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46歳、異世界では絶対に働きません。  作者: Tomsug


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第3話 家事はまとめて消したい

目を覚まして、しばらく天井を見上げていた。


 知らない天井だった。


 とはいえ、昨日自分で作った家なので、知らないのは当然である。


「……あ」


 異世界だった。


 そこまで思い出したところで、ソファで寝ていたことにも気づいた。寝室にはちゃんとベッドを出したはずなのに、眠くなった場所でそのまま寝たらしい。


「何のために出したんだろ」


 身体を起こして窓の外を見ると、雨はすっかり上がっていた。濡れた木々の葉が朝の光を反射し、森全体が昨日より少し濃い色に見える。


 家の周囲に水が溜まっている様子もなく、昨夜の雨はきれいに流れている。


「ちゃんと仕事してる」


 家が。


 私ではない。


 大変よろしい。


 キッチンへ行き、冷蔵庫から水を取り出したところで、自分の格好が昨日からほとんど変わっていないことに気づいた。


 Tシャツに短パン。


 異世界へ落ち、森を歩き、家まで建て、そのまま寝た。


「風呂入ろ」


 さすがにこれは入った方がいい。


 浴室へ行き、蛇口をひねってみる。


 水だった。


「だよね」


 昨日作ったのは給水設備までで、お湯のことは完全に忘れていた。


 とはいえ、今さら火を焚いて湯を沸かす生活を始める気はない。


 温度を指定して出せないかと考えると、《万能生産》がすぐに反応したので、給水設備へ加熱機能を追加し、浴室の壁に温度設定の操作板を付けた。


 三十八度。


 もう一度蛇口をひねると、今度はほどよく温かい湯が出た。


「よし」


 シャンプーもボディソープもタオルも、昨日まで使っていた物がそのままあるので、風呂に関しては異世界感がほとんどない。


 湯船へ身体を沈めれば、むしろ自宅より静かなくらいだった。


「これ、悪くないなあ……」


 窓の向こうには朝の森が広がり、人の声も車の音もしない。


 しばらくぼんやり浸かっていたものの、腹が減ってきたので上がることにした。


 収納から着替えを出し、髪を乾かす。ドライヤーも普通に動いた。


 そこまでは良かった。


 問題は、脱いだ服だった。


 Tシャツと短パンを手にしたまま止まる。


「……洗濯」


 洗濯機はある。


 洗剤も柔軟剤もある。


 水も出る。


 普通に洗濯はできる。


 できるのだが。


 洗濯機に入れる。終わったら取り出す。干す。乾いたら取り込む。畳む。しまう。


 そこまで頭の中で再生した時点で、嫌になった。


「……毎回これやるの?」


 一人分とはいえ、異世界へ来てまで洗濯物を干したくない。


 乾燥機付きにしたところで、取り出して畳む作業は残る。


 脱いだTシャツを見つめる。


「全部勝手に終わらないかな」


 《万能生産》が反応した。


「できるんだ」


 だったら話は早い。


 水で洗う必要すらないらしく、汗や皮脂、汚れ、臭いだけを取り除き、シワを伸ばして、傷んだ部分まで軽く直せるという。


 ならば、と人が一人入れそうな縦長の装置を作った。


 服はハンガーに掛けたまま入れ、靴下や下着はケースごと放り込む。扉を閉めれば、あとは全部勝手に終わる。


 昨日着ていたTシャツと短パンを入れてみると、しばらくして軽い音が鳴った。


「電子レンジみたい」


 扉を開ければ、臭いもシワも消えている。


 そのままハンガーごとクローゼットへ戻した。


「……これでいいじゃん」


 洗濯機はいらなかった。


 少なくとも服には。


 朝食は食パンと卵にした。目玉焼きを作り、パンを焼いて、ヨーグルトも一緒にローテーブルへ運ぶ。


「いただきます」


