#12. Zデイから九八日目 『機龍警察』
クマゼミの鳴く、「シャシャシャシャ……」と「ミャミャミャミャ……」が混じったような奇妙な声が、四方八方から聞こえてくる。
気温三五度。まだ午前一〇時だってのに、とんでもなく暑い。
だというのに、私とつーさんは今、肌を出さないように長袖の服を着こみ、リュックを背負って『要塞』の外に出てきた。
『SHT株式会社 社員研修所』。
そう入口に書かれた三階建ての建物は、飾り気のない四角い形をしていて、まるで巨大な白いダンボール箱みたいに見えた。
今日私たちがわざわざここにやって来たのは、中を探索して使える物資がないか、調べるためだ。
実のところ、私はあまり気は進まなかったんだけどね。『要塞』には大量に物資が蓄えられていたから、特になにか、不足している物があったわけでもないしね。
だけど、妙に探索に乗り気なつーさんに、強引に連れて来られてしまった。
「栞子さん。暑いのはわかりますが、もう少し緊張感を持ってください。ここはもう、安全な『要塞』の中じゃないんですよ?」
「わ、わかってるよ」
この研修所は、『要塞』で暮らしている私たちにとっては、ご近所さんのようなものだ。
歩いても五分くらいで着いてしまう。そのくらいに近い。
けど、その五分の間にゾンビが出ないとも限らないからね。
余計なリスクを避けるために、ここには、いつもの灰色のSUVに乗って来たよ。
運転したのはドライバーとしてはぺーぺーもいいところのつーさんだけど、特に危険なことはなかったよ。
まぁ門を出て少し坂を下り、カーブでハンドルを一度ゆっくり右に回し、それからまたゆっくり戻す頃にはもう着いているんだから、危険な目に遭う暇もないんだけどね。
◇◆◇◆◇◆◇
入り口のすぐ前に、SUVを停車させた。
つーさんはいつもの刀を、私は拳銃を手にして車を降りる。
ちなみに今日持って来た拳銃は、イタリア製のベレッタM92ってやつだ。
装弾数は十五発。重いのが難点だけど、ちゃんと安全装置が付いているところが安心できる。
引き金を引けばいつでも弾が出るようなのだと、怖いからね。
つーさんが強化ガラス製の入口のドアを押して、それから引いてみたけど、びくともしない。
別に不思議ではないけど、鍵が閉まっているね。
建物の中を覗いてみるけれど、特に異常はみつからない。そして、人の気配も感じられない。
多分だけど、ここは研修所ってくらいだから、社員が研修に来るとき以外はいつもガランと人気のない場所なんじゃないのかな?
「つーさん、ここを探索したいって言ったのつーさんだけど、なにか理由はあるのかい?」
近くにある、探索できそうな大きな建物なら、他にもいくつか候補はある。
その中からここを選ぶ理由は、あまりなさそうに思えるんだけど。
だって建物は確かに大きいけど、それだけだ。人の気配は全然ないからね。
「……たいした理由じゃないんですけど、実は前に、ここから漏れる光を見た気がするんですよね」
「え、なにそれ? 本当に?」
私は驚いて、つーさんに訊き返した。
そういう理由があるんなら、もっと早く教えて欲しかったよ。
だって光が見えたってことは、ここに誰かがいるってことじゃん!
私にだって心の準備があるんだからさ。
文句を言う私に、つーさんは申し訳なさそうに答えた。
「えっと、それが……そんな気がするってだけで、自分でも自信が無いんです」
つーさんが言うには、夜中にトイレに行ったときに、トイレの窓からなにか、光が一瞬見えた気がしたそうだ。
この研修所がある方角で、だ。
ただ、半分寝ぼけていたし、一瞬だったのもあって、自分でも気のせいじゃないかと思ってたんだってさ。
つーさんは朝弱いからね。寝惚けてたってのは納得できるね。
「栞子さんに話そうかとも思ったんですが、なにせ不確かなことですから、ただ気味の悪い思いさせるだけで意味がないかな、と思い直したんです」
とはいえ、やっぱり気にはなるものは気になるらしく、だから一度ここに来て中を調べたかったらしい。
なるほどね。そういうことなら話はわかる、かな?
「でも、光ね……それが気のせいじゃなかったとしたら、誰かがここに住んでるってことになるのかな?」
「どうでしょう? もし以前に人がいたとしても、今はもういないかもしれませんよ?」
緊急避難先として利用して、一泊か二泊してから、どこかに去ったとか?
