表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末世界で本を読む  作者: 三山とんぼ
3/15

#03. Zデイから三三日目 『ナルニア国物語 1』

広い寝室だった。

家具を全部片づければ、バドミントンどころか、テニスだってできそうだ。


キングサイズだとかクイーンサイズだとか、分類なんてどうでもよくなるほどにバカでかいベッドがある。

見る限り、一〇人くらいは余裕で横になれるだけの、面積がありそうだ。

もちろん、こんな化け物ベッドを用意したのは私じゃない。

犯人は、この『要塞』の前の持ち主である、故、久我健太氏だ。


彼はどうやら、このゾンビが溢れる世の中の到来を予期していたらしい。

そして、この『要塞』という安全圏を用意した。

相当お金もかかったはずだから、きっとお金持ちだったんだね。


寝室には部屋の広さに見合わない小さな窓があり、今私は、その窓からこっそりと外を覗いていた。

というのも、さっきからずっと、外から怪しげな物音が聞こえてくるんだよね。


「まーた、誰か来てるみたいだね。この前と同じやつらか、それとも別のやつらかはわからないけど……」


ゾンビではない、生きた人間がやって来て、この『要塞』に侵入しようとしているようなのだ。


多分、近くに住んでいた住人の生き残りだろうね。

利用できる物資を探して、目についた建物に侵入しては家探しを繰り返しているんじゃないかな?

要するに空き巣だけど、まぁ今となっては咎める必要もないだろうね。みんな自分が生き残るのに必死なんだし。

無人になった建物の中に物資があるなら、それを奪おうとするのは当たり前のことだ。

持ち主のいない物資を眠らせておけるだけの余裕なんか、きっと誰にもない。


窓の外、この『要塞』を囲む高いコンクリートの塀の前には、数人の男たちがなにか怒鳴ったり、塀を蹴りつけたりしている。

大変に柄が悪い。


「――――この、さっさと………………おい、くそっ…………ねぇ!」


分厚い強化ガラスの窓は防音性能が高くて、はっきりと声が聞こえるわけではないが、男たちが散々に悪態をついているらしいのはわかる。

この要塞を囲む塀は高いし、さらにその上には鉄条網もある。きっと空き巣諸君は苦戦しているのだろう。

いい気味だね。


彼らが物資を探して空き家を探し回るのは自由だけど、私が住んでいるこの『要塞』に侵入して来ようとしているやつらに好意的になる理由もないからね。


「さっさと諦めてくれればいいんだけどねー」


ヤレヤレとため息をつく。

彼らのような暴徒たちを、撃退するくらいのことは簡単だ。

ここは文字通りの『要塞』だ。

外観はあまり特徴のないのっぺりとしたコンクリート造りの四階建てだが、その実態は中々にえげつない。

あちこちにカメラが仕掛けられているし、ところどころには銃器すら隠されていて、遠隔操作で敵を攻撃できる。それに入り口だってカモフラージュがしてあって、そう簡単にはみつからない。


