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コアワルツ・リィンカーネーション  作者: 彷徨南無
幽玄、或いは無限

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11/12

Be the one ③

「ナターシャ!クイックステップ、行くぞ!」


「ええ!」


 万軍の口内をこじ開けた銀の巨人は白く光る氷床に降り立った。上半身を後ろに大きく反らし、右腕を前に出す。そして跳ねる。


 半身のまま地上の兵器や建造物を華麗に飛び越え聖遣のもとへ突き進む。シザース。ラン。ホップステップ。ハーフシャッセ。ハナガサが有脳体を駆り次々に迫撃機巧の進路へ送り込む。が、蜿蜒と曲がり、くねり、跳ねる不可解な機械を捉えきることはできない。外殻が電灯と爆炎と光線を反射してドレスのように輝いた。


 ゴーグルを着けたアリカも同時に跳ねる。着地地点に口腔型が迫っているのを見て、咄嗟にルーティンを変え、身体を回転させながら方向を変えた。光線のチャージが見えると、ナターシャの背中を右腕で受け止め、組んだ左腕を後ろから前に回して素早く廻り続ける。


「ちょっと!今のパソ・ドブレのステップじゃない!急に変えないでよ!」


「避けられたんだからいいだろっ!」


 そう言って僅かに息を上げながらアリカは笑っていた。彼女は久方ぶりにリーダーとしてパートナーと組み、破天荒なダンスを踊っている。そこには審査員も壁も観客も無い。


「ずっと思ってたんだ……ダンスフロアは狭すぎる、って!」


「これもジャイブじゃないの!」


 そう言いつつナターシャの口角も上がっている。ジャンプして飛び込んできたアリカの腰をナターシャが掴み、殆ど地面と水平になりながら廻った。もう聖遣が目視できる範囲にまで来ている。


 聖遣は軽快にステップを刻む迫撃機巧に目を奪われた。


「なに、あれ……アリカ姐じゃない……あれ、は……」


 そのマシーンはパートナー(女性役)だった。アリカ自身のダンスではない。しかし何かに導かれるように巧みに踊る。人間一人ではできないような相方に体重を預けるダンスもスラスターによって可能としていた。次のステップを予測できないトリッキーな……いや、滅茶苦茶なダンス。これは、まるで―――


「アリカ姐が……リード、してるの」


 昔、自由にアリカと踊っていた時のエリィのようだった。声が震える。サードアースの巨大ロボットはパイロットとコアの動きをシンクロさせて用いられると聞いていた。今のロボットは確実にエレナの動きをトレースしている。巨大なコアロボットなのか。それだけではこの踊りの説明がつかない。遠隔でアリカにリードされているのだろうか。


「ねえ、アリカ姐はどこ。その中にいるの。ねえ!」


 聖遣は前のめりになり遂に三十メートルほどまで迫って来た迫撃機巧を触手で襲う。今度はハイキックでそれを弾いた。迫撃機巧のスピーカーからアリカの叫びがエリィへ届く。


「近くにいる!今行くから通せ!」


「嘘!エレナは私だけの友達なのに!アリカ姐は私だけの家族なのに!なんで!なんでよ!」


 エリィの瞳孔は大きく開き、電撃の封じられた拳は怒りに震えている。半狂乱といっていいほど取り乱していた。ナターシャは俄かに触手の勢いが少し弱まるのを感じ取る。


「アリカ!」


「頼む!」


 ナターシャの声を聴いてアリカは着けていたゴーグルを頭上にずらす。アリカはずっと発電所地下の環状の廊下を一人舞っていた。


 犠牲の出ない迫撃機巧、その構造はパイロットとコアの直接的な接続を廃し、パイロットが遠隔でコアロボットの補助に当たる―――そういった形に落ち着いた。尤も、これは迫撃機巧を自らの肉体として認識できるナターシャと、その存在しない肉体と踊ることができるアリカにしか操縦できないだろう。


 発電所の白い廊下に階段が現れる。地表から火薬と血の匂いと轟音がアリカを突き刺す。


「ハリア!イエロー!」


 アリカは空に向かって叫ぶ。真っ黒な鳥の腕が彼女を攫っていった。大きく羽ばたき潰れそうなほどの重力に抗って迫撃機巧よりも聖遣よりも上空に到達する。


 エリィがこちらを見て硬直していた。迫撃機巧も聖遣に向かって跳ぶ。ハリアの鉄の右腕の上にしゃがんだアリカにハリアは静かに問いかける。


「やれんのか」


「やってみせる!」


 義肢同士が硬い音を立てた。アリカはエリィに向かって飛び降りる。


「アリカね―――」


 エリィがアリカに向かって触手を伸ばすより先にナターシャが動く。迫撃機巧が両手を前に突き出し、エリィとアリカを眩い光の球体で包み込んだ。


 


