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46歳、異世界では絶対に働きません。  作者: Tomsug


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第28話 久しぶりの最初の町

 翌朝、リビングへ行くと、爺が台所に立っていた。


「おはようございます」


「おはよー」


 朝食でも作っているのかと思ったが、鍋もフライパンも出ていない。爺は冷蔵庫を開けたまま、中を眺めていた。


「何してるの?」


「朝食をご用意しようかと思ったのですが、食材がございません」


「あ」


 そうだった。


 森の家には冷蔵庫そのものはあるものの、最近ほとんど帰ってきていなかったので、中身はほぼ空だ。食べ物は基本的に私の収納へ入れてある。


「何いる?」


「では、卵とお肉、それからお野菜を少々。パンもございましたら」


「はいはい」


 言われたものを収納から出していく。


 卵。肉。野菜。パン。ついでに果物と牛乳、チーズ、調味料も追加した。


 冷蔵庫へ入れている途中で、ふと思う。


 これ、毎回やるの面倒だな。


「……よし」


 冷蔵庫へ手を向け、中に入れた食品が劣化しないよう魔法を付ける。


 時間そのものを止めると冷蔵庫なのに冷えなくなりそうなので、止めるのは腐敗や酸化、乾燥なんかの劣化だけ。冷蔵も冷凍も普通に働く。


 これならまとめて入れておけばいい。


「爺」


「はい」


「これから食材、ここに入れとくから。好きに使って」


「よろしいので?」


「そのために入れたんだから」


 残っていた肉や野菜、卵、乳製品なんかも適当に追加しておくと、爺は冷蔵庫の中を確認して満足そうに頷いた。


「承知いたしました」


 これで朝ごはんのたびに私が食材係をしなくて済む。


 素晴らしい。


 しばらくすると、パンと卵、焼いた肉に野菜、それから果物まで並んだ。


「坊ちゃま、そちらもお召し上がりください」


「朝から多い」


「育ち盛りでございます」


「昨日も聞いた」


 爺は気にした様子もなく、ロキの皿へ野菜を追加した。


 朝からオカンだった。


 私は空いている席へ座りながら、窓の向こうに広がる森を眺めた。せっかくこっちまで戻ってきたのだから、このまま南の島へ帰るのも少しもったいない。


「今日、町行かない?」


 ロキが野菜を避けながらこちらを見る。


「何をしに」


「特に何も。久しぶりだし」


 最初に来た町へは、南の島へ移ってから一度しか行っていない。用事がなければ行く必要もなかったが、だからこそ久しぶりにぶらつくくらいなら悪くない。


「坊ちゃまがお出かけになるのでしたら、私も」


「来なくていい」


「承知いたしかねます」


 昨日からずっとこれだった。


 結局、三人で町へ向かうことになった。


 森を抜けて町が見えてくると、景色は以前とほとんど変わっていなかった。門をくぐり、人の流れに混じって通りを歩いていると、懐かしいというより、ああこんな感じだったな、くらいの気持ちになる。


