4話シーン12「上位神」
「「カティ!!」」
心待ちにしていたとばかりに、仲間達が彼の名を叫ぶ。
そこにはベロニカが、イツカが、ロックが待っていた。
スタッ
「お待たせ」
カティルの足が地面についた。
縦横無尽に何千何万本という小枝を敷き詰め絡み合うような床は
土の色が見えない。
だが枯れ枝のように見えるその床材は石のように固くしなりもしない。
天井は高く、カティルが全力で飛び跳ねようとも全く届かない。
「ユリとレルさんは?」
普段通りに話していても、その声は自然と大きく反響していた。
「いや、まだ合流できてない」
ぶるんぶるん
「探しては・・いたんだけど、ね」
「もしかした、ら・・・どこかに、閉じ込め、られてる、かも?」
「俺は、信じてるぜ。ユリは絶対に生きてるって!!」
ぶるんぶるん
「そ、そうだ・・・な。うん。ところで・・・・」
「「お前いつまで裸なんだよ!!」」
三人の声ががっつりと揃う。
三人の視線はロックの無駄に揺れる一点を指さしていた。
「仕方ねえだろ!あのユリの偽物から逃げるのに必死だったんだからよ!!」
しゅるしゅるしゅる
すると地面から若々しい緑鮮やかなツルがロックの下半身に絡みつく、そうして
ロックの邪悪なスティックを完全に隠すほど巻き付くと、ツルは自然と地面から
千切れ取れ、天然の肌着を生成した。
「お、おう・・・さんきゅー?」
何この地面ちょー便利。
かゆい所に手が届くこの植物様は何者か?
一瞬疑問に思えたが、答えは自ずと分かる。
恐らく、この先に待っている何者かの意思が関係していた。
四人は落ち着いて歩き出す。
その行く先に見えたのは、美しい蔓や巨木の柱、地下であるにも関わらず
青々とした緑で覆われた美しい空間が存在していた。
それは言うなれば玉座だ。
そうだ、ここは玉座の間。ここは宮殿。
全てはカティル達を迎え撃つために用意された、閉鎖された中に作られた、壮大な空間。
周囲の壁や空気全てから、生命力に溢れている。
その空間の最奥、十段足らずの段差の上に、何本ものこれまた数えきれない程の
枯れ枝が寄り集まって巨大な玉座を形成し、安置されていた。
玉座の上を眺めると、まるで目を回してしまいそうなほど大量の歯車がかみ合い、重なり合った不思議なアーティファクトの巨大なものがカチコチカチコチと
あの異音を流しながら、稼働しているのが見えた。
そのアーティファクトを背に、玉座に座る誰かが語り掛けて来る。
「よくぞおいでくださいましたね、勇者様?」
その姿は、純度の高い金塊を細かく裂いたような、僅かな明りにすら輝く、
地面に付くほど長く金色の髪、陶器のようにしっとりとした色合いの染み一つない白い肌、エメラルド色のうっすらと煌めく瞳。
それらはどれも人間にはあり得ない美しさを称え、作り物であるようなのに、
それに反して激しく強い生命をも感じさせる。
彼女の姿はそんな「絶対的な美」が揃っていた。
そんな彼女の腕の中で、一人の少女を抱きかかえているのが見えた。
ポタッポタッ
「その人は・・・」
カティルにはその腕の中の少女に見覚えがあった。
「この子・・・貴方が先ほどまで囚われていた牢獄の『核』を務めていたのです。
この子の生命はあの牢獄に紐づけられ、この子の命があの空間の強度と頑強さを
保証していたのですわ」
言いながら、玉座に腰かけた女性は、腕の中で眠る、最初に出会ったメイドの
グナイの髪を手櫛ですいていく。
グナイの表情は眠るようにどこか穏やかで、大役を全うし、今生に一切の
未練も残していないというように、静かに絶命していた。
だがそれに反して、その肩から腰にかけて、袈裟切りされたような深い切り傷が
大きく残り、その衣服は己の血で赤々と染まっている。
女は自分の肌が汚れることも厭わず、グナイの髪をずっとすいていた。
「だけど・・・この子は亡くなってしまいました。
私が不死性を授け不老不死としたのですけど、契約の履行のために、
貴方が脱獄を果たしたことで、この子は死ななくてはならなかったのですよ?」