 


 


 


 


 夕暮れ、あの見晴らし台に佇む。風と光、腕、脚、人間の身体。一人だけの明瞭な思考。エリィは目を見開く。眼下には瓦礫の無い街。カマクラ。


 愛する人の気配を感じて振り返る。


「私、死んじゃった?」


 そう言ってアリカを見つめた彼女は、頬を赤らめて瞳を潤ませていた。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 聖遣がサードアースからセカンドアースに戻った日の夜。彼女は全身を厳重に大きな椅子に拘束され、小さく無機質な部屋に閉じ込められていた。一面は硝子張りになっていて、多数の研究員に監視されている。たった今グソクもそれに加わり、何かを話していた。


 聖遣は全てを諦めつつも、脳を覆うように取り付けられた重い器具を不快に思った。


 


 硝子の向こうでグソクが若い研究員の肩に手を置く。


「これは転向療法コンバージョン・セラピーだ。貴様等は、貴様等にしかできない正しいことをやっている。やれ」


「転向電流、流します」


 研究員は震える指で画面を押した。


 


 機器が明滅し、聖遣の身体に電流が迸った。苦痛による絶叫が硝子で隔てた部屋にさえ響く。


 それが終わると、遠隔の操作で腕、脚のみ拘束が解かれ、聖遣はだらりと身体を垂らした。叫びすぎたせいで喉が切れ、口端に血が滲んでいる。痛みから表情は虚ろになっていた。


 グソクが研究員達と聖遣のいる部屋に入室すると、少し焦げた匂いに顔をしかめた。彼等は手早く聖遣の状態を確かめる。グソクは聖遣の頭部に残った器具をいじり、外した。


 研究員が敬礼しながら報告する。


「身体の損傷は想定通りです。問題ありません」


「ご苦労」


 研究員達はグソクに目で促され、退出する。扉が閉まり、誰もいなくなった。


 グソクは聖遣の正面に立ち、彼女の顎を持ち上げる。


「聖遣、貴様に説明してやる。今貴様に行ったのは転向療法。その本質は脳の回路の書き換えだ」


 焦げた聖遣の髪の先が再生していく。彼女は蔑むような瞳で彼を見据える。


「朦朧としている貴様にも解るよう易しい言葉を使えば―――貴様の人を愛する感情。そこから出力される行動がすべて暴力になるように書き換えた」


 聖遣の目が見開かれる。彼女にとっても予想外だった。自分の意識を保ったまま兵器になるとは考えていなかった。まして、自分の情動を利用されるとも。


 グソクは聖遣の顔を見て、心底嬉しそうに短く嗤った。


「貴様はいい。『人を愛する』だけでこの星を救えるのだから」


 


 


 


 聖遣は灯りの無い部屋で夜を過ごしている。


 


 愛の衝動が聖遣としての力になるなら、もしアリカに会ってしまった時、どうなるだろう。


 暗闇の中で、エリィは自らの触手を首に巻き付けた。そのまま締め上げる。触手ごとに脳が別にあるから、道具を使わずとも本体の身体を殺すことができるはずだった。


 


 意識を失うすんでの所で、肉だった触手は液状になり砕け散った。


 エリィは茫然として、先ほどまで触手だった透明の液体が滴る地面を見つめる。


 


 あぁ、そうか。私は私のことを愛していないから、殺すことすらできないんだ。


 そうエリィは理解して、枯れた喉で笑った。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 


 


 


 


 なんで、そんなに嬉しそうなんだよ。


 


「エリィ……っ」


 死を待ち望んでいたかのような彼女の表情を見て、アリカは口を開きかけて閉じる。葛藤に拳を握りしめた。


「時間が無いから、手短に話す。ここは、ナターシャ……エレナ達と作った、夢の中、みたいな空間なんだ。ここでは肉体の干渉を受けない。だから……聞かせてほしいんだ。エリィが本当に考えてること」


 頭の両側に結ったエリィの長髪が風に靡く。同じ目線に立ち、近づき、アリカの右手を両手で取って自らの頬に当て、目を閉じた。アリカの手がきめ細やかで細い頬を包む。その温もりにアリカも泣きそうになる。


