リティ、サウナを楽しむ
タハラジャル名物サウナ。王都内に数百か所あるほどの人気施設で国民のみならず、海外からの客も関心を寄せる。
大小様々な施設が点在しており、これもやはり競争率が激しい。毎年、数十件のサウナ施設が立ち上がったり消えたりしていた。
エネリーがエクスピースを連れ込んだのは王都内でも有数の優良サウナだ。
「エネリーさん。暑い部屋で汗を流すのが気持ちいいんですか?」
「暑さに強くなるでー」
「頑張りまぁす!」
「みゃんっ!」
「単純ね……」
エネリーに制御されつつあるリティを見て、ロマは心配になった。彼女もサウナという施設の魅力がわからない。暑い部屋に閉じこもって汗を流す。
それならば普通に体を動かしたほうがいいのでは、と思わずにはいられなかった。
「ミライ、ダメだと思ったらわたしがすぐに連れ出しますから」
「ご主人様達に……少しでもついていきたい」
クーファはここにきて迷っていた。病み上がりのミライを連れてくるのは反対だったのだ。
彼女の強い希望もあって渋々了承したが、何せサウナである。まともではない環境だ。
不安を感じつつも、いよいよサウナ室へ入る。
「皆さん、耐えてますね!」
「いえ、ちょっと待って……」
人々が段差に座りながら汗を流していた。安らぎを感じているように見える人、苦悶の表情を浮かべる人と様々で、やはり一向は困惑する。
「これが修業?」
「みゃーん!」
「やっぱり! お、お、男の人がいるわよ!」
ロマの指摘通り、男女が入り混じっている。しかし誰一人として平静だ。それどころか談笑しており、慣れている。
「言わんかった? 実は混浴なんや」
「混浴ぅ!」
「素っ頓狂な声ださんといてやー」
「ふざけないで! そうと知ってたら来なかったわ!」
「だから専用のローブに着替えたやんか」
エネリーが言う通り、裸ではない。発汗に備えたローブを着ているので、男女ともうろたえる必要はないのだ。
現に入口で戸惑っているのはロマだけである。リティは迷いなく進んで、中年男性の隣に座る。
クーファもロマほどではないが顔を赤くしながらも、少しずつ歩みを進めていた。ミライの手を繋ぎながら、ようやくリティの隣に辿り着く。
当のミライは平然としており、表情一つ動かさない。
「へ、平気ですか?」
「はい」
「ミライちゃん、すごいなー。ご主人様よりサウナーの才能あるで」
「サ、サウナー?」
「一流のサウナーは一時間以上いるで。あのおっさんなんか、その筆頭や」
「フ……無理は禁物だ。ここの室温はそこらのサウナの比ではない」
風格さえ漂う男性にリティは視線を這わせた。彼の暑さの耐性に興味を持ったからだ。
その周囲にいる中年の男女がリティを上段から見下ろす。
「へぇ……。面白そうな子が来たわね」
「エネリーが連れてくるほどだからな。しかも目的はサウナだけじゃないだろう?」
いずれも只者ではない。リティはすぐにわかった。
それはサウナーとやらの適性だけではない。彼らこそが、エネリーの目的なのだろうと確信したのだ。
「エネリーさん。こちらの方々は?」
「こっちのおばはんが治癒師ギルド支部長で、こっちのおっさんが盗賊ギルド支部長やで」
「ギルド! ですか!」
「チャンスやで。まずはおばはんに話を通したってや」
ギルドと聞いて興奮しかけたリティだが自制する。
クーファはミライについて、治癒師ギルド支部長に説明した。
汗を拭きながらも女性支部長は頷き、時には相づちも打つ。そしてミライの頬に手を当てた。
「この子、とてつもないわね。なんでこの暑さで平気なのかしら?」
「わ、わたしは、もう……」
「そっちの出口に水風呂があるわよ」
「はひ……」
クーファがサウナの外に備え付けられている風呂に駆けていった。
彼女を追いかけようとするミライだが、女性支部長に肩を押さえつけられる。
「ご主人様!」
「あなたはまず一人でいる事に耐えなきゃいけない。あの子への依存を断ち切るのよ」
「でも、ご主人様ぁ……」
「治療は孤独なのよ。相手がどれだけ苦しんでいようが、こちらも一人で耐えて戦い続けなくちゃいけない。強い心こそが重要なの」
「……ぅん」
リティは中年女性を信頼した。素性が知れない自分達の言葉を聞いて、ミライを諭したのだ。
その上でミライに欠けているものを見出して、治癒師へと導く。この時になってリティは自身が魔力に恵まれない事を悔やんだ。魔力があれば彼女からより多くのものを学べたと思ったからだ。
「まぁそう落ち込むなよ、小娘。お前はこっちのほうが向いてる」
「え? なんでわかったんですか?」
「視線の動きで何となくな」
またもリティは感心する。盗賊ギルド支部長の洞察力は並み大抵ではない。
すでにエクスピースの面々の仕草や癖を見抜いて、性質を把握しかけているのだ。
