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終末世界で本を読む  作者: 三山とんぼ
11/15

#11. Zデイから六一日目 『秘密の花園』

三階にあるキッチンで、朝食を作った。

いや、本当のことを言えば、作ったというほどではないんだけど。

昼や夜はもう少しまともなものを用意するけれど、朝食はできるだけ簡単に済ませることにしているからね、私は。

それは世界がこうなる前からずっと続く習慣だ。

そもそも、私は自分一人だったら、別に朝を抜いたって構わない。今はそういうわけにはいかないけどね。


用意したのはシリアルとミルク。あとは缶詰の果物。うん、十分立派な朝ご飯だね。

それを二人分、トレイの上に乗せて、階段を下りる。


さすがに一階分下りるだけなのに、エレベーターを使う気にはなれない。電力の無駄遣いだし。

カツンカツンと足音を響かせて廊下を歩く。監獄の扉の前に着くと、指紋を認証し、パスワードを打ち込む。

ガチャッと音が鳴り、鍵が開く。


今のところは停電なんて起こったことないけど、私はここの電気が何処から来ているのか、知らないんだよね。

もし電気が使えなくなったら、ここの扉はどうなるんだろう?

自動的に開いてくれればいいんだけど、下手をしたら閉じ込められるかもしれない。

そう考えると、結構怖いね。


監獄に入り、牢の前を歩いて、やがてひとつだけ、住人のいる独房の前に着いた。

そう。今までずっとこの監獄は無人だったけど、つい五日ほど前から、ここには一人、住人がいるのですよ。

女子高生で、凄腕すごうでの剣士でもある、風早紬かざはやつむぎ、通称つーさんだ。


「あ、おはようございます、栞子さん」


鉄格子越しに、つーさんは屈託のない笑みで迎えてくれる。

こうして牢に押し込められているというのに、つーさんときたら、まったく気にしていないみたいな態度で、私に接してくれるんだ。ありがたいけど、少し申し訳ない気分にもなるよ。



          ◇◆◇◆◇◆◇



最初に牢の中で目を覚ましたときはつーさんも、それなりにこちらを警戒してたらしい。当り前だよね。

けれど、私が事情を説明するとすぐにつーさんは納得してくれた。

謝る私に、「別にいいよ。こんな状況だからね。警戒するのはわかるもの」と、落ち着いて答えた。


あまりに物分かりが良過ぎて、こっちが驚いたよ。

私が、「それで、風早さんは、これからどうしたい? もしここを出て行きたかったら、すぐに出してあげるからね」と勧めてみても、つーさんは少し考えてからかぶりを振ったのだ。


「ええと、もししばらくの間ここに残りたいと言ったら、許して貰えますか? もし迷惑でないのなら、ここは安全そうですし、しばらくここにいたいです」

「可能かどうかでいえば、可能だよ。ただね、それには結構面倒な手続きが必要になるんだけど……」

「手続き、ですか?」

「うん。ここの中に人を入れるときには、決まった手順を守らなきゃならないことになってるんだよ。安全のために」

「その手順は、栞子さんが決めたんですか?」

「いいや。私じゃなくて、私の前にここの持ち主だった人が決めたんだ」


そしてルールを説明すると、つーさんは「わかりました。そういうことなら、そのルールに従いますから、しばらくの間、ここで生活させてください」と言って、ここに残ることを選んだ。


