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あの日の残像

 結局、人間というのはないものねだりの生き物なのでしょう。

 「私、やっぱりバイトをやめます」

 その時、私はようやく自分の殻を破れて

 ヒーローにでもなれた気分になって

 とてもすがすがしかった。

 ようやく自分の意思を自分の言葉で人に伝えられる一人の人間になれた気分だった。

 「君って半年間やるって言ったよね」

 「……言いました。

 だけど……もうやめたいんです。全部、私が悪いんです。私が考え不足でした」

 「あっそう。君には失望した。裏切られた気分だよ」

 ズキリ。……胸に何かがひっかかる。

それでも口から出そうになる「ごめんなさい」という言葉。

 今の私には、それを言う資格すらない。

 自分が決めたことだろう?

 自分で選んだ道だろう?

 自分の言葉だろう?

 振り向くな。振り返るな。

 前だけを見続けろ。

 でないと今度は今の自分を否定することになる。


 その日の放課後。

 私はいつもみたいにみんなから掃除当番を押し付けられた。

「ごめん、皐月。私、今日は彼氏とデートだから」

「私は塾があるから早くいかないと」

 ……本当は知っている。

 彼氏とのデートも、塾も1時間以上も後にあることを。

 だけど私はこうやって掃除を押し付けられ続けている。

 いつも、いつもいいように使われている損をしているバカな少女。

「わ、私、今日は掃除当番じゃないから仕事をしない」

「……皐月のくせにうざいんだけど」

「『全然、大丈夫。私、掃除好きだから』なんて言って、いつも掃除をしていたのは誰だっけ?」

 友達だと思っていた人が、私に向かって牙を向く。

 嫌われることを恐れた。

 相手が望まない言葉を吐くことを恐れて自分を殺した。

 だけど……。

「私……だけど……気が変わったの。

 私はやらない」

 なぜか、涙が出てきた。

 私ってかっこ悪いな。

 泣き虫で、弱虫でダメな奴。

 だけどリュックサックをしょって教室から逃げ出した。

 

 他人の言葉に傷つかない人になりたい。

 他人の理想を裏切ってもこれが自分だって胸を張れる人間になりたい。

 傷つけられ傷ついても自分の生き方を肯定できるようになりたい。

 言いたいことを言うんだ!

 やりたいことをやるんだ!

 飼い殺された犬みたいな生き方をして人生に何の意味がある?

 他人に自分の言葉を告げられずただレールに従って生きるだけ。


 それでも共感や、安心を求めて私は家へ帰ると

 『バイト バックれ』『人生最悪の失敗』『人生最大の失敗』などとネットで検索し読み漁った。

 比べられることが嫌いだった。

 性格や容姿。

 順位がついたり、見下されることを恐れた。

 だからいつもテストなんてなければいいのにと思っていた。 

 競争から逃げ出し

 他人と比べられることを恐れ

 人を比べる行為そのものを軽蔑していたくせに

 それでも人を見下して安心している。

 自分よりもクズな人の生き方を知って

 世の中にはこんなにだめな奴もいるのかって安心して救われたような気分になって……私、最悪だ。


 結局は、訳のわからない理想に取りつかれて友達と縁を切り、バイトもやめてしまったダメな奴。

 私こそがクズなのかもしれない。

 それでも手にしたのは自分が選んだ道。


 傷つかなれば痛みは知らない。

 言葉にしなければ届かない。

 裏切らなければ、自分らしさは手に入らない。 

 大丈夫、ちゃんと得たものもあるじゃないか。

 だけど……

 どんなに前を向こうとしても……心を蝕むのは暗い色をした残像。

 それでも自分が決めたことだ。

 言い訳をするな。

 甘えるな。

 そんな声が聞こえた。




 


 読んでくださりありがとうございます。

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