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終末世界で本を読む  作者: 三山とんぼ
7/15

#07. Zデイから二〇日目 『狙撃手リーパー ゴースト・ターゲット』

昨日に続いて、今日もライフル銃を持って屋上に出た。

私が偶然にここに来て、主を失った『要塞』を勝手に私物化してから今日で、……えっと多分、八日目、だったはず。

うんざりすることに、下を見ると今日もやっぱり、近くの道路をゾンビどもが徘徊しているね。

数えてみると、視界に入るゾンビの数は全部で五匹だ。


ウロウロと歩き回り、かと思うと急に立ち止まる。そして、周囲に視線を動かして、唸り声をあげる。


ヴァアアアアアアウウオゥ…………


明らかに劣化しているものの、どこかに知性の名残のようなものがうかがえて、それが余計に気色悪い。

脳みそまで腐っているくせにさ。


そのへんの気持ち悪さは、あの黒い悪魔に似ている。

あいつらはカサカサと動いたかと思うとピタッと止まり、触角を動かして周囲を窺う。

その仕草が妙に知性を感じさせて、それがあの気色悪さに繋がっている。

でもこの考えを人に話しても、あまり同意して貰えないんだけどさ。


「ほんっとに、鬱陶しい……!」


思わず、そう毒づく。あの血の気のない、灰色の崩れかけた顔を見るだけで無性に苛立ってくる。

だってさ、ついこの前、私はゾンビに食い殺されそうになったんだ。そんな経験をしたら、そりゃあ嫌いになるってもんだろう。なんの不思議もない。

ゾンビが怖いし、怖いと思ってしまうことが腹立たしい。

これでも一週間が経ってるから、少しはあのときの恐怖から立ち直ってはきてるんだけどね。


それでもまだ、あのヴァーだかヴォーだかいう唸り声を聞くと鳥肌が立ち、身体に怖気が走る。

軽いトラウマになっているのかも。

とっととあの、無駄に丈夫な声帯まで腐り落ちてしまえばいいのにね。

声帯ってのが腐るものかどうか、知らないけどさ。


昨日はどうしても我慢ができずに、当たりもしないのに、ライフル弾をゾンビに向かって撃っちゃったんだよね(銃弾は虚しく、どこか明後日の方角に飛んでいった)。

だってさ、ゾンビが誰かの死体をむしゃむしゃしてたんだよ。そりゃ撃っちゃうよね?

あのときはとんでもなくでかい音がして、驚いた。銃声ってすごい音が鳴るんだね。


近頃はもう、このあたりにはほとんど人なんかいないはずだ。だって、たまにゾンビが呻いたり、どこかで犬が吠えりする以外には、ほとんど音がしないからね。

それもあって、銃声はよく響いたよ。響きまくったよ。


ヴァアアイイイイイィィアァァ…………


また下から、ゾンビのなんとも言えない呻き声が聞こえてくるね。

腐った声帯から生まれる、腐った声だ。


「あーくそ、鉛玉で吹き飛ばして、ただの腐った肉片に変えてやりたい」


ゾンビは嫌いだ。

臭いし、汚いし、うるさい。


このライフル銃は、私が身を守るための大事な道具だ。

しかし、今のままでは宝の持ち腐れのようなものだ。猫に小判。豚に真珠。

少しくらいは練習しないと、まったく使い物にならない。


「音は気になるけど、でもだからといって使わないって選択肢はないもんね」


小説やマンガで読んだ知識で言うなら、銃声を抑えるためには、消音器サプレッサーとかいうのを銃の先につけるとか、後はクッションのようなものを銃口に押し付けて撃つとか、そんなのがあったけど。

本当にそれが使える方法なのか、私にはさっぱりわからない。


「取りあえずクッションは無理だよね。そんなの銃口に押し付けた状態で狙うとか、無理。ただでさえ当たらないってのにさ」


となると後は、消音器ってやつだけど、武器庫にそんなのなかったと思うんだよね。


「一応、武器庫の中をもう一度探してみたほうがいいかな?」


もしあるなら、試しに使ってみてもいいのかも。あまり期待はできないとしても。


「考えてみれば、銃って火薬を爆発させて、その勢いで弾を飛ばすわけでしょ? そりゃあ、音ぐらいなるよね」


すぐ手元で火薬が爆発するのだ。考えてみればかなり怖いね。

しかも猛スピードで金属の弾を飛ばすだけの衝撃を起こすんだから、結構強い爆発のはずだ。

それをすぐ顔や手の側で起こすのだから、はっきり言って、正気の沙汰じゃない。


「でも今は武器が必要だもんね……仕方ないか」


私はライフルの黒い銃身を、恐る恐る撫でた。

硬くて、冷たい。

そういえば、最近読んだ本の中に、ライフルで標的を狙う、スナイパーが主人公の小説もあったね。

私が自分で買った本ではない。

この『要塞』の前の主である久我健太氏の、本棚の隅に突っ込んであったものだ。


あれのタイトルは、なんだったっけ?


