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46歳、異世界では絶対に働きません。  作者: Tomsug


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第23話 店じゃないけど

 祝福が切れて昼寝のできる生活が戻ってからも、骸骨たちはエステ棟で好きに過ごしていた。


 別に毎日働けと言った覚えはないし、そもそも私が自分のために作った場所なので、使っていない間は何をしていても構わない。ただ、幽霊船まで解体してしまった以上、居場所くらいはあった方がいいと思い、エステ棟とは別に小さな休憩棟だけ作っておいた。


「休みたい時は休んでいいからね。別に働かなくてもいいし、あとは好きにして」


 並んだ骸骨たちが一斉に頷いたので、それ以上は口を出さなかった。


 数日後には、施術をする者、掃除をする者、休憩棟にいる者が自然に入れ替わるようになっていたけれど、それも本人たちが勝手に決めたらしい。


「……シフト組んだ?」


 一体が頷く。


「誰も頼んでないんだけど」


「好きにしていいと言ったのだろう」


 横からロキに言われ、私は黙った。


 確かに言った。


◇


 最初の客が来たことを、私は知らなかった。


 その日は昼食を食べたあと、ごろ寝ソファでいつも通り昼寝をしていた。


 台風のあとで少し航路が変わったのか、一隻の商船が島の近くを通り、海辺にぽつんと建っている妙に立派な建物を見つけたらしい。


 無人島に建物。しかも、人影らしいものまである。


 気になって上陸した商人たちを出迎えたのは、ローブを着た骸骨だった。


 驚いて逃げなかったのは、商人根性なのか単に好奇心が勝ったのかは知らない。骸骨たちはいつも通りタオルを用意し、飲み物を出し、施術台まで整えたらしいので、結局そのまま何人かが施術を受けて帰っていった。


