Be the one
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九年前。天候制御装置の不具合により、カマクラは雷雨に見舞われていた。回復の目途が立たないことから、アリカ達の通う小学校は午前中で授業を切り上げ、生徒を帰宅させることにした。全生徒が一所に集められ、迎えのあるものから家に帰っていく。
生徒でいっぱいだった教室も空席が増え、雷にはしゃいでいた生徒達も今はぼんやりと備え付けのテレビを見ている。アリカも宿題を終えてしまって、テレビに映るカートゥーンのアニメを眺めていた。
隣に座っていたエリィが俄かに立ち上がり、静かに教室から出て行く。アリカにはその横顔が少し青白かったように感じられた。
博士の宝石箱に薬品が混ざって偶然生まれた、スーパーパワーを持つ人造鼠が世界征服を目論み悪事を働く猫のキャラクターを面白おかしく退治する―――液晶にはそんな物語が映し出されている。一話あたりは短いが、エリィが出て行ってから三話ほど流れ終わってしまって、アリカは席を立った。
廊下に出るとより雨音が大きく聞こえる。時折空が光っていた。トイレを覗いても人の気配は無い。
あの子はきっと空のよく見える場所にいる。アリカはそう確信して薄暗い廊下を歩くと、小さな背中が見えた。
「やっぱり、空見てる」
「アリカ姐」
頬杖をついて座っていたエリィが振り返った。彼女は靴箱の並ぶ玄関口に腰かけている。
「エリィ、雷怖くないの」
アリカも隣に腰かけると、エリィは遠くの雷雲を見た。
「あのアニメのほうがこわいよ」
いつものように表情を変えないままだが、アリカには意外な返答だった。
「ほんとに?怖いシーンなんてあった?」
「だって、すぐに輪郭が変わっちゃうでしょ。全部誇張されてて、派手で……」
「目玉が飛び出すのとか、潰れてペラペラになるのがいやなの?」
エリィが頷く。あのアニメから微塵も恐怖を感じたことのないアリカは首を捻った。
「面白いと思うけどなぁ」
「特撮のDVDだったら良かったのに」
むくれたようにエリィが声を出す。
「あれは続き物だから無理だよ」
エリィの声色がほぐれてきてアリカは微笑む。そのまま黙って雨音を聴いていると、エリィはアリカにもたれかかってきた。二対に結った、花のような香りのする髪をアリカは撫でる。
「エリィにもこわいものがあったんだ」
「この星に、こわいものなんて無いよ。あのアニメはやだけど」
「ほんとに?」
豪語するエリィにアリカは意地悪く笑ってみせる。エリィも笑い返して、もたれていた頭をアリカの胸に当てた。
「アリカ姐には中身があるもの」
胸に耳を押し当てられている。心臓が早鐘を打っているのを聞かれ、アリカは顔が熱くなるのを感じた。
「な、中身って、どういうこと」
「本物のヒーローには中身があるんだよ」
当惑するアリカから頭を離してエリィがいたずらっぽく笑う。手玉に取られているのが悔しくて、膝を身体に寄せて口を尖らせた。
「答えになってない」
「アリカ姐みたいなヒーローがいるから、こわくないってこと」
大きな雨粒が扉を流れていく。エリィの目に遠い雷光が閃いた。アリカは目を丸くする。
「アタシってそんなにヒーローなのか?」
「ずっと私と踊ってくれてるもの」
「……そんなことで?」
大会に出て二人で踊るたびに、二人は互いが男子と組むまでの暫定のカップルだと思われていた。
「普通、一番を目指すなら男の子と組むよ」
審査員の心証は男女のカップルのほうが良い。また、前例も少ないため審査員によって評価の軸がぶれることも多い。中学校への進級が近い今は組む相手を変える好機だった。アリカにそんな気は毛頭無いが。
