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終末世界で本を読む  作者: 三山とんぼ
10/15

#10. Zデイから一三日目 『騙す骨』

ザクッザクッと、ショベルが土を削り取る音が、庭の一画に響く。

汗が頬を伝い、首を通って背中に流れ着く。

そこでTシャツに吸収され、肌にべったりと張り付くのが気持ち悪い。


作業は遅々(ちち)として進まない。

朝からずっと、一生懸命に穴を掘ってるんだけどね。まだまだ終わりそうもない。

必要なのは、成人男性を二人、埋められる大きさの穴だ。

つまり今、私がなにをしているかというと、なんと墓穴を掘っているのですよ。まいったね。


目の前にあるのは、四階建ての大きな建物。

パッと見では、病院か役場かなにかのように見える。

そして目の前の地面には、……二つの死体が仰向けに寝かされている。


この死体の片方が、目の前の建物の、元の持ち主だ。つい昨日さくじつ、ここで私が看取ったよ。

そして私は、この建物と中にある大量の物資を全て、自分の物にすると決めた。

持ち主が死んで、遺産を受け継ごうって人間だって現れないのだから、私の物にしてしまっても構うまい。

ここはとんでもなく魅力的な場所で、使わずに放置するのはあまりにもったいないからね。

ならば私が有効活用してやろうってわけさ。


その代金代わりというわけではないけど、せめて元の持ち主に敬意を表して、死体を埋めてあげるくらいのことはしないとね。

これから住む建物の庭に、死体が転がっているのも嫌だし。

幸いゾンビに噛まれてはいなかったようで、死体が起き上がってくるようなことはなかった。……少なくとも今のところは。

今の世の中ではこうして、普通に死んで埋めて貰えるというだけでも、運が良いと思わなくっちゃね。


「だから迷わず、成仏してくださいな。なむなむ」


私がここに来たのは、つい昨日のことだ。

そのときには既に、ここの主は血を流して倒れており、素人目にも瀕死の状態だった。

救急車を呼ぼうにも、電話が通じないしね。

営業している病院だって、きっともう、どこにもない。

おまけに門の外には、ゾンビまでいた。


どうすることもできずに、私はただ久我健太という名の、この建物の元の主が死んでいくのを見守るしかなかった。

その名前も、彼が死んだ後に持ち物を調べて初めてわかったんだけどね。



          ◇◆◇◆◇◆◇



「しっかし、しんどいね。なかなか、地面を掘り起こすってのは、くぬっ、茫々に茂った草の根っこがしぶとくて……あああああ! もうっ!」


いや、単に私の体力がないせいかもしれないけどさ!

だけどこう、……丈夫な草の根が、ショベルを受け止めて……なかなか土の奥にまで届かないんだよ。


そんなこんなで、なんとか二人の人間を埋められるほどの穴を掘るまで、午前中いっぱいかかってしまった。

私はその穴の中に、久我健太氏ともう一人、名無しの権兵衛さんの遺体を並べた。

……もとい、放り込んだ。


もう一人は恐らく、久我健太氏が雇っていた使用人ではないかと思うんだけど、こちらも死んでいる。

状況を考えると、どうやら二人が殺し合った挙句に相打ちになったようにも見えたんだよね。……真相はわからないけどさ。

今は世界がこんな風だからね。人間同士が争ったって、不思議はない。


ま、今となってはその真相を追及する意味もあまりないだろうしね。

どうせどっちも、もう死んじゃってるんだし。

これがミステリ小説なら、名探偵がその真相を鮮やかに見抜いてくれるんだろうけど。


私は遺体に土をかけようとして、少し迷った。


「……この二人、ゾンビになって起き上がったりしないよね?」


十数日前にゾンビが発生して、人を襲い始めた。それは知っている。

けれど、ゾンビが生まれるメカニズムを理解してはいない。少なくとも私は。


ゾンビに噛まれればゾンビになる。これはどうやら間違いないようだけど、それ以外でゾンビになるケースがあるのかどうか、私は知らない。

ゾンビウィルスなるものが空中を漂っていて、死体があればそれだけでウィルスに侵されてゾンビになるとか、そんなことがあるだろうか?


