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リティ、準二級昇級試験の概要を知る

 クーファの水属性中位魔法(アクアロード)によって、リティ達は港へと押し流される。流されながらもリティは沈没していく巨大船を見届けた。


「君達がエクスピースだな! この子は気絶しているようだが!」


 男が抱きかかえているのはロマだ。少女一人を抱えながら海面を泳ぐ様は、リティから見てもただ事ではない。やがて水属性中位魔法(アクアロード)が彼を包み込み、港へ導く。


「諸君! あれが君達が目指したタハラジャルだ! とぉうッ!」


 男が海面から飛び魚のごとく跳ねる。空中での前回転のパフォーマンスを見せた後、華麗に着地した。その際にロマを抱えたままなのだから、常人の所業ではない。

 港に辿り着いたリティはタハラジャルよりも、その男が気になって仕方なかった。港の者達が何事かと駆けつけて、遠くの沈没する巨大船にも注目していた。


「なんだなんだ!?」

「女の子?」

「あの船、沈んでるぞ!」


「この子達は私が目にかけている冒険者だ! あの船はどうやら海賊船でな! 私がたまたま見つけて沈めてきた!」


 そんな言い分で、とクーファは慌てかけるが野次馬達の騒ぎはどういうわけか収まる。


「なるほど! パワーロビンがやったのか!」

「あんなでかい海賊船を一人でやっちまうなんざ、さすがだなぁ!」

「君達、幸運だったな! パワーロビンさんは強かっただろう?」


 こんな理屈すら信じさせるほどの男だとリティは察した。発言には実績が伴うのだ。無名の冒険者がこのような発言をしようものならば、笑い飛ばされていただろう。

 それどころか正規の手段で港に辿り着いていないリティ達の存在すらも怪しまれたはずだ。パワーロビンはこの国において、それほどの人物だという事だった。


「ううん……。あ、リティ……私、気絶して」

「目が覚めたか!」

「え……変態、ぱんつ……いやぁぁぁ!」

「落ち着きたまえ! 冒険者に必要なのは平常心だ! もう安心だぞ!」

「変態ぃぃ!」


 黒いブーメランパンツにマスクとマント。ある意味でロマの反応が正常なのだが、この国においてはそうではない。

 特級冒険者パワーロビン。タハラジャルを含めて数ヶ国を認めさせた男だ。ある時は高々と飛び上がって怪鳥を仕留めて、ある時は海を泳いで海獣を仕留める。大砲の砲弾を遠投して海賊船を沈めた実績も、この国では国民の語り草となっていた。


「私が君達の昇級試験を担当するパワーロビンだ。それにしても変態パンツとは……。吹き込んだのはカタラーナだろう?」

「あの人は嫌いだけど、今は同意する!」

「彼女も散々言われてるからな。あの神経がなくてはこの先、務まらん。それは君達にも言える事だぞ」

「頑張りまぁすッ!」

「みゃあぁんっ!」


 ロマの隣で我ここにと主張するリティ。すでに心は昇級試験だ。気合十分と見せつけたところで、パワーロビンがリティの頭を撫でる。


「君達はロマンしてきたようだな! 今回、試験を受けるのは君達だけだ! 立ち話をしてもしょうがないので、ついてきたまえ!」

「ちょっと待って下さい! その前にミライちゃんを安静にさせたいです!」

「む! 私とした事が! それも含めて案内しよう!」

「ついていきまぁすっ!」

「みゃあんっ!」


 パワーロビンの後ろでリティが大手を振るって歩く。ロマやクーファも、試験への意気込みはある。

 しかしリティのテンションについていけなかった。何よりパワーロビンのあの風貌である。ロマだけではなく、クーファも距離を置いていた。


                * * *


 ミライを治療院で診察してもらった結果、大事には至っていないとわかった。

 魔力の使い過ぎにより一時的に衰弱しているだけなので、一日ほど安静にしていれば問題ない。そう言い渡された時、クーファは思わず床に座り込んだ。


「あの、私……。ここでミライについてます。皆さんはパワーロビンさんと一緒に説明を受けてください」

「じゃあ、後で伝えるねー」

「え、アーキュラが? 珍しひゃあぁ! ふ、服の中はぁ!」

「マスター思いでしょー?」


 診察した医師は驚愕していた。話の通りであれば、ミライは死んでいてもおかしくないからだ。

 それどころか重症の人間を一瞬で完治させるなど、知る限りの高名な使い手でも存在しない。

 何より医師を戦慄させたのは、魔力をまったく感じないところである。消耗しているとはいえ、それほどの使い手ならばあり得ない事だ。魔力による治療ではないのかと疑ったほどだった。


「すぐに良くなりますよ」


 医師は引きつらない笑顔を作るのに精一杯だった。質問したい事が山ほどあるはずなのに、何故か躊躇してしまったのだ。それはまるで触れてはいけないと本能で理解したかのようだった。


