旅立ちの前
……。が、がんばります。
「君は前までのノエルとは別人なんじゃないか?」
藍色の目が見透かすように私を見てきた。
「わ、私が別人なんてあなたは頭がおかしいんじゃないかしら」
「いや、君はノエルじゃない。
僕にはわかる」
何とかごまかすことにしよう。
「今すぐ病院に行くことを提案するわ」
私は、手をポンと鳴らしそう提案した。
「それはいい提案だね。そうすれば僕は戦争に行かなくて済む」
くそっ。私は舌戦には自信があるのに、この男は手ごわい。なかなか倒せないわ。
だが、負けてなるものか。
「そのまま病院で死んでしまえばいいのよ」
「その時は、ノエル、一緒に死のう。そうしたら僕たちは永遠に一緒にいられる」
「絶対に嫌だ。その時はお墓からゾンビになって生き帰ってでもあなたがいないところに逃げてやるわ」
「そうしたらゾンビになって追いかけることにしよう」
何それ?ホラー映画でもそんなに怖くないのに。
「大体、何で最近、この僕から逃げる?
僕はお金持ちで、イケメンで、頭がよく、勉強ができて、これ以上ないくらいハイスペックだ。僕と結婚しないと損だよ」
「性格に問題があるじゃない」
「完璧な僕に欠点なんてない」
「いや、人間だから欠点くらいあるはず。見た目にだってどこか欠点があるはずだわ。例えばその寝癖とか」
寝癖がかわいいなんて大間違いだ。身だしなみこそ男子の基本!
「これは君のせいだ。君に会えると思うと眠れなかったから」
「子供か!」
「子供じゃないよ。証拠に今すぐ君にディープキスをしてあげようか」
そういってネズミをいじめる猫のような目をした。藍色の目を見ると一瞬だけドキリとしてしまった。
「全力で遠慮します」
「ははは。じゃあ、具体的には僕のどういうところが気に食わない?」
「そういう悩みとかなさそうな能天気な様子が嫌いだわ」
このスカシエリック。いつもすまし顔で爽やかそうな顔をしていてむかつくのよ。
「僕にだって悩みくらいあるさ。最近の悩みは自分が好きすぎて辛いことかな」
「死ね!」
「鏡を見るたびに自分が綺麗になっている気がする」
「自分が美しすぎて気絶しそうとか考えているの?」
「鏡の中の自分が美しすぎて魂を奪われるかもしれないと心配だ」
何かもうこの人の全てがどうでもよくなってくる。
「だけど、そんな自分よりも君のほうが美しく見えるときもあるよ」
そういって天使のように微笑んだ。
藍色の目が私を捉えている。
女の扱いに慣れた嫌な男だ。すなわち私の敵だ。
「あなたって私のことが好きなの?」
「僕が君に惚れているように思う?」
「全然、思えない。好きな女の子に対して、こんな態度をするなんておかしいわ」
「そうだね。きっと恋なんかよりも歪んでいると思う。
僕が君に望んでいることは、きっとこういう感じかな。
ねぇ。僕のペットになってよ。かわいがってあげるから」
彼の顔に張り付いているのは凶暴な笑み。
ゾクリ。
背中を寒気が通り過ぎた。
思わず一歩後ろに下がった。
「私は、そ、そんな冗談を言うあなたが嫌いだわ」
だから、あなたも私を嫌いになりなさいよ。
「そう、僕はそんな君が結構好きだよ」
かああっと頬が熱くなる。
これだからエリックは、嫌な奴だ。
今すぐ爆発してしまえばいい。
「戦争から帰ってきたら、僕は君を逃がさない。離さない。どこにもやらない。誰にも渡さない。君はずっと俺の側にいないとだめだ」
ひぃ。怖いよ。この男、怖すぎる。
「いや、私は一人でも強くたくましく生きていけますので大丈夫です」
戦争中にアンショー家は没落する予定だが、生き残って見せるわ。
「そんなことない。君は危なっかしいからね。帰ってきたら専用の檻でも用意しようかな」
この変態。犯罪者。女の敵。
「ふんっ。あなたなんて戦争で爆発してしまえばいいのよ」
「そうしたらノエルが悲しむだろう。だから、死なないようにちゃんと帰ってくるよ」
「そんなことないわ。あなたが死んだら、喪服を着て万歳三唱をしてやる」
「ひどい女だな」
「あなたに言われたくないわ。さっさと行ってしまいなさい」
「ああ、行ってくるよ」
次の瞬間、エリックは私の額にキスをした。
「な、な……」
私は、魚のように口をパクパクさせた。
彼は、いたずらが成功した子供のように無邪気に笑った。
読んでくださりありがとうございます。




