57話 ゼルの慌しいリッキー平野での生活(1)
ゼルの演説から1日後、約束通りにリッキー平野にある町の見回りの任についた。すると、その集落に入るや早々に門の影に隠れていた白人2人に棒で首を狙われる。ゼルはそれを軽く受け止めてから武器を奪う。
「はい失敗です。ではこれは没収としますね。」
そう言って2本の棒を破壊した。そしてどこかへ去っていってしまう。その白人2人はゼルに棒を破壊された後も吠えていたが、ゼルはそれをフルシカトする。
ゼルが町の見回りをゆっくり歩いて行っていると、少し驚いたような顔をして4時の方向に走り出した。なぜなら、その方角から争い合う気配を感じたからだ。
ゼルが到着すると、そこではやはり合わせて10人くらいの紅人と白人の殴り合いが起きていた。ゼルは急いでその中心に割って入り、憎悪の対象を自分に向けるように仕向ける。すると、さっきの倍以上にキレ散らかしてきて収集がつかなくなったので、全員に”破壊”の魔術をほんとのほんとに手加減してピリッと痺れさせる程度に攻撃した。
「はぁ…全く…どうして私を殺しに来ずに喧嘩しちゃうんですか? 昨日言ったこともう忘れたんですか? それなら私があなた方を見下しても文句は言えないわけですよ?」
ゼルはそう吐き捨てると、また大きく吠えていたが、それも無視してどこかへ消えて行った。
また、町中を歩いていると、よく石などを投げつけられる。ゼルはそれをほとんど躱わしながら歩いている。だが、時折り誰かに流れ弾が当たりそうになる。そういう場合はその物をキャッチして当たるのを防いだりするのだが、ゼルはその人を守ったにもかかわらず、「余計なお世話だ」とか「近づくな」などの罵詈雑言をよく言われる。
そんな中、勤務1日目の夕方前に白人の子供に石が当たりそうなのを守った時に、
「…ありがとう。」
その子供が一言そう呟いた。
ゼルは例によってまた立ち去ろうとしていた足を止め、驚いてその子供の方に振り返る。
子供の表情を見て、自分の聞き間違いでなかったことを確認すると、子供と同じ目線のところまでしゃがんだ。そして飛びっきりの笑顔で「どういたしまして。」と答えた。
そして、間違ってもその子供と仲良くしているなんて思われない内に、その場を立ち去った。
夜になり、ゼルの見回りは一旦終わった。そして町の中央付近に準備されていたゼルの家に向かう。だが、どうやら昼のうちに燃やされていたようだ、灰しか残っていない。仕方ないのでゼルは”創造”の魔術で布団を創ると、その上で寝ることにした。家まで創るのは面倒くさかったので、ゼルは野宿状態ということになる。
すると、ゼルが眠りについたことを確認したのか、紅人3人がそっとゼルに近づいてきた。全員の片手にはナイフが握られている。そして、1人は首、1人は心臓、1人は腹を刺すように打ち合わせしていたのか、全員がその部位を刺せる位置まで移動する。
そして、首を狙っている男が合図を出した。すると、3人は一斉にナイフを振り下ろす。
だが、気づいた頃にはゼルは布団からいなくなっており、さらにナイフも奪われていた。驚いて周囲を見回すと、そこにはナイフ3本を破壊しているゼルの姿があった。
「全く寝込みを襲うとは…
まあこれに懲りたらもうしないことだね。」
ゼルは早く寝たかったのか、もしくは騒がれて近所迷惑になることを恐れたのか、その3人を気絶させると、布団を被せてからまた眠りについた。
だが、またすぐに起きることになる。今度は寝込みを襲われたのではなく、魔獣の気配を感じたからだ。リッキー平野には巨大な森がある。おそらくはそこから出てきたのだろう。
魔王が大量の戦力を注ぎ込んだからなのか、魔獣の数は少なくなってはいるが、依然としてその脅威は晒され続けている。
ダッシュでそこへ向かうと、白人の親子が猿の魔獣に襲われているところだった。ゼルは銃を創り、間一髪でその親子を助ける。
時間帯ということもあるし、もし怪我でもしていたら治療しないといけないので、今度は黙って立ち去ることなく「大丈夫ですか?」と近寄って声をかけた。だが———
「近寄るな!!! 穢らわしい!!
誰が助けてくれなど言ったんだ!!!」
母親がそう叫ぶ。見ると、母親は引っ掻き傷を多少負っていたが子供は無傷。どうやら母親が身を挺して子供を守っていたようだ。また母親の傷も大した傷ではなく、安静にしていればすぐに治りそうなものだった。魔獣が大きな危害を加える前に倒せたようだ。
そのことに安心しつつも、今回ばかりは少し反論してみることにした。
「ですが私が助けないと、あなたはもちろんあなたのお子さんまで…」
ゼルが包帯を創造し、さらに近づく。すると痛む腕で砂をかけられた。
「だから近寄るなと言っているだろ!!!
そもそも魔獣など私だけで対処できたんだ!!
余計なお世話だ!!なぜ助けたんだ!?」
ゼルは持っていた包帯を落とした。
「なぜ助けた…ですか?
助けたいと思ったからです…怪我をしては可哀想だと思ったからです。
本当にそれだけです…そんな理由にもならないような理由しか伝えることができません…
……人を助けるのに…理由なんて要りますか?」
ゼルは抱えていた思いを伝えられたのか、少し涙目になりながら答える。
「では…」
そう言ってゼルはその場を去った。
母親は何かを言うわけでもなく、少しの沈黙のあと、ゼルの落とした包帯を拾った。
この日のリッキー平野での死傷者は、ゼルがこの任務についてから4分の1にまで減った。それは、ゼルが優秀だということもあるのだが、そもそも紅人と白人の喧嘩の数がかなり減ったということもあるだろう。それには、ゼルが憎悪の対象として存在していることに起因するのは間違いない。
この働きは認められ、ゼルはカルティア、アルステーデの両国の上層部には、そこまで悪くない評価を与えられた。




