#19. Zデイから五六日目 『監獄島の少年』
昨夜は久し振りに、目覚ましをセットして寝た。
この『要塞』を自分の住処に決めてからでは、初めてのことだ。
自分一人ならそんな必要はなかったけど、昨日この『要塞』には滅多にない訪問者があったからね。
それは、刀を手に
ゾンビどもをバッタバッタと斬り倒す、侍JKだ。
私は彼女を助け出して、『要塞』の中に入れたけど、彼女が本当の意味で無事なのかはわからなかった。
だから、彼女を素っ裸にして(!)、噛み痕や妙な痣のようなものが無いか、調べたんだよね。
結果、それっぽい傷は見当たらなかったけど、まだ完全には安心はできない。
それで、ここの元の主である故、久我氏の決めたルールに従って、彼女を牢の中に入れたのである。
それが昨日のこと。
今朝、彼女がもう起きていれば、きっと自分が牢に入れられていることに気づいて愕然としただろうね。
「あまり怒ってなければいいんだけど」
でもやっぱり、望み薄かな。
意識が無い間に勝手に牢屋に入れられて喜ぶ人間は、あまり多くはないだろうから。
「とにかく、ここを出て行きたいならすぐに開放することを、真っ先に説明しよう」
運が良ければそれで怒りは解けるかもしれない。
その上で、ここで生活したいならば、受け入れる用意があると言えばいい。
本当は私は、この『要塞』にあまり人を受け入れたくはないと思っていたんだよね。
でもさ、昨日の彼女はあまりに格好良かったもんだからさ、彼女なら一緒にここで生活してもいいかな、とも思っている。
頼りになりそうだしね。
一人でこの『要塞』に籠ってさ、本を読んで暮らすのも悪くない。
でも、美人で格好良い女子高生剣士と二人ならば、もっと素晴らしい、かも?
だって昨日の、刀を使った立ち回りがあまりに格好良かったからね。これはアイドルとかスポーツ選手に憧れる、ファン心理に近いんだと思う。
まぁ相手は猛獣みたいに危険な女の子だから、いくら私が仲良くしたいと思っても、こちらに馴れてはくれないかもしれないけどさ。
もし彼女が、あっさり出て行くと言ったら、きっと私はがっかりするだろうね。
だからといって、引きとめたりはしないけどさ。
私はまず、キッチンで二人分の食事を作ることにした。
そして、それを持って、二階の監獄へと向かう。
パスコードを入力し、分厚い鉄扉を開けて監獄の中に入った。
侍JKの独房に近づくと、妙に緊張してきた。
まるでなにか、ライオンの檻にでも近づいているような心地がする。
なにしろ、昨日見た彼女はとても綺麗で、そして危険だったからね。猛獣みたいに。
「えっと、その、おはよう?」
「……」
――檻の中で荒れ狂う雌ライオンみたいなのを想像してたんだけど、全然違ったね。
予想に反して、彼女は落ち着いてベッドに腰掛けていた。
まぁ、雌ライオンだって機嫌の良い日はあるよね、きっと。
私が食事を持って近づくと、座ったまま動かずに、首だけをこちらに向けた。
「……その、よく眠れた?」
「ええ、ぐっすり眠れました」
はきはきと答える彼女は、すごく冷静に振舞っているね。もしかしたら、今の状況に怒っているのかもしれないけど、少なくとも表面上はそれを押し隠している。
でも、いかに理性的に見えたとしても、彼女の本性は猛獣だ。油断はできない。
「あの、ごめんね。こんなところに入れちゃってさ……」
「別にいいですよ。こんな状況ですから。警戒するのはわかります。それに、手紙もありましたから」
そして彼女は、昨日私が残したメモを手に取る。
そこには、私が書いた短い文章が記されている。
『こんな場所に入れて気を悪くしたと思うけど、安全のために必要な措置なので、許してください。朝にまた様子を見に来ます』
そのあまりに短い文章で彼女が安心できたとも思えないけど、でも少しでも効果があったなら、やっておいて良かったよ。
「それに、昨日はあなたに助けて貰いましたし。私に噛みつこうとしてたゾンビを、銃で撃ってくれましたよね?」
「うん。あれは実は、まぐれだったんだけどね……」
「まぐれだとしても、助かりました。それに、倒れた私をここまで運んでくれたのもあなたですよね? そのまま放置されてたら、きっと死んでいたはずから。ありがとうございます」
そう言って彼女は、軽く頭を下げた。
あれ? 雌ライオンだと思ってたのに、案外礼儀正しいんだね?