「そう?一番上手いのはエリィだし……まあリーダーやる女の子は少ないけど。ドール先生もテッペン獲れるって言ってただろ」
アリカが明るく言うと、エリィは微笑みながら上履きの底が見えるほど爪先で立ち、右腕を手前に伸ばして見せる。
「茨の道だよ?」
「上等だ」
勢いよく立ち上がりつつも、アリカは優雅にエリィの両手を取った。靴箱を避け互いの身体を支え合いながら回転を繰り返し、時に速く、時に細かく、時に大きく、ワルツのステップが刻まれる。
雨音と雷鳴に混じって、薄暗いダンスフロアに少女達の笑い声が響いていた。
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サードアースにおける南極はファーストアースにおける南極とは異なる。温暖であるサードアースの南極の最低気温は零下三十度程度であり氷床の隙間からは灰色の砂が覗いている。その円形の南極大陸の周辺は巨大な滝と海に囲まれている。天候を制御するシステムを持つサードアースの人間はここに巨大な発電所を建てた。流れ落ちる滝から生まれる位置エネルギーと、水が氷になる際に発生する熱による氷力発電が行われている。中央にはテスラコイルという円柱が鎮座し南半球への無線送電を担っていた。
老人達とパシェ大将、その他将校達は蛍光灯の下で議論を交わす。
「次の戦場は南極発電所で間違いないと?」
「あぁ。根拠は三つ。一つ目。奴等は今までそこを守っていた周辺基地を順に攻撃している。二つ目。奴等は人間の拉致に力を入れていたことから消耗戦を嫌っており、この戦いでこの星を手中にしようとしている。三つ目。南極発電所以外の巨大インフラ設備は既に大なり小なり損傷を受けており、今リソースを割いてまで攻める必要性が無い」
「やはり、宣戦布告の「各地同時攻撃」はブラフですか」
「あちらも残りの戦力は多くないのでしょうな」
「わかりませんよ。まだ強大な兵力を隠している可能性だってあるでしょう」
「もしそうなら我々はとっくに滅んでいる。半分不死の兵器を十全に用意できたらば、奴等もこれほど時間をかけることはなかった。わざわざ宣戦布告をしてきたということは、ここで一点突破を図り、侵略を完遂させる手筈だろう」
「南極発電所が我々の最後の砦か。あちらの新しい人造兵器は電撃を放つと言ったな。得意のフィールドに持ち込むつもりだろう」
「無論、各拠点にも最低限の兵は置くが……その他の戦力はすべて南極へ輸送する。コアギアを持つ兵士は即刻徴集だ」
パシェが立ち上がり、はきはきと言い放つと場の人間も忙しなくそれぞれの仕事に動き出した。
恒星が沈み切り、寒風の吹く丘の上に男が一人立っていた。暗闇の中で南の方角をぐっと睨む。軍服を着た娘の姿を思い出す。
「アリカ」
遥か遠くの戦場に立つ娘の名を呼んだ。小さく白い息が出る。最後に合ったのは、新しい迫撃機巧を作ることを手伝ってほしいと彼女が頼みに来た時だった。両手を合わせ、目を固く瞑る。
「お前だけでも、どうか……」
「……来る」
ナターシャの声を聴いて、アリカは夜空を見上げた。空挺型侵略者により起動する半重力装置、港が開かれる。
極地の空を覆っていた雲が、晴れた。
星に混ざって鯨のような形の戦艦が悠然とサードアースへ降下していく。
発電所の上空を監視するモニターが点滅した。
「空挺型侵略者十五隻、中間圏にて停止!多数の侵略者が降下!」
空挺型はやはり地対空ミサイルの射程外にて滞空している。数え切れないほどの侵略者達が空を覆い尽くそうとしていた。パシェが叫ぶ。
「対空砲火、用意!撃て!」
急造の砲台の蓋が開き、大量のミサイルが轟音と煙と共に空へ放たれる。一部は光線によって貫かれ、一部は侵略者の大軍に衝突して上空で炸裂した。夜空が爆炎で満たされる。円形の発電所の屋根に黒い血肉が落ちた。
