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第七話「土曜日」


田中仁志

偽恋人生活十日目。

同居生活十日目。

そして今日は土曜日だった。

俺は今日になって初めて知った。

黒崎彰吾という男は――

どうやらデートの専門家らしい。

商店街で待ち合わせ。

そう言われた時、正直何を期待すればいいのか分からなかった。

同じ家に住んでいるのに、何故か現地集合。

黒崎さんの希望だった。

だから久しぶりに休日の朝早く起きて、一人で商店街に来ている。

コーヒーを飲みながら時間を潰す。

その間、昨日昭に言われた言葉が頭に浮かんだ。

「お前ら夫婦みたいだな」

馬鹿なことを言う。

そう思った。

思ったのだが。

否定もしきれなかった。

毎朝弁当を作ってくれる人がいて。

毎日昼休みに顔を合わせて。

毎日迎えに来てくれる。

家に帰れば夕飯を一緒に作る。

そんな生活に慣れ始めている自分がいる。

居心地が良い。

それが問題だった。

恋人役。

ただそれだけのはずなのに。

黒崎さんのいる家に帰ることを考えると、仕事の疲れが少し軽くなる。

そんな事を考えていると。

「お待たせ」

声がした。

振り向く。

私服姿の黒崎さんが立っていた。

そして俺は思う。

この人、本当に顔が良い。

________________________________________

黒崎彰吾

何でデートなんて言ったんだ俺は。

一週間ずっと後悔していた。

普通に、「一緒に出掛けよう」で良かった。

なのに。

デート。

自分で言ったくせに緊張している。

服良し。髪良し。顔良し。完璧だ。

問題は中身だけだ。

そんなことを考えながら待ち合わせ場所へ向かう。

そして。

すぐ見つけた。

窓際の席。

コーヒーを飲む仁志。

ドラマのワンシーンみたいだった。

周りの女子高生がちらちら見ている。

気持ちは分かる。

俺も見てる。

というか見惚れてる。

本人は全く気付いてないが。

あいつ結構格好いいんだよな。

デートは予想以上に楽しかった。

猫カフェ。

雑貨屋。

本屋。

服屋。

食べ歩き。

特別なことは何もしていない。

それなのに。

笑った。

驚くほど笑った。

仁志は猫相手だと大人気なくなる。

三匹の猫に囲まれて勝ち誇った顔をしていた。

その十分後には俺の膝に全員移動していたが。

「裏切られました」

「猫に?」

「猫にです」

本気で落ち込んでいた。

面白すぎる。

可愛いすぎる________________________________________

田中仁志

結局。

一日中笑っていた気がする。

猫カフェで張り合ったり。

くだらない雑貨で盛り上がったり。

本当に子供みたいだった。

そしてこの人。

写真を撮るのが好き過ぎる。

「はい撮る」

「何をですか」

「猫」

「もう撮ったでしょう」

「もう一枚」

「何故」

「可愛いから」

結果。

俺のスマホのロック画面は俺に懐いていた猫になった。

黒崎さんのロック画面は俺が可愛がっていた猫。

誰が見ても偶然だろう。

だが二人のスマホは揃っていた。

商店街出る前に黒崎さんの提案でギフト交換をした。

俺が貰ったのは猫柄のハンカチ。

俺が渡したのは猫柄の靴下。

まるで高校生みたいだった。



帰り道。

海沿いを歩く。

夕焼けが綺麗だった。

静かな時間だった。

だからだろうか。

何気なく聞いてしまった。

「黒崎さん」

「ああ」

「今度は水族館に行きたいですか?」

その瞬間だった。

空気が変わった。

ほんの一瞬。

本当に一瞬だけ。

黒崎さんの表情が固まった。

「……」

しまった。

何かまずい事を言っただろうか。

だが次の瞬間。

彼はいつもの笑顔を浮かべた。

「次は映画館にしようぜ」

「映画ですか?」

「俺サメ恐怖症なんだよ」

「サメ?」

「水族館行ったら二週間寝れなくなる」

冗談っぽく笑う。

いつもの黒崎さんだ。

だから俺も笑った。

「そうなんですね」

「ああ」

けれど。

何故だろう。

さっきの一瞬だけは。

黒崎彰吾が遠くへ行ってしまったように見えた。

そしてその理由を。

俺はまだ知らない。



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