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終末世界で本を読む  作者: 三山とんぼ
13/15

#13. Zデイから一一五日目 『ミス・マープル最初の事件 牧師館の殺人』

『栞子さん、栞子さん?…………ザザッ……栞子さん、まだ寝てるんですか?…………もう…………ザー………………』


……うるさいなぁ。


『……起きてください! …………栞子さん、定時連絡ですってば! …………ガガッ……ピー!』

「んぅ、うーん」


私は寝惚け眼を擦りながら、手探りで目覚まし時計を探し出し、朝から騒音をかき鳴らす置時計の頭を、憎しみを込めて叩いた。

時計の針を見れば、午前八時十五分を指していた。


「んーっ」


ひとつ伸びをして、私はのそのそと身体を起こした。


「くそう、なんでこんな時間に目覚ましなんか鳴るんだよ……ってあれ? 変だな、目覚ましなんかかけた覚えはないぞ……」


それに、いつもならここで、寝起きが唯一の弱点であるつーさんが、「ふみゅう」とか、「へにゃあ」とかよくわからない鳴き声をあげるところなのに、それも聞こえないね。

昨日は遅くまで本を読んでたせいか、なかなか頭が動かない。

目を擦りながら隣を見ると、いつもそこで寝てるはずのつーさんがいない。


「あれ? トイレかな?」


んん? なにか忘れているような……


『栞子さん!! いい加減に起きなさい!!…………ピーッ、ガガッ…………」

「わ、わわっ、そうだった!」


枕元に置いてあるトランシーバーから、聞き慣れたつーさんの声で怒鳴られて、ようやく思い出した。

数日前から、つーさんは渚沙に付き合って、『要塞』の外へと出掛けていたんだった!


慌ててトランシーバーを掴み、つーさんの声に答える。


「ご、ごめん。起きたよ、つーさん!」

『……もう、ちゃんと連絡する前に起きててくださいよ、栞子さん』

「ごめんってば。それで、そっちの状況はどう? なにかあった?」

『いいえ、こっちは今のところ問題ありません。渚沙の仲間も、みんないい人たちですよ』

「それなら、良かったね」

『あ、紬さん、栞子さんと話してるんですか!? ズルい、私も話したいです……やっほー、栞子さん! 元気ですか!?』

「あー、うん。私は元気、元気。毎日読書してる」

『それはいつものことじゃないですか! こっちの駆除作業は順調です。紬さん大活躍! この分なら、明日か明後日には終わりそうです。あ、ちょっ、紬さん! まだ話してるのに……!』

