5.「会食」
珍しく結が会食に参加することになった。
部長・赤木からの、絶対命令…
「縁原くん、君がいると自然とうまくいくんだよな。次期プロジェクトの発足会も兼ねた顔合わせだから、ぜひ来てくれ」
(俺がいると自然にって……そんなことあるか?
いや、あるのか……めんどくさい)
ため息まじりにジャケットの襟を直す。めんどくさがり屋の真骨頂である。
会場は神宮寺ホールディングスが手掛ける会員制レストラン。
重厚すぎず、落ち着いた雰囲気のフランクな高級店だ。
神宮寺サイドからは部長・早川や課長をはじめ数人。
黒瀬サイドも同様の顔ぶれに、結が加わっていた。
(ん?プロジェクトリーダーは仕事するの初めてだな…
まぁ、他のメンバーは何回か仕事してるし大丈夫そうかな…)
そんな事を考えながら、会食が始まる…
同じ店のホールでは…
玲花、美咲、澪の三人が女子会を楽しんでいた。
玲花の行きつけで、ワインと料理をつまみながらの談笑。
とりわけ美咲の天然発言に二人が笑う、和やかな空気が流れていた。
ふいに、玲花の表情がきゅっと引き締まる。
「……どうしたの? 玲花ちゃん、顔が凛々しくなったけど」
美咲が首を傾げる。
「商社の常務がご来店ね」
玲花が低くつぶやいた瞬間、美咲が手を打った。
「あっ! 会食あるって言ってた! 神宮寺グループ系のお店でって……ああ、ごめん玲花〜!」
「でた! 美咲さんの天然!」
玲花はぷくっと頬を膨らませる。
澪は肩を揺らし、「美咲さんらしいわ〜」と笑った。
ほどなくして、神宮寺側の部長・早川が常務・松原を出迎えるため個室から姿を現す。
そのタイミングで、個室の扉越しに女子会三人組と結が目を合わせた。
「……」
一瞬の沈黙。美咲は完全に「やっちゃった」顔。
結は呆れたように眉をひそめる。
(あの子は…少し前、暗がりの路地裏で少女に見えたが、堂々たる立派な女性じゃないか……。やっぱり表と裏の顔があるんだな)
玲花をちらりと見やり、結は心の中でそうつぶやいた。
赤木部長も顔を覗かせ、美咲に気付き、軽く手を上げる。
「……水瀬くんいるね。お友達と一緒みたいだね」
「…そのようで」
結は素っ気なく答えた。
そこへ松原常務が現れる。
視線の先に玲花を見つけた途端、足を止め、直立不動となり、深々と頭を下げる。
「ごきげんよう。松原常務、早川部長。お気遣いなさらず、この場の空気を読んでいただけたら助かるわ」
玲花がにっこり微笑むと、常務の表情が和らぐ。
「かしこまりました。では失礼します」
常務は丁寧に返答し、そのまま個室へと向かっていった。
(しかし、さすがご令嬢…一介の部長の名前も把握されている…)
早川部長は玲花のことを名前しか知らず、ぽかんとするばかり。
歩きながら松原常務に「あの方は令嬢だ」と耳打ちされ、ようやく状況を理解する。
(ひえっ……令嬢!? プライベート!?なぜ私の名前を…?)
慌てて引き返そうとするも、常務に「空気を読め、と言われただろう」と制される。
出世の差はこういうところに出る――臨機応変さ、空気を読む力。
それがある人とない人では、社内の評価が自然と分かれていく。
会食も終盤に差し掛かり、フロントから松原常務に連絡が入り、結に声が掛かる。
「縁原さん。お開きのあと、水瀬さんの席に寄ってもらえますか」
唐突な内容に、黒瀬サイドは一同ざわつく。
(……え、なにこれ)
結は面倒そうに眉をひそめる。
「常務、それはどういう……水瀬くん?ん?」
赤木部長が不安げに尋ねると、松原常務は簡潔に答える。
「令嬢のご意向です」
一同、驚愕。令嬢?神宮寺のご令嬢がいるのか?
「縁原、何をした!? ご令嬢が水瀬くんの席に? 一体どういうことだ!」
赤木部長は結に詰め寄るが、結はひらりと肩をすくめる。
「いや、水瀬さんが一緒だし、ご挨拶じゃないかな?」
そう言って面倒をかわす。
常務も一瞬「なぜこうなった?」と首をかしげたが、同席していた美咲が黒瀬サイドの人間だと知り、空気を読むことにした…
お開き後、結は女子会三人組の席に呼ばれる。
玲花は柔らかな微笑みを浮かべ、礼を述べた。
「改めて、ごきげんよう。縁原さん。この前は助けてくださって感謝しているわ」
「いや、あのときは……まあ、ちょっとしたことだ」
結は曖昧に笑う。
澪も頷き、「電車の改札でも、ありがとうございました」
結は軽く手を振り、「そんな大げさな話じゃないよ」とフランクに返した。
三人の中で、玲花の財閥令嬢らしい落ち着きと気品が際立つ一方、
美咲の天然ぶりが和やかな雰囲気を作り、澪がさりげなく場を整えていた。
女子会の会話は次第に熱を帯びていく。
「やっぱり、この前の件、変だったよね」
「うん、普通じゃなかった……」
謎めいた誘拐未遂や不自然な状況が話題に上がり、どんどん深掘りされていく。
(……やば。深入りしたら絶対めんどくさいやつだ)
結は心の中で舌打ちすると、椅子を引いて立ち上がった。
「悪い、疲れたから帰るわ」
「えっ、ちょっと!」
「ほんとマイペースなんだから!!!」
三人の驚きの声と美咲のボヤキを背に、結は手をひらひらと振り、そのまま背中越しに去っていった。
次期プロジェクトが静かに動き出そうとしていた。




