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終末世界で本を読む  作者: 三山とんぼ
6/15

#06. Zデイから七三日目 『スパイクを買いに』

「ちょ、ちょっと、ま、待って……」


息も絶え絶えになって、私はフラフラと、体育館の床に座り込んだ。

足がプルプル震えてる。息がまったく整わない。汗が体中から、吹き出してくる。

全身がねばつく汗でぬるぬるして気持ち悪いし、酸素が足りなくて息苦しい。


そんな哀れな状態の私を、つーさんは困ったもんだとでも言いたげに苦笑いして、見下ろしている。

ってか、少しぐらい可哀想だと思わないのか! 薄情者め!


そう詰ってやりたくても、肺に酸素を送るのに忙しくて喋る余裕もない。


「ちょっと一対一で遊んだだけですよ。ダウンするのが早過ぎますってば、栞子さん」


言いながらつーさんは、ダムダムとバスケットボールを床にバウンドさせ、大股で数歩走ると、綺麗なレイアップを決めた。

バスケなんて、体育の授業でしかやったことないって言ってたけど、全然そうは見えない。

いるんだよね。なにをやらせても簡単にできちゃう人ってさ。

こと運動に関しては、つーさんがまさにそういうタイプの人間らしい。


「ほら、栞子さん。立ってください。相手してくれるって言ったのは栞子さんですよ?」

「……まだ、い、息が整わないってのに、お、鬼か!」


確かに言ったよ? 今日はつーさんに付き合うってね。言ったさ! 一昨日、私の家まで荷物を取りに行くのに付き合ってくれたからね。

今までは何度も「一緒に運動しませんか?」って誘われても断ってきたけど、お礼に一度くらいは付き合ってもいいかと思ったからね。


でもね。こんなにハードだとは思わなかったんだよ!

死にそう。明日は全身筋肉痛確定。ものの五分で、私はもう満身創痍だよ。


「ホラ、早く立って、続きやりましょう!」


つーさんに急かされて、仕方なく私はノロノロと立ち上がる。

一応それでも、腰を落として両手を広げて、ディフェンスっぽい格好だけはしてみた。


「くそう、つーさんめ……! 次こそは止めてやるからな! 覚悟しろ!」

「えっと、……はい。楽しみです」


言うなリ、正面からつーさんが突進してきた。速い! 怖い!


「ちょまっ!」


思わず目を瞑った私の左横を、つーさんがすり抜けて行った。

ふわりとつーさんの身体が浮き上がり、シュートが決まる。一方の私は、無様に尻もちをついた。


「栞子さん、目をつぶったら止められませんよ」

「ううううぅ、今のは油断しただけだ! 次だ、次こそ止めてやるからな!」


そして私は、なんとかつーさんからボールを奪おうとそれなりに頑張ってはみたんだけど、結局一度も上手くいかなかったよ。

技術云々の前に、運動能力が違い過ぎて相手にならないんだよ。

まったくついていけない。つーさんにしてみれば私は、ただのちょっとした障害物でしかないね。

ヒョイと避ければそれでいいって感じ。フェイントすら必要ないんだもん。相手にもならない。


「……………………降参です。ナマ言ってすみませんでした。許してください」


十五分後、最後には倒れ込んだままピクリとも動けなくなった私は、白旗を掲げて全面降伏した。



          ◇◆◇◆◇◆◇



――シュァァァァァァ……


私は座り込んだまま、体育館のある四階に設置されている、シャワーを頭から浴びていた。

ってか、もう一歩も動けそうもない。


あー、水が気持ちいい。


「今日の栞子さんを見てると、この前読んだ小説に出てくる、主人公のおじさんを思い出しました」


クスクスと笑いながら、つーさんが言う。


「……どんな小説?」

「えっと確か、はらだみずきって人が書いた、『スパイクを買いに』っていう本です」


それはこの『要塞』の元の持ち主だった故、久我氏の遺した本の内の一冊で、つい最近つーさんはそれを読んだそうだ。

シャワーの水が流れ落ちる音をバックに、つーさんが読んだ本のことを教えてくれる。


「その本はまだ、私は読んでないな……面白かった?」

「はい、面白かったです。なんか、中年の再生って感じのお話でした」

「それだとあまり、内容的には目新めあたらしさはないかも」

「かもしれませんが、でも面白かったですよ。四〇過ぎのおじさんが主人公なんですけど、最近子供とのコミュニケーションが上手くいってなくて、会社での立場も微妙な感じなんです」

「そりゃ、ツラそうだ」


私は床に座り込んだまま、適当に相槌を打った。


「なんですが、知り合いに誘われてサッカーを始めるんですよ」

「そこでスポーツに行けるくらいなら、まだまだ余裕あるじゃん」


落ち込んで、サッカーを始めるって気持ちが私にはわからないね。

きっと私なら、自分の殻に籠っちゃうんじゃないかな? そういうときは。

私のような陰キャには、その主人公のおじさんが、まだまだ余力を残した陽キャに聞こえるよ。


「でもそのおじさんも、全然スポーツなんか縁のなかった人で、ちょっと動いただけでひぃひぃ言っちゃうんですよ。それでも頑張るんですけど、結局なにもできずにまた落ち込んだり」

