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46歳、異世界では絶対に働きません。  作者: Tomsug


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第22話 休むために

 目が覚めた。


 ものすごく、すっきりと。


 身体は軽く、頭も冴えている。昨日あれだけ砂浜を歩き回ったというのに疲れは欠片も残っておらず、窓の向こうでは朝日がようやく昇り始めたところだったので、私は天井を見たまましばらく動かなかった。


「……あの魔女め」


 一週間、毎朝すっきり目覚めて疲れも残りにくく、昼間も眠くならない祝福。


 普通ならありがたいのかもしれないが、私は別に爽快な朝を求めていない。眠れるなら眠っていたいし、昼寝は必要だからするものではなく、したいからするものだ。


 試しにもう一度目を閉じ、横を向いて布団を鼻まで引き上げてみたものの、頭は腹が立つほど冴えたままだった。


「……最悪」


 仕方なく起きてリビングへ行き、まだ誰もいないごろ寝ソファへ沈む。眠くなくても横になることはできるので、せめてそこだけは譲りたくなかった。


◇


 昼食後、今度こそ昼寝をしようとソファへ戻った。


 室温はちょうどよく、海から聞こえる波音もほどよい。毛布まで用意して完璧な環境を整えたのに、目を閉じても一向に眠気は来ず、向きを変えようが頭まで毛布をかぶろうが結果は同じだった。


「……余計なもん置いていきやがって」


 近くで本を読んでいたロキが顔を上げる。


「昼間は眠くならないと言っていただろう」


「知ってる。知ってるから腹立ってんの」


 だったら疲れれば眠れるかもしれないと思い、庭へ出て光遊草を追い回した。いつもならそろそろ息が上がる頃まで走ってみても身体は妙に軽いままだったので、そのままプールへ入り、何度も往復してみる。それでも水から上がった頃には呼吸すらほとんど乱れていなかった。


「……これ、いつ疲れるの?」


「祝福が効いている間は難しいのではないか」


 なんという迷惑な高性能。


 眠れないうえに疲れもしないなら、家に籠もっていても暇なだけなので、私はサンダルを履いた。


「島歩いてくる」


 ロキは本を閉じながら立ち上がった。


「何を探しに行くんだ」


「疲労」


 もっとも、それが一番見つからないことは、もう分かり始めていた。


◇


 普段なら、ある程度歩いたところで面倒になり、転移で帰ってしまう。それが今日は身体だけが無駄に元気なので、気づけば今まで来たことのない島の奥まで入り込んでいた。


 台風の跡はまだあちこちに残っており、折れた枝や飛ばされた葉が地面を覆っている。海沿いへ抜けると、流木や海藻に交じって、岩場へ斜めに乗り上げた大きな木造船が見えた。


「……船?」


 正確には、船だったものだ。


 船体の一部は割れ、帆もほとんど残っておらず、黒ずんだ木材には錆びた金具がぶら下がっている。台風で流れ着いたのだろうが、ずいぶん古そうだった。


「中、誰かいる?」


「いるな」


「いるんだ……」


 一瞬帰ろうかと思ったものの、ここまで歩いてきて何も見ずに帰るのも悔しい。割れた船体から中を覗くと、奥からカタ、カタと乾いた音が近づいてきた。


「……嫌な音」


 やがて姿を現したのは、真っ白な骸骨だった。


「うわ」


 幸い肉は一片も残っていないので、腐っているよりはだいぶマシだった。しかも骸骨はこちらを見るなり襲いかかってくるでもなく、床に落ちていた縄を拾うと、几帳面に巻き始める。その奥では別の一体が箒で甲板を掃き、もう一体は割れた樽をせっせと運んでいた。


「……何してんの、あれ」


「船員だったのだろう」


「死んでも働いてるの?」


 怖いより先に気の毒になってきた。


 船は壊れているし、船長らしい姿もない。それでも生前の仕事だけが残っているらしく、骸骨たちは黙々と働き続けている。


 しばらく眺めているうちに、ふと思いついた。


「……これ、ティムできる?」


「やってみればいいだろう」


 試してみると、あっさりできた。


 従魔扱いになった途端、数体の骸骨が一斉に手を止めてこちらを見る。どうやら命令待ちらしい。


 疲れない。文句も言わない。指示がある限り働き続ける。


 私はその白い骨の手を眺めた。


「この子たち、エステできないかな」


 ロキが黙った。


 かなり長く黙ったあと、ようやく口を開く。


「なぜ骸骨を見て、そこへ行き着く」


「南国だよ?」


「それがどうした」


「リゾートといえばエステでしょ」


 私としては、ごく自然な発想だった。


◇


 試しに一体へ肩を揉ませてみたものの、硬い指先が思いきり食い込んできたので、数秒で断念した。


「痛い痛い、無理! これ凶器!」


 止めさせてから力を弱めてもらう。


「弱い」


 調整。


「弱すぎ」


 調整。


「痛い!」


 調整を繰り返している間、後ろでは残りの骸骨たちがきれいに一列に並び、無言でこちらを見つめていた。


「……圧がすごいのよ」


 しかも施術を止めた拍子に顔を上げると、目の前には頭蓋骨がある。


「近い近い。怖いって!」


 これではリラクゼーションどころではないので、《万能生産》へ柔らかな施術用手袋と身体を覆う軽いローブを作らせ、顔にも布と飾りを加えて骨感を減らした。


 着替え終わった骸骨たちを並べて眺める。


「……うん。だいぶエステティシャン」


「どこがだ」


 ロキの反応は冷たかったが、さっきよりは間違いなくそれっぽい。


 もう一度肩を揉ませながら力加減や位置を細かく調整していくと、骸骨は無言で頷き、次からはきっちり同じ動きを再現した。


「……優秀じゃん」


 そこから話は早かった。


◇


 二日目には幽霊船から使える木材や金具を回収し、潮風に晒された古い木の風合いをそのまま活かして、ヴィラから少し離れた海沿いに小さなリラクゼーション棟を作った。半屋外の施術スペースは海へ向け、日差しだけを遮る屋根の下に柔らかなベッドを並べると、薄いカーテンの向こうから波音が聞こえてくる。