                * * *


 タハラジャル王都、タハラージャ。港に隣接する広大な街並みが、この国のすべてである。

 国土の大半を砂漠としていて、各地に点在するのは魔物の住処か遺跡といった具合だ。または人里にいられなくなった罪人にとって絶好の隠れ場所でもある。

 魔物、遺跡、盗賊。冒険者にとっては目白押しのラインナップだ。この国でもやはり彼らはありがたい存在だった。

 ところがこの国はファクティア王国とは事情が異なる。案内された場所で、リティ達は圧倒されるのであった。


「おおぉぉぉ! すげぇ! あの最強カラメンを完食した!」

「俺なんか匂いだけで涙が出るってのによ!」


 王都の老舗飲食店、獄炎郷。炎と油、香辛料をふんだんに使うのがタハラジャル料理の特徴だ。

 中心のテーブル席には一人の中年の男が、汗だらけで料理を平らげていた。周囲がそんな彼を称えている。


「パワーロビンさん。これは?」

「彼は獄辛カラメン早食いの達人でな。三十分以内にあの辛い料理を完食すれば無料な上に賞金が支払われるのだ」

「お金が貰えちゃうんですか!?」

「そう。ただし完食できなかった場合は当然、決して安くない料金を支払う」


 意図は理解したものの、リティにはこの熱狂っぷりが不可解であった。食べ物を制限時間内で食べる、ただそれだけだからだ。


「まさか、私達にあれをやれというんじゃないでしょうね」

「やってみせてくれてもいいぞ。試験合格に役立つかもしれんからな」

「はぁ? あんなのが試験って?」

「あんなの、か。では挑戦するか?」


「やりますっ!」


 リティが店の中心に堂々と歩いていく。見慣れない少女の乱入だが、男は挑戦者だとわかるとニヤリと気味悪く笑った。


「こりゃ小さな挑戦者だな。おい、オヤジ。どうする?」

「さすがに無理だろ? お嬢ちゃん、試しに一口だけ食べてみな」


 店主が厨房からカラメンのスープを小さな器に入れて持ってくる。赤一色のスープが湯気を立てて、リティの挑戦を待っているかのようであった。


「んうっ! 鼻がツーンとします……!」

「だから、言っただろう。やめておけ。カラメンはこの国の人気料理だが、いい店は絶対これを観光客に勧めない」

「食べま……あ、ミャン!」


 リティより先にミャンがぺろりと舌で舐めた。その途端、ミャンの長い体が激しくうねる。


「みゃあっ! みゃあああん!」

「ミャン! どうしたんですか! あ! アーキュラさんに頭いれちゃダメ!」

「ちょっとー、水ならあっちにあるでしょー」

「そんなもの飲んじゃダメです!」

「リティちゃーん?」


 珍しくクーファから離れたアーキュラだが災難だった。昇級試験の概要をマスターに伝える為にと、気まぐれに奮起した結果がこれだ。リティがそんな彼女からミャンを引き抜いて、水を飲ませる。すごい勢いでぱしゃぱしゃと飲み干すミャン。

 リティが何事かとカラメンのスープを一口、食べるとすべてが理解できた。口中に広がる激痛とも例えられる辛さ。涙がこぼれ出るほどの辛味がリティを苦しめる。


「んー! んんん!」

「ハッハッハッ! だから言っただろ! このカラメンはそこらの素人じゃ無理なんだよ!」

「リティ! 無理しないで!」

「飲みました……!」


 飲み切ったものの、涙と鼻水でリティの顔はぐしゃぐしゃだ。ミャン共々、悲惨な状態となっている。

 高らかに笑う男が、それ見た事かと勝ち誇っていた。リティはそんな男を観察するがやはり鼻水と涙、そして大量の汗をかいていた。


「獄炎郷のカラメンはこの国でも五指に入るほどの辛さを誇る! ボルドー様を差し置いて完食できた奴はいねぇ!」

「ボルドーは王都中のカラメンを食い荒らしている。我が店こそは、とカラメンを出した店主がことごとく降参してるんだ」

「一体、それが何になるっていうのよ……」

「美人ちゃんよ。君達は見たところ他所から来た冒険者だろ? この国ではな、カラメン食いは一種の競技なんだ」


「そうそう! カラメンも食えないような冒険者に依頼を出す奴はここにはいねぇよなぁ?」


 客の男が周囲に同意を求める。沸いた客達の反応が答えだ。

 美人呼ばわりされたロマは多少、狼狽するも負けじと気を取り直す。


「そ、そう。否定する気はないけど、パワーロビンさん。これが何だっていうの?」

「これがすべてだ、ロマ。ボルドー、彼は冒険者ではないがここでは君達よりも注目されている。ここだけではない……この国では何もかもが熱狂的なのだ」

「まさかこんな事が他にも?」

「そう! 娯楽を含めて、この国では誰もが注目して熱狂される逸材がいるのだ! どこへ行っても、その手の者達がいるのはすぐにわかる!」


 パワーロビンが言わんとしてる事が、エクスピースの面々に伝わる。カラメンは例の一つに過ぎない。そして彼がエクスピースに求めているものの一つでもある。


「たかがカラメンと君達が侮るのも無理はない! しかし国境を越えれば、文化や価値観など変わる! 適応してこそ、一流の冒険者だろう! そこで君達には国民を熱狂させるほどの冒険者になってほしい! これが試験の一つだ!」

