リティ、遺跡探索準備を始める
「アーキュラさん、そろそろ離れて下さい」
「自力で剥がせばー?」
「いいんですか? じゃあ……はぁぁぁぁぁ!」
「ごめんやっぱりやめてー」
アーキュラがリティからずるりと剥がれ落ちる。誤魔化すかのように伸び縮みを始めた彼女をリティがじっとりと横目で見た。
大競売後に集まった場所はハバラク邸である。国王の提言通り、ハバラクはエクスピースに依頼する事にしたのだ。
「うぉっほん……。話を始めていいかね?」
「はい!」
成り行きを見守っていたハバラクが痺れを切らす。
見れば見るほど子どもな上に、このやり取りだ。彼でなくとも、不安になる。
「んー! お菓子うまいなー!」
「みゃんっ!」
「……始めていいかね?」
「ええよー!」
「では改めて自己紹介といこう。私はハバラク、代々やっている反物の事業により王家に気に入られて、伯爵位を与えられた。
私が仕入れた反物はどれも他では手に入らない年代物ばかりでね。色鮮やかなものから暗澹とした」
「そこらでええでー!」
「すまない」
仮にも伯爵相手である。エネリーの振る舞いにはリティやロマも疑問があったが、長いのは事実だ。結果、おかげで本題へと移行できた。
「あの真眼のエネリーが見定めた冒険者と言う事で、君達を信用してる」
「おおきにー!」
「その上で私がダグラード遺跡探索に乗り出した理由を教えよう。実は先日、地下倉庫で気になるものを見つけてな。これを見てほしい」
「石板の欠片?」
両手で持てるサイズの欠片をハバラクがテーブルに置く。石板は一行が見慣れない文字で書かれていた。
リティも凝視するが、読めるはずがない。
「古代文字だろう。信用できる考古学者に解読を依頼したが、具体的な内容までは解明できなかった。判明したのは『ダグラード』『滅亡』の二つのワードのみ……」
「ダグラードというのはダグラード遺跡の事でしょうか?」
「断定は出来んが私はそう捉えている。不穏なワードだが、何より何故こんなものが私の屋敷の地下倉庫から出てきたのか。これが出てきてからというもの、私は言い知れぬ不安と共に過ごす事となった……」
ハバラクが一息つく。
わかるはずもない文字をリティはしつこく見続けている。彼女は居ても立っても居られなくなっていた。
石板の文字、ダグラード遺跡、ハバラク家との関係。そこにある謎こそがリティにとっての原動力なのだ。
「両親からは我が家は行商から成り上がったと聞いている……。しかし、もう一つの姿があったのでは?
父を疑うわけではないが、もしダグラード遺跡と我が家が密接な関係にあったとしたら……。今まであそこには多くの冒険者や国の探索隊が向かっている。だが、帰ってきたものは少ない。ダグラード遺跡という存在が彼らを殺したのだ。もし我が家と関連があったのなら、知らぬ顔ではいられなくてな」
「それでハバラクさんはご自分の両親や家を思うからこそ、決心したんですね」
「その通りだ。しかし私は冒険や探索などとは無縁の人生を過ごしてきた。だから奮発してでもモーゼスエッジ……ではなくウィングエッジを手に入れたのだがな」
「堪忍なー……あ、菓子がないやん」
「みゃむみゃむ……」
ミャンが頬張ってご満悦だ。リティが軽く頭を叩くも、大した効果はない。
遠慮がなさすぎる行為だが、ハバラクはまったく気に留めていなかった。
「結果的には君達に出会えたわけだが……」
「ハバラクさん。一つ、質問いいですか?」
「君はロマと言ったな。何だ?」
「私達以外にも誰かを雇う気はないのですか?」
「優秀な冒険者はすでに他の者が雇っている。かといって実力が足りない者に付き合ってもらうわけにはいかんのでな。こればかりは厳選せざるを得ないだろう」
貴族の中には大量に戦力を確保する者がいる。やり方としては間違っていないのだが、ハバラクの答えを聞いてロマは満足した。
悪辣な貴族なら、リティを引きずってでも退室していたところだ。手ぬるい考えだが、それ以上にロマはハバラクの人柄を信じた。
「わかりました。リティ、引き受けていいわね?」
「もちろんです。じゃあ、さっそく準備をしましょう」
「こちらも最大限、支援する。まずは砂漠を渡る手段だな」
「手段ですか?」
「君達、もしかして歩いて砂漠を越える気か? いつの時代の話だ……」
リティ達の思わぬ知識のなさにハバラクが頭を抱えた。リティとしても、この国に到着して時間が経っていない。
何せ冒険者ギルドにも立ち寄ってないのだ。知る機会などあるはずがなかった。
「こちらでサンドシップを用意しよう。だが無事に辿り着けるかどうか……」
ハバラクがそうぼやくのも無理はない。危険なのはダグラード遺跡だけではないからだ。
サンドシップの手配、人員確保、リティ達の準備期間を踏まえた上で出発は一週間後となる。
* * *
「クーファさん、ミライさんの様子はどうですか?」
「あ、皆さん……」
治療院へ赴き、クーファと合流する。リティ達の体験やエネリーについて一通り話してから、本人の自己紹介だ。
調子を合わせてくれるリティやロマと違って、エネリーのようなタイプはクーファにとって未知だった。
前例としてカタラーナがいるが彼女とも違う押しの強さに、クーファは言葉に詰まる。
「ほんで、アーキュラちゃんはあんたが召喚したんか! ごっついなー! まぁわからんでもないなー!」
「ご、ごっつ……?」
「オドオドしとってもわかるで! うちの目ぇ見とるし、怖がってへんもん!」
