第29話 不用品ですが
働かずにお金を手に入れる方法が決まったので、私はさっそくギルの前で収納を開いた。
「じゃあ、何出せばいい?」
「まずは、なくても困らないものを見せてください。こちらで売れそうなものを選びます」
それなら簡単だった。
地球の家にあった物までまとめて収納しているので、今となっては使わないものがかなりある。南の島では服も最低限しか着ないし、洗濯そのものも魔法でどうにでもなる。
私は近くの空いている場所へ、適当に出していった。
ハンガー。
洗濯ばさみ。
ピンチハンガー。
洗濯ネット。
プラスチックの籠。
収納ケース。
S字フック。
使っていない食器。
もらい物のタオル。
古い鍋。
使いにくくて別のものを買い直したピーラー。
「……ちょっと待ってください」
ギルが止めた。
「まだあるよ?」
「それは見れば分かります。そうではなくて、これは何ですか」
ギルが摘まみ上げたのは洗濯ばさみだった。
「洗濯ばさみ」
「何に使うんです?」
「洗濯物挟むの」
何度か開いたり閉じたりしている。
「……よくできていますね」
「普通だよ」
私には普通なのだが、ギルは妙に真剣だった。
次に洗濯ネットを持ち上げ、広げ、首を傾げる。
「これは?」
「洗濯ネット」
「だから、何に使うんですか」
「洗濯するとき服入れるの」
「なぜ服を袋に入れるんです?」
「傷まないように?」
たぶん。
もうずっとまともに使っていないので、説明するのも面倒だった。
ギルは網そのものにはそれほど興味を示さなかったが、口についているチャックを開けたところで手が止まった。
「……これは?」
「チャック」
閉める。
また開ける。
「これを動かすだけで、端から端まで閉じるんですか」
「うん。ファスナーとも言うけど」
「ファスナー」
余計に分からなくなったらしい。
横では爺がピンチハンガーを広げていた。
「これは便利そうでございますな」
「洗濯物いっぱい干せるよ」
「坊ちゃまの小物類にもよろしいかと」
「いらん」
ロキは即答したものの、爺は完全に聞いていなかった。
私はそのまま次を出す。
仕事用のバッグ。
パンプス。
ストッキング。
ベルト。
そして、スーツ。
上下まとめて出したところで、ギルがまた止まった。
「これは、かなりきちんとした服ですね」
「仕事着」
「売るんですか?」
「うん。一番いらない」
ギルがスーツと私を交互に見る。
「仕事で着ていたんでしょう?」
「だからいらないの」
もう働かない。
着る予定もない。
見ているだけで、朝早く起きて電車に乗っていた頃を思い出す。
「これは売る。絶対売る」
「……分かりました」
なぜかギルが少し引いた。
爺はスーツの袖を取り、縫い目を確かめている。
「随分と細かな仕立てでございますな」
「普通のスーツだよ」
「こちらも?」
今度はパンプスを持ち上げた。
「仕事用」
「美しい履物ですが」
「足痛くなるからいらない」
ストッキングもいらない。
パンプスもいらない。
仕事用バッグもいらない。
ついでに、昔買ったけれど全然使っていなかった来客用のカップや大皿も追加した。
出しているうちに楽しくなってきた。
「これもいらない。これも。あ、これも使ってない」
「待ってください」
「まだあるよ?」
「それが問題なんです」
気づけば、組合の一角にかなりの量が積み上がっていた。
ギルはしばらくその山を眺めたあと、とうとう諦めたように首を振った。
「これは冒険者組合で扱う量でも種類でもありません。商業組合を呼びます」
「そんな大げさな」
「この状態を見てから言ってください」
言われて見てみる。
確かに多い。
でも全部、不用品だ。
◇
商業組合から一人来るのかと思っていた。
違った。
三人来た。
さらに少し遅れて、もう二人増えた。
「多くない?」
「私に言わないでください」
ギルも若干呆れていた。
先頭にいた男が部屋へ入るなり、積み上がった物を見る。その後ろから来た人たちも、それぞれ違う場所へ散っていった。
「これが、あの方の不用物ですか?」
「あの方って私?」
「もちろんです」
妙に嬉しそうだった。
「以前より、あなたが持ち込む品には見たことのないものが多いと話になっておりまして」
「不用品だけど」
「そこが問題なのです」
問題らしい。
一人が洗濯ばさみを手に取り、何度も開閉している。
「同じ物がこれほど揃っている……」
別の人はS字フックを並べていた。
「形もほぼ同一です」
さらに別の人は収納ケースの蓋を開けたり閉めたりしている。
「軽い。しかも割れにくい」
「それ、普通のケースだよ?」
誰も聞いていなかった。
ピーラーを見つけた人もいる。
「こちらは?」
「皮むくやつ」
「刃が横向きに……」
「でもそれ使いにくいやつ」
全員がこっちを見た。
「使いにくい?」
「うん。もっといいの持ってる」
なぜか空気が少しざわついた。
「これより上があるのですか」
「あるよ」
「そちらは?」
「売らない」
そこは大事だ。
使いやすいピーラーまで売ったら、私が困る。
やがて、洗濯ネットを見ていた一人がチャックに気づいた。
一度開ける。
閉める。
また開ける。
「……少々よろしいですか」
「なに?」
「この開閉部分ですが、こちらも不用なのですか」