ないとは言えないね。
「うーん、でも入口は鍵がかかってるわけじゃん。ここを出るだけなら、わざわざ鍵をかけていくかな?」
「またここを利用するつもりがあれば、そうするかもしれません」
「別荘みたいに? だとしたら、中を荒らしたら怒られるかもね」
まぁこのご時世で、そこまで余裕のある人も、なかなかいないだろうけどね。
つーさんは、軽く肩をすぼめた。
「……結論を出す前に、一度建物の周りをぐるっと回ってみましょう。他にももうひとつくらい入口はあるでしょうし」
「言われてみれば、確かにそうだね」
つーさんと一緒に、研修所の建物の周りを回ってみると、丁度さっきみつけた入口の反対側に、もうひとつの入口をみつけた。
こちらのドアのほうがさっきのより大きいところを見ると、どうやらこっちが正面入り口で、さっきのは裏口だったみたいだね。
「うわぁ……」
「こっちは、壊れてますね」
「……うん」
さっきと違い、こちらはドアの強化ガラスが完全に壊され、細かいガラスの粒になって崩れ落ちている。
さらに不吉なことには、ドア枠やコンクリートの地面に、べっとりと赤い血が付いていた。
◇◆◇◆◇◆◇
研修所の中は、会議室や講義室、それに会社で作っている製品の見本などが置かれた部屋が一階と二階にあって、三階は宿泊所になってるみたいだね。
それらの情報は、入口を入ってすぐのところにある案内板に書かれていた。
昼間だけど、建物の中は薄暗い。
一応懐中電灯も持ってきてはいるけど、さすがにそれが必要なほどではないかな。
血の跡は入口から建物の中へと、床に擦り付けるようにして続いている。
中はやっぱり人の気配は感じられない。でも不穏な空気だけはプンプン漂ってるね。
「嫌な感じですね。まるで誰かが死体を引きずって歩いたみたいです」
「というより、外に出たところでゾンビに襲われて、怪我した人を中に引っ張り入れた、とかじゃないかな?」
「あ、なるほど。きっとそうですね」
でもそれだと、怪我した人がどうなったのか、とか、襲ってきたゾンビは今どこにいるのか、とか考えると、なにか不吉な予感がしてくるね。
正直、このままとっとと『要塞』に帰りたいくらいだよ。
「……ねぇ、つーさん。無理してここを探索する必要はないと思うんだけどな。物資なら『要塞』の中にも十分あるんだしさ」
と、私は最後の抵抗を試みたけど、
「栞子さんの言うこともわかります。でもやっぱり、あの光が気になるんですよね。もし誰かが、この建物のどこかの部屋に隠れて救助を待ってるとしたら、って考えちゃうんです」
やっぱりつーさんは、どうしてもここを調べないと気がすまないみたいだ。
こうと決めたら頑固なところがあるからね、つーさんは。
「ま、しゃーないか。つーさんは優しいからね。つーさんがそう言うなら、私も付き合うよ」
「……ありがとうございます」
つーさんは嬉しそうに、私に礼を言った。
「で、まずどこから調べようか?」
「やっぱり、この血の跡じゃないでしょうか?」
「……やっぱり?」
確かに血の跡は気になる。だから、まずはそれを追いかけることにした。
先頭には刀を構えたつーさん。その後ろに、ベレッタを持った私だ。もちろん、安全装置はかけたままにしてある。
だってさ、つーさんが怪我をするとしたら、加害者は誰になると思う?