 異世界へ来て初めて作った料理が目玉焼きというのも、ずいぶん普通な話だった。


 世界を渡り、万能魔法を持ち、家まで数分で建てられるようになったのに、朝食はトーストと目玉焼き。


 まあ、食べたい物を食べればいい。


 窓の外は晴れている。


 食べ物も水も家もある。


 洗濯までしなくてよくなった。


「……今日も町、行かなくていいな」


 神がわざわざ徒歩十分の場所へ町を用意してくれたことなど、すっかり優先順位が下がっていた。


 朝食を食べ終え、皿を持って立ち上がる。


 そこで足が止まった。


 シンクには、使い終わった皿とフライパンがある。


「……」


 しばらく眺める。


「今度は皿か」


 洗えばいい。


 皿一枚とフライパン一つなら、大した手間でもない。


 ただ、さっき洗濯を消したばかりなのに、今度は皿を洗うというのが妙に納得できなかった。


 皿を洗えば、次はテーブルを拭く。


 床には髪の毛や埃が落ちるし、風呂を使えば浴槽を洗う。洗面台も汚れるし、窓もそのうち曇る。


 ゴミも出る。


 シーツも替える。


 冷蔵庫の中だって、放っておけば汚れる。


「……これ、一個ずつやるの馬鹿らしいな」


 そこまで考えたところで、結論は早かった。


「家ごと勝手にやってくれないかな」


 《万能生産》が反応した。


 少し黙る。


「……できるの?」


 できるらしい。


 ならば話はもっと早い。


 ソファへ戻り、座ったまま必要なものを考えることにした。


 まず掃除。


 床、壁、窓、家具についた埃や汚れは勝手に除去。浴室、トイレ、洗面台も使用後に自動で洗って、カビや水垢も発生する前に処理する。


「風呂の排水口も」


 あれは絶対に触りたくない。


 追加。


 キッチンでは、使い終わった食器や調理器具を置けば自動で汚れを落とす。


 せっかくなら、元の場所へ戻してほしい。


「できるなら戻して」


 設計が更新された。


 次はゴミ。


 食品の包装や容器、生ごみなどは自動で分別し、使える物は資材として再利用する。ただし判断できない物は勝手に消さない。


「それ大事」


 大事な物まで処分されたら困る。


 寝具も、シーツも、枕も。


 冷蔵庫もキッチンも。


 窓も玄関も。


 床下まで指定したところで、一度考える。


「……外は?」


 家の周りに落ち葉が積もるくらいなら別にいい。


 森なのだから、そこまで掃除する必要はない。


「家の中だけでいいや」


 最終決定すると、家全体が淡く光った。


 壁や床の中へ魔力の経路が広がり、給水設備や照明、排水処理とつながっていく。


 見た目は何も変わらない。


 ただ、家そのものが一つの大きな魔道具になったらしい。


 目の前に表示が浮かぶ。


 《住居自動管理:稼働》


「……終わり?」


 試しに、さっき使った皿とフライパンをシンクへ置く。


 淡い光が走り、汚れが消えた。


 水滴すら残らないまま、皿がふわりと浮いて食器棚へ収まり、フライパンも定位置へ戻っていく。


「最高じゃん」


 床へ視線を落とせば、さっきまであった小さなパンくずも消えていた。


 念のため浴室を覗いてみると、朝使った浴槽はすでに乾いていて、鏡にも水滴一つない。


「……もう掃除しなくていい?」


 《住居自動管理:正常稼働中》


 答えの代わりに表示が返ってきた。


「よし」


 満足してリビングへ戻り、ソファへ身体を沈める。


 朝食は食べた。


 風呂にも入った。


 洗濯物もない。


 洗い物もない。


 掃除する場所もない。


「……暇だな」


 口にした瞬間、少し考える。


 そして笑った。


「最高」


 暇になるために、ここまでやったのだ。


 異世界生活二日目。


 世界を救う準備は、一つも進んでいない。


 その代わり、家事はほぼ滅びた。

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