リティ、大競売を楽しむ 前編
タハラジャル王宮にて開催される大競売は王国主催だ。出品者の身分は問わず、品さえあれば一攫千金を狙えるイベントである。
品は並みでも思わぬ金額まで吊り上がる事もあり、出品者のプレゼンテーション力も問われるのだ。
つまり詐欺まがいの事すらまかり通る。ただの傷薬を万病を治す薬だと偽って出品するのもありだが、それがなかなかまかり通らない理由があった。
「す、すごい人数ね。でもお金持ちばかりだと思ったら、そうでもないみたい」
「イベントやし観客達も多いんよねー」
「まぁ私達もそうよね……って。あなた、誰」
「うち、エネリーや。しがない商人やて、仲良くしたってなー」
「はぁ……」
ごく自然に溶け込んできたエネリーはニカッと笑う。頭を覆うキノコのような垂れ帽子、大きなリュックが特徴としてロマの目に映る。
ロマが持つ商人のイメージとはそう大きくかけ離れていないため、彼女を訝しがらなかった。
一方でリティは早速、観察に入る。リュックだけではなく、上着に注目したのだ。過剰に胸や袖まで覆うそれが気になって仕方なかった。
その割にヘソ出しなのだから、リティとしても余計に気になる。
「エネリーさんも何か出品するんですか?」
「いやいや、うちも観客や。そんなごっついモン持っとらんからなー」
「そうなんですか。いろいろ持ってそうな恰好してたので、つい出品するのかと思いました」
「なんや、警戒せんといてなー。うちはただ大競売を楽しみたいだけやでー」
聞きなれない喋り方もリティの興味を掻き立てた。しかし間もなく大競売の開催だ。大きなドラを叩く音が会場に響いた。
「ほら! 国王も登場するんやで!」
「王様も!?」
「あんたら、この国は初めてやな。驚くでー?」
エネリーはリティに対して、警戒していると受け取った。リティはこの事から、エネリーが只者ではないと判断する。
ミャンの様子からして悪い人間ではないと思っているが、真意がわからないのだ。
ここは異国の地、楽しむ一方でリティは警戒心を持っている。
「ただ今より、大競売を開催する!」
開催の声と共に国王が姿を現す。でっぷりとした体に腫れぼったい目と、ファクティアの国王とは大きく違った風体だ。
何よりリティ達が驚いたのは周辺にいる美しい女性達だった。国王に寄り添い、微笑みを絶やさない。
「あ、あの人達、何?」
「王様の奥さんやで。全部で八十一人おるな」
「奥さん? はちじゅういちにん?」
「この国は一夫多妻制なんや。王様ともなれば、あのくらいはいるで」
「いっぷ、たさい、せい?」
「ロマさん。落ち着いて下さい」
ロマの思考がショートしかけている。リティとしては物珍しい制度だと目を輝かせるが、ロマの中にある貞操観念としては受け入れ難かった。
しかも国王のあの体型である。容姿で差別したくはないロマでも、あれほどの女性が言い寄る男性とは思えなかった。
「奥さんになりたい女はたくさんいるでー。玉の輿やし?」
「そ、そう。まぁ、国が違えば、そういう事も、ある、わね」
「めっちゃ動揺してるやん」
「えー、本日も晴天。皆の者も高揚。大変良し」
国王が拡声魔道具を手にして、会場にいる者達に話す。途端、会場のどよめきが静まった。全員が国王の言葉に集中しているのである。
「これほど多くの者達が命あり、体あってこの場に集まってくれた。これも一重に各々が日々、懸命に生きているおかげだろう。タハラジャル国民及び遥々異国からやってきた者達、心から礼を言う。私にこの素敵な景色を見せてくれただけでも、今日まで生きた甲斐があったというものだ」
大勢の歓声が会場を満たして国王を賞賛する。熱狂ぶりに圧倒され続けているエクスピースだ。
ファクティア王国とは違ったカラーの国に、リティも興奮が収まらない。
「堅苦しい言葉はそこそこにして、皆の者。年に一度の大競売だ、楽しんでもらいたい」
国王が片手を上げると、車輪付きの台に乗った最初の品が運ばれてきた。品にかかっていた布が取られると、ブルーに輝く指輪が現れる。
付近には出品者らしき男が立っていた。大衆の前で笑みを浮かべているところから、場慣れしているとリティは観察する。
