#3 暗殺
……ん?
ここは?
泉佐野は、ばちりと目を開けた。
辺りは薄暗い。むくりと背中を起こした泉佐野は、周りを見回す。
薄暗い。灰色一色なだけで、何もない。いや、あさってのほうから光が漏れている。
それはどうやら、窓のようであった。
はっと目を丸くして、泉佐野は立ち上がる。そこは窓。壁の半分の半分くらいの大きさの窓が置かれている。窓は高い。しかも、鉄製の檻までついている。
泉佐野は後ろを向く。そこには、鉄製のドア。
泉佐野は一瞬にして、自分が閉じ込められている感覚を覚えた。
と、その時、ドアが開く。
ドアが開いて、一人の、迷彩服のこつい体をした大人が入ってくる。
腹が大きいのは少なくとも脂肪ではなく筋肉のような感覚がした。顔も大きいこそ皮膚はびんと張っていて、泉佐野はその体を見て恐怖した。
「あの、僕はこれから死ぬのでしょうか?」
その声は震えていた。途端に、その男の視線がぎろりと泉佐野を睨む。泉佐野は、聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がした。
戦慄から後ろに退った泉佐野を見下ろして、男はドアを閉め、ドアの前の2段程度の階段を下りると、言う。
「案ずることはありません。それよりあなたには、我々の計画に協力して欲しいのです」
「はい?」
泉佐野は、目を点にした。
「いきなり脅かせてしまってすみません」
男はそう言い、迷彩のズボンのポケットに手を突っ込んで続ける。
「あ、あの、あなたは……?」
泉佐野が恐る恐る聞くと、男は答える。
「私は、西田市の自衛隊の一員であり、臨時に組成された特別活動隊のリーダーをやっている押谷成三と申します」
「は、はぁ……」
「唐突で申し訳ございませんが、あなたは瀬庭美奈子という人物を知っていますね?」
「はい、僕の同級生で……」
泉佐野がそう言うと、男の目は吊りあがる。
「同じクラスですか?」
「はい」
「本当ですか?」
「はい」
「嘘を言えば、大変なことになりますよ?」
「本当に同じクラスです。というかこの前転校してきたんです」
「本当ですか?」
「はい」
何度も念を押した押谷は、さらに続ける。
「これから言うことは誰にも言わないでください。あなたに我々の計画に協力していただきたいので、そのことを覚えていただきたい」
「はぁ」
「これから私が言うことをほかの誰にも言わないことを誓いますか?」
「はい」
「本当にですか?」
「はい」
「本当ですか?」
「はい」
「嘘を言えば、大変なことになりますよ?」
「はい」
そう念を押した後で、押谷は続ける。
「殺そうと思っています」
泉佐野は、目を点にする。
「……はい?もう一度言っていただけませんか?」
「我々は、瀬庭美奈子を暗殺するために組織された特別隊なのです」
「……み、妙なご趣味ですね、な、何でまた……」
泉佐野がそう言うと、押谷はポケットに突っ込んだ手を出す。その手には、一枚の紙が握られていた。
「瀬庭美奈子は、背中に翼が生えているという特殊な体質を利用して、次々と人を殺しているのです。あなたみたいな方法でね……」
「…で、ぼ、僕はどうやって助けたのですか?」
「本当に危ないところでした。あなたは、我々のトラックの荷台へ落ちました。荷台の上に何人かの兵士がいたことが、不幸中の幸いでした」
「……」
「それで、瀬庭美奈子はその特殊体質上、警察もなかなか証拠を掴めない。そこで我々が極秘に動くことになったのです。我々が手を下して、瀬庭美奈子を暗殺します。そのために、あなたにも協力していただきたいのです」
「は、はい……」
立っている泉佐野は、足が震えていた。
「ではまず、あなたのお名前を」
「は、はい、ぼ、僕は泉佐野萩人と、いいます」
その次の月曜日の朝、泉佐野は早めに学校に来て、自分の席に座っていた。
周りには誰もいない。教室の時計を見る。5時半。
母にも不思議がられた。なので泉佐野は、学校で特別に早く行かなければいけない用事が出来たと言ってごまかした。
「はぁ……」
泉佐野は自分の席から立ち上がり、窓辺へ行く。案の定、校庭には誰もいない。
途端に泉佐野は、教室に一人だけでいることに恐怖を覚えた。
だめだ。
この計画のことは……。
泉佐野は、この計画にどこか気に食わないところを感じていた。確かに、警察だとヘリコプターを使っても瀬庭は射落とせないかもしれない。軍に任せないと、最新の銃やヘリコプターを駆使して瀬庭を殺すこともできないだろうに。
確かに、瀬庭が殺した人の数は計り知れない。
でも。
泉佐野は、ぐっと両手を握り締める。
泉佐野は押谷から、瀬庭が翼を広げたときに直ちに連絡するよう言われていた。空の上で、一般市民に危害を加えることなく射落とそうとする魂胆なのだ。
でも。
そうやって、瀬庭を殺してもいいのだろうか?
瀬庭には瀬庭の言い分があるのではないのだろうか?
殺す前に、何かするべきことがあるのではないのだろうか?
瀬庭の名誉を傷つけることになっても、マスコミに瀬庭の情報を流してニュースをやらすという方法もあるのではないのだろうか?
泉佐野は、空を見上げる。
平和なはずのその空には、いつも通り、平穏な顔をした白い雲と、平穏な顔をした青い空が広がっていた。