 最初に目についたのは市場だった。


「ちょっと見てく?」


「見るだけならな」


 ロキの言い方が妙に引っかかったが、そのまま市場へ足を向けた。


 通りへ入ってすぐ、果物を並べていたおじさんと目が合う。


 一瞬止まった。


 次の瞬間、顔がぱっと明るくなる。


「おお! 久しぶりじゃないか!」


「久しぶりー」


「ちょっと待ってろ!」


 何を待つのかと思っているうちに、おじさんが隣の店へ声をかけた。


「来たぞ!」


 何が。


 さらに隣、そのまた隣へと声が飛んでいく。


「例の姉ちゃん来たぞー!」


「奥のやつ出せ!」


「今日売れるぞ!」


 市場が急に騒がしくなった。


「……何これ」


「実績だろう」


 ロキは冷静だった。


「今日はそんな買わないよ?」


 そう言ったのに、誰も聞いていなかった。


 最初のおじさんが、籠いっぱいの赤い果物を持ってくる。


「これ、今朝入ったばっかりだ。甘いぞ!」


「へえ。じゃあ少し」


「こっちも見てけ! 前に買ってった干し肉、また入ってる!」


「あ、それ美味しかったやつ」


「新しい香辛料もあるよ!」


「それ気になる」


 気づけば両手が塞がっていた。


 もちろん収納があるので、すぐ全部入る。


 空いた。


 そしてまた渡される。


「これ、南の方じゃ見ない魚だぞ!」


「へえ」


「酒もある!」


「ヴェラ好きそう」


 買った。


「この菓子、坊ちゃんくらいの年なら好きだぞ!」


「ロキ食べる?」


「いらん」


「じゃあ買っとこ」


「なぜ聞いた」


 横から爺が菓子を見る。


「こちらは甘さ控えめでございますな。坊ちゃまにはよろしいかと」


「いらんと言っている」


「じゃあそれも」


「増やすな」


 そのうち、売り手側までロキの好みを探り始めた。


「坊ちゃん、肉は好きか?」


「普通だ」


「野菜は?」


「いらん」


「ございますな?」


 爺だけが反応した。


「では、そちらもいただきましょう」


「誰が食べると言った」


「坊ちゃまが」


「言っていない」


 市場を一周するだけのつもりだったのに、途中から完全に買い物大会になっていた。


 果物、肉、魚、パン、菓子、調味料、酒、布、食器、それに用途のよく分からない小物まで、見ていると欲しくなるものはいくらでもある。


「これ、南の家に置いたらよさそう」


「それも買うのか」


「うん」


「さっきから全部そう言っているぞ」


 気のせいだと思う。


 やがて、市場の端まで来たところで、小さな焼き菓子の店が目に入った。


「これ一個ちょうだい」


「はいよ!」


 財布を出し、中を見る。


「……あれ?」


 もう一度見る。


 振ってみる。


 何も増えない。


「どうされました?」


 爺が覗き込んできた。


「お金ない」


 ロキがこちらを見る。


「ない?」


「全部使ったっぽい」


 少し離れたところで、さっきの果物屋のおじさんが満足そうに腕を組んでいる。


「今日も景気よかったな!」


 周りの店も妙に機嫌がいい。


 なるほど。


 全部ここに置いてきたらしい。


「見事な使い切りでございますな」


「褒めてないよね?」


「もちろんでございます」


 たぶん褒めている。


 ロキはため息をついた。


「だから見るだけにしておけと」


「言ってないじゃん」


「言わなくても分かるだろう」


 分からなかった。


 焼き菓子は諦めた。


 食べ物自体は収納に山ほどあるし、家もあるので困るわけではない。ただ、今この瞬間、目の前のお菓子を買えない。


 これは少し困る。


「……お金ないと買い食いできないね」


「そこなのか」


「大事でしょ」


 ロキには分からないらしい。


 市場を出たあと、そのまま冒険者組合へ向かった。


 久しぶりに扉を開けると、中は以前と変わらず騒がしかった。受付の奥を見ていると、見覚えのある顔がこちらを見つけて固まる。


 ギルだった。


「……お久しぶりです」


「久しぶりー」


 ギルの視線が私からロキへ移り、その横の爺で止まる。


「……増えてませんか?」


「爺」


「説明になっていません」


 爺は一歩前へ出ると、きっちり頭を下げた。


「坊ちゃまがお世話になっております」


「坊ちゃま?」


 ギルがロキを見る。


 ロキはすぐに顔を逸らした。


「聞くな」


「元魔王なんだって」


「お前は軽すぎる」


 ギルが止まった。


「……元?」


「魔王」


「誰がですか」


「ロキ」


 ギルはしばらく何も言わなかった。


 その間に爺が静かに補足する。


「先代魔王でございます」


「補足しなくていい」


 ギルは額を押さえた。


「私は今、聞かなかったことにしてもいいですか」


「いいんじゃない?」


「よくないだろう」


 ロキだけが律儀だった。


 そのまま近くの席へ移ると、ギルは爺についていくつか聞いたものの、途中で諦めたらしい。爺がロキの幼少期から仕えていた執事だと分かると、少しだけ安心した顔をした。


 ただ、その直後。


「坊ちゃま、先ほど市場でお野菜も購入しておりますので、今夜は」


「言うな」


 ギルの表情が微妙に変わった。


「……ずいぶん、面倒見のいい方ですね」


「オカンだよ」


「執事でございます」


「どちらでもいいです」


 そう言いながら、ギルは私の前に置かれた財布へ目を向けた。


「ところで、それは?」


「空」


「空?」


「お金なくなった」


 ギルは一度、私を見る。


 それから市場がある方向を見る。


 そしてまた私を見る。


「……何をしたんですか」


「買い物」


「全部?」


「全部」


 しばらく沈黙したあと、ギルは深く息を吐いた。


「あなた、少し前までかなり持っていましたよね」


「持ってたね」


「どうして全部使うんですか」


「欲しいものいっぱいあったから」


 我ながら分かりやすい理由だった。


 ギルはもう一度ため息をつき、椅子にもたれた。


「普通は、所持金が減ってきたら仕事をします」


「働きたくない」


「知ってます」


 即答だった。


「依頼を受ければ稼げますよ」


「働くじゃん」


「だから仕事だと言ってるんです」


 それは困る。


 せっかく異世界まで来て、働かなくていい生活をしているのに、ここで普通に依頼を受けたら負けた気がする。


「じゃあ、働かないでお金ほしい」


 ギルがしばらく私を見た。


「……物でも売ればいいでしょう」


「物?」


「収納に色々あるんじゃないですか」


 ある。


 かなりある。


 食料も素材も、何に使うか分からないものも、そういえば色々入れたままだ。


「いっぱいあるわ」


「嫌な予感しかしませんが、必要なものまで売らないでくださいね」


「分かった」


「本当に分かってます?」


「たぶん」


 ギルはまた額を押さえた。


 その横で爺が静かに頷いている。


「では、坊ちゃまのお召し物で不要なものを」


「出すな」


「まだ何も出しておりません」


「考えるな」


 ロキは今日も大変そうだった。


 私は空になった財布を閉じながら、収納の中身を思い出す。


 働くのは嫌だ。


 でも、お金は欲しい。


 だったら、売ればいい。


 簡単だった。

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