もしそれを賭けにするとしたら、一番人気はゾンビかもしれないけれど、僅差の二番人気はきっと私だ。
自慢じゃないけど、私は割と、怖がりだ。
そんなすぐパニックを起こしそうな素人の私が、拳銃なんか持って後ろにいるんだよ? ヤバいでしょ。
もし私がつーさんだったら、自分の背後を、拳銃を持った素人に任せようとは絶対に思わないよ。
大体、拳銃の訓練なんて一切してないしね。ライフルならまだ、――屋上からゾンビを的に――少しだけ練習したけどさ。
だから私のすべきことは、多分なにもしないこと、だ。
つーさんにすべて任せたほうが、きっと万事上手くいく。
つーさん一人で対処できないような事態になって初めて、私の拳銃に出番が回って来る。
そのくらいに思っておいたほうが良いと思うんだよね。
血の跡は、相変わらず廊下の先へと続いている。私たちはさらに、血痕を追って廊下を進んだ。
どうせなにか出てくるなら、早くして欲しいくらいだね。
(しっかしさ、まさか自分がこんな風に、銃を構えて屋内を捜索する羽目になるとは思わなかったよ。世の中なにが起こるか、わからないね)
まるで小説の登場人物のようだ。
銃を構え、障害物の先に誰かが潜んでないかと緊張しながら声を殺し、探索を続ける……
高校生の頃に読んだ、『機龍警察』って本にも、こういう場面があったなぁ。
近未来の話で、警察が、パワードスーツみたいなのを着た部隊を運用してるという設定だった。
そのスーツを着て、敵と戦うアクションシーンなんかは迫力があった。
でもそればっかりってわけでもなくて、割と硬派な刑事ものっぽい、捜査シーンとかもちゃんとあったよね。
思い出していると、久し振りに、あの本を読み返してみたい気分になる。
「栞子さん」
こちらを振り返ったつーさんが、足元の血痕を指差した。
床に残る引きずられたような血の跡は、左側の一室へと続いていた。
しかし、今はドアが閉まっている。
こういう場面で、つーさんは驚くほど思い切りが良い。
このときも、私が止める間もなく、あっさりとドアを開けていた。
鍵はかかっていなかった。
中に人はいなかった。
――いたのは、ゾンビだ。
三〇人くらい入れそうな、広い室内。
講義室らしい。前には演台。その背後にはスクリーン。
木目調の机と、椅子がいくつも並んでいた。
床には薄茶色のカーペットが敷かれている。
そのカーペットをどす黒い血で汚して、床の上でもぞもぞ動いているゾンビが一体。
どうやらそいつは立ち上がれないようだけど、他にも立って歩いているのが二体いた。
二体のゾンビはこちらに気づいたらしく、机の間を縫ってこちらに向かって来る。
「つーさん、両方ともやっつけられる? 私が片方受け持ったほうがいい?」
「いえ、栞子さんは動かないでください。大丈夫ですから」
正直、そう言われて私はホッとした。
私はつーさんの邪魔にならないように、壁際に下がった。
――のだが、そこで初めて、自分が前に向けて拳銃を構えていたことに気づいてびっくりした。
完全に無意識だった。
つーさんになるべく任せて、自分は撃たないでおこうって決めてたのに。
自分では冷静なつもりだったけど、想像以上に緊張していたらしい。
手が強張っていて、なかなか力が抜けないせいで、拳銃を下ろすことすら一苦労だ。ロボットみたいにぎくしゃくと、腕を下げた。
私がそんなことをしている間に、つーさんは動き出していた。
つーさんはゾンビが来るのをただ待っていたりはしなかった。
馬の尻尾を揺らしながら滑るように前に出て、刀を抜き、まず警備員の制服を着た一体を袈裟切りにした。
肩から脇にかけて断ち切られたゾンビは、まず上半身が下に落ち、一、二歩そのまま歩いた後、下半身も倒れた。
だけど作業着を着た残り一体のゾンビは、何故か私のほうに向かって来る。
乾いた眼球はほとんど垂れ下がっていて、眼窩は虚ろな空洞みたいだ。それなのに、どうして私のいる場所がわかるのさ!
「お、おい! こっちに来るんじゃないっ! しっしっ!」
追い払おうと手を振っても、全然言うこと聞かないし。
少し焦ったけど、でもつーさんがすぐに追いついて、後ろから首を落としてくれた。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫。うん」
実際、私はゾンビに指一本触れられてないからね。
でもやっぱり、怖かったよ。
私の震える手を見て、つーさんはなにを思ったか、両手で私の手を包んで握る。
少しすると、震えが止まったので、私はつーさんの手の中から自分の手を引き抜いた。
「……ふぅ、……うん、もう大丈夫。本当に」
