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「可愛いでしゅねー、バブバブでしゅねぇ」
産婦人科で産まれたての赤ちゃんを抱きながら月歌は眦を下げた。
「ねえ、月歌。バブバブって、どういう意味?」
「ええっと、うーん。入浴剤かな?」
二人目の妹ができたばかりの雅也君の言葉に月歌は唇を寄せた。
「雅也、呼び捨てしない、月歌お姉ちゃんでしょ」
かつての相棒であり三児の母になった陽菜が助けにならない助け船をくれた。
そう、陽菜は魔法少女、ラヴリーサンだった。だが、それはもう昔のこと。
陽菜は雅也君を妊娠したことを機に、ラヴリーサンを引退したのだ。
だから、今、この世界に魔法少女は月歌一人だけだった。そして、今となってはその一人だけで事足りていた。
「月歌、あんたいい人いないの?」
「え?」
陽菜のいきなりの言葉に月歌は首を傾げた。
あいにくと彼氏いない歴=人生というやつである。
「独身主義じゃないんでしょう?」
「そうねぇ、いつかは友奈ちゃんみたいな可愛い赤ちゃんがほしいでちゅねー、可愛いねぇ」
そもそも、陽菜が魔法少女をとっとと引退したため、月歌は辞められなくなり、彼氏なんか作っている暇がなかったのだ、という考えが一瞬よぎったが、これは違う。
ラブリームーンの仕事は言い訳でしかないとわかっている。
日曜あさ九時から三十分間拘束されただけで、彼氏ができないという理論はおかしい。
「月歌は、僕が成人したら結婚してあげるから待ってるといいよ」
「あはは、楽しみ。ありがとう」
雅也くんの言葉に月歌は苦笑した。
(十歳のこどもに気を使わせてしまった!)
「私と同い年の義理の娘とか勘弁して」
陽菜がゆっくりとベッドから立ち上がり、友奈ちゃんを抱いた。
「いつかって言っているけれど、女にはタイムリミットがあるのよ。私は若くして出来婚して、幸せだったけれど、色々苦労があったから無理に子供作れとは言わないわ。でも、そろそろ自分の幸せのために動きなさいよ」
「うーん」
(そっか。私、今まで幸せじゃないと思われていたのか)
陽菜との間に友情はあった。だが、どちらかというと魔法少女の同僚、といった関係のほうが強く、ここまで踏み込まれたのは初めてかもしれない。
「先に魔法少女を辞めた私が言うのも何だけれど、魔王はほっといても大丈夫よ」
そう言われて反発するほどの情熱もなく、月歌はヘラリと笑った。
「まあ、魔王も全然やる気ないしねぇ。私もさあ、魔法少女の仕事にはわりと飽き飽きしてるんだよねー」
(確かに、魔王はもうきっと悪さなんかしない。殺そうと思えば私を簡単に殺せたのに、それもせず、ただただずっと公園の端っこで、嬲るでもなく寸止めを繰り返しているだけだもん。それに私だって最早倒す気なんかない)
ちょっとした喪失感は感じていたが、長すぎる月日は月歌がやる気を失うには十分であった。
「なら、引退する?」
これまで話に加わってこなかったシルキーがベッドに飛び乗り、月歌を見つめた。
「私がいなくなっても大丈夫?」
「問題ないよ。これまでは税金対策に赤字部門を持っておいたほうがいいと税理士に言われていたからそのままにしていたけど、マンネリにも程があるだろ? だから、そろそろ魔法少女部門はリニューアルしようと思っていたんだ」
「そっかぁ」
(赤字部門だったんだ……。いや、まあギャラリーがいないし今はグッズもでてないわけだから儲かっているわけないだろうけど)
とうの昔に気づいていた。
世間はラブリームーンというヒーローを必要としていない。
シルキーはスマートフォンをセカンドバッグから取り出し、経営する事務所『シルキーエンターテイメント』に電話をした。
画面に副社長が表示され、もしもしときこえてきたがシルキーは返事をせず、要件だけ告げた。
「ラブリームーン、魔法少女辞めるんだってよ」
こうして魔法少女ラブリームーンの引退はあっさりと決まったのだった。




