Be the one ②
グソク自らが戦場に降りて来たのは複数の理由がある。一つは、万軍等の有脳体に高度な命令を与えられる人材が彼とハナガサの他にいないこと。二つは、戦場の状況を正確に把握し、単体では思考能力の低い有脳体を的確に動かす指令を出す必要があること。三つは、聖遣に何かあった際に対応できる人間はグソクのみであること。四つは、先頭を歩むことで部下、ひいては民にその志を強く示したい、そう彼が願ったこと。
ハナガサは自らとその部下が降りるべきだと当初は反対したが、三つ目、四つ目の理由には何ら反論の余地が無かった。
極地は暗闇に包まれる。万軍のコクピットは拉致型有脳体の視界とリンクしてその様子を映し出していた。ハナガサが興奮気味に報告する。
「放電に成功したようです。外部電源を数分は封じたかと」
視界が不安定な今脅威と為り得るのは目を必要としないコアによる兵器、また独立した電源を持った兵器である。グソクは険しい顔のまま眼下の迫撃機巧を見据えた。
「ハナガサは有脳体で魂の使い手を殺してくれ。私はあのマシーンを」
「承知致しました」
迫撃機巧間の通信は奇跡的に保たれている。マダラ達による執念とすら言えるほどの雷対策がここに効いていた。暗い場所でアリカは瞼を閉じ、瞼の裏に流れ込んでくるナターシャの空間認識を読む。
「いつかもあったよな。メインカメラがやられた時」
「大昔みたいね。小さな拉致型に目晦ましされて、人型と戦って……」
「最後には、エチル達が助けてくれた」
互いの身体に力が入る。凍てつく風がポポラスを包み込む。
「ナターシャ。アタシの身体、もう一度……アンタに預ける」
迫撃機巧の瞳が赤く光る。アリカの身体に長く残るような副作用を残さない、限界の機動時間は八十秒。
「あなたの鍛錬、記憶、道程……私が借りる!」
左手を後方に掲げ、右手を前方に差し出す。爪先で立つ。顎を引く。背筋を伸ばす。
八十秒間のオーバーリミット―――闘牛士が氷床を舞う。
万軍が頭部を地面へ傾け、比較的威力の低い光線を連続して迫撃機巧に撃った。銀の巨人は高速のツイスツにより回転しながらそれを回避する。同時に右の拳に被せるように装着された赤外線銃で万軍を撃ち返す。しかし距離があることとチャージする時間の不足によってその威力はかなり抑えられていた。
声が聞こえる。有脳体の呻き声。暗闇を駆ける兵士の悲鳴。誰かの断末魔。
「ナターシャ」
万軍の上空からの攻撃は止まない。
「あれをやろう」
「本気なのね?」
「うん」
二人はそれ以上言葉を交わさなかった。光線により砂煙が立つ。迫撃機巧は一際高く跳躍し、同じくらいの身長の電灯がある地点へ着地した。右手でその棒を握り、灯りを点す。
オーバーリミットは残り六十秒。
迫撃機巧は手を腰に当て電灯の前にゆっくりと歩み、時が止まったかのように静止した。風さえも止まったその瞬間、突然右脚を後ろに曲げ、氷床を強く蹴り、打ち鳴らす。次に右踵。その次に左踵。繰り返す。後方に右脚を伸ばし左踵。左脚を伸ばし右踵。繰り返し。繰り返し氷を踏み鳴らす。南極の氷床はダンスフロアのフローリングと何ら変わらなかった。じきにテンポが上がる。ストロークが短くなり鉄が氷を打つ音が何度も何度も戦場に響き渡る。
「何をやっている……囮のつもりなのか」
当惑するもグソクは光を集積させながら迫撃機巧に向かって飛ぶ。
残り三十秒。短く三回跳ね両手両足を広げて迫撃機巧が着地する。万軍が頭を向け電灯の方向へ凄まじい光線を放った。しかしグソクの推察よりオーバーリミットモードの迫撃機巧は疾い。紙一重で光線の直撃を避け、その根本へと左腕を伸ばした。強い反動と共に鎖で出来た銛を打ち出す。
三叉の銛先が万軍の腹に突き刺さった。ハナガサが驚きの声を上げる。