爆発を潜り抜けた侵略者達が高度を落とす。真っ黒な防具と翼に包まれた男は発電所の屋上で肩を回し、息を吐いた。その背中から低い声が流れる。
「来ます」
「あぁ。行くぜ」
空からは拉致型の光線だけでなく爆弾も降って来る。新型の侵略者、千手型は巨大な人間の掌そのものであり、手の中の爆弾を地表へ落としては母艦へ帰還することを繰り返しているようだった。遠距離の武器を持つハリア達であればこちらに損害を与える前に千手型諸共爆発させることができる。
猛スピードで侵略者の雨の中を黒い鳥が翔る。イエローはブーメランのように人工翼刃を飛ばし、複数の千手型を一挙に遠距離で爆発させた。豪風の中ハリアは翼を制御し拉致型を右腕の赤外線銃で撃墜していく。
地上にも火薬と血の匂いが漂い始めている。両脚に鈍色のブーツを吐いた女が空を見て目を細めた。
「やってんね。そろそろ地上にも来るかな。オラン、聞こえてる?」
「ええ こちらの声も問題無いですか」
数テンポ遅れて無機質な機械音声が流れる。技術的な問題からラグの発生と起伏の消失が起こっていたが、オランの声には違いなかった。今までも声無しで上手くやれていたこともあり戦闘において二人とも声による連携はあてにしていないが、互いにだけでも声が聞こえるという事実が彼女等をより奮起させていた。フサマキはその場で軽く跳ねる。砂の混じった氷床を強く踏みしめた。
「ばっちし。行くよ」
「ハリア、離れてください!上から何か来ます!」
イエローの声を聴いてハリアは撃ち殺した拉致型を投げ捨て大きく羽ばたく。その瞬間、彼等の目の前を侵略者の壁と共に深碧の宇宙船が落ちていった。
「爆弾……いや、特定人型か!」
特定人型―――聖遣のことである。船を追跡しようとするハリアの翼をイエローが止めた。
「おい!」
「今は危険です。出方を伺いましょう」
襲い掛かってきた侵略者を切り裂きながらハリアは凄まじい勢いで降下していく船を睨む。と、その船から白い触手が弾丸のような勢いで四方八方に伸びた。咄嗟に防御の姿勢をとるが、触手は周辺の侵略者を捕らえている。それらの侵略者達は動かなくなり、されるがままに触手の中心へと吸い込まれていった。
宇宙船が割れに割れて剥がれ落ち、その中身を露わにする。
空中に佇む冥色と藍白の混ざった儀礼的なドレスを纏った痩躯の少女。その背中と下半身に、何十もの太く白い触手が蠢いていた。
「出し惜しみするな。暴れろ」
グソクが聖遣だけに聞こえる音声を小声で届ける。表向きにはグソクは聖遣に仕える身である。
「わかってるよ」
聖遣の声はグソクに届かないが、彼女はそう呟いて笑った。浮遊を解除して重力に身を任せ、一回転ののち地上に大量の触手を叩きつける。着地点にあった建造物の残骸が猛烈な風に乗って散らばった。
サードアース指令室の人間達は悍ましい怪物の姿に戦慄する。
「特定人型、D-12地点に着地!赤外線砲の準備は五分ほどかかります!」
この日のために用意した赤外線のビーム砲は発電所に偽装した建物の内部に隠されている。パシェは仁王立ちでモニターに映る特定人型を睨みながらオペレーターを制した。
「待て。赤外線砲は奥の手だ。仕留め損なった時のリスクが大きすぎる」
有脳体の奥の手とは自爆である。有脳体の意思によるものではなく、セカンドアース軍の高位の人間が命じることで起爆する。今全ての有脳体が爆発すればここにいるサードアース軍は敗ける。セカンドアース軍がそれをしないのは、有脳体という戦力の全てを失うことを恐れているからだろう。南極の争いを制しても敵地で丸裸になってはいずれ制圧される。聖遣が有脳体に自爆を命じることができるかは不明だが、不用意に攻撃して錯乱すれば何が起こるか分からない。セカンドアースの戦力の全体像が見える前に切るカードではないとパシェは判断した。正面を睨んだまま指示を飛ばす。
