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背羽  作者: KMY
6/8

#6 決意

 そんなの、分かっている。

 分かっているんだよ。


 泉佐野は、屋上に座っていた。

 目の前にある瀬庭の体を、どうすればいいか分からなかった。

 保健室に持っていけば、間違いなく殺されるだろう。それ以前に瀬庭が翼を開きっぱなしである。それも、穴の開いた翼が――・・。

 と、上からヘリコプターの音がする。

 はっと上を見上げた泉佐野は、ヘリコプターの窓から一つの拳銃がこっちへ向けられているのに気付いた。

 それが瀬庭へのものだったのか泉佐野へのものだったのかは分からないけれど、泉佐野は無意識に、とっさに瀬庭の体を抱え、階段室へと駆けていた。

 ドン。

 銃声がしたが、少なくとも泉佐野には当たらなかった。

 泉佐野は只管ひたすら、階段室へ、室内へ、駆け込んだ。


 銃声を聞きつけた数人の学生たちが、そこへ押しかけた。屋上のドアの前に、彼らは集まっている。

 それを見越して、泉佐野はそそくさに学生たちの目から瀬庭をかわすように走り、どこかのトイレの中に駆け込む。

 個室の鍵を閉める。

「はぁ、はぁ、はぁ、……」

 洋式の便器の前で仰向けになっている瀬庭を見下ろして、泉佐野は便器の横に立って何度も何度もため息をつく。

 ったく、瀬庭の奴、なぜ……。

 5時間目のチャイムが鳴ったが、泉佐野は教室に戻る気にもなれなかった。ただ、瀬庭の近くにいなければいけないような気がした。

 泉佐野はしゃがんで、そっと瀬庭の折れた翼に触る。

 そうだよな。確かにそうだよな。

 瀬庭は、誰にも持っていない翼を持っている。

 誰にも持っていない自分だけのものを、誰にもできないことに使うのは、誰もが考えること。

 でも、人々はそれを躊躇する。おろが、自分だけのものを見つけていない人すらいる。

 それでも瀬庭は、一つも躊躇せずに自分の使命を果たした。

 瀬庭……、強いんだな。

 強いんだな。


 ばちり。


 瀬庭の目が開く。その目は真っ先に、泉佐野の顔を捉えた。男とは思えない、かわいらしい、やさしげな顔である。

「っ」

 瀬庭のその様子を見て、泉佐野は翼から手を離す。むくりと起き上がった瀬庭は、辺りを一通り見回した後、横の泉佐野を睨む。

「どうして助けたの」

「瀬庭」

 泉佐野は、ため息をつく。

「瀬庭が可哀想だから」

「どうして私が可哀想なの?」

「こんなに傷ついているから」

 泉佐野の、男を思わせないおとなしいしゃべりぶりに、瀬庭はため息をつく。

「私を可哀想だと思っている暇があったら、私が殺した人を可哀想だと思いなさい」

「それはできない」

「えっ?」

 瀬庭は、びくんと目を見開く。辺りは、しーんとなる。

「瀬庭は、瀬庭にしか持っていない翼で、瀬庭にしかできないことをやっている。それのどこがいけないんだ?」

「えっ?」

 瀬庭は驚いた顔をしている。かく言う泉佐野自身も、驚いていた。さっきまではまったく正反対のことを考えていたはずなのに、今は……。

 瀬庭は、笑いをこらえている様子であった。

「嘘が下手ね」

 そう言って瀬庭は、自分の翼をさする。狭い個室。

「便器に座ってよ」

 泉佐野が言うと、瀬庭は笑いを止める。

「どうして、そこまで言ってくれるの?そこまでやさしくしてくれるの?気持ち悪い」

 そう言って立ち上がった瀬庭は、個室の鍵を開ける。

「どこ行くの?」

 泉佐野が尋ねるが、瀬庭は黙って個室を出る。目の前に見慣れないもの――男子トイレの小便器があったが、瀬庭は構わず横の窓のほうへ行く。

 窓を開ける。

「ち、ちょっと、瀬庭、その翼じゃ……」

「分かってる」

 瀬庭は、頭から腰ほどの高さはあるその窓の下の桟に、手をかける。

「私、小さいときから、家族からも周りの人からもからかわれていたの。この翼のせいで」

「えっ?」

 そう返す泉佐野を、瀬庭は振り向く。笑顔だった。

「殺す理由が私にしかできない殺し方だから、なんて嘘。本当はね、みんないなくなっちゃえばいいって思っていた」

 そう言い、窓の手前の、細い台のようになっているところに片膝をかける。

「ち、ちょっと、瀬庭!」

 泉佐野が、そこへ駆けていく。瀬庭の腕をつかむ。

「離して」

 瀬庭が言うが、泉佐野は離さない。

「みんないなくなっちゃえばいいんなら、何で物を盗んだ人だけ殺すの?」

「……っ」

「瀬庭は、本当は我慢していたんでしょ」

「何を?」

 瀬庭がそう返すや否や、泉佐野はぎゅっと瀬庭の背中を抱く。

 瀬庭が泉佐野を空へ連れて行ってくれたときとは反対に……。

「温もりを」

 泉佐野がそう言うと、瀬庭は目を大きく見開いた後、閉じて、ぼろりと涙を流す。泉佐野は続ける。

「瀬庭は、本当は温もりが欲しかったんだ!今までみんなに冷たくされて、死んでしまいそうになって、それでも死にたくないから、悪い人を殺して自分の心を満たしているだけ……なんだよね」

 瀬庭は、窓の手前から膝を下ろす。泉佐野は、さらに瀬庭をぎゅっと強く抱く。

「瀬庭をからかう人がいたら、僕が瀬庭を全力で抱く!温もりなら、僕がいくらでもあげる!ずっと瀬庭のそばにいる!ずっと抱いてあげる!暖かくしてあげる!だから、みんなに冷たくされただけでそんなに落ち込まないで、瀬庭」

 瀬庭は、泣いていた。

 ひっく、ひっく、としゃっくりをしながら、頬を真っ赤にして泣いていた。

 この後、感動小説にありかちな描写しかありません。ベタな感動描写しかありません。全くインパクトのない感動のクライマックスです。もう今までにたくさんその手のものを読んでもううんざりという方は、ここで読むのをやめられることをお勧めします。

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