃんと戻らなくて」
「……それで?」
「ゾンビ完成」
ギルが額を押さえた。
「完成じゃないでしょう」
「私もそう思う」
そこは意見が合った。
「それで、どうやって戻ってきたんですか」
「研究所の封鎖解除した」
「…………」
「あと中和剤作って、町に撒いた」
「…………」
「感染も止まったよ」
ギルが無言で私を見た。
「何?」
「あなた今、一都市規模の災害を解決した話を、夕飯の献立みたいにしてません?」
「だって終わったし」
「終わったし、じゃないんですよ!」
周囲にいた職員が何事かとこちらを見た。
ギルは一度深呼吸してから、さらに聞いてきた。
「原因を作った者は?」
「いたよ。研究所の主任」
「捕らえたんですか?」
「結界で包んで置いてきた」
「荷物みたいに言わないでください」
「逃げたら困るじゃん」
「それはそうですけど!」
ギルの声がだんだん大きくなっている。
私はお茶を飲んだ。
冷めてきた。
「それで、町の生存者は?」
「研究員たちと残った人が何人か。封鎖は解除したから、そのうち外から人も来るんじゃない?」
「来ますよ! むしろもう動いてます!」
「よかったね」
「他人事!」
三日も閉じ込められたのだから、私だって十分被害者である。
ギルはしばらく頭を抱えていたが、やがて疲れ切った顔で私を見た。
「……あなた、旅行へ行くだけでどうして一都市救って帰ってくるんですか」
「知らんよ。私も普通に観光したかったよ」
本当にそれだけだった。
綺麗な門を見て、買い物して、美味しいものでも食べる予定だったのだ。
そこで、近くで話を聞いていた職員がひょいと顔を出した。
「で、お土産は?」
「ないよ」
「え、三日もいたのに?」
「店全部閉まってたから」
「そりゃまあ……ゾンビだらけなら」
職員は妙に納得したあと、さっきの話を思い出したらしい。
「そういえば、最初に言ってた写真って何なんです?」
「ああ。見る?」
収納からスマホを取り出す。
ギルは一瞬それを見たものの、この前いろいろと意味の分からない物を見せたせいか、もう物そのものには突っ込まなかった。
写真を開いて画面を向ける。
「ほら。これ」
綺麗な門を背景に、私は普通に笑っている。
職員が画面へ顔を近づけた。
「……これ、その時の景色なんですか?」
「そう」
「この小さい板の中に?」
「そう」
「これが写真?」
「そうそう」
ギルまで横から覗き込んだ。
「……相変わらず、何を持ってるんですかあなたは」
「便利でしょ」
指で画面を広げると、今度は職員が少しのけぞった。
「動いた」
「そこはいいから。で、ここ」
「そこも気になりますけど!?」
門の影。
遠くに、小さな人影が立っている。
首が妙な方向へ傾いていた。
「いたんだよー。全然気づかなかったわ」
職員の顔から興味津々だった表情が消えた。
「……これ、さっき言ってたゾンビですか?」
「たぶん」
「これを残した時点でもういたんですか?」
「みたい」
ギルがゆっくり顔を上げた。
「あなた、それに気づかず中に入ったんですか」
「その時は気づいてなかったって」
「気づかなくてよかったのか悪かったのか分かりませんね……」
職員がスマホから少し距離を取った。
「なんか急に、この写真嫌になってきました」
「いい写真なのに」
「後ろに変なのいるんですよ!」
私はスマホを収納へ戻した。
今回の旅行で使った金額はゼロ。
買った土産もゼロ。
ギルが疲れ切った顔で尋ねる。
「じゃあ、何を持ち帰ってきたんです」
私は少し考えた。
「ゾンビの思い出?」
「いりませんよ、そんな土産話!」
だから話したのに。
私は残ったお茶を飲み干した。




