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第九話 温泉旅行

田中仁志

土曜日。

俺と彰吾さんは、昭と隼人さんの四人で一泊二日の温泉旅行に来ていた。

事の発端は一週間前。

「次にお前に彼氏が出来るの何年後か分からんし、今のうちにダブルデートしようぜ」

昭がそんな事を言い出した。

「お前、俺と黒崎さんの関係知ってて言ってるよな?」

「仮初だろうが何だろうが今は恋人だろう?お前が次恋人出来るころには俺はもう老いぶれて歩けなくなってる可能性が高い。今しかない」

「仕事忙しいんだよ。黒崎さんも、毎日残業してる。俺らと違って部長だし。この提案は棚に上げておこう」

「だからだよ」

意味が分からない。

「忙しいからこそ旅行だろ。息抜き息抜き。」

「無理」

「じゃない」

「ない」

「ある」

小学生か。

結果。

昭の暴論が通った。

隼人さんが折れるのは分かる。

だが。

まさか彰吾さんまで賛成するとは思わなかった。

そして俺は今。

山を登っている。重い荷物を背負って、山を登っている。

二時間。

ひたすら。一泊二日の温泉旅行のはずなのに、俺は山登りをさせられている。

登山。

「なぁ昭」

「ん?」

「これのどこが温泉旅行?」

昭は目を逸らした。

代わりに彰吾さんを見る。

「あー……」

彰吾さんも目を逸らした。

「説明してください。今、過労で悲鳴を上げている俺の筋肉でも理解できるように。?てっきり日頃の疲れを心と体から癒すために旅行だと思ってました。逆に日頃に疲れに筋肉痛を増やして、心を強めるために家で休まず態々ここに来たんですね」呆れた。完全に呆れた。

「いや、その」

「温泉旅行って聞いてました」

「温泉には入るぞ?」

「じゃあ今俺がやってるこれは何なんですか?」

「ハイキング?」

「疑問形で返さないで下さい」

隼人さんが吹き出す。

「まぁまぁ仁志くん」

「隼人さん」

「身体動かしてから温泉入ると気持ちいいから」

「その理屈で許されるなら世界中の登山家は温泉旅行ですよ」

「それは確かに」

隼人さんまで笑った。

嫌な予感はしていた。

企画者が昭と彰吾さんだからだ。

アウトドア大好き人間二人組。

温泉だけで終わるはずがない。むしろ始まりから地獄コースだった。

そんな事を予想できなかった自分が悪い。

「大丈夫だって!」

彰吾さんが元気に言う。

「もうすぐ着く!」

「…」

「と思う……」と普段からジムに行く黒崎が2時間歩いた後で言う。

「…」

「黙っててください」

十分後。

ようやく宿に着いた。

到着した瞬間。

全員歓声を上げた。

俺も上げた。

疲れていたから。

宿は想像以上に良かった。

山の中で静か。景色も綺麗。冬なのに空気は澄んでいて心地良い。

客も少ない。真冬でこんなところに来る人は精々少なかろう。

セルフチェックイン型。

プライベート感もある。

さっきまでの怒りが少しずつ消えていく。

だが、部屋割りは問題だ。

昭と隼人さん。

俺と彰吾さん。

当然だ、別に嫌と言う訳でもない。

だが。

俺たちは同居していても別室だ。

改めて考えると。

俺は一度も黒崎さんの部屋に入った事すらない。

流石に意識してしまう。

その後また四人で散歩した。(俺の抵抗にもかかわらず)

写真をいっぱい撮った。

昭と隼人さんがいちゃついた。本当にいちゃついた。

呆れるくらい。

そして夜。

バーベキュー。

酒。

笑い声。

気付けば楽しい一日になっていた。登山以外は。


夕食後。

四人で温泉へ向かう。

身体を洗っている最中だった。

「なぁなぁヒーちゃん」昭が言う。

「今日一応ダブルデートなのにイチャイチャしてたの俺らだけじゃん」

「アキ」隼人さんが即座に返す。

「何にぃ?」

「それセクハラ」

「えー」

「えーじゃない」昭は全く反省しない。

「はぁいはぁい、じゃぁ、せめて黒崎さんの背中くらい洗ってやれよ」

「だからセクハラだって」

「はぁぁ~い」

そう言って二人は先に湯船へ向かった。

残されたのは俺と黒崎さん。

「……」

「……」

湯気だけが漂う。

何となく。本当に何となく。

俺は口を開いた。

「……洗います?」

黒崎さんが振り返る。

驚いてる。

「お前が嫌がることはさせたくない」と答える黒崎さん。

「嫌なら断って下さい」

「いや……」

スポンジを手に取る。

「日頃お世話になってますし」

そう言って黒崎さんの後ろへ回って背中を洗い始める。

別に深い意味はない。

本当に感謝しているだけだ。

住む場所。弁当。迎え。色んな気遣い。

色々世話になっている。

だから。

それだけだ。

「黒崎さん」

「ん?」

「いつもありがとうございます。」

「住む場所も」

「弁当も」

「迎えも」

少しだけ笑う。

「黒崎さんって、本当に面倒見いいですよね」

黒崎さんは何も言わなかった。

ただ少しだけ肩が震えた気がした。

しばらくして。

「終わりました」

俺が立ち上がる。

すると黒崎さんが言った。

「俺も」

思わず出たような言葉だった。

俺は少し笑う。

「今日は良いです。」

「じゃ、また今度な?」質問なのか約束なのか分からない。

そう言って先に湯船へ向かった。

その時。

何故か彰吾さんが少し嬉しそうに見えた。

温泉を出た後。

昭がニヤニヤしながら近付いてくる。

「背中洗ってあげたんだ?」

「だから?」

「ふぅん~」

「疲れた」

「了解」

こいつ本当に面倒臭い。

そのまま昭と隼人さんは部屋へ戻った。

残された俺と彰吾さん。

「飲む?」

「少しだけ」

いつものように酒を飲む。

いつものように話す。

会社の事。旅行の事。どうでもいい事。

気付けば時間は過ぎていた。

そして部屋。

初めて同じ部屋で寝る。

電気が消える。

静かになる。

「おやすみ」

「はい、黒崎さんもおやすみなさい」

沈黙。

数分後。

「黒崎さん」

「ん?」

暗闇の中で俺は言った。

「今日は楽しかったです」

少し間が空く。

そして。

「俺も」

短い返事。

それだけだった。

また静かになる。

不思議と嫌じゃない。

むしろ心地良かった。

その夜。

二人とも。

眠るまで少しだけ時間がかかった。



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