「視線の動きですか。なるほど、日常でもそういった事には気をつけます」
「おぉ? 言うねぇ。やろうと思ってもなかなか出来ないもんだぜ」
盗賊ギルド支部長レイバード。悪事を働く追放冒険者から金品を取り返したりなど、冒険者時代は正義の大盗賊と称えられていた。
引退後は後進の育成に務めるというありふれた人生を送っているが、性根は現役時代から変わらない。
「お前に盗賊の極意を教えてやってもいいがな。追放冒険者になってみろ、すぐにでもすべてを奪うぜ」
「この手で、ですか?」
「ぬっ……!」
レイバードの手がリティに掴まれる。手の先にはミャンだ。尋常ではない握力で腕を締めつけられたレイバードがたまらず降参の意思を示した。
幽霊船での戦い以前であれば、リティもみすみすミャンを奪われていただろう。
しかしリティは自覚せずに元大盗賊のレイバードすら捉えるほどに成長していた。もちろん戦ったとしても彼に軍配が上がる事はない。その事実を肌で感じたからこそ、レイバードは諦めたのだ。
「まいった、悪かった」
「はい」
「お前、マジか。冗談じゃねえぜ、まったく……。お前に教えられる事はなさそうだ」
「えー! そんな!」
「大方、お前も俺を観察してたんだろ? その分ならわざわざギルドで学ぶ必要はない。見て覚えな」
「見てって……。盗賊なんかいませんよ?」
「そこにいるだろう」
レイバードが汗だくになったエネリーを指す。
「エネリーさんが!?」
「確かにうち、盗賊の称号は持っとるけどなぁ。でもリティちゃんは称号が欲しいんとちゃう?」
「欲しいです!」
「だったらこれから、ダグラード遺跡に行くんだろ? エネリーの盗賊スキルを見て覚えてから俺のところに来な。最終試験をやってやる」
破格の待遇だがリティは快諾できずにいた。今までのジョブギルドでは考えられないからだ。
冒険者ギルドの規約に違反しないかなど、懸念材料は尽きない。しかし、そんなリティを見透かすようにレイバードは笑う。
「称号をやるかどうかなんて支部長次第なんだよ。極論、試験なんかやらずにくれてやる事も出来る」
「……そういえば、ロマさんの時もそうでした」
ロマは剣士ギルドの最終試験に受かっていない。森の統率者の討伐の功績を認められて、剣士の称号を与えられたのだ。
合点がいったリティはいつも通り奮起する。
「ロマさん、あの時は……あれ? いません……」
「あのお嬢ちゃんなら、そこにいるぜ」
隅で目立たずに目を閉じて何かを唱えている。なんだかんだで出ていかなかったのは本人なりの意地だ。
ここで逃げ出すようでは、と自己暗示をかけている真っ最中だった。
「無よ……心を無にするの……」
「ロマさん、どうしたんですか?」
「無……」
「みゃあんっ!」
「きゃっ!」
ミャンがロマに巻き付く。慌てふためいて目を開けてしまい、再び混浴という事実に直面してしまった。
「無よ! 私は無になるの!」
水風呂へと駆けていったロマを見送るリティだが、まるで彼女が理解できなかった。
ロマなりの修業と解釈として、リティも真似する。
「無……無ですね」
「……お前ら、何やってんだ?」
「レイバードさん、私は無です」
「ところで何かの縁だ。俺が知る限りのダグラード遺跡の情報を教えるぞ」
「ホントですかぁ!」
「無じゃなかったのか? ていうか、エネリーもそれが目的だったんだろ?」
「はぁー……あっついあっつい……」
ゆで上がったタコのようになったエネリーが、胸元のローブをばたつかせている。サウナを堪能して当初の目的など忘れていたのだ。
ここにきて耐えているのはごくわずかだった。治癒師ギルドの支部長も他の者もすでに水風呂へと向かっている。平然としているのはリティのみだ。
「あっかぁん……。久しぶりかて、ペース間違えたわぁ」
さすがにエネリーも、よろけながら退室していく。レイバードはそんな彼女とリティを見比べる。
「お前、暑くないのか?」
「暑いです!」
「俺はそろそろ限界が近づいてるが……」
「まだいけます!」
「ウソだろ?」
汗を流しながらも、リティの笑顔は曇らない。ロマに巻き付いたままついていったミャンは、水風呂でぱしゃぱしゃと泳いでいる。
長年、通っているサウナだがレイバードは新たな事実に気づいた。
「ここって動物とか問題ないんだな……」
その主旨は規約に書かれていない。抜け毛などの心配をしたレイバードだが、限界が近づいてきたので彼もまた水風呂へと向かった。
残されたリティのみ、汗を流し続けている。
「ここで暑さに慣れてから砂漠へ向かう! サウナ! すごい!」
見当違いもいいところだが突っ込む者はいない。リティは心の中でエネリーに感謝する。
常連の猛者を遥かにしのぐサウナ滞在時間となり、ロマ達から引きずり出されるまでリティは耐えていた。




