3.「めんどくさいのにトラブルだらけ」
――あの夜のことは、今でもはっきりと覚えている。
街灯の届かない路地裏で、ふいに差し込んだ光。闇を裂くように、眩い粒子が宙を舞った。
「……なんだ、これ」
目を細めても、その光はかき消えない。逆に瞳の奥へ流れ込み、脳裏に直接響くような声を運んできた。
――時が来た。
――選ばれし縁に、力を。
低く、しかし澄んだ声。男とも女ともつかぬ響きに、背筋が凍る。
次の瞬間、光は四散し、全身を駆け巡った。心臓が強く脈打ち、身体が別のものに作り替えられていく感覚。
「……っ……!」
気づけば膝をつき、荒い呼吸を繰り返していた。
幻覚だと笑い飛ばすには、生々しすぎる。夢だと思うには、あまりに鮮烈すぎる。
――あの夜から、不意に足が速くなったり、瞬間的に位置を移動できたり、不思議なことが続くようになった。
まだ使いこなせているとは到底言えない。けれど、誰かが助けを求めたとき、不思議と体が先に動く。
(……面倒なことになったな)
小さく息をついた。
――あの誘拐未遂事件の後も、気づけばトラブルばかりに巻き込まれている。
---
改札トラブル
数日後。帰宅ラッシュで混み合う駅の改札前。
若い女性がICカードをかざしているのにゲートが閉じたまま動かず、後ろの列から苛立ちの声が飛んでいた。
「ちょっと! 急いでるんだから!」
「どけよ、迷惑なんだよ!」
女性は半泣きでカードを握りしめている。
(……また面倒な場面に出くわしたな。けど――)
結は自然と歩み寄っていた。
「大丈夫?」
声をかけ、彼女の肩越しに改札機へ軽く触れた。ピッ、と澄んだ音が鳴り、ゲートが開く。
女性は驚きと戸惑いの混じった表情で振り返った。
「えっ……今まで何度やっても反応しなかったのに」
「さぁ、運がよかったんじゃないかな」
彼女は丁寧に礼を言った。だがその瞳には、感謝だけではなく、妙な引っかかりが残っているように見えた。
---
暴力事件
その翌晩。コンビニ前で、二人組の男が若者を壁際に追い詰めていた。
「財布出せや!」
「や、やめてください……!」
(まったく……今度はこれかよ)
結は一歩踏み出した。
「やめといた方がいい。ここで騒げば、すぐ警察が来る」
「なんだテメェ!」
一人が胸ぐらを掴もうとした瞬間、結の体はふっと数歩後ろに移動していた。
男は目を剥き、仲間に叫ぶ。
「今、こいつ消えなかったか!?」
混乱した二人は罵声を残し、走り去った。
助けられた若者は震えながら頭を下げた。
「……本当に、ありがとうございます」
その顔に浮かんだ安堵と同時に、どこか「理解できないことを見た」という影があった。
---
落下事故
さらに数日後。商店街を歩いていたとき。
突然、上から「ガシャッ!」と音が響き、工事現場の足場から工具箱が落下してきた。
(間に合わない……!)
反射的に走り出した瞬間、視界が揺らぎ――気づけば落下地点に立っていた。
結はすぐ近くの女性を抱き寄せるようにして庇い、工具箱が地面に叩きつけられる直前に彼女を押しのけた。
「きゃっ……!」
女性は呆然と結を見つめる。
「あなた……どうやって……」
「ただの偶然さ」
そう言い残して立ち去ろうとしたが、背後で工事関係者がつぶやいた声が耳に残った。
「……妙だな。あの落下、普通じゃないぞ」
---
改札、暴力事件、落下事故――。
どれも偶然に見えて、妙に繋がっている気がした。
単なる日常のトラブルにしては、視線やささやきがやけに多すぎる。
(まるで、誰かが意図的に……)
結は立ち止まり、夜空を仰いだ。
胸の奥に広がるざらついた予感――それは、やがて町全体を揺るがす大きな事件へと、静かに繋がっていこうとしていた。




