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46歳、異世界では絶対に働きません。  作者: Tomsug


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第16話 こっちがダメならあっち

 翌朝、私はいつも通り遅めの朝食を食べていた。


 昨日は家の外で魔族同士が派手にどんぱちしていたものの、結界の内側は無傷だったので、今日はもう何もしないつもりだった。


 向かいではロキが黙って食事をしている。もともと愛想のいい子ではないが、今日は妙に静かだったので、何となく見ていると、食べ終えたところでこちらへ顔を向けた。


「俺はここを離れる」


「ん?」


 いきなり何を言い出したのかと思ったが、本人はいたって真面目な顔をしている。


「昨日の連中で終わるとは限らん。俺がここにいる以上、また来る可能性がある」


「まあ、そうかもね」


「なら、俺が出ればいい」


 腕まで組んで言い切る姿は相変わらず偉そうだが、言っていること自体は分からなくもない。


 ただ、それと十歳の子どもが一人で出ていく話は、私の中では繋がらなかった。


「なんでそうなるの」


「聞いていなかったのか。俺を狙っていると言っただろう」


「聞いてたけど」


 ロキは何か言おうとしたものの、私はその前に別のことを考えていた。


 また来る。


 昨日みたいなのが。


 家の前で。


「……それは嫌だな」


「だから俺が」


「いや、あんたが出ていくんじゃなくてさ」


 この家には何の不満もない。広いし、快適だし、家事はほとんど勝手に終わるので、今さら普通の生活には戻りたくない。


 問題があるとすれば、場所だった。


 少なくとも昨日の連中には知られている。


 だったら。


「別の家も作ればよくない?」


 ロキが黙った。


 しばらく待っても何も言わないので見ると、眉間に皺を寄せている。


「……家を?」


「うん。ここは残して、別のところにも拠点作るの」


「そんな簡単に言うことか?」


「家建てるだけでしょ」


 今度は完全に呆れた顔をされたが、別に難しいことを言ったつもりはない。


 どうせなら人が来にくい場所がいい。町に近い必要もないし、必要なら転移すれば済むので、森の中にこだわる理由もなかった。


「南の方に、誰も住んでない島とかないの?」


「無人島ならいくらでもあるだろうが……まさか、そこに作る気か」


「いいじゃん。誰も来なさそう」


 そうと決まれば、早い方がいい。


 南へ。


 人の住んでいない島。


 海があって、できれば景色もいいところ。


 そんな条件でよさそうな場所を探して転移すると、一瞬で周囲の空気が変わった。


 目の前には白い砂浜が広がり、その向こうで透き通った青い海が光っている。背後には見慣れない大きな葉をつけた木々が茂り、湿った風が頬を撫でていった。


 聞こえるのは波の音くらいで、人の気配はない。


「……ここ、当たりじゃん」


 思わず口から出た。


 ロキが周囲を警戒するように見回している横で、私はもう家を置く場所を探していた。


 砂浜から少し上がったところなら海もよく見えるし、波も届かなさそうだったので、まずは周辺へ広めに結界を張る。


 あとは私が働く必要はない。


 前の家を作ったときに余った建材は収納に残っているし、足りないものがあれば、この島にある木や石、使えそうな植物を勝手に選んで加工してくれる。


 南の島に合う、広めの平屋。


 白い壁に木を多く使って、海側には大きな窓。中央には広いリビングとダイニング、それからアイランドキッチン。


 そんな条件を思い浮かべて任せると、収納から建材が次々に現れ、島から集められた材料も混ざりながら、目の前で家が組み上がり始めた。


 切るのも、削るのも、乾かすのも、もちろん私ではない。


 私は見ているだけだ。


「……お前は何をしているんだ」


「見てる」


「そうではなくてだな」


「だって勝手に作ってくれるし」


 何が不満なのか分からない。私が働かなくても家が建つなら、それが一番いい。


 柱が立ち、壁ができ、屋根がかかっていくのを眺めながら、そういえばと追加で条件を足した。


 キッチンの後ろにはパントリーが欲しい。


 せっかくなので、中は時間停止にしておけばいい。食材の期限も気にしなくて済むし、冷蔵庫の奥から忘れていた何かが発掘されることもなくなる。


 そう指定すると、出来かけていた壁の一角が組み替わり、棚の並んだ収納庫が出来上がった。


「便利」


「……そういう問題なのか」


 ロキは何か言っていたが、聞き流して次を考える。


 寝室は二つ。


 私の部屋と、ロキの部屋。


 大げさな衣装部屋はいらないので、それぞれの壁際には縦長のランドリーボックスとクローゼットを並べた。脱いだ服を箱に放り込めば、洗濯も乾燥も勝手に終わり、そのまま横のクローゼットへ移動して収納される。


