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46歳、異世界では絶対に働きません。  作者: Tomsug


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第31話 封鎖都市 vol.2

 翌朝、目を覚まして最初に聞こえたのは、鳥の声でも爺が朝食を作る音でもなかった。


「……ぁ……う゛……」


 カーテンを少し開けると、宿の前を昨日と変わらずゾンビがうろついている。そのうち一人が、窓の真下からこちらを見上げていた。


「……まだいる」


 当たり前か。


「……ぁ……」


「朝から見ないで」


 カーテンを閉めた。


 階下では爺がすでに朝食を用意しており、ロキは外の呻き声など存在しないかのようにパンを食べている。


「今日どうする?」


「まず、この状況が何なのか調べるべきだろう」


「だよねえ」


 ベッドは綺麗、飯も菓子もある。生活だけなら割と困っていないが、旅行先としては完全に失格だ。


「そもそも、なんでこんなことになってんのよ。迷惑なんだけど」


 金まで持ってきたのに、まだ一銭も使っていない。


 私はパンを齧りながら、街にまともな人間が残っていないか魔力を広げて探してみた。


「……いるじゃん」


「何がだ」


「まともな人。八人くらい固まってる」


 事情を知っている人がいるかもしれない。


「よし。聞きに行こ」


 もちろん朝食を食べ終えてからだ。


 腹が減った状態でゾンビの相手などしたくない。


◇


 宿を出ると、さっそく二人ほどこちらへ向かってきた。


「……ぁ……」


「はいはい、おはようございます」


 結界を一枚張ると、先頭のゾンビがぼすん、と透明な壁へぶつかった。


「……う゛ぁ……!」


「今日も元気だねえ」


「元気なのか?」


「知らない」


 大通りへ出る頃には数が増えてきたので、面倒になって道を結界で二分した。


 ゾンビたちが透明な壁の向こうへぞろぞろ集まってくる。


「うわ。人気者」


「違う」


「分かってるよ」


 そのまま進んでいると、横道から犬が飛び出してきた。


 いや、元犬だった。


 毛は抜け、片耳が裂け、口元は赤黒い。それでも犬というだけで一瞬かわいそうになったが、大きく開いた口から粘ついた唾液が垂れた。


「……ごめん、無理」


 結界。


 犬は勢いよく飛びかかり、そのまま顔から透明な壁へ突っ込んだ。


 べちっ。


「うわあ」


 ロキが横目で私を見る。


「さっきまでかわいそうそうな顔をしていなかったか」


「口開けるまではね」


 愛情にも限界はある。


 やがて目的の家が見えてきた。窓は家具で塞がれ、周囲にはゾンビが群がっている。


「じゃ、まとめてどいてもらおう」


 家を結界で囲み、そのまま外へ広げる。


 ゾンビたちは見えない壁に押され、道路の向こうへ綺麗に寄せられていった。


「便利」


「お前の使い方を見ていると、結界魔法が何なのか分からなくなるな」


「防げてるから正解でしょ」


 扉を軽く叩く。


「すみませーん。生きてる人います?」


 中が静まり返った。


 しばらくして男の声がした。


「……誰だ」


「観光客です」


 また静かになった。


「……観光?」


「はい」


「今?」


「昨日来ました」


「昨日!?」


 扉の向こうで何人もの声が重なった。


「門の前で写真も撮りました」


「しゃしん?」


「そこは今どうでもいい!」


 知らない誰かに怒られた。


 やがて扉が細く開き、ひどく疲れた顔の男が私たちと背後の道路を交互に見た。


「……あいつらは」


「向こうに寄せときました」


「寄せた?」


 男が道路を見る。


「……本当に寄ってる」


「邪魔だったので」


 口を開いて、閉じて、もう一度開いた。


「……入ってください」


 色々諦めたらしい。


◇


 家の中には八人いた。どの顔にも数日分の疲労が張りついており、水も食料もかなり減っているらしい。


 とりあえず水を出し、ついでに菓子も出した。


 十歳くらいの男の子の目が輝いたので、もう一個渡す。


「そんなにいただくわけには……」


「いいよ。あいつらから逃げてる時くらい、お菓子食べても誰も怒らないよ」


 男の子はものすごい勢いで頷いた。


 ひと息ついたところで、一人の男がこの街の研究所に勤める研究員だと分かった。事件当日は非番で、街に住む恋人に会いに来ていたらしい。


「なるほど。デートしてたから助かったのね」


 二人が同時に妙な顔をした。


「……言い方」


「でもそうでしょ?」


 否定されなかった。


 話を聞いていた年配の男が、突然声を荒らげた。


「だから俺は反対したんだ! あんな研究所、何をやってるか分かったもんじゃないって!」


 すると別の男が疲れた顔で言い返す。


「だが研究所が来てから税は安くなっただろう。店の客も増えたし、働き口だって増えた」


「道も直してくれたし、治療院にも金を出してたわ」


「税金安くなったの?」


 思わず聞くと、全員がこちらを見た。


「……そこですか?」


「いや、大事でしょ」


 固定費が下がる。素晴らしい。


「その金で俺たちは騙されてたんだ!」


「でも安かったんでしょ?」