「ならいいんですけど、無理はしないでくださいね」
「わかってる」
結局ここにいたのは、警備員のゾンビが一体、それに、作業着のゾンビが二体だった。
作業服ゾンビの片方は、ずっと床の上でもぞもぞしてただけだったけどね。
よく見ると、作業服の胸のところには文字が刺繍されている。『SY清掃』。
「二人は清掃員さんだったみたいだね」
「ってことは、ここの警備員さんと、清掃員さんですか。ゾンビに噛まれて、自分たちもゾンビになっちゃったんでしょうね」
「うん。まず一人が噛まれてゾンビになり、助けようとした人にまた噛みついてゾンビが増えて……」
最後にはみんなゾンビになったか、それとも生き残りがいたのかはわからないけどね。
でもとにかく。
「……よし、それじゃあ探索を続けよっか」
「はい。けど、どうします? 部屋をひとつずつ、全部見ていきますか?」
「そうだねぇ……取りあえず、階段とか廊下の安全を確保したいな。部屋の中は後回しにして、三階まで上らない? 部屋をひとつずつ調べるなら、その後でってことで」
「わかりました。それでいきましょう」
一階にはそれ以上、目につくところにゾンビはいなかったので、階段で二階に上る。
二階の廊下には、ゾンビが一体いた。
ワイシャツとグレーのズボンの、普通のサラリーマンみたいなやつだ。
サラリーマンゾンビも、つーさんが刀で斬り倒した。
念のためにゾンビの頭でも潰しておいたほうがいいのかもしれないけど、適当な武器が無いから、諦めた。
柄の長いハンマーでもあれば良かったんだけどね。
『要塞』の武器庫にも、そういうのはなかった気がするなぁ。
いずれホームセンターとかで、探したほうがいいかもね。
そういや、あの『機龍警察』に出てくるパワードスーツ、名前は機甲兵装? だったかな? アレがあったら、ゾンビなんか簡単に吹っ飛ばせるのにね。
鎧袖一触。噛まれる心配もいらないだろうしね。うん、対ゾンビの最終兵器だね。
続いて三階。
ここにも二階と同様、廊下に一体のゾンビがいた。
一階で見た警備員ゾンビと、同じ格好をしている。同僚なんだろうね。
警備員ゾンビBは、右手になにかを握っているようだ。
そしてフラフラと、酔っ払いのように廊下をうろついている。
いつも通り、つーさんが落ち着いた足取りでゾンビに向かっていく。
ゾンビは、手に持った筒状の物を持ち上げる。
私はそれを、警棒のようなものだと思ったが、違った。
「!!」
突然、眩しい光が薄暗い視界に慣れた、網膜を焼く。
懐中電灯だった。しかもかなり強力な。
ゾンビが、手に持っていた懐中電灯を点灯したのだ。
腐った死体に、道具を使う知能が残っているとは驚きだけど、今は驚くよりも先にやるべきことがある。
私よりも、至近距離で光を受けたつーさんのほうが、もっと目をやられているはずだ。
見ると、やはりつーさんは、目を手で押さえて廊下の壁に寄りかかっている。
しきりに頭を振っているが、まだ視力は回復していないようだ。
私の目も眩んではいるけど、まったく見えないわけじゃない。
目をすがめて手元の拳銃を見る。光が目に焼き付いていて、よく見えないね。
手探りで安全装置を探して、解除した。
急いでつーさんに駆け寄ろうとしたけど、実際は早歩きくらいだったかもしれない。
見ると、警備員ゾンビBが、つーさんに覆いかぶさろうとしている。
半分ほど抜け落ちている歯で、それでも噛みつこうと大きく口を開けた。
「つーさん!」
私は怒鳴った。
「栞子さん!」
つーさんはまだ目が見えていないけど、それでも声を頼りに私に向かって走る。
私はベレッタを構えたけど、私の銃の腕では、近づかなければとても当たる気がしない。私に向かって来るつーさんを躱してすれ違い、私はゾンビの前に躍り出た。
そして、「わあああああああ!」叫びながら、拳銃を乱射した。
気づくと、弾倉にあった全ての弾を、撃ち尽くしていた。
それでもまだ、人差し指は引き金を引き続けていて、そのたびにカチカチと音がする。
「ふーっ、ふーっ」
いつの間にか、私は床に座り込んでいた。
目の前には、ゾンビが横たわっている。
「栞子さん、もう大丈夫です。終わりましたよ」
後ろから、つーさんの声がした。そして、細い腕が首に絡まる。
「ありがとうございます。また栞子さんに助けられましたね」
――いやいや。いつも助けられてるのは私のほうだし。
そう答えたかったけど、しかし口から出るのは荒い息だけで、声にはならない。
つーさんが手を伸ばす。私の指に触れ、ゆっくりと拳銃から、私の指をはがす。
やがて指から外れた拳銃が、床に落ちた。
◇◆◇◆◇◆◇