「マダラ!」
「はっ。C-9地点シャッター開きます!」
聖遣の着地地点から五キロほど離れた地点で、巨大なシャッターが開く。銀の巨大な人型ロボットの肉食獣のような鋭い瞳が爆炎を反射して紅く輝いた。装甲の厚い手と胸部、足先は大きくそれが他の部位のシャープさを際立てている。
ゴーグルを着け、アリカは侵略者とサードアース軍による光を睨む。
「迫撃機巧第五號機ポポラス、アリカ・バンジョウ」
ナターシャもその熱と波長を感じている。
「ナターシャ・カンナギ」
賽は投げられた。
「出る!」
付近の建造物を手当たり次第に破壊する聖遣は懐かしい気配を感じて少し遠くに視線をやった。迫撃機巧は資料で見たことがあったが、見た記憶の無い銀の機体が土煙の向こうに屹立している。
「エリィ!聞こえるか!」
アリカの叫びがスピーカーを通して戦場に響く。聖遣は触手を止めロボットの方を向いた。
「エリィって、誰のこと?私は聖遣」
茶化すような声にアリカは前のめりになった。
「今更とぼけるな!アタシの知ってるエリィはアンタだけだ」
口腔型が突っ込んできて、第五號機が肘で弾き飛ばす。聖遣はアリカの声を聴いて子供のように無邪気に訊いた。
「こっちの声が聞こえるんだ。ねえ、そのロボットの中で喋ってるの?」
有脳体の追撃を躱しながらナターシャが毅然とした声を出す。
「そうよ。あなたの声は私が拾ってる」
何一つ確たる証拠は無かったが、その声をエリィは知っていると感じた。彼女の操る有脳体達の動きが停滞する。
「エレナ……なの」
目を見開いた彼女を見て、ナターシャはあの頃のように温和に話しかける。
「えぇ。貴方の事だって覚えてる。今はナターシャって名乗ってるわ」
エリィの瞳が揺れ、彼女は顔に手をあてて俯いた。
「そっか……そっかぁ」
自分を落ち着けるかのように小さく呟く彼女をアリカは歯を食いしばりながら見つめていたが、光線接近の高いアラート音によって戦場に意識が戻る。聖遣の触手の下に、融合していない拉致型が複数体隠れていた。咄嗟に跳ぶが脚部に光線がかすり衝撃が響く。体勢を何とか整えて発電所の屋根に着地したが、待ち構えていたように多くの有脳体が寄って来た。聖遣の元に潜む拉致型が光線をチャージする時間を稼ぐつもりだろう。
会話を経てから明らかに攻撃のボルテージが上がっている。聖遣は満面の笑みを見せた。
「また会えて、嬉しい!」
遠くの迫撃機巧に対して有脳体を送り出す聖遣の白い触手に爆弾が放たれ、爆ぜる。聖遣の前に翼の生えたコアギアを背負った男が滞空していた。
「ようバケモン!俺とは踊ってくれねえのか?」
フレンドリーに話しかけると聖遣も楽しそうに一回転してその身体に触手をぶつけてみせる。
「身長が十メートルくらい足りないかな。大きくなって出直してね」
男は棘のように鋭い翼を一杯に広げたままそれをしのぎ、依然として滞空していた。引き裂かれた触手の血が黒い翼をより黒く染めている。
「俺には翼が生えてんだぜ」
両者がほくそ笑み、殴り合うかのように触手と右腕の赤外線銃がぶつかり合った。
第五號機は大量の有脳体に聖遣への道を阻まれていた。苦闘していると、コアギアを装備したサードアースの軍人達がそれらを吹き飛ばす。両手に鉤爪のようなコアギアを着けた男が迫撃機巧へ無線を飛ばした。
「あんたら、特定人型担当なんだろ!ここで消耗するな!」
前方が開けた。アリカは意味が無いと知りながら、わざわざ彼の方を見て礼を言う。
「助かる!跳ぶぞ、ナターシャ!」
「えぇ!」
アリカに導かれ銀の機体は跳躍した。
