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仕事を終えると外は大雨で、月歌は鞄に入れっぱなしの折りたたみ傘で家路へ向かっていた。
夏だというのに雨脚は激しく、ゲリラ豪雨というやつだろう。
傘はないよりまし程度で、会社から一歩出た時点で靴も鞄もビショビショになった。
会社に近いアパートを借りていて良かった。
駆け足で帰宅するも、全身ずぶ濡れで部屋に入ったらすぐ、風呂場に直行したほうがよさそうだ。
女性の一人暮らしは二階がいいと強弁に主張する不動産屋に勧められるがまま契約した部屋の前までたどり着き、鍵を開けたときだった。
突然、腕時計がピヨピヨ鳴り、魔王の出現を知らせてきた。
(ええ? 今日??)
平日に突然出てくるなど、ここ何年もなかったことだ。
急いで部屋に引っ込み、左腕を上げた。
「マジカルムーンパワー、ラブリーチェンジ」
いつもの言葉とともに狭い玄関で腕を振ると、コスチュームの靴やリボン、スカート等などとメイク道具を持った小さいサイズのメカシルキーが何体も出現し、月歌を魔法少女へと変えていく。
シルキー曰く、メカシルキーがコスチューム制作の中で一番金をかけた部分らしい。
全く、自己顕示欲の塊である。
玄関から出るのは躊躇われ、廊下と一体化したキッチンを駆け抜け、ベランダから飛び出た。
一応、身体強化をしてくれているこのコスチュームは二階くらいは余裕で着地できる。
常人どころかウサインボルトや車よりも速くなった足で走る。
大雨の中、水溜りを踏むも、コスチュームは濡れない。シルキー曰く宇宙の技術で撥水しているらしいがそんなことは、今どうでもいい。
大雨だから誰も来ないだろうと踏んでいたのか、万博記念公園の入場口のお姉さんは目を見開いている。いつも持ち歩いている年間パスを見せ、止まることなくルピナスガーデンまで駆け抜けた。
そこには、魔王が待っていたかのように立っていた。全身ずぶ濡れで、風邪をひかないか心配になる。
「現れたわね、魔王! どれほど闇が……」
いつもの口上を言おうとして言えなかった。
コスチュームを着たラヴリームーンよりもずっと速いスピードで魔王が目の前に迫っていたからだ。
「お前、魔法少女やめるのか?」
「え? ああ、うん。そうみたい」
これほどまでの速さで敵が近づいてきたというのに長い付き合いで感覚が麻痺していて、恐怖は感じなかった。
「そうみたいって、お前のことだろう」
「まあ、そうなんだけど。ほら、私ももう魔法少女って年でもないし……、そろそろ引退かなぁ、って話したらトントン拍子で決まっちゃって」
どんな表情をすればいいのかもわからず、ラヴリームーンは軽く笑った。
「お前はそれでいいのか? 魔法少女は天職だったろう?」
どうやら魔王はラヴリームーンの引退を惜しんでくれているらしい。仲間ではなく敵に引き止められるとは。
「若いころはね。でも、もう若くないから。ほら、そろそろ婚活もしなきゃだし」
「結婚、したいのか?」
「まあ、みんなも勧めてくれているし」
そういうものなのだろうと頷くと、魔王は眉を寄せた。
「お前、主体性の欠片もないな」
「そんなことないもん! 今度の日曜にやる婚活パーティーに自分で予約したし!」
ラブリームーンは頑張って言い返した。おばさま達に見張られていたとはいえ、自分自身で予約したのだから間違ったことは言っていない。
「はいはい、どうせ心斎橋にまで行って、女はタダで夕飯食わせてくれる遊びみたいなやつだろ?」
「……梅田だし、千円払うし、お昼だもん」
ジャジャぶりの中、何故自分たちはこんな問答をやっているのだろうか。
「へえ、それは悪かった」
欠片も悪いと思っていない口調で謝られ、ラブリームーンはカチンときた。
「兎に角! 私は引退するの! あんたの相手は若くて可愛い新しい子たちがするんだから鼻の下伸ばして待ってなさいよ!」
「…………馬鹿が」
それだけ言って、魔王はマントを翻して消えた。
そう、いつもならば歩いて帰るのに、唐突に消えたのだった。
(そういえば、あいつこんなことできたんだったわ)