つーさんがそう言うのであれば、私も特に追い出そうとは思わない。もう既に中に入れちゃったわけだしね。

ここにいたいというつーさんを、無理矢理追い出すくらいなら、最初から中になど入れずに、見捨てていたほうがよほどマシだ。

一度助けておいて、すぐに手の平を返すのは無責任すぎるからね。


つーさんがこの『要塞』に来てから今日で六日目。

ここの前の主が決めたルールによると、最低でも一〇日間は牢から出せないことになっている。

その決まりのせいで、この数日は私もこうして、つーさんのいる独房の前で、彼女と色々話をして過ごしているよ。


一人で読書をするのが好きで、割と孤独が苦にならない私も、やはり多少は人恋しかったのかもしれないね。

まともに話ができる相手がいるというのは、やっぱり嬉しいものだよね。

勝手に押しかけてくる図々しい侵入者はお呼びじゃないけども。



          ◇◆◇◆◇◆◇



私は笑顔で迎えてくれたつーさんに、朝の挨拶を返す。


「うん、おはよう、つーさん。朝食を持ってきたよ。いつも通りのシリアルで悪いんだけど」

「いいえ。このご時世ですから、食べるものがあるだけで幸せですよ。文句なんて言ったら罰が当たります」


鉄格子の扉には、食事を入れるための細い隙間が空いている。

一人分の食事を、差し入れ用の隙間から独房の中に入れた。


トレイを受け渡してから、私も独房の前に置いた椅子に座って、鉄格子を挟んでつーさんと向かい合って朝食を食べることにした。

スプーンでシリアルをすくって口に運ぶけど、やっぱり少し味気ない。

本当ならご飯に味噌汁、納豆に海苔、それに焼き魚のような朝食が食べたいよね。純和風の朝ご飯が懐かしいよ。

でもそれは、つーさんがさっき言った通り、このご時世では贅沢なのだ。作るのが面倒だって理由もあるけどね。

シリアルの食事はあまり美味しくないけれど、少なくとも腹は膨れるし、手軽だからね。


やがて食事を終え、つーさんから空になった食器を受け取る。

代わりに、一冊の本を鉄格子の間からつーさんに差し出した。


「やった! ありがとうございます。今日の本はなんでしょうね……」


嬉しそうに本を受け取りつつ、つーさんが言う。

それは私に尋ねたというよりも、ただの独り言のようなものだったんだろう。

つーさんは私の返事を待たずに、すぐに本の表紙に書かれたタイトルに目を向ける。


「えっと……『秘密の花園ザ・シークレット・ガーデン』ですか」

「読んだことある?」

「いいえ。ないですね」

「それなら良かった。つーさんは恋愛ものも好きだって言ってたから、本棚を探してみたんだけど、どうもここの元の持ち主はあまり恋愛小説は好みじゃなかったらしくてさ、それくらいしかなかったんだ」

「へえ。ってことは、これって恋愛ものなんですね?」


『世界の名作』と銘打った文学全集の中に、『秘密の花園』というタイトルを見たことはあったけど、それが恋愛ものだったとは思わなかったと、つーさんは言う。


「うーん、どう受け取るかは人それぞれだと思うけど、私は恋愛小説に思えたな。子供の頃の甘酸っぱい初恋、みたいな感じ?」

「なるほど。ちょっと楽しみになりました」


嬉しそうに笑って、つーさんは本の表紙をそっと撫でた。


「それじゃ、ごゆっくり」


私はそう言って彼女に手を振った。

私は私で、これから自室で読書をするつもりだ。

実は私は、『剣客商売』から続く池波正太郎のマイブームがまだ続いているのだ。今日は『鬼平犯科帳』を読もうかと思っている。


「えー、栞子さん行っちゃうんですか? どうせ栞子さんは今日も、いつも通りに読書をして過ごすんですよね? ならここで読めばいいじゃないですか!」


牢の中、一人で過ごすのは気がふさぐらしく、つーさんはそんなことを言う。いや、その気持ちはわからなくはないけどね。でも私は寝っ転がって読書をしたいのだ。

牢の前に置いた椅子に、長時間座って読書をする気にはなれない。

もっと座り心地の良い椅子を持って来れば話は別だろうけど、そういう椅子は重いしかさばる。

エンヤコラと、ここまで運んでくるのは嫌だ。面倒だからね。


私がそう言うと、つーさんは「それならそっちの独房の中のベッドを使えばいいですよ。どうせ誰も使ってないんですから」と答える。


「え、牢の中で本を読めって言うの?」

「……私はここのところずっとそうしているんですけど? 一度くらい栞子さんも体験してみたらいいのでは?」

「う……」


少しばかり恨めしそうにそう言われると、確かに一理あると認めざるを得ない。

それに、こんな陰気な牢屋で一人過ごすのが気鬱なのも、よくわかる。無理はないよね。

引き籠り体質の私だって、こんな牢屋で一〇日も一人で過ごせと言われたら、勘弁して欲しいと思うだろう。

感染していないことを確かめるために、必要な措置ではあるんだけど、でも必要だからといって納得できるかというと、それは別だもんね。


「……わかったよ。でも今日だけだからね」


仕方なくそう言って、私は自分のための本を持って来ることにする。

そのついでに、菓子や飲み物も用意すれば、牢獄も多少は居心地が良くなるだろうか?


