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終末世界で本を読む  作者: 三山とんぼ
18/19

#18. Zデイから三八日目 『新宿少年探偵団』

濡れた髪から、水滴が流れて、目に入った。

目を擦り、何度か瞬きをする。

濡れてしまった手を、用意してあったタオルでぬぐう。


水気のないことを確認し、大丈夫そうだと判断して、本を手に取った。

さっき中断した箇所を探して、そこから読書を再開する。


本の中では今丁度、主人公たちが怪人に遭遇しようとしているところだ。


『新宿少年探偵団』。

今私が読んでいる小説のタイトル。

これを読むのは初めてじゃないんだけどね。


最初にこの小説を読んだのは小学生の頃だ。

私が学校の図書室にあった、江戸川乱歩の『少年探偵団』シリーズを読み終えた後、次に読む本を探していたときに、姉が勧めてくれたのがこの本だった。


「オマージュっていうのかな? 乱歩の『少年探偵団』と雰囲気を似せているし、読みやすいから丁度良いんじゃない?」


そう言われて読んだ本が『新宿少年探偵団』なんだけど、すごく面白かったんだよね。

さすが姉妹だけあって、私が好きそうな本は、よくわかっている。

それ以後、姉の本棚から私の本棚に移動したこのシリーズの本を、私は何度も読み返したものだ。


「久し振りにまた読んでみたけど、やっぱ面白いね。都会に跳梁する怪人と、それを追う少年少女。王道だよねー」


この怪しげな雰囲気が、良いのだ。

『陽は傾き、黄昏が近づいてきた。四人は店を出て新宿通りを横断する。横断歩道を渡る人の波の中で、彼らは自分達だけが取り残された漂流者のように、ひとつに固まっていた』なんて表現が、格好良いよね。