「いや、そもそも私は、噛まれてどのくらいの期間でゾンビになるかも知らないね」


もしかしたら、全員が噛まれて即、ゾンビになると決まったわけでもないのかも。


「……うーん、じゃあどうしよう? これ、埋める前に燃やすべき?」


死体に火をつけるなんて、ゾッとしないけど、やんなきゃダメかな?

やりたくはないけど、墓穴からゾンビが出て来るのは嫌すぎるからね。

一昔前のB級ホラー映画のようだ。墓場の土の下から、何本もの青白い腕がニョキニョキ生えてくるやつ。

確かそんなのあったよね。


「仕方ない。燃やそう」


そうすればきっと、ゾンビ化は防げるはず。


私はまず、建物の中に入り、倉庫から燃料の一斗缶を持ち出した。

それを死体の上からドバドバとかけた。

適当な棒きれを探して、布を巻き、その布にも燃料を染み込ませた。


ライターで布に火をつけてから、即席の松明を穴の中に放り込む。

ボッと音を立てて、思ったより大きな炎が生まれた。

最初は勢いよく燃えてるけど、燃料がなくなれば消えそうだよね、これ。

だって、今燃えているのは燃料と、死体が着ていた衣服くらいだ。


完全に死体を燃やし尽くすには、これでは多分足りない。

本当なら死体の下にたくさん薪でも置いて、その薪を長時間燃やすとかしなければ、完全に燃やし尽くすことはできないんじゃないかな?

ガンジス川の河原でやっている火葬みたいにさ。


「そうするべきなのはわかるけど、でも実際問題、そこまではできないよね、薪なんてないし」


だから申し訳ないけど、これで勘弁して欲しい。

生きていれば、中途半端なことをするなと怒るかもしれないが、死んでるんだから気にしないよね?

適当に燃やして、火がおさまってきたところで、上から土をかぶせていった。


ちゃんと死体が燃え尽きたかどうか、気にならないわけではないが、かといってそんなものを直視したくもないから、なるべく見ないようにして土をすぐにかけてしまった。

うん、きっとちゃんと燃えたよね。もしそうでなくても、きっと虫とか微生物とかが、すぐに分解してくれるよ。そうだといいな。


というかこれ、地面の下から黒焦げのゾンビが出てくる可能性があるね。

もしかして、状況は悪化した?