「……いいじゃん」


 ここまで来ると香りも欲しくなったので、島を歩きながら甘い香りの花や爽やかな葉を集め、《万能生産》で安全性を確認してオイルや香料へ加工する。砂浜の海塩はスクラブになり、島の内側で見つけた滑らかな白い泥は肌へ使えると分かったので、そのまま泥パックへ回した。


「また増えたな」


 呆れたように言うロキへ、私は集めた素材を見せる。


「だって使えるんだもん」


 見つかったものを有効活用しているだけである。


◇


 三日目には骸骨たちの役割も自然に決まった。オイルマッサージ担当、足の施術担当、タオルや飲み物の準備担当に分かれ、残りは掃除や設備管理へ回す。生前が船員だったせいか指示された仕事を覚えるのは妙に早かったものの、接客だけは別だった。


「無言で背後に立たない。施術終わったあと顔の横から覗き込まない。あと夜は明かり持って。暗闇から骸骨出てきたら普通に怖いから」


 並んだ骸骨たちが一斉に頷く。


 翌日には、その教育を妙な方向へ吸収していた。


 エステ棟へ近づいただけで、一体がタオルを抱えて現れ、別の一体が冷たい飲み物を置き、さらにもう一体が施術ベッドの横で待機する。


「……予約してないけど」


 返事はない。


 ただ、全員こちらを見ている。


「怖い怖い。営業圧かけないで」


 少し離れたところで見ていたロキが、珍しく口元を緩めた。


「随分と熱心だな」


「方向性がおかしいのよ」


 とはいえ、仕事自体はきっちり覚えているので文句も言いにくい。


◇


 四日目には足湯とハーブ蒸し、施術後に横になるためのデイベッドまで増えていた。冷たい飲み物や果物も欲しくなり、それらを運ぶ動線まで整えたところで、海沿いに出来上がりつつある光景を眺め、さすがに自分でも疑問が湧いた。


「……私、昼寝したかっただけなんだけど」


 ロキも同じ方向を眺めている。


「随分遠くまで来たな」


「ほんとだよ」


 昼寝したいだけだったはずなのに、幽霊船を拾って骸骨をティムし、気づけば南国スパまで作っている。


 何でこうなった。


◇


 五日目、ようやく一通りの施術を試してみることにした。


 海を眺めながらベッドへ横になり、香りのいいオイルで肩や背中をほぐしてもらう。柔らかな手袋越しなら、最初の凶器のような感触はどこにもなく、力加減もすっかり覚えたらしく、ちょうどいいところへきちんと入ってくる。


「……うま」


 足元では別の骸骨が一定のリズムでほぐしてくれており、耳には波音、風には花の香りが混じっている。


 最高だった。


 これで眠れたら、完璧だった。


 目を閉じたまましばらく待ってみたものの、頭だけは相変わらず冴え切っている。


「……善意ってほんと厄介」


 ロキが笑うでもなく肩をすくめた。


◇


 六日目にはすっかり形になり、骸骨たちもこちらが細かく指示しなくても、それぞれの仕事をこなすようになっていた。


「……完成度高いな」


 海を眺めながら満足していると、ロキが横から聞いてくる。


「魔女に礼を言う気になったか?」


「それはない」


 そこだけは即答した。


 これは私が快適に暮らすために整えた結果であり、あの健康すぎる祝福とは別問題だ。


◇


 七日目の夜、私はベッドへ入る前から翌日を楽しみにしていた。


「明日だ」


 ロキが本から顔を上げる。


「何がだ」


「昼寝。一週間って言ってたから、明日には切れるでしょ」


「そうだろうな」


「寝るからね。絶対寝るからね」


「誰に宣言している」


「世界に」


 そう言って横になると、その夜だけは朝が来るのを少し楽しみにしながら眠った。


◇


 次に目を開けたとき、部屋はすっかり明るくなっていた。


 身体は少し重く、頭もぼんやりしている。


 最高だ。


「……終わった?」


 リビングへ行くと、ロキがこちらを見るなり「随分遅かったな」と言ったので、祝福が切れたのだと確信した。


 外へ出れば、今日も骸骨たちはいつものように準備を整えて待っていた。


「…………」


 全員こちらを見る。


 私はそのまま回れ右をした。


「行かないのか?」


「今日は寝る」


「待っているぞ」


「あとで」


「昨日までは毎日行っていただろう」


「昨日までは寝られなかったの」


 ごろ寝ソファへ倒れ込み、毛布を鼻まで引き上げると、ようやく待ち望んでいた眠気が降りてきた。


「今日はこっちが一番のリラクゼーション」


 ロキが何か言っていた気もするが、もうどうでもいい。


 一週間の成果がどうとか、充実していたとか、それも今はどうでもいい。


 ようやく眠れる。


 私はそのまま、満足して二度寝した。

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