少し古風な文章が、作品の雰囲気に合っている。


また汗が、――あるいは湯気(ゆげ)の滴かもしれないが――額から落ちかかる。

バスタブに浸かりながら読む本もなかなか乙なものだけど、いくらぬるめのお湯でも長時間入ってると汗をかくんだよね。

気をつけなければ本が濡れてしまうのが、入浴時の読書における、難点だ。


――――――ゥゥ…………


今日もまた、遠くからゾンビの声が聞こえてくるね。

ライフルを使ってミュートしてやりたいところだけど、目立っちゃうのがね。

消音器サプレッサーってやつがあれば良かったんだけど。武器庫を探してもやっぱりみつからなかったし、あまり銃声を響かせないほうがいいんだろうね。


武器を目当てに、山賊みたいな連中に押しかけられたらたまんないしさ。

ああいうチンピラは、ゾンビよりもむしろ厄介だからね。

実際、私がねぐらにしているこの『要塞』に、望まない客は何度もやって来た。確認しただけでも既に三人、そんなのがいた。


乱暴に門を蹴飛ばしたりして、強引に中に押し入ろうとする輩。

今のところは、放っておいたらその内みんな諦めたけどね。


再び本の紙面に目を落とす。

そろそろ、怪人『髑髏王』と、機獣のシータが、主人公たちを追い詰める山場だ。

銃を向けられ、主人公たちはビルの屋上に追い立てられる。

だがそこで失神していたはずの仲間の一人が、起き上がり……


と、そこに――


――――――ァァ……


良いところだってのにまた、あの鬱陶しいゾンビの声が聞こえてきた。

おまけに、さっきよりもなんか、心なしか少しだけ、声が近づいたような気がするね。


「やだやだ。どっか他のところに行きゃあいいのにさ。なんでこっちに来るんだか」


――――ァァァ……


またしてもゾンビの声。明らかに近づいて来ている。こっちに来たってなにも良いことなんかないってのに。

どうせこの『要塞』の防壁は、ゾンビには越えられやしないからね。


――――ィャァァ……


「!?」


そのとき汚いゾンビの呻き声になにか、女の悲鳴が混じった気がして、心臓が跳ねた。

でも、耳を澄ませても特にもうなにも聞こえない。

さては気のせいかと読書に戻ろうとしたんだけど、やはりどうしても、さっきの声が気になる。


「……ああ、もう! これじゃ気になって、おちおち本も読んでらんないよ」


私は舌打ちをして本を閉じ、バスタブから立ち上がる。

裸のまま寝室の窓から外を見てみるけど、小さな窓からはゾンビも、人の姿も確認できない。


下着と、それからシャツを慌ただしく身に着けて、そしてライフルを持って階段を駆け上がる。

屋上に着くと、柵に手をかけて、地上を見下ろす。


「…………いた!」


その女性は、車が二台、ギリギリすれ違えるくらいの細い山道の途中にいた。

そして、疲れ切ったふらつく足取りで、追って来る数体のゾンビから、必死に逃げていた。



          ◇◆◇◆◇◆◇



彼女は、この『要塞』へと続く急な坂を、ゾンビに追われながら登って来て、近くの民家のドアを必死に叩く。


「助けてください! お願いします!」


助けを求める叫び声が、蝉の声に負けじと響き渡る。

私自身、その声が聞こえてきたからこそ、こうして屋上に出て来たのだ。

多分、民家をみつけるたびにこうしてドアを叩いて助けを求めていたんだろう。


彼女は一生懸命にドアを叩いていたけど、どうやら誰も彼女の声に応えなかったようだ。とうとう彼女はドアを叩くのを止めた。

諦めたんだろうね。ゾンビに追いつかれる前にその場を離れた。

そしてまた、山道をこちらに向かって逃げてくる。


私はライフルを構えて、スコープを覗く。

逃げる女性と、追ってくるゾンビが見える。見えるけど、視界が揺れて、安定しないね。わかってたけどさ。


「やっぱ、無理だよね。この距離じゃあ、とても当たりそうもない」


私の腕じゃあ、どうにもならない。

せめてゾンビが、この『要塞』のすぐ前まで来たんなら、当たる可能性もあるけどさ。

それだって確実とは言えないしね。


それどころかこのまま撃ったりしたら、助けるどころか、逆に助けるはずの女性のほうを撃ってしまいかねない。


「まるで、一ヶ月前の自分自身を見てるみたいだね……」


このままだと、山道の突き当りにある、この『要塞』に、彼女はやがて辿り着くことになるね。

一ヶ月前の私がそうだったように。


今の彼女の姿は、あのときの自分の姿と同じだ。

私もあのとき、彼女とまったく同じようにしてこの『要塞』に辿り着き、今にも死にそうな、ここの前の主人を発見した。


彼を看取ってから私は、この『要塞』を(勝手に)引き継いでここで生活しているけど、こうしてゾンビから助けを求めて人が近くまでやって来たのは、今回が初めてだ。(力づくで侵入しようとしてきた、山賊まがいはいたけどね)