「鉄が腹部に突き刺さりました!引っ張られます!」
「なぜこれほどのパワーがあるのだ!うぐっ」
前方に急激に引っ張られてグソクの身体にベルトが食い込む。
銀のロボットは衝撃を与え続けた氷床の一点に右足を深く突き刺す。引き千切れそうな左腕で鎖を引っ張り込んだ。ナターシャが叫ぶ。
「深海魚狩りよ!墜ちなさい!」
万軍は地上へと引きずり込まれる。強烈な重力を感じながらもグソクは有脳体に指示を送った。限界の速さで呼び込んだ口腔型が万軍と迫撃機巧を裂くように鎖を食い千切る。
迫撃機巧は鎖が千切れた反動で後ろに倒れた。万軍はかなり高度が落ちている。グソクはモニターに映る秒数を見、電気の復旧にはまだ猶予があることを確かめた。そしてハナガサに言い放つ。
「接近戦をする!衝撃に備えろ!」
迫撃機巧の瞳が緑に戻る。オーバーリミットが解除された。電気はまだ復旧しない。アリカの身体に強烈な疲労感が降りかかる。
「来るっ!」
ナターシャの声にはっとしてアリカは跳躍しようと地面に埋めた右脚を引き抜く。しかし跳べぬままの迫撃機巧に万軍の牙が襲い掛かった。裂けた口元に脚を置き、両手で上顎を持って何とか噛み砕かれぬよう耐える。
グソクが万軍へ駄目押しに命じる。
「潰せ!」
全身の汗が噴き出す。アリカの鍛え上げられた腕が徐々に上顎に押されていく。
「っぐ……」
「アリカ!もう、無理は」
耐えかねてナターシャが言葉を発した時、全員の埒外から光線が飛んできた。赤く、鋭い光線だった。万軍の頭部、眼球を守る半透明の部分を貫く。どろりと球の一部が欠けて無色の中身が流れた。
グソクは舌打ちして光線の飛んできた方向を睨む。
「コアを持ったスナイパーか。ハナガサ」
すぐさまスナイパーのいると思われる地点へ有脳体が集結し暴れ始めた。暗闇の中、発電所の屋根に寝そべる形で狙撃をしていたコアギア使いは姿勢を立て直す。
「うわ、侵略者一杯来た!逃げて!」
持ち手に赤い宝石のはまったスナイパーライフルから女性の声を聴き、スナイパーの男は銃を背に急いで地面に降りる。
「ひょえー」
気の抜けたわざとらしい悲鳴を上げながら男は発電所の内部に入り走る。ブーツの音が鳴るたびに、彼の腹に雑に巻いた包帯から血が垂れた。背後の壁が拉致型の光線に貫かれる。明かりの無い環状の廊下を走りながら男は呟いた。
「なあ、俺たち勝つと思う?」
コアはあっさりと答える。
「さあ、敗けるんじゃない」
「俺さ、ここ、来るの……すっげえ嫌だったんだけど」
男は地面に落ちていた何かに躓く。
「うん」
いつの間にやら靴まで紅く染まっている。
「なんにも出来ずに、死ぬ……のはさ、もっと嫌だったんだ」
前からも後ろからも轟音が響く。
「うん」
脚がもつれて転んだ。息が上がって、腹は熱くて、脚は痛くて、手は震えて、もう起き上がれそうにない。
「俺……「何か」出来たかな?」
倒れた男の手の下に赤い宝石が光る。穏やかな陽だまりのような声だった。
「充分すぎるよ。ヒーローってくらい」
「そりゃ、よかった」
発電所に電気が戻る。薄れゆく男の意識のなかに、ぼんやりとした光を残した。
狙撃により万軍に隙が生まれた。迫撃機巧は万軍の上顎から手を離し、装備していたナイフを下顎ごと地面に突き刺す。
「こいつ!」
グソクは憤り、下顎を引き千切ることで離脱を目論むが迫撃機巧の重量も相まって万軍は動かない。
停電から百二十秒が経った。
中心部から順に灯っていく電灯に戦場が照らされていく。その光景の中には、万軍を照準に捉えた第二赤外線砲の姿があった。
「馬鹿な!暗闇の中で照準を合わせていたのか⁉」
そう言ってすぐにグソクは思い至る。このマシーンは光のある場所で氷を蹴り、音を立てた。何度も何度も。そうすれば嫌でも居場所は分かる。誘導されたのだ。
