#4 選択
瀬庭。
瀬庭。
瀬庭。
瀬庭。
瀬庭……。
泉佐野は、ぐっとポケットの中の携帯電話を握り締めていた。
目の前には、友達と仲よさそうに話している瀬庭。
伝えないと。
瀬庭を殺そうとしている連中がいるってことを。
それ以前に押谷の話からは信憑性が半分しかないというか、今でも泉佐野は半信半疑であった。
それでも。
「おい、瀬庭」
泉佐野が声をかけると、瀬庭は振り向く。
「何?」
その顔は、かわいらしかった。
すごくかわいかった。
笑顔。
何でこんなときに限って笑顔なんだよ。
ちくしょう。
「どうしたの?」
瀬庭と話していた友達の女の子が、泉佐野に尋ねる。
「いや……」
二人がこっちを見ているのを見て、泉佐野は返事に詰まる。
「何でもない」
それだけ言って泉佐野は、走って行ってしまった。
「変な人」
友達が言ったので、瀬庭も頷く。
くぞおおおおおおおおおおっ!!
男子トイレの一番奥の個室にこもって、泉佐野はおもいっきり床を殴る。
言えよ。
言っとけよ。
瀬庭を殺そうとしている連中がいるってことを。
翼を一度広げたが最後、撃ち落とされるってことを。
でも、こんなことを言ってしまったら、僕も……。
「殺します」
昨日の押谷の言葉が、頭から離れない。
押谷が昨日持っていたあの紙は、やっぱり瀬庭のプロフィールだった。ごっそり覗いて見たら、瀬庭の誕生日、住所、何もかも書かれていた。
あとは実行の段階ですって何じゃそりゃ。
もう兵器まで準備しているのかよ。対空ミサイル?それはちょっと大きすぎるが、とりあえず相当の兵器は準備しているんだろうか。
言わないと。
今日は絶対に、瀬庭に言わないと。
泉佐野はそう自分に言い聞かせて、立ち上がる。
待てよ。
瀬庭は今までに、本当にたくさんの人を殺してきたんだろ?
背中に生える翼で、たくさんの人を殺してきたんだろ?
なら、死んでも当然じゃないのか?
「…………っ」
泉佐野は、目を強くつぶる。
「おお、瀬庭速いな、瀬庭」
隣に座っている龍造寺が叫ぶ。それを聞いて、泉佐野ははあっとため息をつく。
男子は皆、グラウンドにあるトラックのスタート地点の横に座って、女子が走っているのを見ていた。
しかし、何だ。
女子の中でも特にとび抜けたのが瀬庭である。
そりゃそうだよ、翼が生えてて体中がふわっと軽そうだもん、と泉佐野は言いかけたが、やめておいた。
そういえば、瀬庭の翼って普段はどこにあるのかな。
背中の中?
あんなに大きいものを服の中に入れられるわけないだろ?第一着替えるときに他の女子に見られるしなぁ…。
トラックの白いラインの石灰を踏んで4周目に入った瀬庭は、泉佐野をじっと見ていた。
ふと顔を上げた泉佐野は、不意に瀬庭と目が合ってどきっとする。
やっぱり、言わないと。
だって、この世界に、死んで当然な人は一人もいないんだから。
他の女子たちは、半分以上が3周目に入ったばかりのようである。
「どうした?瀬庭のことが好きなのか?」
隣から入ってくる龍造寺の声に、泉佐野はどきっとする。
「そんなわけないだろうか!変なこと言わないでよ」
「あはは」
龍造寺は笑いながら立ち上がる。
「もうすぐ男子の番だよ」
「分かった」
泉佐野もそう答えて、立ち上がる。
笑顔だった。
「瀬庭」
次に泉佐野がその名前を呼んだのは、昼休みであった。
屋上。二人。また前回のパターンである。
「何で、生きているの」
屋上の端に立って振り向いた瀬庭は、哀愁の目をしていた。黒い長髪が、風に揺れている。
顔、かわいいなぁ…。
泉佐野がそう思うや否や、瀬庭の強い声が聞こえる。
「どうして?答えて!」
「……ん、あ、いや、」
「早く答えないと……、もう一度落とすわよ」
「お、おい、瀬庭!」
泉佐野は、勢いよく声を張り上げる。
「あ、あのさ、瀬庭を……」
その時、ぶわっと風が吹き上がる。次の瞬間、瀬庭の背中にはあの大きな翼が広がっていた。
あの、真っ白な翼が――・・。
泉佐野は、目を丸くした。
「お、おい、瀬庭っ!」
そう大声で言うもむなしく、瀬庭は泉佐野の体を思いっきり強く抱きしめる。
なんか、ドキドキする。
でも……。
心臓の鼓動を抑えながら泉佐野は、瀬庭が自分を抱く腕に手を当てて、大きな声で言う。
「翼を、広げるなっ!!」
「なぜ?」
「あ、あのさっ、」
殺します。押谷の声が聞こえたような気がしたが、泉佐野は首をぶんぶん振る。
ほぼ同時に、泉佐野の足が浮き上がる。
「ああっ、駄目だああああああああああああああああ!!」
浮かぶ。
高く。高く。高く。高く。高く。高くへ。
「瀬庭を、殺そうとしている連中が、いるんだああああっ!!」
ありったけの声をこめて、泉佐野は叫んだ。
ドン。
大きな銃の音がする。
上を見ると、いつの間にか真上にヘリコプターがあった。
深緑色の、「西田自衛隊」と白く書かれたヘリコプターが1つ……。
「えっ?」
「瀬庭、逃げろ!とにかく飛べ!!」
泉佐野がそう言った次の瞬間、再び次の銃声がした。
その弾は、瀬庭の翼の端を掠る。
ふわっと、たくさんの羽根が舞い上がる。
瀬庭の長髪が、揺れている。
「…………」
瀬庭は少しの間呆然としていたが、次の銃声がすると同時に、右へ飛んだ。
おもいっきり速く。
できる限り速く。
前から来る風が、強い。
景色はほとんど動いていなかったが、強い風で泉佐野は、速く飛んでいることを感じた。
「どうして……」
と、その時、他の方向から別のヘリコプターの音がする。最低でも5つはあるだろう。次々と銃声がしてくる。
「とにかく下へ降りろ!」
泉佐野がそう言うと、瀬庭は言われるがままに、下へ向かって飛ぶ。
《こちらF-32。作戦は失敗。総員基地へ戻られたし》
そう無線に言い終えた押谷は、ぐそっと声を張り上げて、どんとそこを叩く。
「泉佐野……、裏切りましたね」
青空が、広がっていた。
朝とはまた別の色をして――・・。




