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「あっ! さっき私、お支払いをしていません! どうしよう食い逃げっ!」
駅のホームまで送ってもらっている最中、声を上げた月歌に黒瀬がふふっと吹き出した。
「大丈夫ですよ。払いましたのでご安心ください」
「ええ!」
いつの間に? いつの間になのだ。
月歌がお手洗いに行ったときか。
「すみません、おいくらでしたか?」
慌てて財布を出すも黒瀬は首を横に振った。
「さあ、忘れてしまいました」
後から考えると、スマートに奢ろうとしてくれたのだとわかったのだが、その時の月歌は額面通りに黒瀬が値段を忘れたのだと受け取った。
「すみません、ググります!」
シルキーからの命令でかろうじでガラケーから変えた1円スマホで慌てて検索しようとしたが、お洒落な横文字の店名すら思い出せない。
黒瀬がすっと、月歌とスマホ画面の間に手を入れた。
「では、今度映画のドリンク代を奢ってください。意識高い探偵久門、一緒に見に行きませんか?」
「え? あ、はい、喜んで!」
月歌は思わず居酒屋のノリで返事した。
「来週の日曜日はいかがですか? 楽しみです、日根野さんとのデート」
「デート!? あ、デート、デートですよね、はい、畏まりました!」
己は30才にもなってデート一つで何をこんなに焦ってしまっているのだ。
理由は簡単、初めてだからである。彼氏いない暦どころか異性と二人きりで出かけたことがない暦=人生だ。
「僕と出かけるのはお嫌ですか?」
「いえ、嬉しいですけど……私、えっとお金持ちでも美人でもないですし……私なんかとても黒瀬さんとは釣り合わないのではないかなぁーと」
「僕はとても可愛らしい女性だと思いますが?」
「あ! すみません。えっと、ごめんなさい、そんなつもりでは……」
今のは褒めてほしいとねだったような発言だった。
「日根野さんの目に僕が魅力的に映っているのだとポジティブに考えることにしましょう」
「もももももちろんです! 黒瀬さんは私が人生で見た中で一番イケメンで、やや優しくて、完璧で……どうして婚活を……?」
十二分にモテてきたはずの人である、
陽菜ことラヴリーサンの夫となったクールプリンスもなかなかのイケメンだったが、なんせ中二病的振る舞いを顔の良さでカバーしていた若い頃を知っているためかっこいいとは思えない。
「日根野さんに会うためだったんでしょう。僕は最初から日根野さん狙いでしたから」
「あ、わわ」
初めて魔王と戦ったときのような猛攻を受けている気分だった。
言葉の破壊力が凄まじい。
月歌は頬に熱が集まり、真っ赤っ赤になっている自覚があった。
「そうだ、日根野さん。確かめてみませんか? 日根野さんが完璧だと褒めてくださる僕が今まで独身だったのは、特大の欠点があるからかもしれませんよ? それを見つけるのは面白そうでしょう?」
「……そう、ですかね?」
月歌は小首をかしげた。
人の欠点探しが楽しそうだとは思えない。
「僕は今、また会ってほしくて必死なのですが……」
黒瀬が困った顔をしながら月歌をのぞき込んできた。
「あ、はい、勿論、勿論!」
「では、連絡先を交換していただけますか?」
「よよよ、喜んでー!」
またしても居酒屋の店員のような返事をしながら月歌は連絡先を交換したのだった。