 そんなことがあったと知ったのは、昼寝から起きたあとだった。


「なんか今日、向こう騒がしくなかった?」


 何となくロキへ聞くと、あっさり答えが返ってくる。


「客が来ていたぞ」


「…………客?」


「商船が一隻寄って、何人か施術を受けて帰った」


「何で言わないの?」


「聞かれなかったからな」


 いや、そこは普通言うところではないだろうか。


「問題も起きていなかった」


「まあ……そうか……」


 確かに何も壊されていないし、骸骨たちも平然としている。


 仕方なくその日は流した。


 ところが、その商船が港へ戻って余計なことを喋ったらしい。


 南の無人島に骸骨がやっている妙な施術所がある。見た目は怖いが腕はいい。海を眺めながら受けられて、終わったあとは妙に身体が軽い。


 そんな話がどんどん広がり、数日後には別の船が来た。


 その次は二隻。


 さらにその次は、朝から何人かが順番を待っていた。


「……増えてない?」


「増えているな」


 ロキは面白そうに海を眺めている。


 骸骨たちは別に嫌がっている様子もなく、むしろ自分たちで客を案内し、いつの間にか代金まで受け取るようになっていた。


 私が稼いだ金ではないので、売上はそのまま骸骨たちのものとして箱へ入れておくことにした。


 問題は、それとは別のところにあった。


「船、多いな……」


 せっかく目の前が海なのに、その海に船が浮かんでいる。


 一隻ならまだ絵になる。


 二隻くらいでもまあいい。


 五隻を超えたあたりから、完全に違う。


「景観が……」


「客が増えればそうなるだろう」


「分かってるけどさぁ」


 とはいえ、骸骨たちは好きでやっているらしい。


 ティムしたからといって、私の都合だけで全部やめさせるのも違う気がする。


「……まあ、この子たちがやりたいなら、ちょっとくらいは我慢するか」


 自分に言い聞かせて、その日はカーテンを半分閉めた。


◇


 一週間ほど経った朝。


 今度はカーテンを開けたまま固まった。


「…………」


 海に船。


 その向こうにも船。


 さらにその向こうにも船。


 エステ棟の前には長い列までできている。


「これは、ちょっとの範囲を超えてない?」


「繁盛しているな」


「誰も繁盛させようとしてないんだけど」


 ロキは笑いを堪える気すらないらしい。


 客がエステ棟の周辺にいるだけなら、まだ我慢できる。


 そう思っていた日の昼過ぎ、ひときわ大きく豪華な船が島へ近づいてきた。


◇


 その一行は、当然のように列へ並ばなかった。


 先頭にいるのは、見るからに仕立てのいい服を着た若い娘だった。髪も装飾品も手入れが行き届いており、後ろには侍女や護衛らしき者が何人もついている。


 しばらくエステ棟の前で何やら揉めていたものの、骸骨たちが順番を変えなかったらしく、やがて一行はそのままヴィラの方へ向かってきた。


「こっち来るね」


「来るな」


 テラスから眺めていると、侍女の一人がヴィラの前で声を張る。


「こちらの主人をお呼びなさい」


「私だけど」


 その場で答えると、娘がこちらを上から下まで眺めた。


「あなたが?」


「そうだけど」


 どうやら気に入らなかったらしい。


「では話は早いわ。あの施術所を空けなさい。今日はわたくしが使います」


「並べば?」


 娘の眉がぴくりと動く。


「……まさか、わたくしにあれへ並べと?」


「みんな並んでるけど」


「何を言っているの。このわたくしが利用して差し上げるのよ? 光栄に思いなさい」


 ああ。


 そういう人か。


「別に使ってもらわなくて大丈夫だけど」


「何ですって?」


「嫌なら帰っていいよ」


 娘は信じられないものを見るような顔をしたあと、ふとヴィラへ目を向けた。


「まあいいわ。こちらの館は悪くないわね。滞在中はここを使います」


 飲み物へ伸ばしていた手が止まった。


「ここ、私の家だけど」


「ですから?」


 本気で分からないらしい。


「わたくしほどの者が滞在して差し上げるのよ。この島にも箔がつくでしょう。あなたは別の場所へ移ればよろしいわ」


 横にいたロキが、ちらりとこちらを見た。


 さっきまで半分呆れていた顔から、すっと表情が消える。


「……おい」


 何か言いかけたものの、そのまま口を閉じた。


 娘はそんなことにも気づかず、さらにエステ棟の方を指した。


「それから、あの骨たちも滞在中はわたくし専属にしなさい。他の者たちに使わせる必要はありません。わたくしが利用して差し上げるのだから、それで十分でしょう」


 ロキが一歩横へ動いた。


「……何で離れるの」


「いや」


 それ以上は言わない。


 私は娘へ視線を戻した。


「帰って」


 一瞬、相手が黙る。


「……何ですって?」


「帰れって言ってる」


「無礼な! わたくしが使って差し上げると言っているのよ!」


「いらない」


 それでもまだ何か言い始めたので、続きを聞くのはやめた。


 一行まとめて転移させる。


 娘も、侍女も、護衛も、目の前からきれいに消えた。


 静かになった庭で、ロキがこちらへ戻ってくる。


「……やはりそうなったか」


「何」


「何でもない」


「人の家まで来て、家よこせって何なのよ」


「怒っているな」


「怒るでしょ」


 船が増えたくらいなら我慢した。


 知らない人が少しくらい島へ来るのも我慢した。


 エステを使いたいだけなら、好きにすればいい。


 でも、私の家まで寄越せと言われて我慢する理由はない。


◇


 翌朝。


 客は減っていなかった。


 むしろ増えていた。


「……なんで?」


 どうやら昨日の件まで噂になったらしい。


 高位貴族でも割り込みできず、他の客と同じように扱われた。


 その話がなぜか好意的に広まり、海には昨日以上の船が浮かんでいる。


「人気上がってるんだけど」


「良かったではないか」


「良くない」


 もう限界だった。


 骸骨たちにやめろとは言いたくない。


 でも私も静かに暮らしたい。


 海の向こうを眺めているうちに、少し離れたところにある無人島が目に入った。


「……あっちでいいじゃん」


「何がだ」


「全部」


 ようやく答えが出た。


◇


 リゾート型エステ施設は、まとめて隣の無人島へ移した。


 エステ棟だけでなく、足湯や休憩スペースもそのまま移設し、客が入れる入口は一か所に固定する。それ以外の場所から上陸しようとしても、結界が強制的に押し戻すようにした。


 ついでに、これ以上面倒が増えないよう簡単な決まりも作る。


 施術代は前払い。


 払わない者には、骸骨たちは何を言われても施術しない。


 一度でも踏み倒そうとした者は出入り禁止。


 客同士の喧嘩くらいなら勝手にしてほしいけれど、骸骨たちへ手を出した場合だけは別だった。従魔契約を通してこちらへ異常が伝わるようにし、その時点で問答無用で島の外へ飛ばす。


「これで面倒な客も減るでしょ」


「増える前提なのだな」


「絶対いるもん」


 ここまで人が来れば、善良な客ばかりというわけにはいかない。


 骸骨たちの休憩棟だけはこちらの島に残し、二つの島を行き来できる専用の裏口を作る。通れるのは、私とロキと骸骨たちだけだ。


「これでよし」


 エステ目当ての船は、早速隣の島へ向かっていった。


 人も船もいなくなった海を眺める。


「……戻った」


「随分我慢したな」


「私も大人だからね」


 少しくらいなら我慢できる。


 限度はあるけど。


◇


 前払い制は、思ったより早く役に立った。


 隣の島へ移して数日後、受付の前で一人の男が骸骨相手に声を荒らげていた。


「だから、終わってから払うと言っているだろう!」


 受付の骸骨は動かない。


「聞いているのか!」


 動かない。


 男が施術室を指さして何か言っても、やっぱり動かない。


 その横で、きちんと代金を払った次の客を別の骸骨が案内していく。


「おい! なぜそいつが先なんだ!」


 後ろに並んでいた誰かが、呆れたように答えた。


「払ったからだろ」


 私は少し離れたところからその様子を見ていたが、特に口を出す必要はなさそうだった。


 骸骨たちは思った以上に頑固である。


◇


 隣の島へ移してからも、エステは相変わらず繁盛していた。


 私には関係ないので、普段は好きにさせている。


 ただし、自分が使いたい時だけは別だった。


 ある日、肩が少し重かったので裏口からふらっと顔を出すと、私を見つけた骸骨がすぐにタオルを準備し、別の一体が施術台を整え始めた。


 入口には客が並んでいるが、待つ必要はない。


 これは元々、私が自分のために作った場所である。


「肩やって」


 案内されようとしたところで、列から不満そうな声が飛んできた。


「待て! 我々はずっと待っているんだぞ!」


 振り向く。


「うん」


「なぜあなたが先なんだ!」


「私のだから」


 男がぽかんとする。


「それでも店なら客を優先するべきだろう!」


 私は首を傾げた。


「店じゃないけど」


「……は?」


「これ、自分用に作ったの。勝手に人が来るようになっただけ」


 横にいたロキが口を挟む。


「前払いまで導入したが」


「それはこの子たちが困らないため」


 受付にいた骸骨を指すと、本人も頷いた。


「私は営業してないし」


 男はまだ何か言いたそうだったけれど、施術台の準備が終わったので、もうそちらへ向かう。


「じゃ、よろしく」


 海を眺めながら横になると、ちょうどいい力で肩がほぐされていく。


 遠くでは、今日も客が並んでいた。


 でも関係ない。


 これは、私が休むために作った場所なのだから。

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