リティ、タハラジャルに挑戦する
リティがカラメンのスープをすくい上げる。そして一口、二口と少しずつ食を進めた。
そんなリティを見て、ボルドーは鼻で大きく笑う。完全に勝ち誇っているのだ。そのペースでは時間内に食べきれん、と。
が、そんな目算は一瞬で崩れる。リティが緬をすすり始めたからだ。
「なっ! こいつ、馬鹿か!」
「リティ! 無理しないで!」
「みゃんみゃん!」
涙目で次第に鼻水も出る。リティは辛味をダメージとして捉えていた。
ミャンが感じた辛さがリティにフィードバックしなかったのは謎だが、少なくともリティはそう認識している。
フィジカルモンスター。イリシスがリティをそう認めたのだ。尊敬する彼女の言葉を信じて、リティは強い心を持ってカラメンに挑む。
「こいつ、もう半分以上……! 熱さも何も感じねぇのか!?」
「んー! ぶふっ!」
「それ見ろ! もうやめておけ!」
「ボルドー! 黙ってろ!」
そう一喝したのは店主だった。店主はリティの底力を認めたのだ。この小さな体で冒険者をやってきている時点で尋常ではない。
この地で三十年以上、商売をしてきた彼だ。様々な冒険者を見てきたが、リティのような者は初めて見たのだった。
「はぁぁぁぁッ!」
「うぉっ!」
それはリティが戦闘中にあげる雄叫びだった。周囲は一般の客のみである。
圧倒された客達が引き下がり、ある者は椅子に足をひっかけて倒れてしまった。ある者は柱に寄り掛かり、ある者は腰を抜かす。
大の大人達が揃いも揃って、リティに恐れをなしているのだ。
「ス、スープが……」
「やぁッ!」
「ひいぃ!」
ボルドーがテーブルの下に尻を出して隠れる。
リティは残ったスープを飲み干す。器をテーブルに置いて、天井に顔を向ける。店主が水を差しだすと、条件反射のごとく飛びついた。
「はぁ、はぁ……。ごちそう、様です! ハァ……はぁ……」
「マジかぁぁ!」
「完食しやがった!」
「店主! 時間は!?」
客の問いに店主はすぐに答えない。自身の高ぶりを抑えているのだ。
獄炎郷のメニューは基本的に客達においしく味わってもらうためのものである。ただしそのカラメンは違った。辛味好きの国民への挑戦でもある。
思い上がった挑戦者が食べきれずに顔をぐしゃぐしゃにして降参する姿を見るのが楽しみだった。しかし、リティのような小さな挑戦者は別だ。彼もそこまで歪んでいない。
「……九分だ。ボルドー、お前の最速記録の約半分だ」
「ば、馬鹿な……。ウソだぁ……」
ボルドーが床に両手をついた。大袈裟な、と感じたロマの疑問はすぐに氷解する。
「オレはカラメン賞金稼ぎとして二十年以上やってきた……。これ以外の道なんか考えられねぇ」
「普通に働いたら?」
ロマの突っ込みはもっともであった。しかし、この国では珍しくない。
彼に限らず、何らかのエキスパートはその道だけで食べていってるのだ。それ故に誇りもあり、リティにとっての冒険のようなものだった。
「ボルドー。気持ちはわかるが、この子は常識外だ。また一からやり直せばいいだろ?」
「て、店主! うおおおぉぉん!」
「ボルドー! お前もすごいよ!」
「そうだ! この国で一番のカラメンジャーだ!」
客達が称えて、ボルドーが大泣きする。もはやロマの理解が追いつかないが、リティがボルドーと握手をしているのを見て考えるのをやめた。
そこへパワーロビンもリティとボルドーの健闘を称える。
「そう! こうやって切磋琢磨して、互いに良い関係を築き合う! これもロマンだな!」
「パワーロビンさん。私もクーファちゃんも絶対食べられないけど、冒険者として認められないわけ?」
「リティがパーティの代表として示したのだ。心配はないだろう。それにこれで終わりではない。続けて王都を見て回るのもいい」
「リティばかりに頼っていられないわね……」
狂ったような熱狂の中、リティ達は獄炎郷を後にした。一安心した一行だが、これはこの国の一部でしかない。
* * *