「本日一品目の品はこちら! 涼風の指輪です! これはなんと、身に着けているだけで自分の周囲が涼しくなるという優れもの! 熱いタハラジャルの地では重宝するでしょう! 冒険者の方にとっては熱いダンジョン攻略の友になるはずです!さてこちら……五百万から!」
「五百二十万!」
「六百万!」
「六五十万!」
最初の提示金額の時点で、エクスピースには手が届かない。いきなり次元の違いを見せつけられて、リティは未熟だと痛感する。
何故なら金額を吊り上げている者達の中には貴族だけではなく、冒険者もいたからだ。二級以上の冒険者が躊躇なく叫んでいる。
「八百万!」
「他にいらっしゃいませんか?」
吊り上げる者はいなくなり、一人の冒険者が涼風の指輪を競り落とす。豪華な鎧を身に着けた壮年の男が壇上に上がった。
「お名前を伺ってもよろしいですか?」
「ガロウルだ。一級の冒険者をやっている。本日はいい品をありがとう」
「ガ、ガロウルといえば烈剣の! これは大変な方に買われましたぁ!」
出品者の冗談に会場が沸く。烈剣のガロウル、特定の者達とパーティを組まずに傭兵のような身の振り方をしている男だ。
加入の際に大金を要求してくる為、並みのパーティでは彼を雇えない。しかしその実力は周知されており、未踏破地帯攻略の際には必須とまで噂される人物だった。
「ガロウルさん……。あの人、かなり強いですね」
「リティ、勝てそう?」
「わかりません……でも」
クリーバーに比べたら、リティとしてはどうしてもそう思ってしまう。彼女自身、気づいていないがあの戦いでとてつもない成長を遂げたのだ。
ロマも同様だが、今の段階では誰も自覚していない。現にガロウルを目の当たりにしても驚くだけで、慄かないのだから。
「次は私、コネルオ! 旅の商人をやっていましてね……。先日、こんなものを入手しました。あ、ルートは極秘ですよ? 言ってしまえば皆さん、押し寄せますからね。何せ私のような者ですら、おいしい思いを出来たのですからね」
「うまいなー。出品と同時に意味ありげな情報を匂わせて、大競売後の道筋も考えとるで」
エネリーの評価はもっともだった。コネルオはそれなりに名のある商人で、交渉もうまい。
多くの仕入れルートも確保しており、貴族達からも専属の誘いを受けている人物だ。
「その名もブリザードボトル! このボトルを投げるとこんな風にッ!」
「うおおぉぉ!」
コネルオが投げたボトルが床で割れて、氷の柱が噴出する。そこだけが銀世界となり、鋭利な氷柱の殺傷力は説明せずとも伝わった。
「私のように力がない者でも、ある程度の攻撃はできちゃうわけです! あ、ご安心を! まだありますので!金額のほうなんですけどねぇ……。まぁ最初は五千ほどでどうでしょう?」
「六千!」
「七千!」
先程とは打って変わって低額の争いとなったが、コネルオはニヤリと笑う。もう一つのボトルを取り出して掲げたのだ。
「この赤色のボトルなんかも入手できちゃいましてねぇ! いやぁ! ホントついてますよぉ! いえ、場所は言えないんですけどね? あ、金額を吊り上げてもダメですよ!」
「二十万!」
「もぅ! 諦めの悪い方がいますなぁ……。こちらも商売ですからね! 飢え死にしたくないんですよねぇ!」
「百万!」
「みゃん!」
「おおぉっと! それだけあればおいしいものが食べられますけどね! だからダメなんですって!」
「二百万!」
「みゃあん!」
「ちょ、ちょっと! こんなのありなの!?」
ロマがうろたえてコネルオを睨む。やり方が気に入らないのだ。
しかしエネリーは感心したように頷き、リティは食い入るようにコネルオを見ている。
アーキュラは溶けてリティに張り付いていた。ミャンは意味もわからずおおはしゃぎである。
「五百万!」
「あぁ……私も目がくらんでしまいそうだぁ! どうしてこうも諦めの悪い方が多いのか!?」
「一千万!」
「あぁぁっ! もう、ダメだぁ……私の負けです……」
わざとらしくよろめいて見せるコネルオ。嫌々と振る舞えば、人は押す。押せば手に入りそうと思わせたならば尚更だ。