いやいや。きっとそんなことはない、はず。うん、気にしないほうがいいね。


我ながら適当過ぎる気もするが、これが私には精一杯だ。やるだけのことは一応やった。死者に対する敬意には、多少欠けていたかもしれないけれど。

しかし、その大部分の責任は私にはないはずだ。だって、ゾンビという存在こそが死者を冒涜してるもんね。

こんな状況じゃ、そうそう死者に敬意を払ってはいられないよ。


とにかく、私なりの葬儀はこれで終了。

後片付けをして、私は建物の中に戻った。


この建物の中は、昨日ざっとは回ってみたけど、まだそれだけ。全部の部屋をちゃんと調べてはいない。

なにしろ昨日はあまりに疲れててさ、ベッドの誘惑に勝てなかったんだよね。

だから、今日の午後は改めて、建物の中を調べるつもりだ。



          ◇◆◇◆◇◆◇



「……ここってまるで『要塞』だね」


全部の部屋を調べた後の、私の感想がコレだった。

だってさ、明らかにこの建物は、なにか敵対するものを想定して、それから防御を固めているんだよ。


「そしてその敵対するものってのは、……やっぱりゾンビのことだよねぇ」


今の状況を鑑みれば、それ以外には考えられないもの。

つまり、故久我健太氏は、ゾンビが溢れる状況を想定して準備を整えていたということになる。


「ってことは、ゾンビが現れるのを知っていた?」


そうとしか思えない。

そのくらいに、準備万端整えられていた。


色々と見て回るうちに、その周到さに最初は驚き、次に感心し、最後には呆れた。


「いくらなんでもやり過ぎじゃない?」


とうとう、そういう感想が口をついて出た。


用意してある食料は、一〇〇人の人間が、一〇年間かけても食べ尽くせそうもない程の量がある。

水も相当量が備蓄されていたし、燃料、様々な消耗品、それに武器弾薬までがある。


拳銃にライフル、他にも携帯用のミサイルのような物、バズーカみたいに見える代物、機関銃のような物まである。

それどころか、屋上には対空砲と思しき重火器までが用意されていた。


いやいや。ゾンビは空を飛ばないよね? それとも飛ぶの?

とにかく、必要以上に強固に防護されているようだ。この建物は。というか、この『要塞』は。


「まぁありがたいことは、ありがたいんだけどね」


ここに住めば、この崩壊した世界でも、十分に生き残ることができそうだ。

自宅のアパートの近くにこんな場所があり、たまたまそこに逃げこめたことは、これ以上ない幸運だ。


そしてやはり、この建物は無人だった。この『要塞』の中には誰もいない。人っ子一人。ちゃんと全ての部屋を見て回ったからね。間違いない。

今では私だけが、この『要塞』の唯一の住人だ。


それにしても、久我健太って人はどういう人間だったんだか?


●なぜゾンビが現れることを知っていて、こうして備えることができたのか。

●そして知っていたのなら、そのことをどうして秘密にしていたのか。

●銃器など、どうして違法な装備を用意できたのか。(あんな重装備、どう考えても合法のはずがないからね)


色々な疑問が頭に浮かぶ。


●そしてどうして、これほど周到に準備しておきながら、あっさりと死んでしまったのか――


「きっと本人はさぞかし無念だったろうね」


だってさ、ここまで準備したのに、すぐ死んじゃったもんね。ゾンビが現れてから、まだ一〇日くらい?

何十年も生きられるだけの物資を蓄えておきながら、これじゃあね。

骨折り損のくたびれ儲けというやつだ。


「でもその代わり、ここにある物は私が有効に活用するから、無駄にはならないね」


せっかくの施設だ。使わないなんてあまりにもったいない。


私は、久我健太氏が、自分のために用意したに違いない、豪華な寝室に戻って来た。

昨夜も私は、ここのベッドで眠った。

他にもベッドのある部屋はいくつもあったけど、ここが一番寝心地が良さそうだったからね。


そして、寝室に置かれている本棚の前へと移動する。

ここにはそれなりの数の紙の本がある。


個人的に一番嬉しかったのが、この本棚だ。

大きな本棚が、壁際に三つも並んでいた。

本棚の中にあるのは、SFにミステリ、それにホラー。なぜか世界の名作といった、児童書までがある。

ただし、実用書の類はなく、あるのはみんな娯楽小説ばかりだ。――素晴らしい。


私はニンマリとしながら、本棚に並んだ背表紙を、指差しながら確認していく。

こんなときだけど、鼻歌でも出てきそうなくらいにウキウキしてくるね。

だってさ、この安全な『要塞』の中で、好きな読書ができるんだもの。そうなるよね。

これを喜ばずに、一体なにを喜べと言うのだろう?