私は食器を片付け、本と軽食の用意をして監獄に戻って来た。そしてつーさんが入っている独房の、向かいにある牢の中に入る。

そしてその中の、鉄パイプを組み合わせたような、素っ気ない造りのベッドに腰を下ろした。


これ以上ない程に質素なベッドだけど、牢屋の中にあまり豪華なベッドがあっても妙なものだから、これはこれでいいんだろうね。


「つーさん?」

「なんでしょう、栞子さん?」

「お菓子食べる?」

「いただきます」


そう言って手を出すつーさんに、私は菓子の袋を放ろうとして、手を止める。


「……でも考えてみれば、狭い牢の中で過ごすのに菓子なんか食べてたら太りそうだね?」

「……」

「やっぱりつーさんは止めておいたほうがいいかも?」

「…………栞子さん? それはないんじゃないですか? 自分ばっかりお菓子食べて、私にはくれないなんて、酷いと思います。別に好きでこんなとこに入ってるわけでもないのに」


据わった目で睨まれて、私は慌てて「冗談冗談!」と笑った。


「大体、今の世の中太るほどの食料なんか、そうそう手に入りませんよ」

「ここにはたくさんあるけどね」

「……」

「わかったって! ホラ、投げるよ!」

「いつでもどうぞ! …………っと、よし」

「ナイスキャッチ」


つーさんは私が投げた菓子袋を、鉄格子の間から出した手で見事にキャッチした。

袋を開けて、つーさんは美味しそうにパリパリと音を立てて、スナック菓子を食べ始めた。



          ◇◆◇◆◇◆◇



「うーん、懐かしい味です」

「嘘ばっかり。いくらなんでも、懐かしくなるほど時間なんか経ってないじゃん。まだ二ヶ月も過ぎてないよ、ゾンビが現れてから」

「気分ですよ、気分」


しばらくの間、私もつーさんも、菓子を食べながら読書にふける。

私は左手だけで本をめくり、右手で菓子を口に運んでいた。

そこまで本の汚れを気にするほうでもないけど、やっぱり綺麗に読むのに越したことはないよね。


私は本は好きだけど、基本的に大事なのは本そのものではなく、文字で記された情報だと思っている。

ハードではなくソフトが重要。

だから必要なら本に書き込みをするのも、特に抵抗はない。

私の高校の頃の教科書なんか、書き込みやらアンダーラインやらですごいことになっていた。

でもそれが、教科書を使い切ったような気がして、むしろ満足感があったんだよね。

勉強して身についたら不要になるものだから、これで良いと思っていた。


昼になる前に、つーさんは本を読み終わった。


「さすが栞子さんのお勧めですね。世界の名作、みたいな本って、逆になんか構えちゃって手に取りづらいとこありますけど、これは面白かったです」


読まず嫌いは良くありませんね、とつーさんは微笑んだ。


「児童文学だけど、今読んでも面白いでしょ?」

「はい、とっても」

「どのへんが良かった?」


私が訊くと、つーさんは小さく首を傾げて考えると、「そうですね……やっぱり主人公のメアリとミッスルスウェイト屋敷の人たちとの交流でしょうか?」と答える。そして、「私はマーサが好きなんです。純朴で強い、女中の女の子」と付け足した。