「はぁ、どうもです」
「マスター、お勤めして疲れちゃったー。労いの言葉もないのー?」
「ひゃあんっ!」
背中に冷水を流されたクーファが体を震わせる。
ケラケラと笑うエネリーだが、ここは病室だ。ロマがその手の正論を説くと、ようやく落ち着いた。
「……あの、エネリーさんには事情がわからなくて申し訳ありません。ミライの事でお話があります」
神妙な顔つきのクーファに、さすがのエネリーも一切突っ込まない。
ミライはすでにベッドで半身を起こしている。クーファは言葉を出せずに言い淀んでいた。
「……ちゃんと、魔術のお勉強したい」
「あ、ミライ……」
クーファが気まずそうにしたのは、ミライの決心そのものではない。
エクスピースは冒険者パーティだ。危険な場所で命をかけて戦う以上、足手まといなど論外である。
つまりミライの決心を認めるには二つの選択肢があった。ミライの同行を認めて、尚且つ彼女を守る。もう一つはミライとは別れる事だ。
「ミ、ミライはこう言ってますけど皆さんは」
「いいですよ」
「リティさん? い、いい、いいいいんですかぁ!?」
「幽霊船の時、ミライさんがいなければ私達は全滅でした。これから先、ミライさんの力が必要になってきます。むしろ私のほうからお願いしようと思ってました」
リティはユグドラシアの戦いぶりを思い起こす。ひどい連中だったが実力は確かだった。
個々の力の高さもさることながら、連携によってお互いをカバーしていたのだ。
完全攻撃型のドーランドと回復と攻撃を両立できるアルディス。更にはフィニッシャーのバンデラと、抜かりない。この二人を軸にクラリネが全体を守り、ズールが敵の死角をつく。
言ってしまえばそれだけの実力と連携は必須という事だ。たった一人で無双できると考えるほど、リティは驕っていない。
が、それはあくまでリティの自己評価である。彼女は気づいていない。その驕らない心が、怪物を更なる高みへ導いている事を。
「ミライさん。ぜひお願いします」
「あ……」
「ミライさん?」
「あ、ありが、とう……」
ミライが涙をこぼし始めた。さすがのリティも戸惑う。
「あの……?」
「わたし、ずっと、ご主人様といたくて……。でも、迷惑かけちゃって……」
「私だって冒険がしたいんです。ミライさんがクーファさんと一緒にいたいと思うのと同じです」
「ふぇ、うぇぇぇん……」
クーファが無言でミライの頭を撫でる。ロマも口にこそ出さないが認めているのだ。
飾る気もなければ、リティ以上に気の利いた言葉が思いつかない。
ミライがいればエクスピースとして、更なる前進が出来ると彼女も確信している。何せミライの回復魔術は一切の修練もなく、幽霊船であれほどの力を見せたのだから。
「んー! ええなぁ! ええもん見せてもらったなぁ! こうや! これこそが冒険者やな!」
「そういえば、エネリーさん。さっき誰かが話してたのですが、ユグドラシアにも勧誘されたんですか?」
「そんな連中おったなぁ。なんかすごい人らみたいやけど、うちはあまり好きになれんかった」
「どういったところがですか?」
「この国に一度来た時にちーっとだけ目つけてたんやけどな。あのリーダー、どうも好かん。店に先に入ろうとした人に割り込んで、スッと入っとったの。催されてた大会でもひたすら自分を見せつけて、ええ恰好しとっただけや。リティちゃん、あんたと大違いやで。これでええか?」
エネリーはリティに試されるような質問をされても、あえて答えたのだ。
やや見せつけるように微笑んで、エネリーは少しでも優位に立とうとする。真意はわかってるとでも言いたげだ。
「うちに声かけた時だけ爽やか青年を演じても無駄やでぇ。あの獣人のハーフなんかうちに無関心やったし、金髪美人なんかあくびしとったで。人に物を頼む態度かっちゅうねん! そのくせあの小男は揉み手でやたらうちに媚びて……いや正確にはリーダーにやな。まぁそんなこんなでお断りしたんや」
リティはエネリーに驚愕した。何せ彼女は初見でそこまで見破れずに、彼らについていったのだから。豹変しても信じて捨てられて、そこでようやく気づいたのだ。
彼女の腹の底は未だわからないが、リティとしてもミライに続いてエネリーの同行をお願いしたいほどだ。
「あの人ら、あれで英雄とか呼ばれて冒険者やってんのやな。まぁ強ければ何でもええって感じかー。いやいや、そんな話やなくてな」
「はい、エネリーさん。ぜひこれからも」
「せやな。まずはサウナやな」
「はい?」
聞きなれない単語に疑問符を浮かべたのはリティだけではない。まずは旅の準備のはずである。
「サウナとは?」
「あっつい部屋でたくさん汗かくんや。ほんでその後は水風呂、またサウナ。血の巡りがよくなるんや。気持ちええで?」
「確かにそれはいいですね。しかし、ミライさんの事もありますし」
「その事も含めてサウナや」
「えぇ?」
「あのね、エネリーさん」
要領を得ないエネリーの発言に苛立ったのはロマだ。
内心、ロマとしてもサウナは気になっている。しかし、肝心なのは時と場合だ。
もしエネリーが自分達のペースを乱して引っ掻き回すような人物であれば、同行を断るつもりであった。
「私達、真剣なのよ。今はそんなところに行ってる場合じゃないの」
「損はさせんって。サウナっちゅうのはな、意外と人が集まるんやで?」
「人が?」
「何事も人脈ときっかけや」
エネリーが白い歯を見せてニカッと笑った。