侵略者達は南極発電所中央に聳え立つ塔、テスラコイルには傷一つつけようとしない。拉致型を数体集め一度に光線を放てば届くはずである。テスラコイルは二重に巻いたコイルによって無線送電を行う仕組みであったが、その電力をセカンドアース軍に利用されないようにその電力供給範囲は五メートルにまで制限していた。それでも尚攻撃を避けるということは、やはり敵もこれを利用する手筈だろう。パシェが指令を飛ばす。
「コイル前方を固めろ!近づけさせるな!」
ハリアや他のコアギア装備者を交えた銃弾、光線、触手、誘導弾の応酬が激化し、砂煙が一瞬の間全てを覆い尽くした。
聖遣が星に届きそうなほど高く浮かび上がる。極地の中心に聳え立つ塔に向かって有脳体を引き連れ落下するように飛んだ。猛攻を受けたはずの聖遣の触手の殆どは既に再生している。地上の兵士達の慄然を感じ取りハリアは大声を無線に乗せた。
「無限じゃねえ!削り続けるぞ」
聖遣を猛追するハリア達に地上の軍人も声を返す。
「こっちからミサイルを撃つ!当たるなよ!」
「当てさせませんよ!」
イエローも声を張り上げた。
後方、前方の両方から放たれるミサイルを避けもせず聖遣は真っ直ぐに塔へ落ちていく。有脳体が肉壁となって彼女を爆炎から守っていた。塔の先端から直線距離で一キロほどまで接近した時、聖遣はそれらの壁を失ったが十分な高度を保っていた。その地点で彼女は接近を止め触手の伸長に切り替える。
三十本ほどの触手が一気に塔へ向かう。迫撃機巧も参加し、ミサイルと銃弾、赤外線銃ががそれらを一斉に攻撃した。爆炎を抜けて、黒い血の透けた触手が一本、テスラコイルへ向かう。
黒い触手を初めて目にしたハリア達は刹那思考する。自らの触手を爆発させたレナを想起した。銃火器であの触手を攻撃すれば誘爆しコイルもそれに巻き込まれるかもしれない。それを恐れた彼等はその触手の先端に向かって、黒い羽を飛ばした。
しかし、その羽は触手に突き刺さると共に勢いを失い、その液体のような触手の中に閉じ込められる。その後も銃弾が何発も撃ち込まれたが全てその中に吸収された。
液状の触手が塔を覆っていくと共に、聖遣の身体が白く光る。
パシェが叫んだ。
「全員屋内に避難しろ!雷が落ちる!」
光は聖遣の手の中に集積していく。電荷が自分の身体を満たしていく感覚と同時に聖遣は違和感を抱いた。すぐさま縦に百八十度回転し、氷床に向かって両腕を伸ばし、呪文を唱える。
「絶縁破壊」
少女の手と南極の大地の間に稲光が迸った。
「どうやら、間に合ったようですね」
アリカが目を開けると、無傷の迫撃機巧の前に見慣れない丸みを帯びた小さい宇宙船が停まっている。その中身に気づいてナターシャが喜びの声を上げる。
「ジン!」
新しい迫撃機巧を振り返ってジンは万感の笑みを浮かべる。
「遅くなりました。ファーストアースは遠くてね」
「てことは、来てくれたんだな!」
中間圏に浮遊する空挺型の眼前に、規模は小さいながらも武装した艦隊が並ぶ。地上にもサードアース軍の兵士達を守る小さな戦闘機と宇宙船が現れていた。
「貴方方宇宙人には分からないでしょうが、私達地球人は太古から雷と戦ってきたのですよ」
公開回線にてファーストアース大将、クマシ・ジュマ・ジュアがしたり顔で声を発した。ファーストアースの人々にとって、この南極発電所に念の為設置されている避雷針などは落雷対策としては化石と言ってよかった。もっと抜本的な方法が編み出されている。
そもそも雷とは、雲と大地のそれぞれに蓄積した両極の電荷が結びつくことで発生する。ファーストアースで開発された散雷針は本来地面が溜め込むプラスの電荷だけでなく、空気中のマイナスの電荷も集めそれらを結びつけている。空気中のマイナスの電荷を結び付け地面に流すことで、高電圧の落雷は発生しなくなるのだ。地表に降りたファーストアース軍の機体には散雷針が取り付けられており、状況を把握するや否や地面に接地し、雷を弱めた。