「ああ、マーサは可愛いよね。頼りになる逞しいお姉ちゃんって感じで」

「はい。それに、庭師のベン・ウェザースタッフも。すっごく好きです」

「うんうん、あの偏屈で可愛いお爺ちゃんね。ってか、登場人物のほとんどが可愛かったよね」


私が言うと、つーさんは少し苦笑気味に答える。


「可愛いという表現が相応しいかわかりませんけど、でもみんな素朴で正直な人たちでしたね」

「素朴はわかるけど、正直? みんなメアリに色々秘密にしてたよね?」

「あれは主人の命令だから仕方ないんです。それに、正直な人だって必要なら嘘を吐くことくらいありますよ」

「まぁそれはそう、かな?」

「それに、秘密ってことなら、メアリだって人のことは言えないですよ。みつけた花園のことを秘密にしてたんですから」

「そうそう。メアリが秘密を教えたのは、ディコンだね」

「はい。色んな動物と仲良しの、男の子。それとコリンにも」

「うん、年の近い男の子二人だね。すぐに仲良くなったよね。もしかして、メアリって結構モテる? 将来は悪女になったりしてね」


冗談めかして言うと、つーさんもクスっと笑ってくれた。


「さあ。でも、秘密を共有すると仲良くなりますよね? なんというか、共犯者、みたいな。別に犯罪とかじゃないですけど……」

「なんとなく言いたいことはわかるよ。親密になるよね。二人だけの秘密ってやつ」

「そうなんです。他愛のない秘密なんだけど、本人たちにとってはすごく大事で……」

「甘酸っぱいねぇ。ね、つーさんにもそういう幼馴染みの男の子とか、いた?」

「うーん。剣術の道場には、男の子もいましたけど、あんまり甘酸っぱいことなんかなかったですね。竹刀でぶったたいて泣かせた思い出ならたくさんありますけど」

「ハハハ。そりゃあ、確かにあまり甘酸っぱくはないね」

「どちらかというと、鉄っぽい味ですね」

「それ、絶対血が出てるよね!?」


どうやらつーさんは、子供の頃から道場で男の子相手にやんちゃをしていたようだね。

まぁあれだけ強いんだから、男の子にだって負けてなかったんだろう。


つーさんはメアリとは全然性格が違うけど、本を読んでいる間はたっぷり感情移入して楽しめたようだ。


「作中で、最初はガリガリで血色が悪くて不細工って表現されていたメアリが、最後にはふっくら肉がついて血色が良くなって可愛くなるあたりは、女性作家の作品だなぁって思ったよ」

「ああ、確かに。そういうの、女の子ならみんな好きですよね」

「うん。女の子は、自分が可愛いことが重要だからね」

「まぁ、確かに、そういうところはありますね。せめて小説の中では可愛い女の子に感情移入したい、みたいなのが」

「ええ? でも、つーさんは元々美人だもん。フィクションに頼る必要はないよね?」

「そんなことありません。大体、可愛いというなら、栞子さんのほうがよっぽど可愛いですよ」

「……それって絶対、子供っぽいって意味で言ってるよねぇ!?」


私も一応、女の子だからね。可愛くなりたい気持ちがないと言ったら嘘になるよ。

まぁ私はそういう女の子らしい要素が、人より少ないほうだって自覚も、あるんだけどね。


つーさんが随分楽しんでくれたみたいで、本を勧めた私も嬉しくなってくる。

読み終わった本を受け取るために、私は立ち上がった。


「さて、そろそろ昼食を作るけど、つーさんはなにが食べたい?」

「そうですね……なにかご飯ものがいいです」

「じゃあ、ピラフでいいかな? 簡単なやつ」

「はい、それでいいです」


つーさんから『秘密の花園』を受け取って、そのまま監獄から出ようとして、ふと気になって振り返った。

他にすることもないせいか、つーさんはまだずっと、鉄格子の間から私のほうを見ている。

振り返った私のことを不思議そうに見て、少しだけ首を傾げた。


独房は、三畳かせいぜい四畳くらいのスペースしかない。

どう見ても窮屈そうだけど、つーさんは文句ひとつ言わないんだよね。


「……今日は冷凍のエビ使って、エビピラフにしよっかな」

「おお、豪勢ですね!」


嬉しそうに微笑むつーさんに、私は「うん、美味しいの作るから、楽しみにしててよ」と言った。


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