#7 勇気
押谷さん。
何度もその番号にかけるが、応答がない。
苛立ちを感じながら携帯電話を閉じた泉佐野は、学校の屋上に立っている。
後ろには、瀬庭も立っている。
あの銃創のたくさん残っている翼を広げて。
「返事、ないの?」
「うん」
泉佐野は、うなずく。
「多分、逆探知していると思う」
泉佐野が言うと、瀬庭もごくりとつばを呑んで頷く。
「もし、謝って赦されるとしたら……、どうする?瀬庭」
振り返る泉佐野が尋ねると、瀬庭はしばらくうつむいて黙っていた。
そして、にこりと笑顔で泉佐野を見る。
《瀬庭美奈子と言います。これから1年間だけですが、よろしくお願いします》
二人が二回目に会ったあの時。
瀬庭は、泉佐野に微笑んだ。殺意を込めて。
でも今は、そんな殺意などなかったように思えた。
ただ、純粋な笑顔――・・。
泉佐野は、空を見上げていた。
押谷さんが来たら、謝る。全力で謝る。
僕が抱いてあげるから、瀬庭はもう悪いことはしません――・・。
そう言って、土下座してもいいと思っていた。
ドン。
ヘリコプターの音とともに、その無残な音は聞こえてきた。
2人の手前に当たったその弾は、屋上の床をへこませる。
「押谷さあああああああああああん!!!」
泉佐野は、全力で手を振り上げる。
瀬庭も、全力で手を振り上げる。
ヘリコプターは、5つ。
その全てから、銃がこちらへ向けられている。
ドン。ドン。ドン。
2人は全力で走って、なんとかかわす。
「押谷さん!話を聞いてくれ!!」
泉佐野が叫ぶが、瀬庭はそんな泉佐野の腕を強く掴む。
「飛びたい」
「えっ?」
泉佐野が思わずそちらを見ると、瀬庭は続ける。
「最後でいいから……、飛びたい」
一切のしがらみのないその瀬庭の笑顔を見て、泉佐野も笑顔になる。
「僕にも、さっきあんなことを言ってしまった弱みがあるよ。……一緒に飛ぼう」
ドン。
次の銃声が、屋上を囲む柵の一角を裂いた。
2人は、屋上の端の、その裂け目の上へ走り乗った。
そして、上を見上げる。
5つのヘリコプターのうちの1つが、ゆっくりと高度を下げる。
2人は、ぎゅっと手を繋いでいた。
そのヘリコプターが、着地する。
2人は、体は外を向いて、顔だけヘリコプターのほうを向いていた。
ヘリコプターから、1人の迷彩服で太った男が出てくる。
押谷だ。
押谷は、どかどかと、それでもなお瀬庭に銃を向けながら、泉佐野に尋ねる。
「なぜ、私を裏切りましたか」
泉佐野は、そんな声にはびくともしなかった。
「僕は、瀬庭を説得しました。僕がずっと抱いてあげるから、瀬庭はもう悪いことはしない。そう誓いました」
それを聞いて押谷は、ため息をつく。
「泉佐野、君には2つの罪がある」
「何ですか」
「我々を裏切った罪、そして敵に同情した罪だ」
「僕は軍人ではないので何も分かりません」
泉佐野はそう言い、次に瀬庭の方を見る。
「私、地獄行きかな」
瀬庭がははっと笑う。押谷はすごい剣幕で、瀬庭の背中に向かって銃を構えている。
「私の翼も、こんなにボロボロになっちゃって」
後ろを全く気にせずに瀬庭は、翼の端にそっと触る。羽根がいくつか、舞い落ちる。
「ううん、僕も瀬庭も、もうすでに立派な翼を持っているよ」
「分かってる」
瀬庭はそう言って、泉佐野の背中をぎゅっと抱く。
これまでの抱き方とは違って、やわらかい自分の体を、ぎゅっと押し当てるように――・・。
「今までで一番あったかいよ、瀬庭」
「ありがとう」
2人のやり取りを聞いて、押谷は一気にこの2人を止めなければいけない感情にかられた。
しかし、やめた。――同情は、しない。軍人として。
押谷は、瀬庭に銃を構えている。
この校舎は、4階建て――・・。
「さあ、飛ぼう」泉佐野。
「私とあなたの翼で」瀬庭。
瀬庭は、銃創に満ちた翼を大きく広げる。
そうして、2人は、前へ足を踏み出す。
飛ぼう。
大空の彼方へ。
桐生先生は、教室の教壇に立って言った。
「このクラスは2人いなくなりましたが、みなさんは2人の分も頑張って、無事に卒業できることを切に願っています」
クラスのあちこちから、泣き声が漏れる。
「泉佐野」
竜造寺が、思わず声を上げる。
2人の机には、花が飾られている。
白い、白い、真っ白い花が――・・。
泉盛寺公園。
若葉の生え始めた桜の木から、最後の花びらが舞った。
宙を舞った。
それは、桜の木を超えて、隣の家の屋根をも越えて、最後の春風に運ばれて、校舎を高く、高く、高く舞った。
ひらりと一度は校舎の壁に張り付くが、再び舞った。
上へ、上へ、上へ。
ひらりと、学校の屋上へ、その花びらは辿り着いた。
「ん?」
屋上の柵の修理工事をしている一人の工員が、地面に落ちている桜の花びらに気づく。
それを拾い上げる。
「どうした?」
別の工員が尋ねてきたので、答える。
「こんなところに、桜の花びらが……」
白い。
まるで、翼のように――・・。
翼は――みんなみんな持っている。
翔こう。
青い青い空の、尽きる時まで。
背羽 完
Presented by KMY
つまらなくですいません。ありがちな描写満々ですいません。またエピローグがあります。




