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「おや、今日は昼から月が出てる」
喫茶店を出て、二人で街を歩いていると、黒瀬が空を見上げたので月歌も顔を上げた。
「ほんとですね」
白い、月歌のように薄らぼんやりした月が昼間から空に浮かんでいる。
「月歌っていい名前だよね」
微笑みかけてきた黒瀬に月歌は曖昧に笑った。
(私は嫌い……)
月歌なんて名前どっからどう見てもキラキラネームでDQNネームだ。
「売れないミュージシャンだった父がつけた名前なの。私が生まれたとき、満月をバックに子供が生まれた喜びを歌ったからだって」
どこまでも自分本位な理由である。
せめて、月が歌い出しそうな美しい夜だったとかが由来ならまだマシだった。
己が歌ったからなんだというのだ。
大してうまくもなく、どっかで聞いたことがあるオリジナリティのない曲を作り、世界平和を歌う。
壮大な夢に、人間性が追いついていない人だった。
結局、最後は俺と同じ芸術センスを持った稀有な女性とやらと不倫して、泣く泣く家族を捨てる可哀想な俺と自分に酔いながら出ていった。
「月歌さんは祝福されて生まれてきたんだね」
月歌は驚いて黒瀬の顔を見た。
考えたこともなかったが、生まれたときは確かに、祝福されていたのだろう。
生まれたときだけは。
「そう、なんでしょうね」
月歌は笑顔を作った。
忘れていられた恨みは忘れたままでいたい。
それなのにどうしてだろう、涙がこぼれそうになる。
「ごめん、僕が何かいらないことを言ってしまったみたいだね」
黒瀬がハンカチを出して月歌の目の際に当ててくる。
「いえ、大丈夫です。ごめんなさい、ちょっと嫌なこと思い出しちゃって。昔のことで、どうでもいいことなのに」
「どうでもいいことなら泣かないだろう? おいで、ちょっと話そう」
暑すぎて遊んでいる子供がいない公園のベンチに誘導され、月歌が座ると黒瀬もすぐ横に腰掛けた。
「…………私、ヒーローだから人を憎んじゃいけないのに、私を捨てた父のことが憎くて」
いけない、いつもはちゃんと蓋をしているはずなのに。
「もう、月歌さんはヒーローじゃないだろ?」
それは確認ではなく、言い聞かせるような言葉だった。
(ああ、そうだ、そう。私はもうラヴリームーンじゃない)
だから今まで抑えていたものが溢れ出してしまったのだろうか。
ヒーローという自認は、己を律するのに役立っていた。
「憎いなら憎いままでいいじゃないか。無理をする必要はない、君はもっと悪くなっていい」
「今の言葉、何だかヒーローを悪の道に唆す悪役みたい」
黒瀬の言葉に月歌はふふっと笑って、そのまま笑っていたかったのに、ポロポロと涙が溢れた。
黒瀬にぎゅっと抱きしめられた。
こんな暑いのに、それでも抱きしめてもらえる。
聞こえてくる優しい心臓の音。
(私、大切にしてもらってる)
幸せだな、と思えた。