初めて女は、顔を上げてカティル達を見た。
女の表情がジワジワと歪んでいく。
穏やかにグナイを見つめていた優し気な表情は一変し、怒りを隠そうともしない、
憎悪に歪められた悍ましさすら漂わせて、カティルを睨んでいた。
「・・・・貴女が、メティースさん・・ですね?」
カティル達には彼女の声に聞き覚えがあった。
あの天幕で隠されたベッドの上で、自分達に声をかけてきた館の女主人の声と
そっくり同じだった。
カティルとイツカは自分の獲物を構え、武器を持たないベロニカとロックは
拳を構えた。
「ええ、そうですわ。ワタクシこそが女神メティース。
千の神獣、200の神々、その上に立つ60の上位神が一柱。
かつては汝らを見守り、導いてきた者、『告げる女神のメティース』
今より主神様の御為に、あなた方を屠りましょう」
〈ぐっ・・・またも上位神か〉
カティルの脳裏に、先日敗北を喫した闘神バルスターズがよぎる。
つまりはメティースは、彼と同等の存在ということか。
「騙されてはいけません!」
「!?レルさん!」
カティル達は声のした方へ一斉に視線を向ける。
よく目を凝らすとメティースの背後、規則的に動く機械の文字盤の数字の10と2を挿す辺りに
木の枝で封じられた二つの檻が吊るされている。
10の檻にはレルが、 2の檻にはユリが閉じ込められていた。
「ユリ!無事だったのか!?」
「だあああ!!騒がないでロック!!こっちはね、嫌な夢を見るわアンタの顔を見るわで機嫌が悪いんだよ!」
「な・・なんでそこまで突っかかられなきゃならないんだよ」
「いいから黙れって!ねぇ~ベルゥ、イツカ~あとでご褒美に気持ち良い事して
あげるから~早く私をだして~」
ユリは女性陣を見て、気持ちが悪いほどに体をくねらせて猫なで声を出している。
「・・・ゆり?お礼はいらないし助けてあげるけど、その口塞がないと
コレよコレ?」
シュッシュッ
「・・・・はい、お口チャック・・・」
ユリは驚くほど速く正座で大人しくなり、黙った。
「・・ああ・・・えと・・・レル、さん?それで・・どういう?」
まさか味方に出鼻をくじかれるような真似をされると思わなかった。
黙り込むユリから、皆の視線はレルに戻される。
「・・・ええ、はい・・・よく聞きなさい、カティル。
その女神のいうことには、虚言があると思われます」
レルの言葉をうけ、カティル達の視線がメティースに移った。
「・・・聞きましょう」
メティースはそう短く告げ、立ち上がった。
その時、ゴツンと鈍い音を立てて今まで愛おしそうに撫でていたグナイの亡骸が、零れるように地面に転がった。
もうメティースには、その亡骸への関心の一切が失われたように、
視線を送りもしなかった。
ただ背後の檻に囚われたレルの声に耳を傾け、同時にカティル達を静かに見つめている。
「・・・・私はこれまで、神々との決戦が始まると知った時から、数々の遺跡や
神殿を回り、あらゆる書物を読み漁り、あなた方の研究を続けてきました」
メティースは微動だにせず、レルに一切の視線を送りもしないまま、確かにレルの言葉をしっかりと聞き入っていた。
「あなた方は本当に強大な力を持ち、我々を圧倒して、どれだけ多くの時間を
費やして我々を支配し、管理してきたか、私は知っている。
千の神獣、200柱の神々、そして60柱の上位神と、無と生を司る
双子神『スピラとピ二』、
そしてその最上位に位置する『主神』と呼ばれた神『アガブレアヘッド』」
ビクッ
レルがその名を口にした時、メティースの体が震えた。
「卑しい人族の分際で・・・・あのお方の名を口にするとは何事ですか?」
初めてメティースは振り返り、檻に捕らえられたレルを見る。
その目は強い憎悪に覆われていた。目尻や眉間に一切の変化はない。
だが睨まれてもいないのに関わらず、強い怒りと憎しみを叩きつけられたと
感じる程の『圧』が込められたいた。
「これは失敬、あなた方の間では、主神の真名を口にするのは
許されないのでしたね」
「我々『だけ』ではありません。あなた方も許されてはいないのですよ?
