第23話 店じゃないけど
祝福が切れて昼寝のできる生活が戻ってからも、骸骨たちはエステ棟で好きに過ごしていた。
別に毎日働けと言った覚えはないし、そもそも私が自分のために作った場所なので、使っていない間は何をしていても構わない。ただ、幽霊船まで解体してしまった以上、居場所くらいはあった方がいいと思い、エステ棟とは別に小さな休憩棟だけ作っておいた。
「休みたい時は休んでいいからね。別に働かなくてもいいし、あとは好きにして」
並んだ骸骨たちが一斉に頷いたので、それ以上は口を出さなかった。
数日後には、施術をする者、掃除をする者、休憩棟にいる者が自然に入れ替わるようになっていたけれど、それも本人たちが勝手に決めたらしい。
「……シフト組んだ?」
一体が頷く。
「誰も頼んでないんだけど」
「好きにしていいと言ったのだろう」
横からロキに言われ、私は黙った。
確かに言った。
◇
最初の客が来たことを、私は知らなかった。
その日は昼食を食べたあと、ごろ寝ソファでいつも通り昼寝をしていた。
台風のあとで少し航路が変わったのか、一隻の商船が島の近くを通り、海辺にぽつんと建っている妙に立派な建物を見つけたらしい。
無人島に建物。しかも、人影らしいものまである。
気になって上陸した商人たちを出迎えたのは、ローブを着た骸骨だった。
驚いて逃げなかったのは、商人根性なのか単に好奇心が勝ったのかは知らない。骸骨たちはいつも通りタオルを用意し、飲み物を出し、施術台まで整えたらしいので、結局そのまま何人かが施術を受けて帰っていった。
そんなことがあったと知ったのは、昼寝から起きたあとだった。
「なんか今日、向こう騒がしくなかった?」
何となくロキへ聞くと、あっさり答えが返ってくる。
「客が来ていたぞ」
「…………客?」
「商船が一隻寄って、何人か施術を受けて帰った」
「何で言わないの?」
「聞かれなかったからな」
いや、そこは普通言うところではないだろうか。
「問題も起きていなかった」
「まあ……そうか……」
確かに何も壊されていないし、骸骨たちも平然としている。
仕方なくその日は流した。
ところが、その商船が港へ戻って余計なことを喋ったらしい。
南の無人島に骸骨がやっている妙な施術所がある。見た目は怖いが腕はいい。海を眺めながら受けられて、終わったあとは妙に身体が軽い。
そんな話がどんどん広がり、数日後には別の船が来た。
その次は二隻。
さらにその次は、朝から何人かが順番を待っていた。
「……増えてない?」
「増えているな」
ロキは面白そうに海を眺めている。
骸骨たちは別に嫌がっている様子もなく、むしろ自分たちで客を案内し、いつの間にか代金まで受け取るようになっていた。
私が稼いだ金ではないので、売上はそのまま骸骨たちのものとして箱へ入れておくことにした。
問題は、それとは別のところにあった。
「船、多いな……」
せっかく目の前が海なのに、その海に船が浮かんでいる。
一隻ならまだ絵になる。
二隻くらいでもまあいい。
五隻を超えたあたりから、完全に違う。
「景観が……」
「客が増えればそうなるだろう」
「分かってるけどさぁ」
とはいえ、骸骨たちは好きでやっているらしい。
ティムしたからといって、私の都合だけで全部やめさせるのも違う気がする。
「……まあ、この子たちがやりたいなら、ちょっとくらいは我慢するか」
自分に言い聞かせて、その日はカーテンを半分閉めた。
◇
一週間ほど経った朝。
今度はカーテンを開けたまま固まった。
「…………」
海に船。
その向こうにも船。
さらにその向こうにも船。
エステ棟の前には長い列までできている。
「これは、ちょっとの範囲を超えてない?」
「繁盛しているな」
「誰も繁盛させようとしてないんだけど」
ロキは笑いを堪える気すらないらしい。
客がエステ棟の周辺にいるだけなら、まだ我慢できる。
そう思っていた日の昼過ぎ、ひときわ大きく豪華な船が島へ近づいてきた。
◇
その一行は、当然のように列へ並ばなかった。
先頭にいるのは、見るからに仕立てのいい服を着た若い娘だった。髪も装飾品も手入れが行き届いており、後ろには侍女や護衛らしき者が何人もついている。
しばらくエステ棟の前で何やら揉めていたものの、骸骨たちが順番を変えなかったらしく、やがて一行はそのままヴィラの方へ向かってきた。
「こっち来るね」
「来るな」
テラスから眺めていると、侍女の一人がヴィラの前で声を張る。
「こちらの主人をお呼びなさい」
「私だけど」
その場で答えると、娘がこちらを上から下まで眺めた。
「あなたが?」
「そうだけど」
どうやら気に入らなかったらしい。
「では話は早いわ。あの施術所を空けなさい。今日はわたくしが使います」
「並べば?」
娘の眉がぴくりと動く。
「……まさか、わたくしにあれへ並べと?」
「みんな並んでるけど」
「何を言っているの。このわたくしが利用して差し上げるのよ? 光栄に思いなさい」
ああ。
そういう人か。
「別に使ってもらわなくて大丈夫だけど」
「何ですって?」
「嫌なら帰っていいよ」
娘は信じられないものを見るような顔をしたあと、ふとヴィラへ目を向けた。
「まあいいわ。こちらの館は悪くないわね。滞在中はここを使います」
飲み物へ伸ばしていた手が止まった。
「ここ、私の家だけど」
「ですから?」
本気で分からないらしい。