うーん、ここまでようやく逃げて来た人を、まさか見捨てるわけにもいかないよねー。


『新宿少年探偵団』でも、敵に追われて絶体絶命の主人公たち四人の中学生は、ジャン・ポールと名乗る紳士に助けられるわけだしね。

ここは小説に倣ってみようか。


「ライフルを使ってゾンビをやっつけるのは無理でも、塀の中に入れてあげるくらいはできるからね」


そして少なくとも、塀の中に入ればゾンビからは逃げられる。


屋上から『要塞』の中に駆け込み、エレベーターに乗って三階に降りる。

三階には寝室やキッチンなどもあるが、指令室もある。

急いでその指令室に駆け込むと、モニターの電源をつけた。


正門の上に設置された、カメラの映像を呼び出す。

最初はただ、山道の映像が映っているだけだったが、やがてそこに、逃げて来た女の姿が映る。


二〇代の前半くらいだろうか。デニムショーツに、白のパーカーを着ている。

多分、私より少しだけ年上だね。


『た、助けてください! 開けて! ここを、開けて!』


マイクを通して彼女の声が、指令室に響く。握った拳で門を叩く、ガンガンという音も。

うん、必死になるよね。わかるよ。

ここより上には、山頂までまともな建物は一軒もないからね。

彼女が逃げこめるような場所は、もうここしか残っていないのだ。


私は指令室のマイクのスイッチを入れた。


「……」


少し躊躇ってから、口を開く。

「てすてす」とか、言ってる場合じゃないよね。ちょっとだけ、言いたくなったけど。


「……今門を開けます。開いたらすぐに中に入って」


まさか本当に応答があるとは思っていなかったのだろう。彼女は目を丸くしている。


私がスイッチを押すと、門が開き始める。

彼女は門が開ききるまで待ってはいなかった。

少しの隙間ができるとすぐに、身体をこじ入れるようにして中に入ってくる。


もう一度スイッチを押すと、今度は門が閉じていく。

彼女を追ってきたゾンビの目の前で、門は閉じた。


「これで取りあえず、ゾンビから彼女を助けることはできたね」


カメラに映る女性は、芝生(と言うには草が伸びすぎているけど)の上にへたり込んでしまっている。

少しの間私はそのまま、彼女の様子をカメラ越しにただ見ていた。


よほど疲れていたのだろうね。しばらくしてからようやく、彼女は立ち上がり、尻に付いた汚れを手で払った。

キョロキョロとしきりに周囲を窺いながら、ダミーの正面入り口に近づいて来る。


チャイムを鳴らし、なにも応答がないとわかると、ドアに手をかける。

ドアに鍵はかかっていない。

彼女は小さくドアを開け、中に向かって呼びかけた。


『あのう、すみません。…………すみません!』


やはり応答はなく、――というか、私が答えなければ他に応える人間はどこにもいないんだけど――彼女は恐る恐るエントランスに入っていく。


「……やっぱり、こうなるよね。人がいるってわかってるんだもん。中に入ろうとするよねー」


私はカメラを切り替えて、エントランス内部の様子をモニターに映した。


そこは廃墟と化した玄関ホールだ。

階段は崩壊し、廊下は瓦礫で埋まり、シャンデリアは床に落ちてバラバラに砕けている。

さらにいたるところに黒い血痕のようなものがこびりついている。


ゾンビの仕業か、人間の仕業か、とにかくここは既に廃墟と化していて、危険はあっても貴重なものなどなにもない、()()()()()()()()()()()()()()のだ。

ここにはなにも貴重な物資なんかないと思わせるために。

もちろんそんな仕掛けを作ったのは私じゃない。ここの前の持ち主の仕業だ。

彼はどうも、変質的なまでに用心深かったみたいだからね。


でも確かに効果はあるようで、以前にこの『要塞』に侵入しようとしていた三人の男たちが、玄関ホールの有様を見て、舌打ちしつつ去って行ったこともある。


『あのう、すみません! どなたかいらっしゃいますか!? すみませーん!』


でも、今日やって来た白パーカーの彼女は、そう簡単には諦めそうもないね。

建物の中に向かって呼びかけながら、なんとか瓦礫を乗り越えて先に進もうと、悪戦苦闘を始めた。


うーん。でもそれって、ただの骨折り損のくたびれ儲けなんだよね。

ここは結局、廃墟だと見せかけるためのいわばショールームだからね。開かない扉の奥には壁しかないし、崩壊した階段の先も、無理矢理上ったところで、あるのはただの行き止まりだ。