「なんだ、君達はパワーロビンさんの試験を受けにきたのか。そりゃ災難だったな……」

「もうわかったと思うが、敵は同業者だけじゃない。俺達、一般の人間だっている」


 答えを示すかのようにボルドーが得意気に腕を組んで、エクスピースの前に立つ。

 予想外の試験に、ロマは情報の処理が追いつかない。パワーロビンが提示した条件が、二級の域を越えているからだ。

 一つの国で知名度を上げて認めさせる。それはどちらかというと特級の領分である。


「君達の言わんとしてる事はわかる。だがな、この厳しさは本部の決定でもあるのだ」

「冒険者ギルド本部のこと?」

「そうだ。君達も知っての通り、ユグドラシアやグランドシャークと上位の冒険者の不祥事が立て続けに起こっている。彼らだけではない。実績を積み重ねたはずの冒険者が道を踏み外すのも珍しくない。だが、これは彼らのような者達を昇級させてしまった我々の責任でもあるのだ」

「だから厳しく、という事ね」

「それはこれからの時代に必要な資質だと私も考えている。そして、もう一つの試験はダグラード遺跡の探索だ」


 ダグラード遺跡と聞いた途端、熱狂が消えて静まる。嫌な予感しかしないロマと辛さにめげずに背筋を伸ばすリティ。

 この差だけは一生、埋まらないだろうとロマは自嘲した。


「ダグラード遺跡……。半未踏破地帯といってな。未だに探索が進んでいない部分がある。ここで何か未知の発見を得るのがもう一つの試験だ」

「パ、パワーロビンさん。あそこはこの前も三級冒険者パーティが行ったきり、帰ってこなかったらしいぞ」

「そう、そうなんだよ。それに一級のネームドモンスターが根城にしているらしいじゃないか……」

「これを利用して、知名度を上げるのもいい。順不同だから、好きにしていいぞ」


 客の言葉には耳を貸さず、パワーロビンはリティ達に説明を続けていた。とてつもない試験内容に、ロマはいくらでも不満を言いたくなる。これならカタラーナの試験のほうがマシだったとすら思った。


「浮かない顔をしているな。よし、朗報だ。この試験内容ならば実績も同時に積み上がるだろう。それ次第では準二級と言わず、二級への昇級を認めよう。ただし条件通り、貴族や要人に認められる必要はあるがな」

「本当ですかぁ!」

「君は実にロマンに満ちた目をしているな」

「いっぱい満ちてますっ!」

「……いや、しかし。君達はすでにデマイル伯爵に認められているのだったな。これは大きいぞ。では合格すれば二級への昇級だな」

「ありがとうございまぁす!」


 リティのテンションが上がりすぎて、天井まで頭が届くほど跳んだ。そして周囲の驚きに構わず、店主のところへ駆け寄る。


「あのカラメンをお願いします!」

「いや、だから無理……」

「食べられなかったらお金は払います」


 リティの謎の圧力に店主が屈した。彼だけではない。粋がっていたボルドーも、いつの間にか汗が引いている。

 何せ冒険が絡んだおかげで、リティにスイッチが入ってしまったのだ。


「リティ、何も挑戦しなくても……」

「カラメンを食べられない冒険者が認められないなんて困ります。それに大丈夫ですから」


 席に着いたリティのテーブルに、あの容赦のない色合いのカラメンが運ばれてくる。

 ミャンが顔をうずめて逃げの姿勢だが、リティはカラメンを見つめていた。敵のすべてを見透かすかのような冷たい目。それは戦っている時の目だと、ロマはわずかに身を引く。


「ではいただきます」


 ボルドー一色だった空気が一変する。まだ食べてもいないリティだが、すでにボルドー並みの期待を寄せられていた。

 客達も何故、彼女にそこまで期待しているのか理解していない。ただその圧に押されただけだった。

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[一言] 他の方も書いてますが、辛味がどうにも……。 wikiで読む限り、生理的な分類上は味覚にあらず。 そもそも口の中にある痛覚で感じる“痛み”である。 しかも辛味を感じるのと同機能を持った受容体(…
[良い点] 「そんなもの飲んじゃダメです!」 「リティちゃーん?」 [気になる点] ミャンの感じる「辛さ」は肩代わりされなかったようですが、例えば毒や病気、呪いなど間接的なダメージの場合はどうなるの…
[良い点] ミャンはただの食いしんぼでは無くて、グルメであること。 [気になる点] カラメンはこの流れでいくと、ロマもクーファ、ミライも食べなければいけない流れですね。 そういえば、料理で思い出した…
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