ニンゲン・・・」
「・・その数々の神の名、属性、能力、役割を私は調べてきました・・・・」
呼吸を整えるように、レルは一旦、間を置く。
「ですがその中に、無かったのですよ。
女神メティースという、貴女に関して記された資料も、神殿も、何一つね」
「・・・では、私は誰なのでしょう?」
「私が思うに、貴女の真名は『惑わしの霊樹マルダ』
時に日傘さす令嬢に姿を化けさせ、道行く人々を迷わせて館へと誘い、
試練を与えては失格者を食らい、成功者に宝物を授けたとされる神の樹・・・」
〈そして何より、マルダはチン・パンジーらの母と呼ばれ、彼らの
守護神でもあった〉
今回の件に関して、あまりに共通点が多すぎるのだ。
「違いますか?」
レルは確たる自信をもって、目の前の女神を真っすぐに見据えた。
更に言えばこのマルダは、以前この近隣のプラーフ村を襲った神獣
『月影のボルガバ』の暮らすとされる『常に月光照らす森マシュパ』と
現世の境目に生えていたという伝承もあり、この点も実にらしさがある。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
レルとメティース?の間で、沈黙に睨み合いが続く。
「・・ブッ・・・アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
だが唐突にメティース?が高らかに笑い転げ始めた。
「アハハハ!アハッ・・・アハハハハハハハ!!」
ゲシッゲシッゲシッ
そして唐突に地面を蹴り始める。
その足が地面に転がるグナイの亡骸に当たろうが構いもせずに繰り返していた。
「・・な、なにを・・」
余りの奇行に横で見ていたカティルが口を開く。
「アハハハ!・・・ヒィ、ヒィ・・・い、いえ、お気になさらず・・・・」
ようやく治まってきたというように、メティース?は徐々に息を整え始めた。
「そうですかそうですか、いえいえさすがは賢者に選ばれた・・・えーと?
レナイ・ムックワーサマでしたか?ええ、ええ、すばらしい名推理だと
思いますわよ?そうですかそうですかーメティースなる神の神殿も伝承もなく
存在する証拠さえないんですねーわかりましたわー・・・・」
ガン!
「ならばそのようなマイナー女神、楽々と倒せてしまうのでしょうねぇ!!」
最後に地面を力いっぱいに踏みしめると、女神は天井を見上げた上、
その天に向けて無言で中指を立てた。
ガタン!! ブンッ
唐突にレルが閉じ込められていた檻が揺れたかと思うと、檻を吊るしていた
鎖が大きく伸びてしなり、カティル達が立つ位置の近くに雑に放り投げた。
「ゴベッ」
檻は粉々に粉砕され、中からレルが転がり落ちた。
「レルさん!」
「大丈夫なの!?」
「回、復、いる?」
「いやいや、こういう場合は聞くまでもなく回復かけてやるだろ普通!」
「そもそも回復魔法はレルさんの担当で私達で使える人いたかしら?」
「なら『回復いるか?』とかいうなよ!」
カティル達は大慌てでレルを抱き起し、意識を確かめるように肩を揺すった。
あーあー・・・平気だった筈なのに余計に心労を増して重くしている。
カティル達は半ば混乱していた。
「ふんっ・・よそ見をしていて良いのですかぁ!?」
振り返ると、女神はもう完全に憤り、怒りなどという生ぬるい感情を超えた
何かに支配され、その眼孔を燃え上がらせているのが見えた。
「その、惑わしの、霊樹!マ・ル・ダ!!かもしれない女神の力、
見せて差し上げましてよ!!」
女神は天に向けて手を伸ばすと、何かの術式を展開させる。
しゅるしゅるしゅる
天井や外壁、床の樹木から大量の蔦が伸びて女神に次々と絡まり、みるみる内に
毛糸玉のような球体を形成した。
その球体に更に巨大な枝葉が纏わりついて、
球体をコアとしたような巨大な木人形を作り上げた。
『さあ・・・・どこからでもかかってきなさいな!!』
その木人形は、床から上半身だけが直接生えている。
龍を思わる大顎、巨大な姿見のような一つの目玉がカティル達を見つめている。
背中から生えた多数の蔦の集合体は巨大な翼を思わせ、二本の腕には三本指しか
ないものの、そのゴツゴツとした指の一本一本が成熟した大樹ほどある。
それらを支える胴体は樹齢一万年を超える屋久杉を思わせる壮大さを誇っていた。
その巨体が、未だ檻に囚われているユリとカティル達の間に、隔たるように座している。
ブンッ
木人形の剛腕が大きく振り下ろされる。
バアン!