グソクは艦隊を鋭く睨みながら低い声で相手を威圧する。
「ファーストアース軍よ、この行為は我々への反逆と捉えてよろしいな」
「元々私達は中立の立場ですが……貴方方の侵略行為はいささか過激です。サードアースが完全に侵略されれば明日は我が身ですし」
ファーストアースはセカンドアースとサードアースの両方と交易を行っていた。ジュアはグソクのプレッシャーを茶化すようにゆっくりと喋る。グソクは歯を食いしばりながら口角を上げ、回線を切断した。
「浅慮な奴らだ!我々に従っていれば安寧を得られるものを!全艦、ファーストアース艦隊への攻撃を開始しろ!」
空挺の乗組員達がグソクの声に応える。光線の応酬が始まった。地上と中間圏の戦況を見比べ、待機していた懐刀に声をかける。
「ハナガサ」
「こちらの準備は整っております」
凛々しい部下の顔に頷き、この空挺の司令塔の方へ歩む。
「往くのでありますか、陛下」
不安を瞳の奥に隠し強張った顔で話す巨躯の司令塔、アシロ中将の肩にグソクは手を置いて微笑む。
「あぁ。艦隊の指示は頼んだぞ」
「はっ!」
王とその側近は空挺の内部に積んであった、飛行兵器にしては肉に覆われている悍ましい何かの中に乗り込んだ。内部は鉄で覆われモニターや縦に並んだ二つの座席などがありここだけは純粋な戦闘機のようである。前方の席の操縦桿を握り、グソクはその兵器の名を呼ぶ。
「万軍、出る!」
サードアースの軍勢にファーストアース軍が加わった。サードアースに不足していた空中の機動力を補うように青い戦闘機が有脳体を撃つ。単純な兵力の数で連合軍はセカンドアース軍に劣っているが、素早い戦闘機との戦いに慣れていない有能体達は押され始めていた。援軍により地上のサードアース軍の士気も上がっている。雷撃という聖遣の切り札を封じたのも大きい。
迫撃機巧が塔に結び付いた黒い触手を両手で圧迫すると、水風船のように弾けて塔を黒く染めた。素早く跳び聖遣の触手の先端を掴みにかかるが、上空からの光線によって迫撃機巧と聖遣は引き裂かれる。聖遣がぽつりと呟いた。
「もう来ちゃった……」
聖遣は遥か上空を見上げ、地上の兵士達は自らの足元を見ていた。氷床に墜ち、死んだ侵略者の白い肉片と黒い血が一点に向かって磁石のように動き出す。聖遣の下へ到達すると急速に浮かび上がった。聖遣は不服そうにその場から後退していく。連合軍による追撃は有能体によって阻まれた。
「ナターシャ……あれ、何だ?」
アリカは宇宙から降りてくる悍ましい気配に目を見開く。断片的な有能体の血肉が浮かびあがり、それを覆う巨大な球形となって廻った。ナターシャは乱雑とした上空に千里眼を凝らし、驚いて声を上げる。
「グソク……グソクが乗ってるわ!」
「大将が降りて来たのか⁉」
司令部もナターシャの声を聴き戦慄が走る。
「第五號機、詳細を!」
「上空、有能体の皮と一体となった戦闘機の中に、人間が二人。一人は女性、一人はグソク・ナリスで間違い無い。相当やばい兵器が来る!戦闘向きじゃない宇宙船や人間はすぐにここから離れて!」
アリカにも少し遅れて悍ましい気配の様相が脳内に流れ込んでいた。その戦闘機は球体の内部で死んだ有能体の血肉を吸収しみるみるうちに肥大化していく。確実に有能体の能力を有していることを直感した。
ナターシャや他のコアによる監視システムによって指令室のモニターに敵の情報が映し出される。
「敵空挺も徐々に降下!グソク機の光線は恐らく拉致型十体ほどの射程と見られます!各戦闘員にデータを送りますがチャージの方が先かもしれません!」
パシェは即時叫んだ。
