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46歳、異世界では絶対に働きません。  作者: Tomsug


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第19話 遊んでるだけ

 ようやく何も起きない日が来た。


 朝から空はよく晴れていて、海も穏やかだった。難破者も来なければ、裸の元人魚が歩いてくることもない。テラスのごろ寝ソファに寝転がりながらトロピカルジュースを飲んでいると、波の音だけが一定の間隔で聞こえてくる。


 これでいい。


 私が欲しかったのは、まさにこういう生活だった。


「今日は本当に何もしないからね」


 宣言すると、近くで朝食の残りを食べていたロキがこちらを見た。


「誰に言っている」


「世界に」


「意味が分からん」


 分からなくてもいい。これまで散々勝手に何かが起きたので、先に釘を刺しておきたかっただけだ。


 とはいえ、午前中いっぱい寝転がっていると、さすがに少し身体を動かした方がいい気もしてくる。食べて寝てを繰り返しているだけでは、いくら《完全生存》があっても体型まではどうにもしてくれない。


 運動は嫌いではない。


 運動しようと思ってするのが嫌なのだ。


「ちょっと島見てくる」


 立ち上がると、ロキが怪訝そうに眉を寄せた。


「何もしないのではなかったのか」


「散歩は何かするに入らない」


 自分でも若干無理があるとは思ったが、気にしないことにした。


 家の裏手から森へ入ると、海辺とは空気が少し違った。強い日差しは葉に遮られ、湿った土の匂いがする。結界の範囲を島全体に広げたわけではないものの、危険なものが近づけば分かるようにはしてあるので、それほど警戒する必要もない。


 しばらく歩いていると、森の先に岩場が見えた。


 海岸線が入り組んだ場所らしく、浅瀬には色の違う岩や珊瑚のようなものが点々と並んでいる。その中に、妙に透明感のある塊があった。


「何これ」


 しゃがみ込んで覗くと、淡い青紫色の珊瑚に似ているものの、表面がわずかに光っている。


 触れてみると、目の前の空間がふっと揺れた。


「……え?」


 薄い光の膜が広がったかと思うと、その中に海が映った。


 今見ている海ではない。


 帆船が一隻、沖を横切っている。


 映像はほんの数秒で消れたが、もう一度触ると、今度は岩場で魚を追いかけている鳥が映る。その次には、釣り上げた大きな魚に逃げられ、両手を広げて何か叫んでいる男が現れた。