私が本気で防ごうと思えば、彼らには、最初の関門である塀を乗り越えることすら無理だと思うよ。

鉄条網に併設されている電気柵に通電すれば、彼らはきっと手も足も出ないはず。


けれど、今のところ私はそこまでやる気はない。

怪我をさせるのが気が進まないというのもあるけど、それよりも他にもっと重要な理由がある。


安全を考えるなら、侵入者をこっぴどく追い払うよりも、そもそもここにはなにもないと思わせるほうが得策だからね。

ただの廃墟だと思わせれば、苦労して侵入して来ようとなんて思わないはずだ。

だから私は、敢えてなにもせずに、彼らがここを廃墟だと誤解して去って行くのを待つつもりだよ。


だがそれはそれとして、こう何度も押しかけられて騒がれるのはあまり愉快じゃない。


「いっそ、ライフルで警告射撃でもしてやりたいなぁ」


そんな風に思わないでもない。

しかし下手にちょっかいを出すことで、余計に彼らの興味を引いてしまうことになる。

それがわかるから、ここは忍耐の一択なのだ。


「やっぱ今のところはまだ、静観しておくのが正解だよねぇ。うるさいけど」


藪をつついて蛇を出すのもバカらしいからね。

二箇所ある門も鋼鉄製で、トラックで突っ込んできたとしてもビクともしない。……少なくともPCの中にあった説明にはそう書いてあった。

それに、脚立でも運んでくれば塀を乗り越えるのは可能だろうけど、例え敷地に入っても、『要塞』の中にまでは入れない。


ここの本当の入り口は、ちょっとやそっとじゃみつからないようになってるしね。


この『要塞』の前の持ち主である久我氏は、変質的なまでに用心深かったみたい。

それこそこの『要塞』を本気で陥落させようとするのなら、最低でも戦車くらいは必要なのだ。


「……うん、もう気にしても仕方ないよね。あんなのは無視して、本でも読もうか」


独り言を呟いてカーテンを閉め、本棚から一冊の本を抜き出した。

C・S・ルイス著の、『ナルニア国物語 1』。

全七巻のナルニア国シリーズの第一作目だ。


「懐かしいなぁ。これ読んだのって、小学生になったばかりの頃じゃなかったかな?」


この『要塞』の前の持ち主である久我氏もそこそこ読書家だったらしく、本棚三つ分ほどの蔵書があった。

その内訳はSFが一番多く、次にミステリ。

ナルニア国物語はファンタジーの古典だから、ジャンル的には他とは少し違っていた。


でもこれは超有名な傑作児童文学だから、どんな本棚だろうとあって不思議ということはない。


「異世界転移ものと考えれば、最近の流行りでもあるよね。原点というか」


四人の兄妹が、異世界のナルニア国に迷い込む、冒険小説。

一冊読み切るのにほとんど時間がかからない、まさに軽い小説(ライトノベル)


「それでも、これを読み終わる頃には、あいつらもいい加減諦めてくれているかな? だったらいいんだけど」


本を手にして、バカみたいに巨大なベッドの上に私はゴロンと身体を投げ出した。



          ◇◆◇◆◇◆◇



少しして、あっさりと『ナルニア国物語 1』を読破した私は、ベッドから身体を起こす。


「あー、思い出した。うん、こんな話だったね。大まかには覚えていたけど、やっぱり細かいところは結構忘れてたね」


仲の良い四兄妹と、神様のように強く、賢いライオンのアスラン。

残酷な魔女に、親切なビーバーの夫妻。

剣や盾、弓に短剣。それにポーションなどのアイテムも色々登場する。


子供がワクワクする要素がたっぷりだけど、難しいところはなくて、あっさりと読める。

ちなみに、後から知ったことだけど、アスランという名前は、トルコ語のライオンを意味する単語をそのまま使っているそうだ。


「そうそう。一人だけ意地悪なのが次兄のエドマンドなんだよね……最初読んだときは、エドマンドにもう少し罰があっても良かったんじゃないかって少し不満だったっけ」


結構重大な間違いを犯したのに、あっさり許されたのが、なんとなくモヤッたのだ。


「でも改めて読んでみると、エドマンドは必要なキャラだったんだなぁ。彼がいないと、ストーリーに起伏がなくなっちゃうもんね」


あまり好きになれないキャラでも、ストーリー上は重要な人物だったんだね。


「でもやっぱり面白かったし、次巻も読んでみよっかな。二作目は、『カスピアン王子の角笛』だっけ? あれ? この本だと違うね。『カスピアン王子』ってなってる。タイトル覚え間違い? ……ま、いいか」


読み終わった一作目を本棚にしまい、代わりに二作目を取り出した。

ついでに、カーテンの少しだけめくり、窓から見下ろす。


「どれどれ。あいつらはもう帰ったかな? うん、どうやらもういないね。よしよし」


このゾンビで溢れる世の中で、せっかく生き残った人間同士が争うような不毛な真似はできれば避けたい。


「といっても、あまりにしつこいようなら、最後は……」


銃を使って追い払うことも、考えなければならないのかもしれない。

そんなことはしたくないが、だからといってなにをされても無抵抗でいる気はない。


「この『要塞』は私の物だもんね、今となっては。誰にもあげないよ」


十分な食料に、燃料。それに地下水や雨水を浄化して飲料水を確保する設備。

さらには銃器類を含めた防衛装備。

ここには一人の人間が、数十年もの間、立て籠もって生き抜けるだけの物資が確保されている。


ここを手に入れたのはただの幸運と偶然のたまものだった。しかしせっかく手に入れた幸運を手放す気はまったくない。


「別にどうしてもこの場所を独り占めにするって決めているわけでもないけど、……でも正直、信用できる人じゃなきゃ受け入れられないし、なかなか信用できる人なんかいないだろうし……」


もともと私はあまり友人が多いほうではないし、既に家族は姉しか残っていない。

その姉も、今どうしているのかは不明だ。世界がこうなったときには日本にいなかったことだけは間違いない。

仕事で海外に行っていたのが、幸運なのか不運なのかまでは私にはわからない。

そしてその姉以外には、どうしても助けたいと思える相手なんて、ほぼ皆無と言っていい。

だからこそ、こんな世の中になった後でも、私はのんびり読書にかまけていられるんだけどね。


「外がどうだろうと、ここは平和だもんね。うん、平和万歳っ」


勝手なことを呟くと、バカでかいベッドにダイブした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