「赤外線砲の使用を許可する!我が方が先に撃て!」
表面を氷床に見せかけて地下に埋め込まれていたコンテナが急速に地上へ表出し、開く。黒く光る砲身が真冬の冷たい空気に晒され、上空を向いた。
「C-6第一赤外線砲、撃て!」
深紅の光線が極地に迸る。
悍ましい気配―――万軍を球形に包んでいた有能体の肉片が爆散した。その破片も浮かび上がり万軍の中へと吸収される。全ての血肉が一つとなり、万軍はその姿を露にした。それは正に深海魚のような長いフォルムで、頭には半透明の肉に覆われた一つの目、大きく裂けた口には細く長い牙を持っていた。しかし胴には人の手の形をした歪な翼も生えている。支離滅裂な相貌だが、拉致型、口腔型、千手型、全ての特徴を併せ持っていた。
「そこか」
グソクは赤外線の発射源を確認し、コクピットの液晶画面をなぞる。万軍が尾を揺らめかせ旋回し、赤外線砲に一つ目を向けた。白い光が集束し凝視する人間達の目を焼く。
最も高く激しい爆炎が上がった。
赤外線砲のあった地点一帯の氷床は蒸発し砂と混ざった湖が出来上がっていた。砲身や周辺の機器、人員、建物は消え去っている。
「この野郎ッ!」
銀の巨人が跳び、アリカの叫びと共に万軍の腹に向かって拳を突き上げた。万軍はそれを長い尾で叩き落とす。
砂煙の中、迫撃機巧は再び立ち上がった。その足元には切断された万軍の尾が落ちている。三メートルほどの白い肉はもう浮かび上がらなかった。
「大したマシーンだな」
公開回線にてグソクの冷めた声が流れる。万軍は尾の断面を無理矢理新たな有能体で塞ぎ、断面からずれた場所に新しく尾を生やした。一つ目が上空を向いたのを見てからアリカはグソクに対して吐き捨てる。
「なんで降りて来た。アンタ、王様なんだろ」
グソクに合図され、彼の後方の座席でハナガサは空挺に降下するよう指示を送った。地表からのミサイルは数が減っており、聖遣と万軍で守ることができる。先に降りてしまえばファーストアース軍は地表に向かって攻撃できない点も大きかった。
「この星は我々の住み処だ。降りて何故悪い」
遥か上空で爆発したファーストアース軍艦の欠片が線香花火のように地面に降り注ぐ。
「なら平和に降りて来いって言ってんだよ!」
ファーストアース軍の戦闘機とハリアが発電所の中心部から離れていく聖遣を追う。有脳体を置き去りにするほどの俊敏な攻防だった。戦闘機の赤外光線が触手の根本に当たり、聖遣は急激に高度を落とす。好機と見て誘導弾を放とうとするハリアをイエローが制止した。見下ろすと、聖遣のすぐ下には環状の建造物がある。発電所の屋根だった。
連合軍が攻撃を躊躇う様子を確認し聖遣は攻勢に出る。鞭のようにしならせた触手が戦闘機を襲った。
暗闇に溶け込む黒い羽が瞬時にその肉を切り裂く。同時に他の触手も右腕の光線銃で撃ちにかかるハリアに対して、聖遣は周囲に待機していた有脳体を飲み込むためにまた別の触手を伸ばした。
その有脳体も触手に飲み込まれる寸前でイエローの投擲によって切り裂かれる。
「その赤い光で撃たないと、あっちに持ってかれちゃうよ?」
触手による猛攻を凌ぐハリア達に返答の余地が無いことを分かっていながら、聖遣は無邪気な様子で彼等に話しかけた。その言葉通り切り裂かれた有脳体はずるずると万軍の方向へ引っ張られている。
「コストが高いのかな。何にせよ、私よりあっちに行った方がいいんじゃない」
差し向けられた触手を蹴り上げ、ハリアは上空に向かって撃つ。黒い血の雨が降った。
「テメエを殺ったらすぐに行くさ」
肩で息をしながらも低い声で静かに答え、右腕の銃口を向ける。聖遣はいたずらっぽく、先ほど撃たれ断面から血の流れ出る触手を抱いて身体を隠した。
「やだ、こわい」
