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終末世界で本を読む  作者: 三山とんぼ
2/15

#02. Zデイから九〇日目 『殺人方程式 切断された死体の問題』

「つーさん、暑い」


私はすぐ隣で寝転がっているつーさんに文句を言った。

ベッドはこんなに広いんだから、なにもこんなに近くで寝る必要はないじゃんね?

でもつーさんは、まるで聞こえていないかのように、スルーする。

……おいこら、急に耳でも遠くなったのか?


「こぉら、つーさん! 暑いってばぁ!」


こんな真夏にピッタリとひっつかれたら、体温が伝わって暑いに決まってる。


「仕方ないじゃないですか、栞子さん。こうしないと、本が読めませんよ」


言いながら、なおもつーさんは私にくっついて、私が読んでいる本を横から覗き込んでくる。


「なにも私が読んでいる本を一緒に読まなくてもいいだろ! 別の本を読めよぉ!」

「嫌です。私もその本が読みたいんです」


絶対嘘だ!

どうせつーさんは、なんとなく私にじゃれつきたい気分になっただけだ。

普段きりっと凛々しいつーさんなのに、なぜか時々こうして甘えてくるんだよね。

つーさんがこうなるのは大抵、夜、寝る前に私が本を読んでいるときだ。

私が本にばかり集中しているのがつまらないらしく、こうして構ってくれーって、寄ってくる。


気紛れなところはまるで猫だ。

メスネコつーさんだ。


うつぶせになって本を読んでいる私の横に、つーさんがピッタリとくっついている。

手とか足があちこち触れていて、その肌と肌が触れ合ったところから体温が伝わってくる。つーか、滅茶苦茶暑い!


「暑いなら、エアコンをつけましょうよ。たまにはいいでしょう?」


そんなことを言ってくる。

いや、ただつーさんが離れてくれればいいだけなんですけど!?

ジトッとした目で睨んでも、つーさんはどこ吹く風でニコニコしてる。


「……もー! 今日だけだからね! 電気がもったいないのに!」


文句を言いながら、エアコンのスイッチを入れる。

節約のために、いくら暑くても我慢しているのにさあ!


「どれだけ節約しても、こんな世の中ですから、なにが原因で使えなくなるかわからないですよ。それなら使えるうちに使ったほうがいいかもしれませんし?」

「確かにそれも一理あるけどさぁ!」


電気がどうして今使えているのかすら、私はわかっていない。このあたりの他の建物では全部停電しているのに、なぜかここだけは電気が普通に使えるのだ。

しかも、別に自家発電機がこの『要塞』の中にあるわけでもない。

地下に専用の電線が通っていて、どこかの発電機(多分、水車とか風車とかだ)に繋がっているのではないかというのが、私の予想だ。

とにかく、仕組みがわからないから、いざなにか設備が故障でもしたら、直しようがない。一巻の終わりだ。

そしてそれは、いつ起こってもおかしくないし、いつかは必ず起こる。

だからつーさんが言うように、使えるうちに使っておかないと損だという意見にも、確かに一理はあるのだ。


だが。だからといって、夏に自ら暑くなるようなことをしてエアコンを使うのは、なにか違うと思うんだけど!?

贅沢が過ぎる!