「グッ」
「痛・・」
床に亀裂が入り、その衝撃と弾け飛ぶ木片ですら、躱しきれずにかすめた
カティル達の肌をわずかに傷つける程だった。
木人形はその一撃だけでは終わらずに、背中から生えた多数の蔦が瞬時に伸び、
槍突きのように散り散りになったカティル達に各個襲い掛かる。
「身体強化術コンゴウ!」
ロックは身を固めて、蔦の槍を受けきって叩きつぶす。
「カイザーナックル!虎の型!」
ベロニカは空中で回転して飛翔しながら蔦の槍を避けつつ、横から殴り折る。
「くっ」
イツカは後ろに下がって避けつつ、正確に蔦の槍の先端を切り落とす。
「ていっ!」
反対にカティルは一人、蔦の槍を避けつつ少しずつ前進しながら、
蔦を叩き切っていく。
「あ、レルさん!」
するとレルが無警護状態だったことを思い出して、カティルは視線を向けた。
「・・安心してください・・・・大丈夫です」
レルは膝をついていつつも、何とか無傷で保っていた。
〈ナイス・・・ルビアカイン、そのままレルさんを守ってあげて〉
〈承りました、イツカ。そちらも無理をなさらないで〉
本来の護衛対象はイツカの筈であるが、この程度までならイツカでも対処できる。
そういった信頼関係と評価があってこその対応だった。
バキッ ガキンッ
「ユリ!檻の隙間から撃てねえのか!?」
「むーりー!私の清姫ちゃん、取り上げられてて手元にないの!」
ボキッ ボクシャッ
「なんだと!?この役立たず!」
ゴンッ
「ムカッ・・・・何よ!
鎧でガッチガチに固めてないと何もできない木偶の坊のくせに!」
バンッ ズン!
「なんだと!?」
「なによ!」
〈・・すげぇ・・・言い争いながら蔦の攻撃を対処してる・・〉
カティルもまた木人形の攻撃を捌きつつもロック達の様子を見ていた。
慣れてくると、歴戦のカティル達にすれば木人形の攻撃は単純で単調であった。
もしかしたら本当に、レルの言う通り相手の女神は上級神などではなく、
惑わすことに特化した霊樹マルダだったのではないかと思えてくる。
だが、それらを眺め、見抜く者が居た。
「あーあー・・・・」
遠くからその戦いを眺めていたセシリアがため息をついた。
「これはぁ、苦戦しそうじゃのお」
「本当よ。レルくんたら・・・あの館に招かれていっぱいのヒントを見てきたっていうのに、何なの霊樹マルダってぇ」
「勘違いも良い所じゃのお。何か意見は無いか?びっちょびちょメーテル?」
「だからビシュメルガだって・・・〈もう何を言っても無駄と聞き流す〉
そうねぇ・・・あの子も腐っても武神や闘神ではないものの、上位神なんだけど。
彼女があんな使い慣れてない樹木の操作魔法とか、お遊びを辞めて
権能スキルを使い始めたら・・・・下手したら」
〈ダメだ・・・ダメダメ、カティルきゅんの未来で最悪の結末しか思い浮かばないじゃない〉