「……そうだね。アリカ姐には教えてあげようかな」


 エリィは目を開ける。


「私、あの星でね。好きであればあるほど、傷つけるように……そういうふうに、脳を改造されたの」


 彼女はただ落ち着いてそう話す。絶句したアリカの右手を撫ぜた。


「アリカ姐を殺せなかったのは、アリカ姐が憎かったから。アリカ姐が追いかけて来なかったら、私、自分が人間だって勘違いしなかった」


 微笑みながらエリィはアリカの手を慈しみ、自らの首元にあてがう。白く脈動する首をアリカの右腕に包ませた。


「アリカ姐は化け物の私を斃して本物のヒーローになるの。そうして戦争を終わらせて」


 アリカは憤然としてエリィの手を振り払った。


「アタシがそんなことできるわけないって、分かってるだろ!アンタはただのアタシのパートナーだ!」


「他の人が殺せたんだから、きっとできるよ。貴女はサードアースの軍人なんでしょう?」


 葉を散らす秋の疾風が目を見開いたアリカの短髪を揺らす。


「……そうだな。アタシは殺したよ、たくさん……でも、だから、誰も殺さなくていい道を生きたいんだ」


 険しい顔のアリカにエリィは首を少し傾けて笑いかける。


「大丈夫だよ。私は人間でも有脳体でもない。心を持たない化け物」


「アンタの中身は、人間じゃないか」


 真っ直ぐに目を見つめてアリカは訴える。それでもエリィは茶化すように後ろに歩き、見晴らし台の柵に座って諭すように彼女を嘲る。


「あのね。アリカ姐の信じた人間の『エリィ』は幻の偽物だったんだよ?……アリカ姐は私の事、都合よく解釈してる。それって、私がいないと生きていけないからでしょう?私を追いかける以外に生きる意味を見出せなかったんでしょう?芯の無いひと」


 日が沈もうとしている。


「……あぁ、そうだよ。アタシはエリィがいないとてんでダメで、そのくせエリィのことを見てすら無かった。でも……でもさ」


 アリカは頭を掻いて、少し気後れするも、エリィの顔を見据える。


「アタシ、変なんだけど、高揚したんだ。エリィを追いかけて、エリィに抱きしめられて、噛まれた時……。だって、本当に嫌いな人間には噛みついたりとか、できないだろ。そんで、にこにこ笑ってて……そりゃ、めちゃくちゃ痛かったし嫌だったし怖かったけど」


 エリィに向かって歩き出す。


「今、力を持ってない時だって、エリィはアタシに嫌われようとしてる。アタシはさ、もう簡単に傷ついたりしないよ。色んな人と会って、別れたから。それをちょっとずつ受け入れられるようになったんだ。だから、エリィはいくらでもアタシのことを傷つけていい。エリィの攻撃なんて、全然へっちゃらさ」


 表情を凍りつかせたエリィは夕日を浴びるアリカの顔を見ない。


「……現実的じゃないよ。私を(ころ)さなきゃ戦争は終わらない」


「アタシ、ここに戦争しに来たんじゃない。エリィを取り戻しに来たんだ。エリィがどれだけアタシを傷つけても、アタシはエリィを生かす。エリィがどれだけ死にたがってても、殺されたがってても、アタシはエリィを生かす。隣にいる。抱き締める。エリィが化け物だろうが兵器だろうが、アタシはアンタを離さない!歪んでて醜いけど、これが、アタシがエリィを好きって気持ちだ!」


 いつの間にかアリカはエリィの肩を掴んで叫んでいた。正面から向き合ったエリィの顔が歪む。それを隠すように、彼女はアリカの胸元に自分の顔を押し付けた。そして、その身体を強く突き飛ばす。


「エリ―――」


 凄まじい衝撃にアリカは吹き飛ばされた。夕暮れが遠くなって何も見えなくなる。


「ハリア!」


 ナターシャの声が聞こえた。瞑っていた目を開けるとハリアに受け止められている。現実世界に戻って来たようだった。


「ハリア、イエロー、助かった」


 まだ状況を把握しきらないままアリカは彼等に礼を言うが、ハリアは慄然として一点を見つめている。アリカはその視線の先へ顔を動かした。ナターシャの声はほんの少し遅かった。


「見ちゃ駄目!」


 


 場の全員の視線の先に、血塗れの触手があった。在るはずの上半身が無かった。


 


「陛下……な、何故」


 ハナガサの声が震える。


「案ずるな。あれは造花だ。枯れることは無い」


 聖遣の肉体は赤外線以外の兵器であれば破壊されても一度保存された状態に復元される。万軍は汚された聖遣の両腕、そして精神への干渉を断ち切るため光線で彼女の上半身を撃った。


 


 骨、臓器、血管、皮、脂肪、それらが断面からみるみるうちに再生されていく。一糸纏わぬ姿で聖遣は王の目論見通り蘇った。項垂れた聖遣は白い触手を自らの身体に巻き付ける。


「ほら、ね」


 聖遣は小さく嗤った。

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