リティ、大競売を楽しむ 後編
「この品は伝説の」
「はい偽物なー!」
「ぐはぁっ!」
堂々と出した品を偽物呼ばわりされた上に論破される。偽物を本物と称して出している者はまだいい。
かわいそうなのは本物と信じていた出品者である。高額を手にして、その先の夢を見ていた者が口から泡を吹いて倒れた。
大競売にて、エネリーという少女がどれだけ恐れられているか。エクスピースは思い知ったのである。
「ダメだ……。あのガキがいたんじゃ……」
「何のつもりなんだよ! あいつも商人なら、俺達の気持ちはわかるだろうに!」
「あいつ、どのパーティからの誘いも断ってるんだよな。噂じゃあのユグドラシアにも誘われたとか……」
「マジかよ! ユグドラシアとコネが出来るとか夢みたいな話だろうに!」
「でも最近、捕まったと聞いたが……」
「ガセだろ」
ユグドラシアが海の向こうで裁かれた話は完全に浸透していない。信じない者も多く、それほど彼らの偉業と名声が大きいのである。
そんな話を聞いたところでリティにとっては話半分だ。彼らよりも今はエネリーという存在が気になって仕方がない。
「私が出す品は魔除けの札だ! この国にいる冒険者ならダグラード遺跡の探索が目的だろう? だったら、あそこにいるネームドモンスターの話は聞いているはずだ! 呪われし歌姫! 奴がいては探索もままならない! ところがこいつがあれば、アンデッドモンスターを寄せ付けないのさ!」
「ふ、札?」
「アズマという国では、こいつで魔を退けている。こんな風に、ほれ。おでこにでも貼っておけば安心さ」
「待て! アンデッドモンスターなどという呼称は訂正していただきたい! 彼らを侮ってはいかん!」
「な、なんだこのおっさん!」
壇上に上がったきた中年の男が、出品者に掴みかかる。警備兵に取り押さえながらも、必死に喚き散らしていた。もはやカオスである。
「彼らは理から外れた存在だ!」
「離れろ! こっちへ来るんだ!」
「そしてその存在理由はああぁぁ!」
「はぁー、今年も盛況やなー」
中年の男が警備兵に捕まって消えた後も、何事もなく大競売は進行する。
札の効果については疑問を持つ者が多かったが、そこそこの値がついて最終的には六十万で落札された。買ったのは二級の冒険者だ。
「助けになるかは知らんが、ないよりはいい。どうせ六十万なんぞ大した金額ではない」
その後の競売はエネリーの妨害が入らず、スムーズに進行した。ダグラード遺跡の攻略に役立つという宣伝と共に出された品が多い。
低額や高額に関わらず、二級以上の冒険者の落札者が多かったが中には貴族もいた。
「ホッホッホッ、今度こそあの遺跡の秘密を解き明かしてやりますよ」
「いえいえ、それはハシュー家の役目ですな」
「あなた達では力不足だ。代々、強力な魔術師を生んだブラベル家こそが相応しい」
ダグラード遺跡は冒険者だけの目標ではない。ユグドラシアが発見した事でも知られており、彼らによって完全に踏破されたと思われていた。
しかし、最近になって状況は一変する。一級冒険者パーティ"蒼の同士"が、更なる深層を発見したのだ。
彼らのおかげで、とてつもなく広大というシンプルな実体が明らかになった。それ以来、かつてこの地に栄えていた文明の謎やアーティファクトが数多く眠っているとされている。
「さーて! いよいよ大競売も大詰め! 最後に主役の登場か!? さぁ、張り切ってどうぞ!」
「オッホン! 皆さん、初めまして。私、ハバラクは貴族などと呼ばれていますがとんでもない。一介の伯爵風情ではありまして、この地位に長い事」
「あの、挨拶はそこそこにして品のほうを……」
「おっと、すまない。えー、要するに私もダグラード遺跡の探索合戦に参戦しようと思いまして。しかし、ただそうしたのではつまらない。そこで、です。今回、こちらの品を落札された方を私が直々に雇いましょう」
ハバラクは国内でも名が知られる貴族だ。しかし、わざわざ落札させて雇う意図は誰しも理解できていない。
そんな観衆をよそに、鞘に収まった剣が鎮座する台が現れる。