「……それが私と似てたって言うのかよぉ」

「はい、もうそっくりな感じでした」


失礼な! と、大声でつーさんに言い返してやりたいけど、今の私には残念ながらそんな元気はない。

キュッキュッと、隣のシャワー室から蛇口を閉める音が聞こえてきた。


「最後には仕事にやりがいをみつけて、子供とも意思疎通ができて、生活に張りができるんですけど、そのきっかけが、サッカーと、サッカーで繋がった仲間との交流なんですよね」

「めでたし、めでたしじゃん。でも、サッカーねぇ」

「栞子さんも、すぐに嫌になって諦めずに、頑張って運動を続けたらきっと良いことありますよ?」

「……そうくるか」


くそう、まるで子供に言い聞かせるような口調で言いおってからに!

私は運動よりも本を読んでるほうがいいんだってば!


そんなことを考えながらも、目を瞑ってずっと水を被っていると、汗を流し終えたつーさんが、隣のシャワー室からこっちにやって来た。

バスタオルを一枚、身体に巻いただけの姿だ。


「栞子さんってば、そうやってずっと座り込んでいるつもりですか? 夏とはいえ、あまり冷やすと身体に悪いですよ」


そう言って、よいしょ、っと私を持ち上げようとする。


「い、いいから! 放っておいてくれよぉ!」

「もう、暴れないでください。ホントに今日の栞子さんは世話が焼けますね」


妙に嬉しそうに言うと、つーさんは私を胸の前に抱える。

所謂いわゆるお姫様だっこってやつだ。


「こ、こら! なにをする! 放せってば!」

「ダメですよ」


けれどつーさんは、まったく放してくれない。

このお! 疲れ切ってるせいで、あまり強く抵抗できないのを良いことに!


そしてつーさんは、私を抱えて更衣室に移動すると、ベンチに私を座らせて、タオルで私の身体を拭き始めた。


「はい、栞子さん。手を上げてくださいね」

「……はぁ。もういいや」


抵抗しても無駄だと諦めて、私は素直に手を上げた。

恥ずかしいとか、子供扱いしやがってとか、思うところはあるけどね。

でもなにもしなくても全部つーさんがやってくれるのは、確かに楽ではある。


しかし私だけ素っ裸で、つーさんはしっかり身体にバスタオルを巻いているのは不公平じゃないかな?

やがて身体を拭き終わると、つーさんは私の膝の上に畳んだ服を置いた。


「服は自分で着れますか? それとも服も私が着せてあげましょうか?」

「バ、バカにするな!」


つーさんの手を振り払い、私はさっさと自分で服を着る。

すぐ隣で着替えているつーさんの身体をなんとなく見てみる。うん、スタイルもいいね。足が長い、スリム体型だ。

スラッとしてて格好いいけど、多分筋肉もちゃんとついてるんだろう。


「……ね、つーさんは、誰か心配な人とかいないのかい?」


なんとなく、今まで気になってたけど訊けなかったことが、ポロリと口から零れた。

言ってしまった後、すぐに後悔しかけたけど、つーさんは冷静だった。


「そうですね……同じ剣道部の子たちとかは少し心配ですね。でも、連絡の取りようがないので。電話も通じないですし」

「ふむ。地元の避難所とかを探せば、みつかる可能性はあると思うけど?」


聞いた話では、学校とか病院なんかが、ゾンビからの避難所として使われているみたいだね。


「でもゾンビが現れたときはみんな合宿所にいましたから。結局合宿所からはバラバラになって逃げましたけど、探すなら地元よりもむしろここの近くの避難所だと思いますよ?」

「なるほど。でもここの近くの避難所といっても、どこにあるのか私は知らないんだよね」

「いいですよ。安否は気になりますが、でも知ったところでなにかできるわけでもないですから」

「まぁね」


避難所にいる人間がどのくらいの数なのかは知らないけど、それを全部、ここで受け入れることはできないし、やりたくもないもんね。

私は見ず知らずの人間を、自分を犠牲にしてまで助けたいとは思わない。


しかしつーさんは、部活の仲間のことは心配しても、やっぱり家族のことはなにも言わないんだね。

なにか事情がありそうだけど、あまり詮索したくはない。

踏み込み過ぎちゃいけないもんね。


「栞子さんは誰か、安否が気になる人はいませんか?」

「……姉だね。でも今は海外にいるから、それこそ連絡の取りようがないんだ」

「海外ですか。それは心配ですね」


つーさんは沈痛そうな表情になるが、私は苦笑してかぶりを振った。


「まぁ、殺されても死にそうにない人なんで、それほど心配はしてないんだよ」

「そうなんですか?」

「うん」


これは強がり抜きに、本心だ。

あの姉がゾンビくらいでどうにかなるとは思えないからね。


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