「えっと、それでね? 牢屋なんかに入れちゃったけど、もしあなたがここを出て行くと言うんなら、すぐに開放するからね」
私に彼女を拘束する気なんかないのだと、説明した。
出て行くのなら今すぐにでも解放すると。
「わかりました。そのときは、私の持ち物も返して貰えるんですよね?」
「あ、うん。もちろん返すよ。ごめんね。勝手に持ち物を取っちゃって。その、それも安全のためなんだよ」
「でしょうね。刀なんか持ってたら、危ないですものね」
「うん、まぁ……それで、どうする? すぐに出て行く? 私としては、朝ご飯をせっかく作ったから、これだけでも食べてくれたら嬉しいんだけど」
「そうですね……はい、いただきます」
少しだけ迷った後、彼女は頷いた。
◇◆◇◆◇◆◇
食事を終え、少し落ち着いたところで、まだお互いに名前すら知らなかったことに気づいた。
「えっと、私は雨森栞子。こんな風になる前は、大学生だったよ」
「えっ!?」
「へ?」
「いえ、その、なんでもないです。……私は、風早紬と言います。高校の一年生です」
うん、この反応には覚えがあるね。大抵の人は私の年齢を、実際よりずっと低く見積もるのだ。
大学生だと言うと、ほとんどの場合、こんな風にびっくりしたような反応が返ってくるんだよ。
「えっと、私は剣道部に入っていまして、部の仲間と一緒に合宿所にいたんです――」
彼女が言うには、世界中にゾンビが溢れる直前、彼女は剣道部のGW合宿中だったそうだ。
そこにゾンビが現れ、部活の仲間たちはバラバラに逃げ出したようだ。
「私は最初、逃げるより合宿所に籠っていたほうが良いと思ったんですけど……」
数日で電気が使えなくなり、ガスもダメになり、食料はと言えば、そもそも最初からあまり備蓄などなかった。
電気が使えなくなったことで携帯で連絡することも不可能になり、遂にはゾンビが合宿所に侵入してきた。
「それで結局、私も合宿所から逃げ出すことになりました」
移動したり、隠れたり、ときには民家に忍び込んで休んだりしながら、安全な場所を探していたようだ。
「一時期は大きなショッピングモールに隠れていたんですが、結局そこもゾンビに侵入されてしまって……」
またも彼女は、這う這うの体で逃げ出すことになったらしいね。
そして、昨日は運悪くゾンビに囲まれてしまい、必死に逃げるうちに山の中に入ってしまったらしい。
「だから本当に助かりました。まさかこんな所に人がいて、しかも銃まで持っていて、助けて貰えるなんて思わなかったです。ラッキーですよね」
「はは。それは確かに。でも、風早さんだって刀を持ってたじゃない……あれはどうしたの? 剣道部で本物の刀なんて使わないよね?」
「あ、あの刀は家から持ち出したんです」
なんでも、彼女の祖父は剣術の師範で、家の隣には道場もあったのだという。
もしかしたら彼女の強さの理由は、そのへんにあるのかもしれないね。
きっと子供の頃から、そのおじいちゃんに剣を教わっていたんじゃないかな?
「じゃあ、刀はおじいちゃんの持ち物だったの?」
「多分そうです。蔵から適当に持ち出しただけなので、詳しいことは知らないですけど」
家に蔵があるとか、この子ってかなりのお嬢様だったりするのかな?