「洗濯ネットごといらないよ」
「そうではなく、この仕組みです」
商業組合の人たちが集まってきた。
洗濯ネットが回され、全員が順番にチャックを動かしている。
「一度の動作で連続して噛み合う……」
「紐も留め金も必要ない」
「衣服にも使えるのでは?」
「鞄にも」
話がどんどん大きくなっていく。
「ただのチャックだけど」
「チャック、と呼ぶのですか」
「そう」
男はしばらく考えたあと、こちらを向いた。
「これは技術登録をした方がよろしいでしょう」
「技術登録?」
「新しい構造や仕組みを登録する制度です。構造の解析はこちらで行いますので、持込者として登録していただければ、採用された際には使用料も支払われます」
「私が考えたんじゃないけど」
「ですが、この地へ持ち込んだのはあなたです」
「……お金もらえる?」
「はい」
「登録する」
それなら話は早い。
地球の誰かが考えたものなのは間違いないが、誰なのかも知らないし、今さら返しようもない。
もらえるものは、もらう。
ギルが隣で何とも言えない顔をしていた。
「……これ、広まったら継続的にお金が入るんじゃないですか」
「働かなくても?」
「そうなりますね」
「最高じゃん」
不用品から不労所得が生えた。
次に食器類へ移った人たちは、薄さや表面を見ながら何やら相談している。
「この透明な器も処分を?」
「グラス? うん。いっぱいあるから」
「これだけ均一なものを……」
「だから不用品だって」
どうも話が通じない。
そして、ついにスーツの前へ人が集まり始めた。
一人が上着を持ち上げ、裏返し、縫製を見ている。もう一人はパンツの折り目を確かめていたが、途中で手が止まった。
「……こちらにも先ほどと同じものが」
「ん?」
指しているのはズボンのチャックだった。
「そりゃあるよ」
商業組合の人たちがまた集まる。
「衣服にも使われている……」
「やはり応用範囲が広い」
チャック一つで随分盛り上がる。
「これも売却を?」
「売る」
「よろしいのですか?」
「一番いらない」
私は即答した。
「仕事着だから」
その言葉に、ギルが横から口を挟む。
「この人、働きたくないそうなので」
「そういうこと」
商業組合の人たちは、一瞬だけ黙った。
それから再び服へ視線を戻した。
「……では、遠慮なく」
「どうぞどうぞ」
未練はない。
むしろ持っていってほしい。
爺だけが少し惜しそうにスーツを眺めていた。
「坊ちゃまにも、こういった衣装が似合いそうでございますな」
「着ない」
「少々仕立て直せば」
「いらん」
「では一着だけ参考に」
「買うな」
ロキの方まで仕事着にされそうだった。
査定は思ったより長引いたものの、私は特にすることがないので椅子に座って眺めていた。
商業組合の人たちは楽しそうだった。
洗濯ばさみを並べ、ハンガーを比べ、食器を光に透かし、洗濯ネットのチャックを何度も開け閉めしている。
「……あれ、本当にそんなにいいもの?」
ギルに聞くと、少し困った顔をされた。
「一つ一つは生活雑貨でしょう。ただ、こちらでは見ない素材や加工が多すぎるんです」
「ふーん」
「あなたにとって普通でも、こちらでは普通ではありません」
なるほど。
だからといって、返してほしいとは思わなかった。
洗濯ばさみは洗濯ばさみだし、スーツは仕事着だ。
しばらくして、商業組合の人が査定額を書いた紙を持ってきた。
「こちらでいかがでしょう」
数字を見る。
思っていたより多い。
「こんなになるの?」
「むしろ、一部は今後競売に回した方が高くなる可能性があります。今回は即時買取分のみです」
「まだ増えるの?」
「はい」
さっき市場で使い切った分が、かなり戻ってきた。
しかも元手は、不用品。
素晴らしい。
「まだあるよ」
何気なく言った瞬間、商業組合の人たちの目が一斉に輝いた。
「まだ?」
「うん。家ごと持ってきたから」
「家ごと?」
ギルが立ち上がった。
「今日はもう出さないでください」
「なんで?」
「終わらなくなります!」
そう言われたら仕方ない。
残りはまた今度にしよう。
受け取ったお金を財布へ入れると、ついさっき空になったばかりのそれが再びずっしり重くなった。
これなら、さっき買えなかった焼き菓子も買える。
「じゃ、帰る前に市場寄ってくる」
「またですか」
「一個買えなかったの」
ギルは何か言いたそうだったが、私はもう立ち上がっていた。
◇
市場へ戻ると、さっき諦めた焼き菓子の店はまだ開いていた。
店のおじさんが私を見る。
「あれ、姉ちゃん。金なくなったんじゃなかったのか?」
「増えた」
「増えた?」
説明すると長いので、そのまま並んでいる焼き菓子を指した。
「これ、あるだけちょうだい」
「全部か?」
「全部」
おじさんの顔が輝いた。
後ろでロキがため息をつき、爺は満足そうに頷いている。
「坊ちゃまにもよろしいですな」
「俺を巻き込むな」
袋いっぱいの焼き菓子を受け取り、そのまま収納へ入れる。
今日だけで財布は一度空になり、不用品を売ってまた膨らみ、最後に少しだけ軽くなった。
でも、今度はまだ残っている。
私は一つだけ焼き菓子を取り出して齧った。
うん。
働かずに買うお菓子は、うまい。