 少し離れたところにいたロキが、こちらを見ながら近づいてくる。


「何をしている」


「これ、昔の映像が出る」


 ロキも覗き込み、珊瑚をしばらく見ていたが、特に驚いた様子はなかった。


「幻映珊瑚か」


「知ってるの?」


「珍しくはあるが、海辺では見つかることがある。周囲の景色や音を溜め込み、魔力を与えると再生する」


「……テレビじゃん」


「てれび?」


「こっちの話」


 《万能解析》で見れば、一定範囲の光景と音を断片的に記録し、魔力を流すと再生する性質らしい。何が出るかは分からないようだが、それならそれで面白い。


「これ、家に持って帰ろ」


「何に使う」


「観る」


 ロキは意味が分からないという顔をしたが、私はもう収納へ入れていた。


 映像と音が出せるなら、大きく映せるようにすればいい。


 壁でも天井でもいい。


 寝転がったまま見られれば、なおいい。


 完全に目的が決まった。


 そのまま少し歩くと、今度は地面近くに小さな草が群生している場所へ出た。細い葉の先に丸い実のようなものが付いており、地味な薄緑色をしている。


 何となく近づいた瞬間、実の中から小さな光がふわりと浮かんだ。


「ん?」


 手を伸ばすと、その光は少し先へ逃げる。


 もう一歩近づけば、また逃げた。


「……何これ」


 追いかけて三歩ほど進むと、今度は隣の株から別の光が浮かび、それまでの光と入れ替わるように遠ざかっていく。


 私は少しだけ楽しくなってきた。


 右へ。


 左へ。


 少し前へ。


 また右へ。


 気づけば、結構歩かされている。


「これ、完全に遊ばれてない?」


「お前が勝手に追っているだけだろう」


「そうとも言う」


 解析すると、《光遊草》という植物らしい。人や動物が近づくと内部の光が浮かび上がり、一定の距離を取るように移動する性質がある。


 逃げる意味までは分からなかったが、そんなことはどうでもいい。


 私はもう一度、ふわりと逃げた光を追った。


「これはいい!」


 何に使うかまでは決めていなかったものの、見ているだけでも妙に楽しいので、群生している一帯からまとまった数を持ち帰ることにした。


◇


 夕方、家へ戻ると、まず幻映珊瑚から手をつけた。


 もちろん私が何かを作るわけではない。


 リビングの壁一面へ映像を映せるようにして、音も部屋全体から聞こえるようにする。操作は手元の道具すらいらず、止めたい、次にしたいと思えば切り替わるようにした。


 試しに再生すると、壁いっぱいに夕暮れの海が映った。


 知らない船が横切り、甲板で誰かが踊っている。


 少しすると場面が変わり、今度は海鳥が誰かの食べ物を奪って飛び去った。


「これいいじゃん」


 ごろ寝ソファに沈みながら眺める。


 しかも天井にも映せるようにしたので、完全に寝たままでも見られる。


 ロキが横から呆れたようにこちらを見た。


「そこまでして起きたくないのか」


「娯楽で疲れてどうすんのよ」


「普通は娯楽で疲れるほど寝転がらん」


 聞かなかったことにした。


 島の昔の景色や、海を通った船、たまたま記録された誰かの失敗まで勝手に出てくるので、意外と飽きない。何が始まるか分からないところも、それはそれで面白かった。


 ひとしきり楽しんだところで、今度は持ち帰った《光遊草》をヴィラの周りへ植えていくことにした。


 庭だけではなく、テラスから砂浜へ続く辺りやプールの周囲にも間隔を空けながら配置していく。まとまった数を持ち帰ってきたので、かなり広い範囲まで植えることができた。


 昼は見た目ただの草だったが、日が落ちるにつれて、葉や実の奥に淡い光が溜まり始めた。


 私が近づくと、そこから小さな光がふわりと浮かび上がる。


「うわ……綺麗」


 思わず声が出た。


 テラスから砂浜へ歩くだけで、足元の光が一つ、また一つと逃げていく。少し先では別の株が反応し、淡い光が次々と浮かびながら、私の進む先へ流れていった。


 ランタンとは違う。


 道を照らすほど明るいわけではないのに、人が通ったところだけがふわふわと輝いている。


 これだけでも十分だった。


 ただ、光が逃げると、どうしても追いたくなる。


 一つに手を伸ばすと、少し離れた場所へ逃げたので、そこまで歩いて追いつく。今度は別の株が反応して横へ飛び、さらに先の光がふわりと浮かんだ。


 私はしばらく追いかけてから、足を止めた。


「これ、ゲームになるじゃん」


 ロキが嫌な予感でもしたようにこちらを見る。


「何をする気だ」


「ちょっと遊ぶだけ」


 植物そのものには何もしない。


 近づけば逃げる光を、ただ追いかければいいだけだ。


 右へ数歩進んだと思えば、次は左へ向かい、低い位置へ手を伸ばしたあとには少し先まで走ることになる。どこへ逃げるか分からないので、思ったより忙しい。


「……これ、結構動くな」


「運動ではないのか」


「ゲームだから違う」


「同じだろう」


「違う」


 そこは大事なので譲れない。


 せっかくなので、一定時間のうちに何回光へ触れられたかだけ数えることにした。


 試しにロキとやってみると、さすがに身体能力が高いだけあって、あっという間に記録を抜かれた。


 数字を見て、少し腹が立つ。


「もう一回」


「運動は嫌なのではなかったのか」


「負けたまま終わる方が嫌」


 もう一度やる。


 少し記録が伸びる。


 でもまだ負けている。


「もう一回」


 ロキが笑った気がしたが、気にしなかった。


 結局、何度か繰り返しているうちに身体が温まり、普通に汗までかいた。


 運動しようと思っていたら、絶対ここまでやっていない。


 遊んでいただけなら、なぜか続く。


「これだわ」


 息を整えながら、私は確信した。


「運動って思うから嫌なのよ。遊んで痩せればいいじゃん」


「痩せるかどうかは知らんが、お前はさっきからずっと走っている」


「遊んでるだけ」


「好きにしろ」


 そう言われたので、好きにすることにした。


 普段は歩けば《光遊草》がふわりと逃げ、夜のヴィラを勝手に彩ってくれる。身体を動かしたくなったときだけ、その光を追えばいい。


 リビングでは幻映珊瑚が昔の海を映し、外へ出れば光遊草が夜の庭を彩る。


 疲れたらソファ。


 暇なら映像。


 身体を動かしたくなったら光を追う。


 食事も家事もほとんど勝手に終わる。


 テラスへ戻り、冷たい飲み物を受け取ってごろ寝ソファへ沈み込むと、庭のあちこちで淡い光がゆっくり逃げていった。


「……完璧じゃない?」


 ロキは答えなかった。


 まあいい。


 ようやく、暇すら快適になってきた。

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