しかしあんなものを勝手に持ち出すとは……
「だって最近は、ゾンビ騒ぎの少し前から物騒な事件が多かったじゃないですか」
「確かに、通り魔事件とか、あったね」
ゾンビが現われる前にも、数ヶ月くらいの間、通り魔事件やら神隠し事件やらで、世間は騒がしかった。
結構な数の犠牲者が出たのに、犯人はまだ捕まっていなかったのだ。
「だから用心のために、竹刀と一緒に刀も持ち歩いていたんですよ。もちろん先生とかには内緒で、ですけど」
それが思いがけず役に立ったと、彼女ははにかむように笑った。
……いや、それ普通に、銃刀法違反だよね?
◇◆◇◆◇◆◇
「それで、風早さんは、これからどうしたい? さっきも言ったけど、もしここを出て行きたかったら、すぐに出してあげるからね」
決断を急かせたいわけではなかったけど、結局私はそういう言い方しかできなかった。
その結果「すぐに出て行く」と言われれば、きっと私はすごく落胆したはずだ。
しかし、幸い彼女はそうは言わなかった。
「ええと、もししばらくの間ここに残りたいと言ったら、許して貰えますか? もし迷惑でないのなら、ここは安全そうですし、しばらくここにいたいです」
「可能かどうかでいえば、可能だよ。ただ、それには結構面倒な手続きが必要になるんだけど」
「手続き、ですか?」
「うん。ここの中に人を入れるときには、決まった手順を守らなきゃならないことになってるんだよ。安全のために」
「その手順は、栞子さんが決めたんですか?」
「いいや。私じゃなくて、私の前にここの持ち主だった人が決めたんだよ」
そして私は、私がこの『要塞』に住むことになった経緯を、風早さんに説明した。
「……なるほど。じゃあ栞子さんは、亡くなった前の持ち主からここを受け継いだんですね」
「まぁ、良く言えばそうだけど、むしろ持ち主が死んだのをいいことに、勝手に住んでると言ったほうが正確だね」
「それなのに、栞子さんは前の持ち主の人が決めたルールを守ってるんですね?」
「一応ね。ここを残してくれた恩人の、遺言みたいなもんだしね」
とはいえ、絶対厳守とまでは思ってない。
まぁ、できる範囲でなるべくは守っておこう、くらいの緩い気持ちなんだけどね。
「ここって、私は『要塞』って呼んでるだけど、つまり、防衛のための施設なんだよ。閉じこもって、守りを固める。そういう風に作られてるんだよね。だから敵が内部に入り込むのはすっごくまずいんだ。そんなわけで、人を中に入れるときは、最大限用心しなきゃダメなんだよ」
「わかりました。そういうことなら、そのルールに従いますから、しばらくの間、ここで生活させてください」
「うん、了解。ならまず、最低一〇日間、風早さんはこの独房で生活して貰わなきゃならない。それで問題なければ、後は基本的に自由にして貰って大丈夫だよ」
本当は、故久我氏のルールではさらに用心深くやるべきことが書いてあったけど、私の判断で省略した。
どう見ても、風早さんは私を騙そうとしているようには見えないからね。
甘いかもしれないけど、これ以上、むやみに彼女を疑う気にならなかった。
「了解しましたけど、この狭い牢屋で一〇日間も過ごすのは、暇を持て余しそうですね」
「それなら、本を読むと良いよ。ここには結構な数の本があるからね。一〇日くらいなら余裕で暇を潰せると思うよ」
「それはいいですね。じゃあすみませんけど、本を貸して貰えますか?」
「うん。どんな本が読みたい?」
尋ねるわたしに、風早さんは悪戯っぽく笑う。
「そうですね。なら、監獄から逃げ出す話なんか読みたい気分です」
「は、ははは。うん、了解。探してみるよ」
聞き様によっては嫌味のようにも聞こえるけど、このくらいのことは言われても仕方ないよね?