アリカとナターシャは叫ぶ。第二赤外線砲のチャージ完了まであと零秒以下。
「撃てええええええ!」
時は少し遡る。
漆黒の中、無音の鋼が聖遣の背中に迫る。が、先に動いたのは聖遣の触手だった。重力を無視して聖遣の長髪が浮かび上がり、その首が露わになる。彼女の首の裏には目がついていた。人の目ではなく有脳体の目である。振り返り、聖遣は三つの目で笑った。
「残念、こっちにも目がついてるの」
「キモッ……」
両腕と胴を白い触手で拘束されたフサマキは苦笑を漏らす。聖遣は浮かび上がり彼女を見下ろした。
「ねえ、大きいロボットの居場所って分かる?この目も遠くまでは見えなくて」
「君が光を消したんだろ、分かるわけないね」
「そっかぁ……エレナがグソクに怒ってなければいいんだけど」
そう言いながら、聖遣は下方に来たコアギア使い達に触手で応戦する。暗闇の中で彼等も活気づいているようで、戦闘機に代わって主戦力として前に出てきていた。
同時攻撃に聖遣の注意が散漫になっているのを確認しハリアも正面から聖遣へと突っ込む。咄嗟に聖遣は他の兵士を担当していない触手を盾にした。すんでのところでハリアの動きが止まり、近くに隠れていた千手型に殴られ、吹き飛ぶ。氷床に落ち、左腕を強かに打ったハリアは痛みに呻いているようだった。それでもよろめきながら立ち上がる。
聖遣には分からなかった。首を傾げる。
「ねえ……なんで攻撃しなかったの?」
「は?俺に訊いてんのか?テメエが味方に盾にしたんだろ」
ふと盾にした触手を見る。フサマキを拘束している触手だった。イエローがその根本に羽を飛ばすが、千手型に防がれる。聖遣は見開かれた目でハリアを見た。
「ほんとに、大事なんだ……ただの一兵士とコアが」
呆然として呟いた聖遣が腰を折り曲げ肩を震わせる。その全身に力が漲り、一回転してコアギア使い達を弾き飛ばす。
「ふっ、うふふふ、あはははははっ」
そして、涙が滲むほどに笑った。同時にフサマキの胴も締め上げられる。ミシミシと内蔵と骨が圧迫される音がした。口から血と呻き声が漏れる。
「がっ、あ」
「フサマキ!」
「フサマキさん!」
ハリアとイエローが同時に叫ぶと聖遣はフサマキの顔を彼等に向けた状態で自身の上半身まで持ち上げる。狂喜の声を張り上げた。
「みんなすっごく優しいんだね!ねえ、この人殺しちゃうけど、まだ攻撃する?」
兵士達の身動きが止まる。フサマキのブーツから赤い血が垂れていた。
「五月蠅い、な……優しいのは君だろ、なあ」
聖遣の次に口を開いたのはフサマキだった。歯を食いしばりながら脚と背中を全力で縦に回し、鋼のブーツの底面を聖遣に向ける。
咄嗟に自らの手で庇った聖遣に薄黄色の粘りを持った液体が降りかかった。当惑している聖遣に向かって肺を圧迫されたままの彼女は笑いかけてみせる。
「コアギア、から……壊すべきだったね」
「これ、何?」
青い顔で空気と共に血を吐きながらフサマキは答えた。
「これも……絶縁体だよ。なんと、植物性……もう乾いて取れないっしょ」
聖遣の両腕には半透明の液体が既に凝固している。
絶縁体。それは電気を通さない物質。空気、紙、綿、硝子等が知られているが、液体の絶縁体もある。代表としては植物油、または樹脂を溶かしたワニス。これら液体の絶縁体を、対聖遣用に粘り強く、速乾するよう調合したものをフサマキ達が装備していた。
聖遣から真に電気が奪われ、サードアース軍に電気が戻る。眩い電灯が彼女の目を眩ませた一瞬の隙にフサマキを縛る触手が切り裂かれた。したり顔で落下していく彼女をハリアが受け止める。彼は叫んだ。
「アリカァ!」
無線の先で、赤い光が炸裂する。万軍の胴の半分が融けた。その口内から迫撃機巧が飛び出す。
「応!」