いくら頑張ったところで、せいぜい怪我をするのが関の山。意味はない。

本当の入口は、隠し扉の向こうだからね。


「どうしよっかなぁ……」


中に入れてあげることは簡単だけどさ。

でも私にはなにも得なことはないんだよね。

ここにこんな『要塞』みたいな施設があると知られたら、乗っ取りに大勢が押し掛けてきそうだ。

運良くみつけた私だけの安住の地を、不特定多数に開放なんて、したくはないからね。


それに彼女がどういう人間かもわからないし。

最悪、既にゾンビに噛まれているってことだってあり得る。


「うーん。やっぱり、諦めて帰ってくれるのを待つのが得策かなぁ」


とはいえ、既にさっき、一度声をかけてしまったからね。

ここが無人だとは絶対に思わないだろうけど。

でもずっと放っておけば、いずれは諦めるしかないとは思う。


ただその場合、外にいるゾンビをどうするか、だよねぇ。

アレがウロウロしているうちは、彼女だって外には出れないだろうし。

となると最悪、彼女はここで餓死? いや、さすがにそれは後味が悪過ぎる……


それじゃ、せっかく助けたはずなの行為が、実はただの致死トラップだったってオチになってしまう。


そんな風にうだうだと考えながら、決断できずに待つこと数時間。

陽は沈みかけ、空が茜色に染まっていた。


今では白パーカーの女性はダミー玄関の中で、瓦礫に腰をかけて動かなくなってしまった。

そして門のすぐ外には、未だゾンビが数体、ウロウロしてるっていう……


「……あーもう! 仕方ないなぁ!」


まったく気は進まなかったけど、私は彼女に呼びかけることにした。

再び、マイクのスイッチを入れる。


「あー、あー。聞こえる?」


私の声に、彼女はビクッと肩を大きく動かした。


『えっ! ど、どこですか?』


彼女の声も、仕掛けられた隠しマイクによってこちらに届けられる。


「上の階だよ。今はスピーカーを通して声をかけてる」


キョロキョロと慌ただしく周囲を見回す彼女に、ゆっくりと落ち着かせるように話しかける。


『そ、そうなんですね。あのう、さっきはその、ゾンビに追われているところを助けていただいてありがとうございます……』

「どういたしまして」

『それでその、できれば直接お会いしたいと思うんですけど、どうやって上に行けばいいのか……』

「あー、それがですね……うーん」

『あ、あのっ! 別に私は特に、えっと、ただ直接お礼を言いたいなぁって、……』


私があまり彼女を中に入れることに気が進まない様子なのに気づいたのだろう。彼女は慌てて言い訳のようなことを話し始める。

きっと彼女は、私が警戒していると思っているのだろう。

……うん。それは確かに、間違いではないんだけど。


「お礼は別にいいよ。勝手にやったことだし。第一私のしたことなんて、門を開閉しただけだしね」


ボタンを二回、押しただけだ。

礼を言われるほどのことでもないよね。


『そ、それでも助かったことには変わりありません。ありがとうございました』

「うん、まぁ、……どういたしまして」

『それで、ですね。さらに厚かましいお願いになるんですが、できればなにか食べる物と、一夜の寝床を貸して貰えたらと……あの、迷惑だというのはわかっていますが、なんとかお願いします!』