「こちらの品、なんとモーゼスエッジです。実体がないもの、即ち形がないものを斬る事が出来る優れものと認知している方は多いでしょう。知っての通り、ダグラード遺跡は凶悪な砂嵐が吹き荒れて容易には近づけない難所です。それが発見を遅らせた理由でもあるのですが……まぁそれはいいでしょう。
そんな難所であるからには私としても、出来るだけ優秀な方を雇いたいのです。実力はもちろん、資産力も評価基準です。では始めましょう……」
もったいぶったハバラクが最初の金額を口にする。
「一億」
アホか、と心の内で呟いた者もいた。モーゼスエッジの真偽も見極められない上にこの金額だ。
冗長なハバラクの語りも相まって、ついていける者は少なかった。
「一億五百万!」
「一億五百二十万!」
「あららー、少ないですなぁ。これではなんとも……」
挑発とも取れるハバラクの発言に、観衆は反感を覚える。こんな時こそお前の出番だろうとエネリーに視線を寄せる者も多い。
しかし彼女は首をかしげているだけで、なかなか動かない。業を煮やした近くの男がエネリーをこづく。
「エネリー、あれは偽物か?」
「んー?」
「おいおい、普段は偉そうに講釈たれてるくせによ。わからないのか?」
「いや、偽物やで?」
「マジかよ! だったらすぐにでもあのおっさんに」
「それはええねんけどな。どうしようかと思ってなー。んー」
エネリーの不可解な反応に、男は苛立つ。挑発するほど普段は嫌っておきながら、こんな時だけ当てにする。
身勝手だとわかっていたが、ハバラクの態度も気に入らないのだ。
「終わりですかな?」
「んー、決めた!」
「は……?」
「そのウィングエッジな。せいぜい六百万がええとこやで」
「ウ、ウィングエッジですと!?」
ハバラクは言動にやや難があるが、悪い男ではない。しかし、エネリーにとっては彼の人格など関係ないのだ。
詐欺、ぼったくり、商売にはあらゆる行為が存在するが憤りなど感じない。ただ一つを除いては。
「エクスピースー! 今からうちと取引せぇへん!」
エネリーが大声で後方のエクスピースへ呼びかける。何事かと感じる間もない。
彼女がそのパーティ名を知っているのもリティは想定していた。大衆の前で活躍して自己紹介した時に聞いていた可能性がある。問題は彼女の目的だ。
「あんたら目立ちたいんやろ? 言わんでもわかるでー! この国に来る冒険者は特に目立ってなんぼやからなー! うちをパーティに加えてもらえたら、今からもっと目立たせてやるけどなー!」
「エネリーさんを?」
「うちなー! 一応、冒険者の資格は持ってんねん! メインジョブは商人やから三級止まりやけどなー!」
「と、突然すぎるわ!」
ロマの言う通りである。当のエクスピースですら、すぐに対応して答えるわけにもいかない。エネリーとてたった今、即決したのだから。
「どないするー?」
「わかりました!」
リティが大衆の隙間を見つけて飛び越えた。その驚異的な身体能力の時点ですでに注目の的だ。
ロマも遅れながらかき分けて進むが、エネリーへの不信感が消えない。
「な、なんだね。君達は……」
「ハバラクさん、ちょっと失礼なー。そんでな、エクスピース。これウィングエッジいうて、風の刃を発生させて斬る武器やねん。強力やけど本物みたく形がないものを斬っても無駄や。しかも、モーゼスエッジの偽物として流通する事もある不遇な魔導具でもあるんや」
「それで私達が本物を持ってるから呼んだんですか?」
「話が早くて助かるわー!」
「私がミャンから取り出して確認した時に見てたんですね」
「せやせや!」
リティは自分達がいわゆる品定めをされている状態だと見抜いていた。
エネリーはただの快活な少女ではない。笑顔の裏で何かを考えている。それが善か悪かはリティも判断できないが、これも好奇心だ。
単純にエネリーという少女に興味を持ったのだ。
「さ、本物を見せたってや」
「はい、これがモーゼスエッジです」
「そ、そっくりだ!」
大衆がどよめく。ウィングエッジとリティが持つモーゼスエッジは柄に至るまでデザインが共通していた。ハバラクが必死に見比べる。
「おやおや、これはこれは……。驚きましたな。エネリーさんはこちらの少女が持つほうが本物だと?」