コネルオは巧みに心理をついていた。こういった生き方にリティは嫌悪感を示すどころか、感動するばかりだ。
「確かに強力だけど、あんなものに一千万って……」
「というよりコネルオと蜜月の関係になりたいんやなー。あの一千万は実質、入手ルートの情報料やで」
「競り落としたあの人……貴族ね。恰幅もいいし、いかにもって感じ。はぁ……」
「ま、あんなもんに一千万も無駄使いしとる時点で見る目ないけどなー。次、くるでー」
「素晴らしい品でしたね! 私もコネルオ氏にあやかりたいものです! お次は世界最高の硬度を持つ金属、オリハルコン!」
また一つ、大きな歓声が上がる。青々と輝く金属の塊が主役として登場した。
大昔に掘りつくされてしまったオリハルコンの原石は、世界のどこにも存在しないと言われている。
会場はヒートアップするが、エネリーだけは首を何度も傾げていた。
「こちらのオリハルコン……。実はとある筋から入手しましてねぇ!」
「コネルオさんと同じ手口はどうかと思うでー」
「な、何だ!? 今、失礼な発言をした者がいるな!」
するすると人混みをかき分けてエネリーが壇上に上がる。
会場の一部の熱が消えたとリティは直感した。場違いな人物の登場に対して、出品予定の者達が青ざめているからだ。
「あ、ああぁ! お、お前、はっ!」
「オリハルコンなー。もし現物ならえらいこっちゃで。しかもこの大きさなら、この王宮ごと買えるなー。これが本物ならなー」
「ななな、な、何を根拠に! 偽物だと言うのか!」
「まずここ、見てみ。ちーっとだけかけとるで。しかも一つ、二つ、三つも欠けとる。おっちゃん、オリハルコンの資料とか集めとらんの? 本物ならおっちゃんが生きとるうちに経年劣化とかありえんのや」
「お、お前こそ本物を見たことあるのか!」
「なくても、これが偽物かどうかはわかるで。ていやーっ!」
エネリーがハンマーを取り出して、鉱石の塊を叩く。鉱石は無事だが、かすかな破片が床に落ちた。それを指ですくって、貴族の男に見せつける。
「ほらな? うちの力でこんなんなるオリハルコンがどこにあるんや」
「う、うぐぐぐ!」
「会場の皆も、安易に信じたらあかんで。あ、これは責任もって買い取らせてもらうなー。質が悪いダブライト鉱石やから、せいぜい二千ってとこやけど」
「そ、そこまで……」
「欠けたところに塗料ついとるで?」
貴族の男が膝から崩れ落ちる。エネリーの手腕にリティが身を乗り出さんばかりにテンションが上がるが、会場は静まっていた。
「なんでエネリーがいるんだよ……。今年は出品しないって情報があったのによ」
「まさか観客の中にいたなんて……」
「真眼のエネリー! また大競売を引っ掻き回すのか!」
落胆、怒号が壇上のエネリーに飛ぶ。大きく手を振って応えた後は壇上を降りて、最前列で膝を抱えて座り込んだ。
「あんたらも遠慮せんと、こっちに来てなー! これからが面白いんやで! 何せ目玉はモーゼスエッジやからなー! モーゼス! エッジやで!」
エネリーの誘いからリティは察した。彼女が自分達に話しかけてきたのは偶然ではないと確信したのだ。
そしてモーゼスエッジを所有していると知っている。会場に入る前、確認の際に取り出したところを見られたのかもしれない。
リティとしてはそう考えるが、もう一つの可能性も浮上した。
「あの子、何か変ね」
「ミャンが反応しないので悪い人ではありません。しかし、考えまでは見透かせませんので用心したほうがいいかもです」
エネリーの屈託のない笑顔が嘘偽りのなさを表しているとリティは信じたかった。一方で場合によっては、と思いつつも誘いに乗る。
大競売ではあえて事前に鑑定しない。偽物上等の祭りだからだ。値打ちがつかないものを高額で競り落とした者の負けである。
しかし大競売では詐欺がなかなかまかり通らない。それは真眼のエネリーが、大競売の番人として存在しているからであった。
「みゃん! みゃみゃん! みゃっ!」
「ミャン、何も買えませんよ」
ミャンは相変わらず頭を左右に振って張り切っていた。




