#2 落下
泉佐野は、呆然とした顔で屋上に立っていた。
平らで何もない屋上には、泉佐野以外誰もいない。
泉佐野は、柵の向こうの運動場を眺めていた。
「何で…こんなことになったんだよ」
運動場では、何人かの生徒がサッカーをしている。昼休みもそろそろ終わりというに、サッカーは今すぐには終わりそうもない。
泉佐野は腕時計を見てため息をつくと、階段のほうへ戻る。
翼。
昨日転校してきた瀬庭は……、あの翼の持ち主なんだ。
あの、大きな翼の持ち主なんだ。
今朝は、挨拶すらしなかった。瀬庭とはろくに話していない。謎で出来ている女の子としか思えない。今朝は別のコースを通ったからあの公園の前は通っていない。瀬庭は昨日早速他の女子とうまくやっている様子だったが、それでも。
『言ったら、殺すからね』
そのセリフを思い出すだけでも、泉佐野は身震いがした。
「泉佐野」
先生の太い声。
「は、はいっ!」
泉佐野はびくっとして、思わず立ち上がる。数学の先生であった。そうか、今は数学の授業なのか…。
「泉佐野、この問題に答えなさい」
先生の声。泉佐野は、黒板を見る。
”5の平方根は?”
泉佐野は、黙って黒板のほうへ歩いていく。そうして、白いチョークを手に取り、問題文の下に書く。
”±5”
クラスからどっと笑い声が上がる。
「授業をちゃんと聞いていない証拠だぞ」
数学の先生の言葉。
泉佐野は、うつむく。
何だよこれ。
僕は…。
怖いんだよ…。
昨日の席替えで、泉佐野は瀬庭と3つか4つ離れた席になった。それでも怖かった。できれば教室の斜め端と斜め端同士の関係であればと願っていた。しかしそれは叶わなかった。
泉佐野はぎゅうっと唇を噛み、黙って自分の席に戻る。
《――泉佐野、3年生になってからちょっと暗くない?》
《――きっとそのうちに直るよ》
《――あはは、そうだね、気にすることないよね》
女子の噂話が耳に入ったが、泉佐野は黙って席に座った。
ふと、後ろを見る。瀬庭がいる。
こちらを睨んでいる。
鋭い目で睨んでいる。
怖い。
まさか、あの翼で上から落とされるんじゃ……。
道を歩いていたら突然後ろから体を掴まれて、そのまま上へ持って行かれて手を離したら……。
……あれ?
最近このあたりで連続殺人事件が起こっていたよな?確か。
そして、被害者は全員打撲死……。
まさか……。
泉佐野の心臓がどくんどくんと鳴る。
まさか……。
まさか…………!
泉佐野は、恐る恐る後ろを見る。長髪の瀬庭は、相変わらずこちらを睨んでいる。
勇気だ。
こんなときにこそ、勇気だ。
泉佐野は、ぐっと両手を握り締める。
「き、来たな」
その日の放課後、泉佐野は屋上にいた。階段室から屋上に出てきた瀬庭を指差しながら、泉佐野は言った。
「用って何なの?」
瀬庭はしれっとした顔で、泉佐野に尋ねる。
「部活のトライアウト、今日からなのよ。早くしてくれない?」
瀬庭がそう言って自分の制服の襟をいじる。泉佐野も陸上部にもかかわらず着替えていず、制服であった。
「瀬庭……、お前、ひ、人を殺しただろ?」
勇気だ。
勇気。
ぐっとこらえろ。これは勇気だ。
もし僕の予想が当たっていたら、僕が、瀬庭を止めてやる。
そして、これからの死を未然に防ぐのだ……。
泉佐野は、自分がなぜこれをやっているのか十分理解できていた。しかし、それはやっぱり違うこれが本当の理由なのだと、無理矢理自分自身に言い聞かせていた。
そうだ。瀬庭は、たくさんの人を殺しているんだ。僕が止めなければ。
「何のこと?」
「ほ、ほら、最近このあたりで打撲事件があるんだろ?その犯人、せ、瀬庭だろ?その翼で持ち上げてさ、落として……」
「確かに私は翼は持っているけど、やったのは私では、ない」
瀬庭はそう言って、ゆっくりと泉佐野のほうへ歩み寄る。
「用はもう終わり?」
「……終わりだよ」
泉佐野はそう答えた。
当てが外れた。泉佐野はため息をつくと同時に、一歩一歩こちらへ歩いてくる瀬庭を見て違和感を覚えた。
「今からトライアウトじゃなかった?」
泉佐野がそう尋ねると、瀬庭はにっこりと言う。
「気が変わった」
そう言って制服の上着を脱いで地面に置くと泉佐野の後ろに回って、泉佐野の体を後ろからぎゅうっと抱く。泉佐野はどきっとする。
「こうでもしないと、落ちちゃうからね」
「……えっ?」
泉佐野が声を上げると同時に、瀬庭の背中のカッターシャツがばらりと破れ、そこから翼が出てくる。
大きな翼は瀬庭の背中から、泉佐野の体をも包む。
真っ白な羽根がいくつか散らばる。
「こ…これは?」
泉佐野が尋ねると、瀬庭の声が後ろからする。
「私の翼」
「へ?」
泉佐野がそう言うと同時に、翼が振られ、風が起こる。足がふわっと地面から離れる。
屋上が、段々小さくなっていく。
瀬庭の背中の翼が、はためいていた。
泉佐野は、呆然とした顔で下を眺めた。
下の運動場では、誰もがそ知らぬ顔で野球部と陸上部とテニス部に打ち込んでいる。
体中がふわふわと浮き上がる感覚はしなかったが、それでも後ろから異性に強く抱かれている感覚はした。
でも、その感覚は、未知の視線という感覚に打ち消された。
これは、今まで見たこともない景色。
自分の町が、学校が、病院が、自宅のあるマンションが、図書館が、スーパーが、何もかも空から見えた。
道路を豆粒みたいな車が走っている。
今まで何回も見てきたはずなのに、初めて見る景色であるような不思議な感覚がした。
「わあ……」
泉佐野は、思わず声を上げる。前から顔に当たってくる風が気持ちいい。
「このこと、絶対に誰にも言わないでね」
上から瀬庭の声。
「分かった」
泉佐野はそう答え、下に広がる、駅前、ビルの屋上が並んでいる景色に見とれていた。
「もっと近くから見たい?」
瀬庭の声。
「できるの?」
泉佐野がそう尋ねると、瀬庭は答える。
「ええ」
その声の色は、明らかにさっきと違っていた。
隆司はそれを感じ取った。
「瀬庭」
そう言いかけると同時に、瀬庭が泉佐野を抱く力が弱くなってきているのに気付いた。
「お、おい、瀬庭、まさか……」
泉佐野は、冷や汗がした。
「その、まさかよ」
瀬庭はそう言い、ふわっと一気に腕を広げる。
泉佐野の体は、真っ逆さまに落下する。
今度は下からの風が、気持ちいいと言っている場合ではなかった。
「あなたは、信頼できない」
上から声。
その声は、もう霞んでいた。
ビルとビルの間の隙間を、泉佐野は落ちていた。
泉佐野は、冷や汗をたくさんかいているのを感じた。
目の前には、混雑していず、車の通りの速い道があった――・・。
しばらく来ていないうちにここまで大胆にリニューアルしたんですね・・・。「小説家になろう」。うん。小説IDも、いつの間にか「i」になっている・・・。前来たときは「c」だったのに。
こんなすばらしいサイトに、僕の駄作を載せてしまって、ごめんなさい!本当にごめんなさい!