「えーと、アイザック・アシモフ、……アガサ・クリスティー、……アーサー・C・クラーク、……アーロン・エルキンズ、……エラリー・クイーン、……」


どうやら作者名のあいうえお順に並んでいて、ジャンルはバラバラのようだ。

その中の、オレンジ色の背表紙に目が留まる。


「アーロン・エルキンズのスケルトン探偵シリーズか……もしギデオン・オリヴァーがここにいたら、今日埋めたあの死体の骨から、殺害時の状況から凶器まで、全部わかるんだろうね」


独り言を呟きながら、一冊の本を手に取った。

アーロン・エルキンズ著、『騙す骨』だ。

好きなシリーズの本だけど、これはまだ、読んだことがない。


人類学教授の主人公が、被害者の骨から、犯人の手がかりをみつけ出す、ミステリシリーズの一冊。

ユーモアのセンスがある登場人物たちの会話を読むだけでも面白いし、骨に刻まれた僅かな傷や変形から、隠された事実をみつけ出す展開にも、ワクワクさせられる。


読む本は決まった。

食事は、……適当でいいや。早く本が読みたいからね。


すぐに食べられるビスケットのようなものを、食糧庫で探し出して、私はそれと飲み物をベッドに持ち込んだ。

ホクホクしながら、寝転んで小説のページをめくる。


片手で本を開きながら、もう片方の手でビスケットを口に運んだ――



          ◇◆◇◆◇◆◇



読み終わった本を閉じ、顔を上げると大分陽が傾いていた。


「んー、読んだ読んだ!」


外はゾンビが溢れる世界の終末のような状況なのに、私はリラックスして読書に夢中になってしまった。

昨日来たばかりの、よく知りもしない建物の中なのに、妙な安心感があるんだよね、ここは。


「これは、アレだね。あの久我とかいう人は、きっと私の同類だったんだろうね。インドア派っていうか……」


この要塞の中には体育館とかトレーニングルームまであるんだよね。

絶対に外に出たくないという強固な意志を感じる。

屋内だけで完結しているというか。

健康ではいたいけど、外には出たくない、みたいな?


寝室も、閉じこもって一日の大部分をこのベッドの上で過ごすことを前提に、居心地よく部屋を整えている感じがある。

おかげで、本を読んでいる間は色々な不安を忘れられた。


「スケルトン探偵シリーズの中で、これが一番とは言わないけど、でも面白かったね。良き良き」


『騙す骨』では、主人公のギデオンが、奥さんのジュリーの親せきが経営している、メキシコの観光牧場に出掛ける。

そしてそこで事件に巻き込まれるのだ。


「ただ、基本的にこのお話の中で事件ってのはもう終わっているというか、何十年も前に起こった殺人がメインなんだよね」


その分、切迫感的なものは少し薄い。


「アガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』みたいに、この中の誰が人殺しなのか? そして次の犠牲者は誰なんだ? ……みたいな恐怖も、醍醐味ではあると思うんだよね、ミステリの」


次に狙われるのは自分じゃないか、みたいなパニック寸前の空気感も、私は大好物だからね。


でも、相変わらずスケルトン探偵の推理は鮮やかだったし、骨に起こる変形とか、法医学的な豆知識なんかは読んでいて楽しかった。

例え日常生活で役に立つような知識でなくとも、新しい知識を得ることは、それだけで楽しいものだ。


それに、ギデオンとジュリーの夫婦漫才のようなやり取りは、読んでて思わずニヤニヤしてしまいそうになる。

仲良きことは美しきかな。


「臆病な警察署長さんとか、いつも不機嫌な敏腕シェフとか、個性的なキャラもいっぱいいたしね」


だがそんな、面白い小説を読んだ後の心地よい満足感は、ゾンビの汚らしい唸り声で台無しになる。


――ヴウウウウウウゥゥヴァアアアアァァァ


「……はぁ」


耳障りで腹が立つ。せっかく物語に浸っていたのに、現実に戻さないで欲しいよね。

今後もずっとこんな風なら、武器庫にあった銃を持ち出して、あいつらを撃ち殺してやろうかな?


そんなことを考えつつ、私は立ち上がる。

そろそろ晩飯の時刻だ。昼は適当に済ませた分、少しは料理らしいものを作らなくっちゃね。


今日の献立を色々と思い浮かべながら、私は食糧庫へと向かった。


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