えーと、確か……


小説のタイトルは、……あ、思い出した。そう、『狙撃手リーパー ゴースト・ターゲット』。


主人公は、凄腕のスナイパーという設定なんだよね。

そしてライバルキャラもスナイパーで、主人公の恋人までもがスナイパーだ。

スナイパー同士の銃撃戦に、スナイパー同士のベッドシーン。

というか、主要登場人物はみんなスナイパーだよね?

……この世にスナイパーほどありふれた職業は、他にあるかな?


私は再度、スコープを覗く。視界の中央にある十字線の交点に、ゾンビの腐りかけた顔が映った。

はっきりとはわからないが、目標との距離は恐らく五〇メートルもないと思う。

いい加減な目測だけどね。


「いざというときのために、少しは銃が使えるようになっとかないとね……」


小説の中で、主人公のハーウッドは、八〇〇メートル離れてても目標を撃ち抜いたそうだから、それに比べればなんでもない距離だ。

そんな風に、自分自身を励ましてみる。フィクションが、どれだけ現実を反映しているか、なんてことは考えない。考えたら負けだ。


「このくらいの距離、屁でもない……」


上達するには、練習あるのみだ。

引き金を引くと、銃身が反動で跳ね上がった。「ガアアァァァァン……」と尾を引く銃声が、辺り一帯に響き渡る。

外れ。

銃弾はアスファルトにめり込んだ。


「チェッ」


舌打ちをひとつして、次の準備をする。


小説の中に、スナイパーの心得的なものは書いてなかったっけ?

一言呟けば百発百中になるような、都合の良い魔法の言葉でもあったらいいのにね。切実に、そう思う。


けれど、小説の中にすらそんな便利な呪文は出てこなかった。

スナイパーの心得は、「粘り強くチャンスを待ち、狙いをつけ、目標をスコープの中心に捕らえたら決して銃を動かすことなく、引き金を引く」

……口で言うのは簡単だ。


いくらピタリと静止していようとしたところで、手や指は自然と震えてくるものなのに。


あの小説。『狙撃手リーパー ゴースト・ターゲット』の主人公のハーウッドは、少なくとも物語の前半ではまったく良いところがない。

序盤で敵にしてやられて大怪我をし、その後も利用されたり騙されたり、何度も危機に陥った。


正直、読者目線でいえばあまりに頼りなく見えた。死に神(ザ・リーパー)とかいう大層な異名が泣くぞ、と。

それでも辛抱強く、いつか反撃してくれると信じて読み進めると、物語が後半に入るあたりで、どうやら主人公は調子を取り戻したようだった。


そこからは、いかにもアメリカのアクション小説って感じだった。ハリウッド的というか。

主人公はタフな男で、勇気があり、不屈の精神に無限の体力を持っている。

そして悪役は、ドギツイまでに悪人だ。権力はたっぷりあるのに、モラルは欠片もないという、アンバランスな悪人がこれでもかというほどに出てくる。

印象としては、登場人物の六割はドギツイ悪人で、四割は勇敢な善人。そしてその中間の人間は一人もいない。

なんにしろ、ラストまでにはちゃんと、悪人には報いがあったから、文句はないけどね。


さて、私は特にタフでもなんでもない。アメリカのアクション小説にはとても出演できない、普通の人間だ。

それでも私がこのライフルを撃たなければならない。だって、他には誰もいないんだから。

私のスナイパーとしての腕前は酷いものだけど、標的は動きの鈍いゾンビだし、距離もさほど離れていない。

レベル1のスナイパーの標的として、丁度良い難度の相手だ。


あの腐った死体を射撃のターゲットにすることに、特に良心の呵責かしゃくは感じなかった。

あれも元は生きた人間であり、家族を持つ普通の一般人だったのだから、本来は感じるべきなのかもしれない。

しかし今となっては、人間性の欠片もなく、ウロウロと徘徊しては生きた人間に襲い掛かる怪物モンスターでしかないからね。

あのうるさい唸り声を消すためならば、銃弾を撃ち込むくらいなんでもないよ。


さすがに、もし見知った人間がゾンビとなって現れれば、動揺するかもしれないけれどね。


もう一度引き金を絞る。

また外れ。上手くいかないね。どうやら、私にはスナイパーの才能はないみたいだ。

もしくは、レベル1のスナイパーが、レベル2に上がるためには、もっと経験値が必要ということかも。


これ以上銃声を響かせれば、あたりを徘徊するゾンビどもを、ここに集めてしまうことになるかもしれない。それでは逆効果だ。意味がない。

下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、というわけにはいかないのだ。残念だけどね。


「当たっても外れても、これを最後にしようっと」


そう決めて、慎重に狙いを定めた。

破裂音。ゾンビの眉間に穴が開き、ゆっくりと倒れた。


私はニンマリと笑い、自分のあげた最初の戦果に満足した。


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