「結局、つーさんが見た光ってのは、あの懐中電灯の光だったのかな?」
「多分、そうなんだと思います」
あれから私たちは少し休んでから、探索を再開した。
部屋をひとつずつ調べていったけど、ある部屋で清掃員のゾンビが二体いた(つーさんがいつものように、二体とも斬り倒した)以外は、三階では特になにも異常はみつからなかった。
他の部屋はどこも、ゾンビがうろつく建物の中とは思えないほど整然としている。
「なんだ、じゃあ生存者がいたとかじゃ、なかったんだね」
さっきの警備員ゾンビが適当に懐中電灯をつけたり消したりしてただけで。
「さっきのあれ、本当にゾンビが私たちの目を眩ませるために懐中電灯を使ったんでしょうか?」
「うーん、わからないね。単に偶然ってこともあるかもしれないし」
「意味もなくいじってたら、たまたま丁度私が近づくタイミングで、電気がついたと?」
「無理があるような気もするけど、でもゾンビに、目くらましを狙ってやれるような知能があるかなぁ?」
だって脳みそ腐ってるでしょ、あれ。
生前の習慣が身体に染みついていて、意味もなくやり慣れた行動を繰り返していた、っていうほうが、まだ納得はできるよね。
「気にはなりますけど、ここで考えても結論は出そうもないですね」
「だね。取りあえずのところは、とんでもなく不運だったってことにしとこうぜ」
探索は順調に進んだけど、たいした物資はみつからない。
三階が宿泊施設になってるだけあって、タオルやシーツ、石鹸や歯ブラシなんかの洗面用品はかなりの数があったけどね。
「一応、運べる分は持って行きましょうか」
「そうだね。不足しちゃいないけど、たくさんあって困るものじゃないしね」
それらは入るだけリュックに入れて、運ぶことにした。
三階を全て確認し、二階に下りる。
二階もひと部屋ずつ順番に見ていくが、三階以上に、なにもない。
会議室とか、講義室みたいな部屋があるだけだね。
無人だし、物資もなにもない。ゾンビすらいないね。
「……つーさん、私前にさ、『機龍警察』っていう小説読んだんだ」
「どうしたんですか、突然?」
「まぁいいから、聞きなよ。近未来が舞台で、警察がパワードスーツみたいなのを使う部隊を作るんだよ」
「パワードスーツ? というと、……ロボットみたいなやつですか? 昔のアニメにそういうのがありましたよね。えっと、パトロールなんとか……?」
「それパトレイバーでしょ? 少し違う。ってか、随分前のアニメだけど、よく知ってたね。……アレよりもうちょっと小さいやつで、確か、高さが三.五メートルくらいなんだよ」
「三.五メートル……微妙ですね。それだけサイズがあったら、きっと屋内じゃ動き難いでしょうし」
「うん。もっともだと思うけど、でも作中では結構屋内で活動してたんだよ。多分、屋内でも広めの場所なら活動可能って設定なんじゃないかな?」
「なるほど?」
話しながらも、探索は進めている。
けれど、いくら探しても二階にはなにもなさそうだね。
「一巻のラストでは、敵の立て籠もる倉庫に乗り込むんだけどさ、銃を持って探索するあたりの描写が、今の状況に似てると思って思い出したんだよね」
「……案外栞子さんは余裕があったんですね?」
少し呆れたような表情で、つーさんは私を見る。
「いや、別に余裕とかじゃないよ?」
「でも、探索したながらそんなことを考えていたんでしょう? それならきっと、私のほうがずっと緊張してましたよ」
そう言われちゃうと、返す言葉がないね。確かにちょっと、緊張感が足りなかったのかも。
でもガチガチになってもダメだろうから、難しいよね。
◇◆◇◆◇◆◇
結局二階ではなにもみつからずに、一階に下りた。
けれど一階も、多少の食糧(カップ麺とか、缶詰などだ)があるだけで、ほとんど物資はなにもなかった。
「ま、こんなところだろうね」
「残念ながら、あまり成果はなかったですね」
「いや、そんなことはないよ」
「そうですか?」
不思議そうに首を傾げるつーさんに、私は苦笑した。
「つーさんがそう思うのは、私たちが恵まれてるからだよ。『要塞』にはなんでも揃ってるからね。でも普通の人から見たら、これだけの物資がみつかれば、それなりに成果があったって思うんじゃないかな?」
「……なるほど。そうかもしれません。いつの間にか、私は贅沢になってたんですね」
「うん。いいことじゃん。贅沢を言えるだけの余裕があるってことだよ」
裏口のほうのドアを開けて、みつけた物資を、SUVに積んでいく。
全てを積み終わると、自分たちも乗り込んで、エンジンをかけた。
蝉の声は、朝よりは少しだけ、静かになっている気がした。




