第六話「一週間」
田中仁志
イケメン天才も人間だった。
それも結構残念な方向で。
同居開始から一週間。
俺と黒崎さんの日常は、思っていたよりずっと普通だった。
朝食は俺担当。
弁当は黒崎さん担当。
夕食は帰宅後二人で作る。
食器洗いは押し付け合い。
ゴミ捨ては気づいた方。
風呂は早い者勝ち。
まるで大学生のルームシェアだ。
恋人感なんてほぼない。
ただ居心地だけは妙に良い。
気を遣わなくていい。
だからといって雑にも扱わない。
不思議な距離感だった。
だが。
問題もある。
まず。
黒崎さんの音楽センス。
最悪だ。
「お前さぁ、テイラー・スウィフト嫌いなの?」
「嫌いじゃないです」
「じゃあ何で毎回そんな顔するんだよ」
「高校時代に英語のリスニング教材で死ぬほど聞かされたんです」
「それはテイラー悪くねぇだろ」
「でも条件反射で勉強したくなるんですよ」
「偉いじゃん」
「嫌です」
朝から洋楽。
夜も洋楽。
休日も洋楽。
この人は英語圏の回し者か。
逆に黒崎さんは掃除魔だ。
正確には。
掃除好きではない。
汚い部屋が嫌いなだけだ。
「何で掃除機かけてるんですか」
「床にホコリある」
「一粒ですよ」
「ホコリはホコリだ」
「俺には見えません」
「だからお前は駄目なんだ」
何なんだこの人。
会社では。
帰国子女。
エリート。
経営コンサル部長。
社長のお気に入り。
家では。
「仁志ーーーーー!」
「何ですか!」
「テレビのリモコン知らない?」
「手に持ってます」
「あっ」
五歳児だった。
しかも天然。
天然のくせに本人は認めない。
「黒崎さん天然ですよね」
「違う」
「天然です」
「違う,誰にでもあるってかyoutubeで同じの見た」
「昨日も牛乳探して冷蔵庫五回開けてました」
「見つかったからいいだろ」
「最初から一番前にありました」
「結果論だ」
意味が分からない。
だが面白い。
本当に面白い。
この人は会社のどうでもいい噂を大ニュースみたいに持ってくる。
「聞いたか」
「聞てません」
「人事の山口さんな」
「はい…」何で面白い?
「今日昼飯カレーだった」
「で?」
「しかも大盛り」
「はいぃぃぃぃ???」
「二杯食った」
「流石、嬉しい、感動ってか今漫画読んでるんですけど」
「すごくない?」
「全然…でも二杯は王食い挑戦できるかも…ってか今漫画読んでるんですけど。」
だが。
そのくせ俺の話はちゃんと聞く。
会計部の地味な愚痴。
監査資料の話。
取引先の話。
別に面白くもない。
それなのに。
「それで?」
と続きを聞いてくる。
だから俺も話してしまう。
本当に馬鹿馬鹿しい。
昭みたいで。
昭じゃない。
黒崎さん。
この人。
思ったよりずっと居心地が良い。
黒崎彰吾
仁志の奴。
噂と全然違う。
会計部の田中仁志
真面目で寡黙仕事の鬼。
そう聞いていた。
嘘だった。というか家では完全に別人物。
めちゃくちゃ喋る。しかも遠慮がない。
「黒崎さん、それやめた方がいいですよ」
「何で?」
「馬鹿っぽいので」
「お前失礼だな」
思ったこと全部口に出す。
羨ましいくらい。
だが。
意外と雑だ。
朝飯作る。
↓
皿放置。
↓
会社行く。
「洗えよ」
「帰ってから洗います」
「今洗え」
「三十秒の差でしょう」
「その三十秒が大事なんだよ」
価値観が合わない。
それだけじゃない、絶対アイロン嫌い。
今朝も。
「何してる?」
「見れば分かるでしょう」
「皺だらけのシャツをブレザーで隠してる」
「バレなきゃ勝ちです」
「勝ってない」
だが。
飯だけは妙に真面目だ。
スーパーでも。
「この野菜高いですよ」
「十円じゃん」
「十円は十円です」
「節約家か」
「会計士です」
意味不明。
でも。
「野菜食べてください」
「十分食べてるよ」
「…」
「アメリカではこれが普通なんだよ、ってか米もよく考えれば野菜じゃん」
「健康に悪いです」
「母親か」
家族以外にそんな事言われたの。
いつ以来だろうな。
そして。
毎朝。
「朝何食べます?」
当たり前みたいに聞いてくる。
不器用だけど。
優しい。
気を遣ってる訳じゃない。
気にかけてるんだ。
それが分かる。
だから。
居心地が良い。
本当に。
びっくりするくらい。
田中仁志
木曜日の夜から始まった同居生活。
気づけば一週間。
「仁志ーーーーー!!」
また何かやった。
「何ですか!」
「いや」
「はい」
「忘れた」
「・・・」
「思い出したら言う」
駄目だこの人。
でも。
毎日迎えに来る黒崎さん。
毎日二人で作る夕飯。
毎日聞く馬鹿話。
毎日続く普通の日常。
悪くない。
そんな事を思っていた時。
スマホが震えた。
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【黒崎彰吾】
『今週土曜空いてるか?』
『空いてます』
『よし』
『デートしよう』
「・・・・・・」
数秒後。
『断れますか?』
『無理』
『決定事項ですか』
『決定事項です』
(本当に駄目だこの人)
そして仁志は知らない。
このデートが、
二人の関係を少しだけ変え始めることを。