「ハッハッハァ! アームレスリング最強はオレ様のようだなぁ!」
「フェイスレスリングチャンピオン! 表情筋の魔術師アントムと勝負する奴はいないかな!?」
「今年もやるでー! タハラジャル大競売!」
リティ達は王都の熱気を直に感じた。大通りでは大小、様々な催し物や勝負を行っている。
いわば年中お祭りのような状態だ。出店一つとっても、商品を用いた実演すら勝負となっている。
すべてにおいて勝負、目立つ。それがこの国の核であった。それだけに賭け事のようなものも認められているのだ。
「確かにこんな国で目立つとなると大変ね……。誰も彼もがスキルを持っているようだわ」
「あっちでアームレスリングというものをやってみます!」
「あ! ちょっと……」
飛び入りでリティがアームレスリング大会に参加した。昨年度優勝したのは冒険者であるリーキンだ。
彼は四級だが、力だけならば三級でも通用すると評判である。現にたった今、三級冒険者を下したばかりなのだ。
「なんだぁ? お前も冒険者だって? 笑わせんな! ひねりつぶしてぎゃああぁぁ!」
ズドン、とリーキンの拳が台に沈む。ロマにとっては見えていた勝負だが、周囲としてはそうではない。
一気に沸いた観客、出場者達。我こそがとリティへ挑戦するが連戦にも関わらず、瞬殺である。中には二級冒険者もいたが同様の結果だった。
「き、君! ぜひ我がパーティ"砂の闘士"に!」
「砂の闘士といえば二級だろ!?」
「砂上連携についていける奴がいなくて、すぐに脱落するんだろ?」
「お誘いありがとうございます。でも私はエクスピースの一員なのでお気持ちだけ受け取っておきます」
エクスピースはタハラジャルでも無名である。腕っぷしの冒険者が集まるこの場において、その名が通った。
リティとロマという少女のみ、そしてアーキュラという嫌でも目立つ存在がよりインパクトを与える。
「あ! フェイスレスリングというのも面白そうです!」
「ま、待ってくれ! もっと話を……」
勧誘を振り切り、次にリティが参加したフェイスレスリングはいわゆる睨めっこである。
数十年の歴史を誇るフェイスレスリングもまた、タハラジャルにおいて競技なのだ。たかが睨めっこと侮った者が勝ち抜けるほど甘くはない。今や挑戦者が殺到して、名が知れた大会となっている。
チャンピオンであるアントムは生まれつき独特な顔立ちをしており、素で人を笑わせてしまう。
その生い立ちは割と壮絶であり、彼自身も途方に暮れていた。そこで思いついたのがこのフェイスレスリングへの出場である。
対峙しただけで多くの者は噴き出してしまうのだが――
「こいつ、僕を見て笑わないだと!?」
「え?」
リティに笑わせる術などあるはずがない。ただし容姿で人を判別しないリティが、アントムの顔で笑うはずもなかった。
リティの真面目な顔つきにアントムは屈する。そして涙した。
「君は……僕を笑わないのか」
「何故です?」
「僕の……負けだ」
「ア、アントムの顔を見て笑わない奴なんて初めてだ! 表情筋の魔術師、敗れたぁ!」
またしても場は沸いた。リティとしては意味がわからないが、涙を流すアントムは賞賛に値するのだ。
「すごいですね。自分の特徴を活かして勝負するなんて……。尊敬します」
「僕が、すごい……」
「アームレスリングチャンピオンのリーキンさんもそうです。自分の武器をきちんと理解するってすごい事なんですよ」
「そんな事、言われたの……生まれて初めてだよぉ……」
「うおおぉぉん! 俺も感動したぁぁ!」
リティが気になってついてきた者達がいる。その中にはリーキンもいた。彼はリティのような子どもに負けた自分を呪っていたのだ。
万年四級というありふれた冒険者である彼は、半ば本業を諦めかけていた。腕力以外の長所がなく、走守ともにこなせない。
日を追うごとにパーティからの誘いもなくなって焦っていたところだったのだ。
「そうだよなぁ!」
「わっ! リーキンさん!?」
「長所だよ! うんうん! 長所を活かせばいいんだ!」