「わたくしほどの者が滞在して差し上げるのよ。この島にも箔がつくでしょう。あなたは別の場所へ移ればよろしいわ」
横にいたロキが、ちらりとこちらを見た。
さっきまで半分呆れていた顔から、すっと表情が消える。
「……おい」
何か言いかけたものの、そのまま口を閉じた。
娘はそんなことにも気づかず、さらにエステ棟の方を指した。
「それから、あの骨たちも滞在中はわたくし専属にしなさい。他の者たちに使わせる必要はありません。わたくしが利用して差し上げるのだから、それで十分でしょう」
ロキが一歩横へ動いた。
「……何で離れるの」
「いや」
それ以上は言わない。
私は娘へ視線を戻した。
「帰って」
一瞬、相手が黙る。
「……何ですって?」
「帰れって言ってる」
「無礼な! わたくしが使って差し上げると言っているのよ!」
「いらない」
それでもまだ何か言い始めたので、続きを聞くのはやめた。
一行まとめて転移させる。
娘も、侍女も、護衛も、目の前からきれいに消えた。
静かになった庭で、ロキがこちらへ戻ってくる。
「……やはりそうなったか」
「何」
「何でもない」
「人の家まで来て、家よこせって何なのよ」
「怒っているな」
「怒るでしょ」
船が増えたくらいなら我慢した。
知らない人が少しくらい島へ来るのも我慢した。
エステを使いたいだけなら、好きにすればいい。
でも、私の家まで寄越せと言われて我慢する理由はない。
◇
翌朝。
客は減っていなかった。
むしろ増えていた。
「……なんで?」
どうやら昨日の件まで噂になったらしい。
高位貴族でも割り込みできず、他の客と同じように扱われた。
その話がなぜか好意的に広まり、海には昨日以上の船が浮かんでいる。
「人気上がってるんだけど」
「良かったではないか」
「良くない」
もう限界だった。
骸骨たちにやめろとは言いたくない。
でも私も静かに暮らしたい。
海の向こうを眺めているうちに、少し離れたところにある無人島が目に入った。
「……あっちでいいじゃん」
「何がだ」
「全部」
ようやく答えが出た。
◇
リゾート型エステ施設は、まとめて隣の無人島へ移した。
エステ棟だけでなく、足湯や休憩スペースもそのまま移設し、客が入れる入口は一か所に固定する。それ以外の場所から上陸しようとしても、結界が強制的に押し戻すようにした。
ついでに、これ以上面倒が増えないよう簡単な決まりも作る。
施術代は前払い。
払わない者には、骸骨たちは何を言われても施術しない。
一度でも踏み倒そうとした者は出入り禁止。
客同士の喧嘩くらいなら勝手にしてほしいけれど、骸骨たちへ手を出した場合だけは別だった。従魔契約を通してこちらへ異常が伝わるようにし、その時点で問答無用で島の外へ飛ばす。
「これで面倒な客も減るでしょ」
「増える前提なのだな」
「絶対いるもん」
ここまで人が来れば、善良な客ばかりというわけにはいかない。
骸骨たちの休憩棟だけはこちらの島に残し、二つの島を行き来できる専用の裏口を作る。通れるのは、私とロキと骸骨たちだけだ。
「これでよし」
エステ目当ての船は、早速隣の島へ向かっていった。
人も船もいなくなった海を眺める。
「……戻った」
「随分我慢したな」
「私も大人だからね」
少しくらいなら我慢できる。
限度はあるけど。
◇
前払い制は、思ったより早く役に立った。
隣の島へ移して数日後、受付の前で一人の男が骸骨相手に声を荒らげていた。
「だから、終わってから払うと言っているだろう!」
受付の骸骨は動かない。
「聞いているのか!」
動かない。
男が施術室を指さして何か言っても、やっぱり動かない。
その横で、きちんと代金を払った次の客を別の骸骨が案内していく。
「おい! なぜそいつが先なんだ!」
後ろに並んでいた誰かが、呆れたように答えた。
「払ったからだろ」
私は少し離れたところからその様子を見ていたが、特に口を出す必要はなさそうだった。
骸骨たちは思った以上に頑固である。
◇
隣の島へ移してからも、エステは相変わらず繁盛していた。
私には関係ないので、普段は好きにさせている。
ただし、自分が使いたい時だけは別だった。
ある日、肩が少し重かったので裏口からふらっと顔を出すと、私を見つけた骸骨がすぐにタオルを準備し、別の一体が施術台を整え始めた。
入口には客が並んでいるが、待つ必要はない。
これは元々、私が自分のために作った場所である。
「肩やって」
案内されようとしたところで、列から不満そうな声が飛んできた。
「待て! 我々はずっと待っているんだぞ!」
振り向く。
「うん」
「なぜあなたが先なんだ!」
「私のだから」
男がぽかんとする。
「それでも店なら客を優先するべきだろう!」
私は首を傾げた。
「店じゃないけど」
「……は?」
「これ、自分用に作ったの。勝手に人が来るようになっただけ」
横にいたロキが口を挟む。
「前払いまで導入したが」
「それはこの子たちが困らないため」
受付にいた骸骨を指すと、本人も頷いた。
「私は営業してないし」
男はまだ何か言いたそうだったけれど、施術台の準備が終わったので、もうそちらへ向かう。
「じゃ、よろしく」
海を眺めながら横になると、ちょうどいい力で肩がほぐされていく。
遠くでは、今日も客が並んでいた。
でも関係ない。
これは、私が休むために作った場所なのだから。