『……すみません、栞子さん。渚沙が割り込んできちゃって……』

「いいよ、いいよ。とにかく、順調なんだね?」

『はい。なにもなければ、明後日には戻ります……』

「わかった。それじゃ、また夕方に定時連絡よろしくね」

『はい…………ザッ…………一人だからって栞子さん、あまりだらけてたらダメですからね?』


つーさんらしいお小言を最後に、通信は切れた。


「まったく、つーさんも心配性だよね。一人だからってだらけてるわけ、……まぁあるんだけどさ」


なにしろ、久し振りの一人の生活だからね。


「つーさんには悪いけど、たまになら、一人の生活も悪くはないね」


面倒なら、別に朝食を抜いたって問題ない。

つーさんがいれば、「そんなのダメですよ、栞子さん。規則正しい生活が健康のためにいいんですから!」とか言って、許してくれないからね。


「ダメですよ、栞子さん」と言うときのつーさんは、私が辟易するくらいには強硬だ。

とにかく、そのつーさんは今ここにはいない。つまり、私は自由だ。


サイドテーブルに置いてあった文庫本を手に取って、私はベッドにまた背を預けた。

さて、このまま優雅に、朝の読書タイムと洒落込みますかね。



          ◇◆◇◆◇◆◇



今日私が読もうとしている本は、ミステリの女王、アガサ・クリスティー作の、『ミス・マープル最初の事件 牧師館の殺人』だ。

これは、彼女が生んだ二大探偵のうちの一人、ミス・マープルが初めて登場する作品だ。


少し前に図書館から回収してきた本のうちの一冊で、渚沙が勧めてくれた本でもある。彼女はミステリ小説が好きだからね。

同じ読書好きが身近にいると、こうしてお互いの好きな本を推薦し合えるのが嬉しいね。

私ももちろん、自分が読んで面白かった本を何冊も彼女に推薦してあるよ。


そして互いに相手が勧めた本を読み終わったら、読んだ本の感想を話し合えるもんね。それもまた楽しい。

鼻歌でも歌いたくなるようなウキウキとした気分で、私は本のページをめくった――


――ふと我に返り時計を見れば、もう正午近くになっていた。

時間が数時間くらい、飛んでいる。

またしても、本に没頭してしまった。


首を軽く回して、肩を数回上下に動かす。

今日はそれほど、筋肉が固まっていなかった。


私は一度本に没頭してしまうと、疲労すら忘れてしまうことがある。無理な体勢で読み始めると、後で筋肉が強張ってたりするんだよね。

前なんか、肩甲骨のあたりから首筋まで、ガチガチになった。


「さて、朝食を抜いたから、さすがにお腹が減ったね」


冷凍保存してあった野菜とベーコンを使って、炒飯を作ることにした。

まだまだ冷凍保存の食料も十分あるけれど、いずれはなくなっちゃうからね。

その後は、軍隊の携行食みたいな、あまり味気のないものになってしまいそうだ。


味を気にすること自体、贅沢だとはわかっているんだけどね。

食料自体がなくて飢えている人だってきっと大勢いるんだから。


とはいえ、できればちゃんとした食事をしたいよね。

どうせなら美味しい物が食べたい。


「そのうち、畑を作ったりすることも、考えたほうがいいのかもね」


幸い庭にスペースはある。

上手くやれば、自分たちの食べる野菜を、育てられるかもしれない。

塀の内側ならゾンビも入って来れないしね。


ご飯も冷凍の物を温めて、それを切った野菜やベーコンと共に炒める。

バターと塩コショウで味付けして出来上がりだ。


味見のためにひと口摘まむと、ごく普通の家庭の炒飯の味がした。


「うーん、普通。至極、普通だね」


最近は渚沙の作るご飯に慣らされていたから、ちょっと物足りない。

なにしろ、渚沙は料理がやたらと上手いからね。

私の料理レベルを三だとしたら、つーさんは二で、渚沙は七くらいある。


私とつーさんは、普通に食べれる物は作れるけど、特別美味しくはない。どっちもその程度だ。

もともと、私が料理するときは、それなりの物ができればそれで良かった。味にそこまでこだわってはいなかったんだから、あまり上達しないのも当然だよね。


その点渚沙は、シングルマザーの家庭で育って、家事は大部分、渚沙がやってたらしいからね。

しかも美味しい物を作ろうと日々研究に勤しんでいたらしいから、彼女が作る料理が美味しいのは当たり前だ。

努力と工夫が分厚く積み重なっていて、私やつーさんを大きく引き離しているからね。


「渚沙のご飯、また食べれるといいけど……」


どうなるかはわからない。

本人はここに戻って来たいとは言っていたけれど。


私は行儀悪く、炒飯の皿をベッドの上に持ち込んだ。

ベッドの上に胡坐をかき、片手で本を開いて、もう片方の手でスプーンを運ぶ。


こんなことも、つーさんがいるときならとてもできない。

つーさんは口うるさいからね。私がちょっとだらしない生活をしようとすると、すぐにダメ出しをされてしまう。

でも正直に言えば、そろそろつーさんの「ダメですよ、栞子さん」の声がないのが、少し物足りない気がするんだよね。


早く帰って来てくれないかな。

小さくため息をついて、私は食べ終わった炒飯の皿を、サイドテーブルの上に乗せた。


ベッドの上に身体を投げ出し、寝っ転がって読書の続きをすることにした。

再び私は物語の世界に没頭したが、今度はさほど時間はかからなかった。

少しして、私は読み終わった小説を閉じた。


「なるほど。確かに面白かったわ」


うむうむと、何度も頷く。


「さすがミステリ界の巨匠。そつが無いというか、色々と散らばってまとまらないように思えた話を、最後は上手くまとめてくるよねー」


なにより文章自体が読みやすいし、語り手の牧師が篤実とくじつな人なので気分良く読める。

謎の真相は、意外だったかと訊かれると、そういうわけでもなかったけれど。

でもしっかり納得させてくれる。なるほど、と思わせてくれるんだよね。


そして私は、「こういう古いミステリは一人しか死なないのが平和だなぁ」なんて思ってしまった。

一人とはいえ人が死んでいるのに、平和とか、おかしいんだけどね。

でも、最近のミステリだともっと大量に人が死ぬからさ。どうしても、そんな風に思ってしまう。


「でも被害者は一人なのに、登場人物は多いんだよね」


これは仕方ないことだけど、どうにも聞き慣れない片仮名の名前は覚え難くて混乱する。

だから私は、何度も冒頭の人物紹介のページを見直さなくてはならなかった。


「あと、時間がなぁ。煩雑っていうか、ちゃんと把握しようと思うと大変だったなぁ」


何時何分ごろに誰がなにをして、その五分後にまた誰がなにをして、その十分後には銃声が……そして何時何分に誰かが殺されたけど、それは実は時計が狂っていて……

こんな調子で、どうにも状況を把握しながら読み進めるのに苦労する。

いっそノートでもとればいいのかもしれないが、学校の授業でもあるまいし、いちいちそんなことはしたくないからね。


もしかしたら、そういう細かいところに注意を払うことを面倒くさいと感じる読者もいるかもしれない。


「少しだけ読みづらいところはあったけど、……でも、それ以上に面白かったからね」


そういう、少しの煩わしさになど、負けない魅力がある文章だった。

やっぱり、謎というのは、人を引き付けると思う。

そして、ミステリには必ず、謎があるからね。


「ミステリって、読み終わるとまた別のミステリを読みたくなるもんね」


しばらくアガサ・クリスティーをはしごするのもいいかもしれない。

なにしろ彼女の著作は大量にあって、読む本にはまったく困らないのだから。


少なくとも、つーさんと渚沙が帰ってくるまではそうしてみようかな。

私は山と積み重なった本たちの中から、次に読むべき本を、探し始めた。


だがそのとき、トランシーバーが、『…………ザザザ、ザ、ザー……ガガッ…………』と、大きくノイズを吐き出した。


「んん、どうした、どうした? まだ定時連絡には早いよな?」


いつもなら、夕方の連絡は六時くらいだ。

まだ三時間もあるからね。ちょっと早過ぎる。


それでもトランシーバーを手に取って、「もしもし、つーさん? どうかした?」と訊いてみる。


『……ガ、ガ、……さん、…………ぃです。こっちに…………』


ノイズが多くて、よく聞こえない。


「どうしたのさ、つーさん。良く聞こえないんだけど……」

『…………栞子さん、ぇがいです! …………早く、こちらに来てください! ……銃を……って!』

「えっ! 来いって、ねぇ、なにがあったのさ!? つーさん、無事なんだよね!?」

『………………ぁゃく、……早く、お願いぃ……ぁす!』


つーさんの声には、切羽詰まった色があった。


「くそっ! なにがあったんだよ!?」


リュックに、必要な装備を放り投げるようにして詰める。

最後に拳銃と、ライフルを持って、私は駆け出した。


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