「そうですよ。その腕力ならスキルの威力もすごそうですから、連携次第でより活躍できます」
「そうそう! そうなんだよ!」
はしゃぐリーキンに泣きじゃくるアントム。リティは二人のチャンピオンを下したと同時に救ったのだ。
周囲も感涙して歓声を上げる。この場にいた者達にエクスピースとリティの名が大きく知れ渡ったのだった。
「なんだか目立っちゃいましたね、ロマさん」
「まったく……。あなたがいれば何でも出来る気がするわ。こうなったらもうヤケクソよ。そーれっ!」
ロマが舞い始めた。何事かと観衆は我が目を疑うが、それも束の間だ。一級冒険者、歌舞手のジェニファに認められた逸材である。
更に幽霊船での経験が彼女の踊りの質を引き上げていた。アンデッド達にも屈せず、死の底からの招き手に抗ったのだ。そんなロマの踊りは生きている者に活力を与える。
「なんか……すごいな」
「この国には優秀な踊り手はいくらでもいるが……。これはそういう次元じゃない」
「疲れがぶっ飛ぶかのようだ……」
恥も空気も捨てて、己を誇示する。それは踊り手に必要な資質でもあった。わずかにでも気後れしようものなら、チャンスは流れるだろう。
目立ってこその踊り手として、ロマは大衆の前で自らの実力を示した。リティの積極性あってのものだが、ロマはそれでも満足している。
リティと共に歩んでこそ、新たな気づきがある。それがたまらなく嬉しいのだ。
「おやおや、この国で堂々と踊るとは……」
「我らファイアーダンサーズを知らんと見える」
「皆! 俺達を忘れちゃいけないぜ! いっくぜぇ……ファイアァァァ!」
ファイアーダンサーズ。三級冒険者パーティでもある彼らは、タハラジャルの王室にも招かれるほどの踊り手だ。
炎の魔術を駆使して極限を体現した踊りは、見ているものを熱狂させる。火吹き芸を披露しつつ、ロマから大衆の目を奪おうとパフォーマンスした。結果、いい勝負である。
「美人ちゃん! いいぞー!」
「うおおおぉ! 出たぁ! 火吹き芸、ドラゴンブレス!」
「ファイアーダンサーズもいいがあっちの子の踊りも、なんだか激しいよな」
「せやなー。たった一人なのに何十人もいそうな存在感があるわー」
「クッ……! 我らに対抗しているだと!」
ファイアーダンサーズがロマを意識しすぎた。対してロマは自分の世界を築いている。
熱砂の国での炎芸など暑苦しいと一蹴されかねないが、それでも地位を確立したのがファイアーダンサーズだ。
そんな彼らのプライドが揺らぎ、ついにはロマを認めた。
「……君もエクスピースの一員か? 名前はなんと言う?」
「ロマよ。ジョブは踊り手」
「素晴らしい。敵ながら感動してしまったよ……。君の踊りは魂に訴えかけるのだな」
「よくわからないけど……。あなた達の派手なパフォーマンスも私にはないものだわ」
「フフ……。機会があれば、コラボレーションしてみたいものだ」
「喜んで!」
「みゃ! みゃあん! みゃん! みゃみゃん!」
ミャンが珍妙な動きで、ロマの真似事をしていた。アーキュラが無駄に伸び縮みしており、こちらも注目を集める。
「ロマ、あちらの生き物は?」
「幻獣ミャーンとアーキュラよ」
「アーキュラ? まさかあの……」
「踊りもええけど、大競売! 始まるでぇー!」
少女の呼びかけに全員が硬直する。そして火がついたように、一定方向へと走り出した。
「そうだ! 忘れちゃならない!」
「年に一度の大競売!」
「名うての商人や貴族達が自慢の品々を披露する!」
「今年の目玉はなんといっても……」
「伝説の男キャプテン・クリーバーの得物、モーゼスエッジだぁ!」
リティとロマが顔を見合わせる。聞き間違いでない事をお互い確かめたのだ。
ミャンからモーゼスエッジを取り出して今一度、確認する。
「どういう事でしょう?」
「行ってみましょう」
大勢を追いかけるように、二人も走り出した。タハラジャル王国大競売会場、タハラージャ王宮へ。