「……」


やっぱりね。こうなるよね。うん。

わかるんだけど。


『あ、あのう……』


私が黙ってしまったことで、不安になったんだろうね。

たどたどしく、呼びかけてくる。


「……いくつか、条件を飲んでくれるなら」

『わ、私にできることなら、なんでもやります!』


いや、別にやって欲しいことがあるわけじゃないんだよ。


「まず、ここのことを一切誰にも話さないこと」

『わかりました。決して誰にも喋りません』


彼女は力強く断言したけどさ。

正直、この手の約束が守られる気はあまりしないんだよね。でもだからといって、これ以上どうしようもないからね。

彼女の良心を信じるよりほか、仕方がない。


「あと、もしここに何日もいるんなら、身体検査をさせて貰う。ゾンビに噛まれてたりしたら困るから」

『いえ。私としてはゾンビさえいなくなればすぐに、元いたところに帰るつもりです』


ふむ。それなら厳重な身体検査はやらなくていいね。


「じゃあ最後。食料は問題ないけど、寝床については、安全のために、独房で寝て貰うことになる」

『ど、独房!? そんなものがあるんですか?』

「それがあるんだよ」

『そ、そう、ですか……』


なんとなく、彼女が引いたらしいってことは、わかった。


「……やっぱり嫌だよね? 独房なんてさ」


私は当然、彼女が頷く物だと思ってたんだけど。


『…………いえ、それでいいです』

「え、いいの?」

『はい。だって、嫌なら中に入れて貰えないんですよね?』

「そうなるね」

『それに、独房の中でも、ベッドはありますよね?』

「うん、狭いベッドだけど」

『それなら問題ありません。正直疲れきってて、独房だろうとなんだろうと、とにかくベッドで横になりたいんです』


どうやら彼女は、ほとんど丸一日近く、ゾンビに追いかけられていたみたいだね。

疲労度がマックス状態で、牢屋がどうとか、もうどうでもいいという気分らしい。


「……わかった。じゃあ一度外に出て、建物の逆側に回ってくれる? 入口を開けておくから」



          ◇◆◇◆◇◆◇



白パーカーの彼女が、隠し扉を通って入った場所にあるのは、十二畳ほどの、ガレージのようなコンクリートで囲まれた部屋だ。

そして彼女の前に、鉄製の梯子が下りてくる。

というか、私が下ろしたんだけどね。


そしてその私はといえば、梯子を上ったところにある部屋で、拳銃を構えて待機しているわけなんだけど。

本当はできるだけ、武器の類も見せないほうがいいんだろうけど、……どうせ明日になったらゾンビを駆除するのに銃を使うことになるからね。

今だけ隠したって、あまり意味がない。


『新宿少年探偵団』では、主人公たち四人組の中学生が、怪しいビルの中を上って行くシーンがある。

そして蘇芳という名の、正体不明の少年が上で待ってるんだけど。


「今の状況に当てはめれば、私が上で待ってる蘇芳役だよね」


そして上ってくる彼女のほうが、主人公側だ。


梯子を上ってきた彼女は、私が手に持つ拳銃を見て、ビクリと身体を震わせた。

表情を見ても、驚いてはいるようだけど、反応が鈍いね。

多分疲労のせいで、色々感覚が麻痺してるいるんだろう。


「……それ、本物ですか?」

「うん。本物だよ。用心のためで、暴れたりしなければ撃つつもりはないよ」

「そうですか……」


うーん、見るからにフラフラしてるね。

こりゃさっさと、寝床に案内したほうが良さそうだね。

その寝床ってのはつまり、独房の中のことなんだけど。


彼女を先に歩かせて、独房へと誘導する。

監獄の入口の鍵を開け、続いて独房の鍵も開け、彼女を中に入れる。


しっかり鍵をかけてから、鉄格子越しに彼女に話しかける。


「私の名前は、雨森栞子(あめもりしおりこ)。あなたは?」

「えっと、金村比奈(かねむらひな)っていいます」

「金村さんね……じゃあ悪いけど、一晩ここで過ごしてね」

「本当にこんな牢屋があるんですね。……ここっていったい、どういう施設なんですか?」

「訊かないで」


なにしろ、私だってよくわからないのだ。


「……わかりました。訊きません」


それから私は彼女のところに食事を運んだんだけど、でもそのときにはもう、彼女はベッドの上で(いびき)をかいていたよ。



          ◇◆◇◆◇◆◇



「はー、やれやれ。今日は疲れちゃったな」


私は首と肩の付け根のあたりを、手で()(ほぐ)した。

実際に私がやったことなんて、モニターで監視して、ちょっと話して、後は牢屋の中へ案内した。そのくらいのものだ。

けれどそんなことは信じられないくらいに、私は疲れていた。


およそひと月ぶりに誰かと話したことで、こんなに精神的に疲れたんだとしたら、この災害が起こる前は自分はいったいどうやって生活していたのか、自分でも不思議に思えるね。


「ま、いいや。今日はもう、やることはないし。明日はゾンビを片づけて、彼女を送り出せばそれで終わり」


そのはずだ。

就寝準備を整えてから、私はいつものようにベッドに寝ころんだ。

私にとって疲労の回復手段と言えば、ひとつだ。

ベッドの上での読書。これに勝るものは現代の科学でも未だ発見されていないからね。


私は読みかけの小説の、栞を挟んであったページを開く。


といっても、もうほとんど読み終わってるんだけど。

残りはたった、二〇ページほどだ……


「――うん、終わった終わった」


前に読んでから随分時間が経っていたけど、内容はちゃんと覚えていたね。

これってシリーズもので、何冊も続巻が出てたけど、やっぱり最初のが特に面白い気がするね。


「さて、私も眠ることにしますかね」


本を閉じ、もう一度、独房の彼女の様子を確かめてから、私も寝ることにした。


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