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「思えば、あのときに私引退していればよかったんですよ」
月歌は黒瀬に自分が魔法少女として活躍していた全盛期のころの話をしていた。
黒瀬から話を振られたのだ。そりゃあ、恋人が魔法少女だっただなんて気になる話に決まっている。
喫茶店で頼んだ冷たいアイスティーの氷がカランと、音を立てる。
失敗した。注文のときに氷を抜いて欲しいと言うべきだった。アラサーに突入してからこの体はすっかり冷えに弱くなった。
「着て」
寒がっていることに気づいてくれたのかジャケットを脱いだ黒瀬がわざわざ席を立って、月歌の肩にかけてくれた。
「ありがとう」
付き合い始めてから、黒瀬は敬語をやめたが、月歌の方は敬語とタメ口が混ざっていた。
「それで、引退しておけばよかったっていうのは?」
「長々引っ張り過ぎて、結局、飽きられちゃったわけですから。ラヴリーサンができちゃったのも、あのあとすぐだったので、そのときに一緒に引退していれば有終の美を飾れてたなと」
アニメや特撮でも基本ヒーローは一年だ。主役変更して脇役になっても二三年。
それを延々と後進に席を譲らずに戦い続けたのだ、新たな問題が起きるわけでもなく、それどころか敵もちらほら引退していき、ただ魔王と戦い続けるだなんて、そりゃあ、皆興味がなくなっても仕方ない。
「でもそれが君の望みだったんだろ?」
黒瀬がすべてを見透かすような瞳で月歌を見ている。
「…………そうです」
そうだ、ずっとヒーローでいたかった。
陽菜と一緒に引退はしたくなかった。
(だってまだ、私は続けられたから)
「燃え尽きたってのも、幸せな終わり方、ですね」
誰かに応援してもらえなくても、自分自身を鼓舞できていたころが確かにあった。
やるだけのことはすべてやったのだ。
「ねえ、次のラヴリーズメンバー、誰に決まると思う?」
「私は絶対、緑ちゃん派」
「えー、私はユキりん」
きゃっきゃと、近くの席の若い子たちが盛り上がっている。
ラヴリーズオーディションは順調に進んでいるようだ。
「いや、そもそもラヴリーズはヒーローだろ? それを顔や人気で選ぶっていうのはおかしいと俺は思うんだよね。あれじゃただのアイドルの公開オーディションじゃん」
空気を読まない一人の言葉に彼らは一瞬シンと静かになった後、ほかの子が突っ込み始めた。
「いいじゃん、どーせ、魔王とかその仲間とか全然でてきてないし」
「そうそう、アイドルでいいの! 可愛いは正義」
敵はすっかり不在で魔王が出たという話もトンと聞かない。
でも折角ヒーローを志しているのに、アイドル扱いとなる後輩たちは人気のなかった月歌とは逆の理由でやりづらくなるかもしれない、可哀想に。
「あいつ、今ごろ何してるんだろう」
月歌はストレートで飲んでいるアイスティーのストローをカランと回した。
「……あいつって魔王のこと? なんだか嫉妬するなぁ」
「いや、そういうあれではなく」
焦って言い訳をしようとするも、黒瀬は笑っている。からかわれたのだろう。
「もう!」
「ごめんごめん」
わさとらしく膨れ面を作ると黒瀬の長い指が月歌の頬をなぞった。
最近、とみに接触が増えてきた。
先週の夜はついにキスもしたし、お付き合いは順調と言えた。