「ハバラクさん、あんたこのウィングエッジを誰かに使わせたん?」
「あぁ、護衛にやらせてみた。見事な切れ味だよ。水も砂も真っ二つだ。見事な散り様だったな」
「それは風圧で裂かれただけや。それにアンデッドは斬れへん。本物は水しぶきや砂さえ巻き上げへん」
「だとすれば、これを売りつけた商人はとんでもないな」
ハバラクが大衆の中に視線を送る。怯えた商人が一人いた。彼もまた被害者なのだが、この場で弁解する胆力などない。
その後、エネリーによる偽物講義が始まる。内蔵されている風魔石、その際に加工された痕跡、言われても並みの商人では気づかない違いだ。
鞘から引き抜いてみれば刃こぼれこそ少ないものの、砂すら切り裂くはずの刃にわずかな砂埃が付着している。
最後には実演による後押しが決定打となった。面白いからと、国王が特別に宮廷魔術師を呼んだのだ。
「わ、私の水魔法が……! 飛沫すら上げずに裂かれた!」
一流の冒険者にも比肩する宮廷魔術師だ。水が割かれて、鼻先寸前まで斬撃が通ってしまう。
それでも腰を抜かさずに立っていられる人物だ。しかし口にこそ出さないが、同じ水の使い手であるクーファには劣るとリティは密かに感じた。その際に自分達の成長をまた一つ自覚する。
「ホッホッホッ! これは面白い!」
「こ、国王……」
「ハバラクよ。そのエクスピースというパーティを雇ってみてはどうか? ダグラード遺跡争奪戦にて大きな力となるだろう」
「だ、だったら私も申し出る!」
貴族、冒険者パーティ、あらゆる猛者達がエクスピース獲得に名乗りを挙げる。
何せ持ち主と共に海中に沈んで捜索の際にすら出なかった幻の魔導具だ。国全体を揺るがす事態ではあるが、国王は冷静だった。
エクスピースを力で手に入れようとはしない。自由と繁栄を重んじる彼にとって、それはもっとも望まない展開だからだ。
「エネリー! なぜエクスピースなんだ!?」
「ここで説明するのかったるいなー。それよりもうお開きやろー?」
「モーゼスエッジが実在したなど! もしやキャプテン・クリーバー生存説が!?」
「君達! 聞かせてくれ!」
「もうっ! いい加減にして!」
ロマの一喝はそれなりに響く。彼女もまた死線をくぐりぬけてきたのだ。
大半が怖気づき、上級の冒険者を唸らせる。が、中には魅了された者もいた。
「美しい……。ぜひ八十二番目の妻に……」
一国の王もその一人である。人格者と言われた彼の数少ない悪癖の一つであった。
* * *
「ねぇ、どうするのぉ?」
「モーゼスエッジの所有者かぁ。嬉しい誤算かもなぁ、マイハニー」
宮殿の一室にて、二人の男女がまぐわっていた。浅黒い肌を持つ男が、昼間の大競売を思い出している。
水魔法の使い手である宮廷魔術師はそれなりに評価していた。しかしモーゼスエッジの前では赤子同然だ。
と、ここまで考えて訂正する。正確には所有者の実力が問題だったからだ。
「エクスピース……。じいさんが言ってた子達だなぁ。マイハニー」
「おじいちゃんが言ってたフィジカルモンスターって、あのモーゼスエッジを持っていた子よねぇ。あんな小さい子がねぇ」
「俺達、魔術師の常識から逸脱しているからこそじいさんは興味を持ったのさ。マイハニー」
「あーあ、なんで女の子なんだろぉ? 男の子ならあたしの魔法で一発なのにぃ」
「しかし、報告された水の精霊持ちの子はいなかったなぁ。いや、精霊はいたか……」
裸体をシーツで覆いながら、女性は夜空の月を眺める。
男と共にタハラジャルの中枢に潜り込んだ二人は今後について真剣に考えていた。目的であるダグラード遺跡についてだ。
「この国を利用する手間が省けたってもんだ。だったら尚更、奴らに探索を任せようぜ。マイハニー」
「そうねぇ。冒険者達にはせいぜい頑張ってほしいわぁ。探索なんて泥臭い真似、あたし達には似合わないものねぇ。んっ……」
おもむろに口づけをした二人が離れる。
「俺達、大魔術師の後継者達こそがすべてを握るのさ。マイハニー」
「ついでにモーゼスエッジもいただいちゃいましょお?」
二人はまたベッドに身を沈める。自らの力を絶対視している二人を、月明りが照らした。