気絶した彼女を勝手に牢屋に放り込んだのは、事実だしね。
それを思えば、彼女には多少の嫌味くらい、言う資格があるはずだ。
しかし残念ながら、今ここには彼女のお望みの小説は見当たらなかった。
「そういう本を読んだことはあるけど、残念ながら今ここにはなかったよ」
「それは残念です」
「でもどんな話だったかは覚えているから、なんなら今ここで私が本の内容を話そうか?」
そう尋ねたのは半分冗談だったんだけど、風早さんは喜んで頷いた。
「いいですね。お願いします」
「……わかった」
私はひとつコホンと咳払いし、以前に読んだ本のことを、思い出した。
こうなった以上、今更やっぱりなしとは言い難い。
私は椅子を持って来て彼女の入っている独房の前に置き、鉄格子越しに、昔読んだ本の話を聞かせることにした。
あれを読んだのは、私が中学生の頃だったか。
あの小説は児童文学だったから、もしかしたら小学生の頃だったかもしれない。
作者の名前は確か、ルース・パーク。本のタイトルは、『監獄島の少年』だった。
「えっとね、これは十九世紀ごろの話で、オーストラリアやその周辺の島が、イギリスの流刑植民地だった時代なんだよ」
「オーストラリアが昔、流刑地だったってのはどこかで聞いたことがあります」
「そうそう。犯罪者を連れて行って、そこで働かせたりしていたわけ」
「じゃあ、タイトルの監獄島ってのは、オーストラリアのことですか?」
「いいや。オーストラリアの北東にあるノーフォーク島っていう島のことだよ。そこは当時、特に凶悪な犯罪者が送られた流刑地だったんだ」
実在する島なのか、それとも架空の島なのかは、私は知らない。
でもなんとなく、名前に聞き覚えがあるから、多分実在する島なんだろうね。
物語は、その島にオターとパディという二人の兄弟がやってくるところから始まる。
兄のオターは十三歳。弟のパディは七歳。
ノーフォーク島の、司令官である叔父のダニエルのところに預けられることになったのだ。
「じゃあ、兄弟は別に犯罪者だから監獄島に送られたわけじゃなかったんですね?」
「違う違う。父親が死んじゃって、兄弟を将来立派な軍人にしたかった母親が、教育のためにやはり軍人だった、叔父の元に送りだしたんだよ」
「ふうん。でもどうして、母親はそこまで自分の息子を軍人にしたかったんでしょう?」
「確か、そういう家系だからってことだったと思う。代々軍人さんの」
「親の後を継げって感じですか。昔だと、そういうの多かったんですかね」
「私もよくわからないけど、多分そうだったんじゃないかな?」
けれど兄弟は、その島で知り合いに出会う。
昔馬丁として兄弟の住む屋敷で働いていた、コーニー・スタックだ。
彼は冤罪でとらえられ、監獄島に流刑にされていた。
オターはコーニーを救いだそうと、監獄島から一緒に脱出しようとする。
「でも、当然すんなりと逃げ出したりはできないんですよね?」
「もちろん」
あっさり逃げ出せてしまったら、冒険小説にならないし、面白くないからね。
オターはもう一人、アイザックという囚人を仲間に入れ、三人で船に乗る。
しかし嵐にあって、無人島に漂着してしまう。
そこで、三人の前に脱獄していた人殺しのウィリー・ウィリーに出くわして……
私は覚えている限り、小説の内容を風早さんに聞かせた。
細かい部分や、文章表現などは思い出せるはずもないから、私の話すダイジェスト版はあっさりと終わった。
「……というわけなんだけど、面白かったかな?」
「はい。面白かったです。ちゃんとハッピーエンドになって良かったです」
「まぁ児童文学だからね。普通は、子供にあまり苦い結末は見せないよね」
私は肩を竦めた。
時刻を確かめると、まだ昼食にはもう少し時間がある。
「やっぱり、こうやって話をするだけじゃ、あまり時間を潰せないね」
「私は、栞子さんにまた、他のお話を聞かせて貰うのでもいいんですが」
「勘弁してよ。なにか適当に本を見繕ってくるから、それを貸すので我慢してくれないかな」
「じゃあ次は、恋愛小説がいいです」
「はいはい。じゃあまたなにか、見繕ってみるよ」
しかし恋愛小説か。
なんかそういうのはなかったような気がするんだけどね。
それでも一応探してみようと、私は本棚がある、三階へと向かった。