まぁ、もうエアコンつけちゃったから、これ以上は言わないけどね。

つーさんは、エアコンから来る涼しい風を受けて、気持ちよさそうに目を細めている。

その表情を見たら、まぁいいかと思ってしまうんだから、私もつーさんには甘い。


「この本って、ミステリですよね?」


つーさんが、私の読んでいる本を指差して訊いてくる。


「うん、よくわかったね」

「そりゃあ、バラバラ殺人事件が起きてますからね」


ただ私にくっついていたいだけで、小説はただの口実かと思ったら、一応つーさんはちゃんと小説も読んではいたようだ。

今読んでいるのは、綾辻行人の、『殺人方程式 切断された死体の問題』というミステリ小説だ。

綾辻行人の本では、『十角館の殺人』など今までにも何冊かは読んだことはある。これが多分、四冊目か五冊目くらいだ。

でも、彼の書いた小説を読むのは随分と久し振りだ。


「これも、元からここの本棚にあった本ですか?」


つーさんのその質問に、私は首を横に振る。


「いや、違うよ。これは、人から食料と交換で貰った本だよ」

「ええ? 誰からですか?」

「金村比奈って人だけど、つーさんは会ったことないよ」


彼女がここに来たのは、つーさんが来る前だ。

しかも、来たのはその一回きりで、以後は一度も顔を見せていないから、つーさんは彼女のことを知らないはずだ。


「えーと、その金村って人は、どうしてこんな山の中に来たんでしょう?」

「それはつーさんと同じ理由だよ。ゾンビに追っかけられて逃げて来たの」

「やっぱりそうなんですね。それで、栞子さんが助けたと」

「うーん」


別に助けたと言えるようなことはしてないんだよね。私がしたことといえば、ただ門を開けて、彼女を一時的にゾンビから避難させてあげただけだ。

……でも一応、彼女を追いかけて来たゾンビは銃でやっつけたか。


「それでまぁ、多少食料を提供して、代わりに向こうは、たまたま持っていた本をくれたと、そういうこと」

「なるほど。物々交換で手に入れた本だったんですね」

「そうだね。私は本が欲しかったし、向こうは食料が必要だったから、ウィンウィンの良い取引だったよ」

「その人はしばらくここに滞在していたんですか?」

「いいや。金村さんはすぐに出て行っちゃったんだ。家族とか、友達が心配だから行かないと、って言ってさ」


多分、彼女がここにいたのは、ほんの数時間くらいの間だ。

その間に私は、ゾンビをライフルで片付けて、彼女はそれに感謝して去って行った。

今彼女がどうしているかはわからないけど、できれば元気にしていて欲しいものだ。



          ◇◆◇◆◇◆◇



「ばっかもーん! そいつがルパンだ!」

「な、なんですか、急に?」


つーさんと仲良く寝転がって一冊の本を読書中。突然叫んだ私に、当然だけどつーさんが驚いて抗議する。


「ゴメンゴメン。いやついね、主人公が犯人を前にしているのに、全然気づいていないからさ……」


私はえへへと、笑って誤魔化した。


「ええ? この人が犯人なんですか? まだ小説の半分も読んでないのに、もう犯人がわかったんです?」

「うん、間違いないね! 名探偵、栞子さんの推理では、この人が犯人だよ!」

「えー、本当かなぁ?」


いかにも疑わしげに、つーさんは眉をひそめる。

失敬な。


『要塞』の寝室。

既に陽は落ちている。

薄暗いスタンドライトの明かりの下で、私とつーさんは、ベッドの上に並んで寝転がり、一冊のミステリを読んでいるのだ。

本を読むことが嫌いではないにしても、特に好きでもないつーさんは、普段あまり読書をしない。

それなのに就寝前、ベッドの上で私が本を読んでいるときだけは、こうして私の読む本を覗きこんでくる。


今日読んでいる本は推理小説で、犯人がわかった私は思わず声をあげたのだ。だがそれをつーさんはあまり信用してくれない。


「絶対だって! 信じろよお!」

「だって、栞子さん犯人当てるの下手だって自分でこの前言ってましたよ?」

「それは確かにそうなんだけど。でも今回は自信があるんだってば!」

「じゃあ、どんなトリックで殺したんですか?」

「それはわからない!」

「えー? なんだかなぁ。トリックがわからないのに犯人はわかるって、それはただの勘じゃないですか」

「勘のなにが悪いか!?」

「悪いかって…………じゃあ、賭けませんか? その人が犯人かどうかで」

「いいぜ! 絶対に私が勝つからさあ!」

「じゃあ、負けたほうがひとつ、勝ったほうの言うことを聞くってことで。いいですね?」

「ふふん。そっちのほうこそ、負けても泣くなよ!」

「いえいえ。栞子さんのほうこそ、覚悟してください」


私たちは、ウフフ、アハハと不敵に笑い合う。

確かに私の推理は見当違いのことが多いけど、今回ばかりは自信がある。後で吠え面かかせてやるからな! 覚悟しろ!



          ◇◆◇◆◇◆◇



――賭けの結果が出たのは、それから二時間後だ。

結論を言えば、賭けの勝者はこの私! ……ではなかった。


「わっかんねぇよ! こんなトリック、わかるはずなくない、ねぇ!」

「いやあ、見事に外れましたね、栞子さん……クスッ」

「……クスッじゃないから! こんな結末、一ミリも考えなかったわ!」

「随分自信あったみたいなのに、やっぱり外れてましたね。ご愁傷様です」

「っかーっ! ない、ないわー! 納得できないーっ!」

「負けは負けですよ。潔く認めましょうよ」


したり顔のつーさんを、私はギロリと睨んだ。


「つーさんだって、絶対予想できてなかったでしょ!?」

「そうですけど。でも賭けは、栞子さんの予想が当たってるかどうかですから」

「……っ、…………っっ!」


あまりに悔しくて、握り拳を固めてベッドに振り下ろす。

だけど、ぽすっ、ぽすっと、頼りない音が鳴るだけだった。


「畜生! 畜生っ!」

「さて、じゃあ栞子さんにはなにをやって貰いましょうかね?」


人の悪い笑みを浮かべるつーさん。

小悪魔かっ!


「あ、そうだ。プール掃除をお願いします。最近暑いし、せっかくプールがあるんだから、入りたかったんですよ」

「……ま、まさかあのでかいプールを、私一人で掃除しろと?」

「はい、お願いしますね」

「お、鬼! さすがにそれはないよ! あれは一人で掃除できる広さじゃないから!」

「負けたのは栞子さんですよね? 負けたら、なんでもひとつ、言うことを聞く約束ですよ?」

「で、でも、いくらなんでも……」

「往生際が悪いですよ?」

「……!」


私は拳を握り、ベッドに振り下ろす。

ぽすっ、ぽすっと、情けない音が鳴る。


「くそうっ、くそうっ!」

「そろそろ寝ましょう。電気消しますね」


一気に暗くなった寝室に、ぽすっ、ぽすっという音だけがいつまでも響いていた。


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