「安かった!」


「じゃあ嬉しくはあったんだ」


「嬉しかったが!」


 そこは嬉しかったらしい。


 ロキが淡々と口を挟んだ。


「金を出して疑念を抑えていたとも言えるな」


 ただ、研究員によれば普通の薬や魔道具の研究も本当に行われており、設備も非常に良かったらしい。


「だから勤めてた?」


「……はい」


「それなら仕方ないね」


 設備がいい、たぶん給料もいい。研究者なら行くだろう。


 私だって、働かなくていい研究所なら検討する。いや、それは研究所ではないか。


「ただ、地下に立入禁止の区画がありました」


「来た。地下」


 怪しい施設はどうして地下へ行きたがるのだろう。


 そこでは再生能力の高い魔物の組織や体液が使われていたらしいが、研究員も詳しい内容までは知らなかった。


「それと……一度だけ聞いた言葉があります」


「何?」


「『神に選ばれた肉体』」


 私は黙った。


 ロキも爺も黙った。


「……健康食品?」


「違うと思います」


 即答された。


「じゃあ宗教?」


「上層部の一部に、そういう噂はありました」


「神に選ばれた肉体ねえ……」


 私は自分の腕を見る。


 病気しない。


 怪我も治る。


 状態異常も効かない。


「私、似たようなの持ってるけど」


 部屋が静まり返った。


「……何を?」


「病気とか状態異常とか効かないやつ」


「なぜそんなものを?」


「色々あって」


 研究員が額を押さえた。


「少し待ってください。情報が多いです」


 疲れているらしい。


 話を戻すと、最初に異常を起こした人間は研究所方面から現れ、噛まれた人間も同じ状態になったという。その後一気に街へ広がり、研究所の緊急機構らしきものが作動して街全体が封鎖された。


「つまり、知らない人たちが神様ごっこしたせいで、私の旅行が台無しになったってこと?」


 ロキが少し考えて頷く。


「かなり雑だが、今のところはそうだな」


「迷惑なんだが?」


 年配の男が呟いた。


「そこなのか……」


「そこだよ」


 私は観光に来ただけなのだ。


「で、この封鎖どうやったら解除できるの?」


 研究員によれば、研究所地下の中央制御室からなら解除できる可能性があるらしい。


「地下?」


「はい」


 怪しい宗教。


 再生研究。


 人体実験っぽい何か。


 地下。


 嫌な単語しかない。


「他にない?」


「……分かりません」


「でしょうね」


 私はため息をついた。


◇


 この家に八人を残しておく理由もないので、そのまま宿へ連れて帰った。


 全員まとめて結界の中へ入れてしまえば、ゾンビが寄ってきても問題ない。


 最初の一体では悲鳴が上がった。


 二体目でも上がった。


 三体目で声が小さくなった。


 四体目には、年配の男が、


「どうせ入ってこられん」


 と言った。


 慣れるの早いな。


 宿へ着くと、私は好きな部屋を使うよう伝えた。昨日クリーンをかけてあるので、寝具も清潔だ。


「水も食べ物もあるよ」


 収納からパン、肉、果物、飲み物を出し、ついでに菓子も置く。


 男の子の目がまた輝いた。


 研究員は無言だった。


「……何ですか、ここ」


「宿」


「外はあの状態ですよね?」


「そうだね」


「なのに、なぜこんな……」


「結界あるから」


「その結界の説明をしてほしいんですが」


「入ってこない結界」


「そうではなく」


 細かいことを気にする人が多いな。


 夕食は爺が作ってくれた。人数が増えても、坊ちゃまへの監視だけは緩まない。


「坊ちゃま、こちらのお野菜もどうぞ」


「入っている」


「こちらは別のお野菜でございます」


「野菜で種類を増やすな」


 向かいに座っていた男の子が、ロキの皿をじっと見た。


「お兄ちゃん、野菜嫌いなの?」


「違う」


 返事が早い。


 爺が微笑む。


「幼少のみぎりは、それはもう」


「爺!」


 男の子の目が輝いた。


「嫌いだったの?」


「違う!」


「緑のお野菜を前にしますと、坊ちゃまは」


「話すな!」


 ゾンビだらけの街で、元魔王が幼少期の野菜嫌いを暴露されている。


 私は笑いを堪えながらパンを齧った。


「今は食べられる?」


「食べられる」


「偉いね」


 ロキが止まった。


「ぶふっ」


「笑うな」


 爺は満足そうに頷く。


「坊ちゃまは立派になられました」


「爺、お前は黙って食え」


 爺の皿には野菜が山盛りになった。


 誰が盛ったのかは知らない。


 食後、私は研究員へ研究所の場所を確認した。


「行くんですか?」


「行きたくないよ。でも帰れないし」


 窓の外を見ると、一人のゾンビが結界へ額を押しつけたままこちらを見ていた。


「……ぁ……」


 目が合った。


「見ないでって」


 カーテンを閉める。


「これずっと見ながら旅行続けるのも嫌だし。明日、研究所行こっか」


 研究員が絶句した。


「そんな、買い物に行くみたいに……」


「だって行かないと帰れないんでしょ?」


 旅行先で予定が狂うことくらいはある。


 普通は雨とか、店が休みとか、その程度だと思うけど。

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