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アラサー魔法少女ラヴリームーンの引退  作者: 有栖賀馬頭(TL名義は朱里雀)


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8

「どうぞ」

 黒瀬にソファ側を手で示され月歌は慌てて座った。


「あ、ありがとうございます」

(すごい……紳士だ!)

 当たり前のようにソファに座らせてもらい、メニューを見やすいように月歌の方に向けてもらう。

 黒瀬に連れられるがまま着いたホテルのラウンジのケーキは美味しそうだが、高いし、紅茶も普通に高い。 


(お茶だけにしよう……)


 緊張のあまり婚活パーティーであまり食べられなかったので、正直、お腹が空いているが、高すぎる。

 だが、ベリーとショコラのハーモニーケーキがすごく美味しそうである。


「僕、実は結構甘いものが好きなんです。日根野さんはこれが気になってらっしゃるんですか?」

「あ、はい。美味しそうだなと」

 まさしく目が吸い寄せられていたのだが、でもお腹空いてないと嘘をつこうとしたときだった。

 黒瀬が注文を取りに来た店員に向け指さした。


「このケーキを二つお願いします。飲み物はなににされますか?」

「あ、え、あ、紅茶で。何にも入れない紅茶の冷たいので」

「僕はアイスのブラックで」


(た、食べることになっちゃった、セットで三千円……)

 普段の生活からは考えられない贅沢である。

 せめて味わって食べなければ。


「日根野さんは、ほかに好きなも食べ物はありますか?」

「お酒はちょっと好きですかね?」

 つい可愛い子ぶって疑問形になってしまったが、酒が好きだ。ものすごく酒が好きだ。月歌は割と酒豪なのだ。

 とはいえ、普段はお金がないのでいいちこに梅干しを突っ込んでを呑む程度で済ましているが。


「へえ、僕は逆に下戸なので羨ましいです」

「そうなんですか、意外」

 黒瀬はスラっと背が高く、細く見えるが近くで見ると筋肉もあるようで体格も良いので、結構飲める口に見えていた。


「体がアルコールを分解してくれないみたいでして、格好悪いですよね」

「いえそんな、スマドリの時代ですし。でも社長さん? ならお付き合いもあるでしょうし、大変じゃないかなとは思います」

 月歌は自分でも何を言っているか分からなかった。


「そうですね、会社を立ち上げたばかりのころは、それこそ、俺の酒が飲めないのか! と言われることもあったりで逃げるのが大変でしたけど、時代もかわって今では飲みの席は堂々とジュースで参加しています」

「いいですね」


 月歌の会社にはまだ全時代の遺物、怪人、オレノサケガノメナイノカーがいる。

 本領を発揮した月歌がもっぱら相手するのだが、自慢話も聞かされるので実に面倒だ。


「そういえば黒瀬さんの会社はどういった業種なんですか?」


 やっぱり水商売だろうか。

 彼から夜の気配は全くしないが、偽装かもしれない。

 彼は実はホストで、自分は今、育てと言うやつなのだろうか。

 このままでは月歌は最後は彼にハマってホストクラブに行って身を滅ぼすのかもしれない。前にニュースの特集で見た。


「医療機器を作るベンチャー企業です。こんな感じの」

 そう言って黒瀬がスマホでホームページを見せてきた。


「医者従事者の方から意見をいただいて、求めに即した機器を作る会社です」

「なるほどぉ」

 何もわからないが、めちゃくちゃ凄いことはわかった。


(この人、本当に私を選んでよかったのかな?)


 番号を間違えたがそんな失礼なことは言えないので全力で優しくしてくれているだけのような気がしてならない。


「日根野さんは普段はどんなお仕事をされているんですか?」

「事務仕事です。……ありがたいことに新卒から長く働かせてもらっています」

 ネガティブなことを言いそうになり、慌ててつけ足した。


 月歌を拾ってくれた地元の中小企業には感謝している。

 たとえ給料が安く、上司は怪人オレノサケガノメナイノカーだろうが、大した学歴もない月歌なんかを雇ってくれているだけで充分である。


 そうこうしているうちに従業員がケーキと飲み物を持ってきてくれた。


「わあ、美味しそう」

 メニューの写真より実物のほうがずっと美しい。

「そうですね、美味しそうだ。いただきます」


 育ちがいいのだろう、両手を合わせた黒瀬に月歌もまた追随する。

(やっぱりこの人が私を選んだのはミスだったんだわ)

 月歌はそう確信し、倒さないようにケーキにそっとフォークを入れたのだった。

 

 


 

 

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