「テメエの鏡にゃもっと怖えもんが映るぜ」
まだ赤外線銃のチャージには時間がかかる。自嘲なのか、嘲笑なのか、聖遣は短く嗤った。
「ひどいなぁ……」
聖遣の言葉と共に、ミチミチという一度聞いたことのある音がハリアとイエローに届く。肉を捩じ切る音だった。
持っていた触手を捩じ切り、聖遣は戦闘機に向かってそれを放る。
「逃げろっ!」
ハリアは戦闘機に向かって叫び、イエローと共に空に浮いた触手を羽で切り裂きにかかる。が、その背中に万全な触手が凄まじい勢いで打ち付けられた。
捩じ切られた触手はそのまま地面に落ちた。爆発は起こらなかったが轟音と共に聖遣は発電所の屋根を破壊しその内部に着地する。
触手の爆破はブラフだった。
赤外線銃によって撃たれた有脳体、及び触手は全ての活動を停止する。万軍に吸収されることも無い。よって自爆の命を下すこともできない。
ファーストアース軍も人型に関する情報を共有していたため、このブラフは大いに効いた。
「イエロー!割れてねえよな!」
氷床に叩き落とされたハリアはすぐに起き上がる。
「平気です!聖遣の狙いは発電所の破壊かもしれません!」
イエローには先ほどの攻撃で彼の方がダメージを負っていることが分かったが、その力強い声を聴いたので彼については何も言わなかった。そして思案する。雷撃が封じられたという理由で発電所の破壊を決めたなら、何故聖遣は一度中心部であり心臓部である塔から退いたのか。破壊に必要な力が不足していたわけでもない。グソク機も最初に攻撃したのは赤外線砲である。今までの人型とはまるで異なる知謀を持つ特定人型。偽物ではない、本物の―――
聖遣の目論見に思い至りイエローは発電所の壁に向かってありったけの弾と羽をぶち込む。爆炎の向こうに影が見えた。
「残念、配電盤はこっち」
穿たれた壁の向こうで、黒い触手に覆われた聖遣は彼を振り返って微笑んだ。その手は壁面をこじ開けられて露わになった膨大なコードの束に触れている。ハリアが走るが到底間に合わない。聖遣の両手が眩く光る。
環状の発電所に迸る大電流が極地全体のシステムを破壊する。刹那、サードアース軍の全ての光が失われた。万軍と有脳体の瞳が暗闇に光る。
塔をただ破壊するよりこちらのほうがよっぽど損害が大きい。散雷針は空気中の電荷を消化する物でありこういった放電を防ぐことはできない。また、発電所に設置されている大規模停電を防ぐための遮断機は設備の一部が破損した際に作動する。聖遣はただ配電盤を開いただけだった。
指令室は内部電源に切り替わりシステムの再起動が行われる。外界を映すモニターの通信も失われパシェの隻眼に焦燥が滲む。
「破損状況を報告しろ!無線の復旧はどれほどかかる!」
「無線機は無事です!復旧には百二十秒ほど!」
「もっと急げないのか!」
「精密機械なんです!壊れていないのが奇跡なんですよ!」
画面に向かったままのオペレーターの必死の言葉にパシェは冷静さを取り戻す。片手で自らの頬を打ち、息を吸い直した。
「すまない。復旧を頼む。それと第二赤外線砲の照準をグソク機に合わせて待機させろ」
第二赤外線砲も内部電源を有して地下に隠されている。しかし敵を観測する装置は停電の影響を受けていた。
「今ですか⁉正確な座標は分かりませんよ」
「後出しになればこちらが敗ける。我々には目と核がある。深海魚には迫撃機巧が当たっている」
同じ指令室で復旧作業に当たるマダラにもそのきっぱりとした声が響く。迫撃機巧にも内部電源があるがこちらとの通信は途切れていた。
「ここにいる我々は信じるしかない。皆の力を。」
漆黒の百二十秒。最も疾く動いたのは、万軍でも迫撃機巧でも聖遣でもなかった。
フサマキとオランの鋼の脚―――無音の超速機動が聖遣の背後に迫っていた。




