51話 新世界へ
牢屋にいるゼルの元に、1人の男がやってきた。
それは、ゼルが白人と偽っていた頃に仲良くしていたアドラだった。アドラは俯いているゼルを一瞬見ると、何も言わずにゼルの前に座った。ゼルは、アドラに気づきはしたが、顔をあげることが出来なかった。
「…よぉ ゼル。」
「……ああ。」
ゼルは、下を向いたまま答えた。ゼルはまだ一度もアドラの顔を見ていない。
「聞いたぜ。色々あったようだな。」
「…ああ。」
「俺は怒ってるぞ。」
「…」
「……ああ、勘違いしないように言っとくが、俺は別にお前が混血だったとか、そう言うことに怒っている訳でなはない。」
ここで初めて、ゼルは驚きで顔を上げた。そして目を大きく開けてアドラを見る。アドラの表情は、今のゼルにはあまりよく読み取れなかった。怒っているようにも憎んでいるようにも、悲しんでいるようにも心配しているようにも見えた。
「俺は俺に黙っていたことを怒っている。これは本当だ。確かに俺は紅人のことが心底憎かったが、不思議とお前のことは全く憎くないんだ。」
「…そうか…ありがとう。
仮に嘘だとしても嬉しいよ。」
「嘘じゃねぇよ。もし俺がお前のことを憎く思ってたとしたら、わざわざここまで来てこんなことを言う意味がどこにある。」
「確かに…な」
アドラは立ち上がって、ゼルの檻を掴んだ。
「つまりだ! 俺が言いたいのはな!
何も世界中の人間がみなお前のことを嫌いなわけじゃない! だから生きろ! 戦え!
そういうことだ。」
「………悪いがもう戦えそうには———」
「———今もお前を解放するように、というデモが起こっている。その人数は100人以上。お前の故郷の村の全員を合わしても足りないだろう?
これがどういうことか分かるだろ?」
ゼルは初めて顔を上げ、目を大きく見開いた。
「そ、それは本当…!? 一体どんな人たちが…?」
「さあな、自分の目で確かめることだ。」
「…」
ゼルは再び黙ってしまった。
「………ごめん、やっぱり俺には無理だよ…
正直に言う…俺は恐い…人に憎まれることが…」
ゼルは視線をアドラの横に移した。
その視線に、アドラは何か気付いたようだ。そして鈍い顔をした。
「……もしかして、ハニカとクラーラのことを今考えているのか?」
ハニカとクラーラ、ゼルとアドラは共に仕事を行う仲間だった。仕事だけでなく、日々の訓練や休みの時も共に過ごしたりもした。なのに、今ハニカとクラーラはアドラと共に来ていない。
ゼルのいる所は軍の施設であるため、軍関係者しか入れないのだが、ハニカとクラーラはその条件を満たしている。
「おい! 何か勘違いしているかもしれないから念のために言っておく! ハニカもクラーラもお前のことを憎くなど思っていない!
むしろお前のことをひどく心配していたぞ。
ただ、今来ていないのは親に閉じ込められているんだ。ハニカとクラーラの両親が汚い紅の血が入った奴となど——— …あ………すまん……」
2人の間に長い沈黙が訪れた。
そして、その沈黙を破ったのは、ゼルでもアドラでもなかった。
「おいおい、なんだぁこの重苦しい空気は?」
ゼルは、その発言者を見て目を見開いて驚いた。
アドラには、それ以上に衝撃だった。
「シーグル…!!」
シーグル、それは先のアルステーデ侵攻、カルティア侵攻でゼルと協力して魔人と戦った紅人の少年だった。
「ゼル…紅…紅人と面識があったのか…?」
「まあ、ね」
シーグルは、アドラを一瞬だけチラッと見ると、すぐにゼルの方に向き直った。
「聞いたぞ。 ゼル、お前混血なんだってな。」
「…ああ。」
「それで、戦う意思がないと処刑されるんだったか?」
「ああ。」
「それで、お前にその意思はあるのか?」
「…ない。俺にはもう…戦う意思はない。」
シーグルにはその答えが分かっていたようで、答えを聞く前と後で、表情に変化はない。
「ゼル、少し聞いてくれないか、俺の話を。」
「ん…あ、ああ。」
ゼルは、少し戸惑いながらも応じることにした。
「俺は今まで白人を憎むべき対象としか見ていなかった。そう教え込まれたし、仮に教え込まれなくてもそうなっていたと思う。
だが、お前に出会ってその考えが少し変わった。白人の中にも、良いやつがいるのかもしれない。そう思うようになった。
そして、カルティア侵攻で紅人白人分け隔てなく助けるお前の姿を見たんだ。その時に確信した。お前は良い奴なんだって。
そんなお前を見て、俺は白人についてもう一度よく考えてみることにしたんだ。そしたら、確かに悪いやつも多いが、良い奴も多かった。
それを気付かせてくれたのはゼル、お前だ。」
ゼルは少し下を向いたまま何も言わない。
シーグルの言葉を待っているようだった。
「俺はこれを良い発見をしたと思っている。この発見を多くの人にしてもらいたいと思っている。
そしてそれにはゼル、お前が不可欠だ。
だから力を貸してくれないか? この通りだ!」
シーグルは頭を下げてゼルにお願いした。
ゼルはそれを見て余計に困惑した。
「お、おいシーグル…頭を上げてくれ…」
「なら、ここから出てきてくれるか?」
「それは………できない…
俺はもう…戦えないんだ…」
シーグルは頭を上げた。ゼルの顔を正面から見るためだ。だが、ゼルは目を逸らしてしまう。
「シーグル…お前の言ってくれたことは、本当にとても嬉しいよ。ありがとう。
だが…俺のことはもう忘れてくれ…
俺は世界から酷く憎まれ、蔑まれる。
そばにいればお前まで———」
シーグルはその時、ゼルの檻を思いっきり掴んだ。その衝撃で、檻が少し揺れる。
「———お前と仲良くすることが、この世界の間違いだって言うのなら、俺がこんな世界”壊”してやる!!!
そしてお前が”創”れ!!
俺たちがどれだけ仲良くしても、誰も文句を言わない、そんな世界を!!!」
シーグルは、檻を両手で掴んでそう叫んだ。
ゼルはそのシーグルの言葉に、かつてライカに言われた言葉を重ねていた。
それはゼルが、ライカや故郷のみんなについて考えを巡らせるきっかけとなった。
「それ、おもしろいな。」
ここまでずっと、後ろで話を聞いていたアドラが、急にシーグルとゼルの会話に入ってくる。
「新しい世界を”創る”…か。
たしかにこんな世界に執着するよりよっぽど良い。
それ、俺にも協力させてくれよ。」
「おう、もちろんだ!」
シーグルは笑顔で自分の右手を差し出した。アドラは、ほんの一瞬だけ驚き、小さく口を開ける。だが、すぐに自分も右手を差し出し、2人は力強い握手を交わした。
それはゼルの目の前で行われた。白人と紅人が手を取り合う。それはまさにゼルの夢見た世界。
それが今、単なる言葉ではなく、現実として目の前で起きている。ゼルの目からは無意識に涙がこぼれ出た。そして、精一杯の笑顔で言った。
「ずるいよ。そんな世界、俺は生きなきゃ見れないじゃん。」