 干さない。


 畳まない。


 しまわない。


 素晴らしい。


 さらに、何に使うかは決まっていないものの、空き部屋が一つくらいあっても困らないので、ユーティリティルームも追加しておいた。


「何に使う部屋だ」


「まだ決めてない」


「なぜ作った」


「あとで何かに使うかもしれないじゃん」


 何でも最初から用途を決めておく必要はないと思う。


 海側には広い風呂を作り、湯船に浸かったまま海が見えるようにした。景色は大事だが、当然それだけでは暮らせないので、トイレも独立してちゃんと用意する。


 家の中がだいたい出来上がったところで、大きな掃き出し窓を開けて外へ出た。


 目の前には海。


 これだけでも十分よかったが、せっかくなので外でもだらだらしたい。


 屋根付きの広いテラスを追加し、島で使える植物素材や収納内の材料から、ラタンやウォーターヒヤシンス、アバカを使った家具に近い雰囲気になるよう指定する。


 編み込まれた椅子や低いテーブルが並び、軒先にはランタンが吊られていった。


 食事のできる外用のテーブルも置き、端には横になれる大きなソファを作る。


 リビングにも同じように、ごろ寝できるソファを置いておいた。


 これで晴れていても雨でも、好きなところで寝転がれる。


 完璧だ。


 ……いや。


「プールもいるな」


「海があるだろう」


 即座にロキが言った。


「海はしょっぱいし、砂つくじゃん」


「目の前に海があるのに、わざわざ水を溜める意味が分からん」


「プールは泳ぐだけじゃなくて、浮いてだらだらするところでもあるの」


「……そうか」


 全然納得していない顔だったが、反対されても作るので問題ない。


 テラスの前に横長のプールを指定すると、地面が整えられ、あっという間に水を湛えた空間が出来上がった。端には浅い場所も作り、海やプールから戻ったときにすぐ流せるよう外シャワーも付ける。


 気づけば、最初に考えていた「避難用の家」とは、だいぶ違うものになっていた。


「……宿泊施設でも始める気か」


「働かないって言ってるでしょ」


「なら、なぜここまで必要なんだ」


「快適に暮らすため」


 それ以外に何があるのだろう。


 一通り完成したところで、私はテラスのソファへ腰を下ろした。


 いや、そのまま横になった。


 屋根があるので日差しは直接当たらず、海から入ってくる風だけが気持ちいい。顔を少し動かせば青い海が見え、その手前ではプールの水面が光っている。


 振り返れば、大きな窓の向こうに広いリビングとアイランドキッチンが見えた。


 静かだった。


 誰も来ない。


 うるさい連中もいない。


「……いいな、ここ」


「避難用ではなかったのか」


 ロキが呆れたように言った。


「そのつもりだったんだけどね」


 起き上がり、改めて家を見る。


 広いリビング。


 アイランドキッチン。


 時間停止のパントリー。


 海の見える風呂。


 プール。


 ごろ寝できるソファ。


 しかも周囲には人がいない。


 森の家に戻る理由を考えてみた。


 特に思いつかなかった。


「……こっち住むか」


「は?」


「森の家は残しとけばいいし。必要なら戻ればいいじゃん」


 ロキがしばらくこちらを見たあと、心底理解できないものを見るように眉を寄せた。


「お前はいつも、そんな軽さで住む場所を決めるのか」


「快適な方に住むのって普通じゃない?」


 立ち上がって、もう一度海を見る。


 波の音がして、風が吹き、プールの水面が揺れている。


 避難先を作っただけのはずだった。


 まあ、予定なんて変わるものだ。


 何もしないための場所としては、こっちの方がどう考えても優秀だった。

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